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第58話 何か……登場!

 ナヴィと2人で空を見上げていると、目の端に黒い影が動いた。

 振り返ろうとした瞬間、その影が声を掛けたので慌てて振り返るのを止めた。


「気持ち良さそうですね。ムショクさん」


 フィリンだった。

 女性陣は流石にこっちに来ないと思っていた。


「ご一緒していいですか?」

「えっ? いや、まぁ、いいけど、いいのか?」

「ムショクさんとなら」


 照れたような声でそう返すと、服を脱ぎ始めた。

 見ない方がいいなと思い視線を逸らすが、暗闇から聞こえる布が擦れる音が余計に想像を掻き立ててしまう。


 しばらくすると、ぽちゃんと水音がして僅かに水面が上がる。

 その後、ふぅというため息にも似た長い吐息が聞こえた。


「これな!」

「えっ?」


 ムショクの声にフィリンが驚いた。

 慌てて、ムショクはなんでもないとフィリンに謝った。

 ムショクは思った。

 確かに声を出したい気持ちは分かる。

 そして、出した方が気持ちいい。むしろ、おっさん万歳だ。

 性別関わりなくお風呂くらい気取らなくてもいい。

 が、妖精が横で唸り声を上げながら湯に入るさまを聞くと、やっぱりちょっとした色っぽさを求めてしまうのは、ダメだろうか。


 そんなムショクの事なんてどこ吹く風、ナヴィは横で足をバチャバチャ動かし夜空を楽しんでいた。


「こんなたくさんのお湯に浸かるなんて久しぶりです」


 フィリンはムショクの側によると彼を真似をして、夜空を見上げる。

 ムショクのすぐ側、肩が触れ合いそうになる距離に思わずドキドキする。


「何やら楽しそうですわね」


 今度はシハナがやってきた。


「お前もか?」

「もちろんですわ。

 こんな貴重な体験滅多にないですわよ」


 そう言えば、王族でもしないと言っていた。

 それほど立派な浴槽でもないが、それでもこの場所というのは格別館があるのだろう。

 溶岩が冷え固まった浴槽なのでもっとザラザラしていた物を予想していたが、スライが思いの外綺麗にくり抜いてくれたおかげで、そういった不快感は一切なかった。

 むしろ、大理石かと思うほどのつやつやした手触りに、かなり満足である。


「ちょっと、私1人は嫌よ」


 シハナに次いでティネリアがやってきた。

 シハナが服を脱ぎ始めたのを見て、ティネリアは恥ずかしそうにあとに続いた。

 シハナは、恥ずかしげもなく服を脱ぐとお湯に入っていった。

 逆にティネリアは脱ぐのを恥ずかしがっていたせいで、結局最後に全員の前で脱ぐ羽目になってしまった。


「いいお湯ですわね」


 シハナはフィリンとは逆側、ムショクを挟むように並ぶと、同じように空を眺めた。


「こんなにゆっくり空を眺めるなんて久しぶりですわ」


 赤く輝く星、青く輝く星。空にはたまにほうき星が点描画の世界に線を引く。

 ようやく服を脱いでお湯に入ったティネリアは、満足そうに両手を伸ばしてその解放感を味わった。


「あれでも作るか」


 ムショクは、ナヴィを落とさないように起き上がるとスライに頼みコリンの水晶瓶に水を入れた。

 そこにちぎった『シェリの葉』と『氷結草』を入れると軽く振った。


「何作ってるんですか?」

「うーん、敢えて名前を着けるならシェリの葉ドリンク?」


 ナヴィが興味津々に聞くので、ムショクはそう答えた。

 氷結草を入れて振ったため、瓶の温度はどんどんと下がっていく。

 表面に霜がつき始めたところで、手を止め、試しに飲んでみる。

 火照った身体に冷たい水が染み渡る。

 『シェリの葉』の甘みはメロンのそれに似ていた。少し薄くはあったが、仄かな甘みと香りが広がる。

 もう少し多いほうがいいかと、シェリの葉を大量に入れて更に振った。


「まぁ、こんなものだろ」

「ムショク、早く飲ませてください!」


 ナヴィが我慢しきれずに飛んできた。自身が裸だってこと思い出してほしい。

 ムショクが、コリンの水晶瓶をナヴィに渡すと、身体いっぱいのそれを抱えて中の水を飲む。


「ぷはぁ、美味しいです」

「お前1人で飲みきるなよ。

 他の人にも回せよ」

「わ、分かってますよ」


 ナヴィは名残惜しそうにその瓶をフィリンに渡した。


「あぁ、逆上せました」


 ナヴィはそう言うと、ムショクの頭の上にゴロンと仰向けに転がった。


