第6話 ナヴィの常識
「おぉ!」
「うわぁ!」
二人して感動の声を上げた。
太陽も沈み、真っ暗闇。草原は明かりもなく暗い海のようだった。
しかし、その草原の所々が淡く光っている。
夜空のようにだ。
「すげぇな」
「星すずらんです。新月のある夜になると光るんですよ。ムショクは幸運ですよ。
滅多に見られないんですから!」
「星空の中にいるみたいだ。ナヴィはよく知っているな」
「ナヴィですからね。この世界に限って言えば、ほぼ全知に近いですよ」
全能ではないのかというツッコミはやめた。
「少し歩くか?」
「えっ? いいんですか?」
「採集はあとでも出来るだろ」
光る草原の中を歩くのは遠くで見るのとはまるで違った。
暗闇のせいで遠近感はなくなり、まるで、浮遊しているかのような感覚。
僅かな風に揺れる星すずらんは、波のように揺れている。
「本当に夢みたいです」
「そうか……」
ナヴィは楽しそうに夜空を泳いでいた。
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少し私の話をしよう。
私の名前はナヴィ。
ナヴィといえば、冒険者で知らないものはいない。
もしいるなら、そいつはバグである。
冒険者がこの世界に来た時、必ず私に会う。
スキルの設定からギルドの登録。はては、アイテムの使い方まで。
すべての冒険者に教えてきた。
ただ、1つ。
1つだけ例外があった。
名はムショク。
ギルドの受付にセクハラを働いて、出入り禁止になった究極のバカだ。
救いようがない。
そして、武器もない。
最初の武器を決めろと言われたのに、スキルを設定するバカだ。
まぁ、それについてはこちら側にも多少の不手際があったが、それでも普通は選ばない。
この幾重にもバカなムショクは、チュートリアル未クリア、冒険者ギルド未参加、
初期武器なしというゲームをなめているのかという境遇に陥った。
ちなみに、ギルド未参加のせいで、アイテムインベントリのクエストがこなせず、
インベントリの使用もできない。
これこそ阿呆の所業だ。
そんなどうしようもないバカは今地面に張り付いている。
暗闇に動くそれはもう、ゴキブリにしか見えない。セクハラをしない分、ゴキブリの方がまだいくらかマシだ。
「鑑定、鑑定……」
おぉ、ガシガシ魔力が減っていく。
さっきまでの幻想的な空気は完全に破壊されている。
このゴキブリは今薬草探し中だ。ゴキブリのくせに生意気だ。
私はほぼ全知であると言っても過言ではない。
星スズランが光ることも知っている。
しかし、冒険者を紹介しているだけの私は、町の外はおろか、フェグリアの城下町でさえ一部しか見たことはない。
だから、星スズランの花畑を見た瞬間、言葉が出なかった。
星夜空のようだというのは知っていた。
目の前の光景は知識のままだったが、その感動は知識になかった。
ムショクは私の気持ちを察してか、しばらくその中を歩いてくれた。
これは、私の掛け替えのない思い出だ。
知識ではなく思い出。
きっと、忘れることはできないだろう。
「おい、お前も探せよ!」
「はぁ、まったく。空気を読んでくださいよ」
ふわりと飛んで、薬草のあるところに降りる。
折角、いい気分で浸っていたのに。
とは言え、彼がこうしていることの責任の一端が自分にあることは知っている。
なので、仕方なく手伝う。
毒草を避け、薬草だけを抜いていく。
「うぉお!」
バカが叫んだ。
全く、静かにしてほしいものだ。
「って、お前か!」
どうやら、昼間のスライムから攻撃を食らったらしい。
普通は戦闘になるところだが、この男はスライムに必死に語りかけている。
アホだ。バカだ。もう、何を考えているか分からない。
「ナヴィ、質問」
「はいはい」
私はため息交じりに彼の肩に座った。
「また、スライムに交渉しているんですか?」
「おう。スライムのエサってなんだ? 薬草だけなのか?」
「さぁ? 薬草とは知っているんですが、だけかどうかはわかりません」
「そうか」
知らないのは薬草以外に設定されていないからだ。
ゲーム的に設定されていないものは私は知らない。
彼は必死にスライムと話しているが、たぶん、無意味だろう。
その間に彼のステータスを覗き見る。
私に許された特権の一つ。
触れたもののステータスを覗き見ることができる。
『鑑定 Lv2』、『調合 Lv1』、『採取 Lv3』、『狩猟 Lv1』、『交渉 Lv3』、『醸造 Lv1』、『合成 Lv1』。そして、『解読 Lv1』。
異様に目立つ8個目のスキル。
『解読 Lv1』
あり得ないと言いたいが、実際やってしまったから何とも言えない。
サブスキルのスペースが埋まっているわけではない。
純粋な追加スキル。
初期武器がないという引き換えだが。
「どうだ? 少しは我慢してくれるか? おぉ、そうかそうか」
「何ですか? 交渉終了ですか?」
「おう」
相変わらずおかしい。
まともに、交渉なんてできるはずがない。
私はまた、彼のステータスに目をやった。
『鑑定 Lv2』、『調合 Lv1』、『採取 Lv3』、『狩猟 Lv1』、『交渉 Lv4』、『醸造 Lv1』、『合成 Lv1』、『解読 Lv1』。
戦闘系のスキルがあれば、まだ何かできただろうに。
この人は何を考え……
「ん?」
思わず見間違えか目をこする。
『交渉』がLv4になっている……
「って、何、交渉成功させているんですか!」
「えっ? 何? 何で俺が怒られてんの?」
「いやいや、だって、交渉ですよ?」
その「えっ? お前何言ってんの?」って目で見るのをやめてほしい。
その眼で見たいのは私の方だ。
モンスター相手に交渉して成功?
いや、スキルのレベルも上がっているし、ゲーム的にはOKらしい。
いやいや、ダメでしょ?
「ったく、ナヴィは何が言いたいんだか。 よっし、スライ。
エサ代わりになるか分からんが、これをお前に合成してやろう」
ムショクは星スズランを抜くと薬草と一緒にスライムの口に放り込んだ。
スライムの透明な身体が淡く光り輝いた。
「おっ、なんだ、これも食べられるのか」
彼の声に、スライムは嬉しそうに身体を震わせた。
「いや! おかしいでしょ!」
「まったく。なんなんだよさっきから」
「いや、だって、ほら! 名前! 名前!」
驚くべきことに、スライムの名前が、ホタルスライムに名前が変わった。
>>第7話 戦闘開始!