「お前、自由すぎるだろ」


 頭の上で真っ裸の妖精が涼んでいる。

 つい先ほどまで脱ぐ所を見るなと言っていたやつとは思えない。


 フィリンはそれを飲みきったらしく空の瓶を返した。

 何となくフィリンらしくないなとムショクは感じた。いつもなら控えめに口をつけて返すような性格だ。

 いつもより頬が赤くなっている。

 慣れないお湯に逆上せたのだろうか、スライにお願いし、またコリンの水晶瓶に水を入れるとシハナに、渡した。


「わたくしは飲む必要がないですわ……まぁ、雰囲気としていただきますわ」


 シハナはそう言って一口口付けると、ティネリアに渡した。

 ティネリアは身体から熱かったらしく、シハナから受け取ったそれを一気に飲み干した。


「う……うぅ……」


 ティネリアはシェリの葉ドリンクを飲み干すと頭を軽く前後に揺らし始めた。


「あっ、言い忘れてましたが」


 頭の上で、ナヴィが思い出したように口を開いた。


「シェリの葉は刻むと甘みの他にアルコールが出るんですよ」

「お前、そういう事は早く言えよ!」

「ムショクさーん、それ、もう一杯くださーい」


 触れるか触れないかくらいの距離にいたフィリンが急にムショクによりかかると肩に頭を預けてきた。

 頭をぶつけたのかと言うほどの勢いでごんと音がしたのだが、本人は至って普通で笑っている。

 フィリンが乗りかかった勢いで、頭が揺れ、上に乗っていたナヴィが落ちそうになって髪の毛にしがみついた。


「いてぇ!」


 軽いとはいえ、その重みが上に乗ると引っ張られて痛い。

 が、ナヴィも必死に髪を引っ張ってよじ登っていく。

 ティネリアは、さっきから顔を水面につけそうなほど前後に頭を揺らしている。


「ムショク、もう一杯作ってください」

「お前、この惨状を見てよく言えるな!」


 身体が冷えたのか、お湯に浸かり直して、ムショクにもう一杯と人差し指を立てて見せた。


「シェリの葉を大量に入れましたからね。

 かなり強いんじゃないですか?」


 揺れていたティネリアがついに飲み干したコリンの水晶瓶をお湯に落とした。

 するとだんだんとお湯からアルコールの香りが立ち上っていく。


「あーグラグラする」


 ティネリアが前後に加えて左右にも頭を揺らし始めた。

 それを見て、フィリンが笑っている。

 お湯から香るアルコールにムショクも酔いそうになる。


 その時、何かを引きずるような音ともに巨大なくらい影が近くを通り過ぎた。


「俺も酔ったのか……?」


 赤と黒の渦巻きが書かれた人ほどのサイズの巨大な筒。それが、ズズッズズッと動いている。


「渦巻き蛇ですね」

「――何でこんなところにいるんだよ!」


 しれっとナヴィが言ったので、ムショクは静かに叫ぶ。大声を出して気づかれてはかなわない。

 入浴中の今は武器はおろか服さえもない。


「渦巻き蛇は火を食べますからね。

 溢れ出る溶岩はまさに餌場ですからね」

「おい、そういう事は――」

「言いましたよ?」

「ぐっ……」


 渦巻き蛇は火を食べる。

 確かにナヴィは言った。

 そのとおりだ。そして、ここに残ると判断をしたのは紛れもなくムショクだ。


「よし、やり過ごすぞ。

 こんな状態で戦闘になったら目も当てられん」

「ムショクさん、これなんですか?」


 フィリンが渦巻き蛇に気づき、指さして笑った。


「フィリンさん、今は静かに」

「ムショクさん、喋らない方が好みなんですか?」


 急にムショクの頭を両手で掴むとグッと自分の顔に近づけた。


「いや、そうじゃなくて。今はそんな時じゃなくて……」

「あはははは、冗談ですよ!」


 フィリンが、また大声で笑った。

 何が面白いか分からないが、とりあえず、口を抑える。


「優しく……してください……」


 手のひらの下でフィリンが小さな声でそうつぶやく。


「ムショクーグラグラするー世界が回るー」

「後で酔い覚ましにポーション飲ませてやるから待ってろ」

「ダメー、上がるー」


 ティネリアが我慢しきれずに、上がろうとしたので、ムショクはフィリンを離すと慌てて立ち上がり、ティネリアに近づくとお湯から上がらないように肩を抑えた。

 今上がると確実に渦巻き蛇が気づく。

 ティネリアが立ち上がっているムショクをじっと見た。


「あっ、蛇……」


 遠くを見るような目でティネリアがそう呟いた。


「ムショクさん、ムショクさん」

「フィリンさん、今はちょっと待って」

「見てますよ? 大きな蛇さんが」


 フィリンにそう言われて、ムショクはゆっくりと蛇の方を見た。

 いつの間にか、蛇の大きな顔がこちらを向いて、舌をちろちろと出していた。

 蛇と目があった。

 蛇がゆっくりと口を開けた。


「まずい、まずい、まずい」


 武器なし、服なし、アイテムなし。

 この状況で襲われることなんて想像していない。

 何かあるかと辺りを見回すと、浴槽の縁にセレナ樹の杖があった。

 ここに置いた記憶はない。

 が、あるなら使わない理由がない。


「なんか知らんが、とりあえずラッキー!」


 ムショクは、浴槽から飛び出すと杖を握りしめ構えた。

 それと同時に蛇が口を開け、猛烈に突っ込んできた。

 それを杖で何とか受け止める。


「あー!!! お湯がー! 服がー!」


 強制的にお湯から引っ張り上げられたナヴィが服を掴もうと手を伸ばすが、ムショクが動けないでいたため、服までたどり着けないでいた。

 そのすぐ横でムショクが渦巻き蛇の牙を杖で受けとめている。


「そんなことより、この状況を何とかするほうが先だろ!」


 蛇の突進を全裸で受け止める。

 形容しがたい状況だ。

 全身を取り巻く開放感が、今は心許ない。

 風が吹くたびに身体が冷える。

 下半身は更にだ。


「葉っぱいりますか?」

「お前が気にするのはそこじゃなくて、目の前の蛇だろ!」


 お風呂の中では、フィリンが戦いを笑いながら見ており、ティネリアは相変わらず頭を揺らしている。

 蛇の鋭い牙が、ムショクの僅か前にある。

 セレナ樹の杖がなかったら危なかった。


「ええぃ! シハナ!

 キヌカゼを呼び出してくれ!」

「絵具がありませんから、無理ですわ」


 絶体絶命だが、この格好でだけは死にたくない。

 力を込め、牙を押し戻すと、流れる様に杖で蛇の頭を杖で打ち付ける。

 ムショクの全力の一撃を受け、渦巻き蛇がひるんだが、それも一瞬だった。

 杖を振りおろしたムショクが杖を構えなおすよりも早く、牙を剥き出した蛇が、再度ムショクに飛びかかった。

 目では見えているが、身体が追いつかない。

 蛇の牙がムショクをまさに捉えようとしたその瞬間、突如蛇が何かに殴られ、激しく頭を揺らした。

 その何かは、素早く動くとムショクの傍に降り立った。


「お……うぉおおお……!!!」


 その何かを見て、ムショクは感動のうなり声を上げる。

 その見覚えのある背格好。

 シンプルでいて洗練された手足に美しい黄金のフォルム。

 湯船につかっているシハナがそれを見てため呆れた顔で息をついた。


「ナイスだ! 俺の棒・人・間!」


 簒奪王の絵具で描いた棒人間が、今この場で目の前に立っている。

 そいつはボクシングさながら腕をシュッシュッと動かして蛇に威嚇の体勢を取る。


「魔力のこもった絵具で人型なんて描くからですわ……

 あの簒奪王でさえ、風景画のみで人型を描くのを戸惑ったのに」


 まさか、動き出すなどムショクも想像していなかった。

 正直、作者であるムショクが見ても、平面の棒人間が動いていることに違和感を禁じ得ない。

 が、何と言おうと、それがいたからムショクは何とか助けられた。


「いけぇ!」


 ムショクの指示に、棒人間が渦巻き蛇に飛びかかる。

 渦巻き蛇が牙をむくが、小さく飛びまわる棒人間を捕らえきれず、右に左に殴られ、その頭が揺れる。

 何度か棒人間が渦巻き蛇を殴りつけると、耐えきれず渦巻き蛇は地面に倒れ込んだ。


「よっし!」


 何もしていないが、勝った。

 勝利の余韻を共に味わうため棒人間と向き合う。

 どちらが正面か正直分からないが、取りあえず、向き合った気がした。

 そして、棒人間に対して笑顔でハイタッチを求める。

 それを察してか、彼も軽やかにこちらの方に駆け寄ってくる。性別が彼か彼女かは分からないが、通じ合った気がした。


「ムショク! 後ろです!」


 突然、ナヴィの鋭い声が耳に届いた。

 ハッと振り返るとそこにはもう一匹の渦巻き蛇がいた。

 これだけの溶岩があるのだ、渦巻き蛇が他にいてもおかしくなかった。

 後ろにいた渦巻き蛇は邪魔者を排除しようと、牙をむいてムショクに襲いかかっていた。

 杖を構える暇もない。

 その鋭い牙が、まさにムショクを食い千切ろうとしたその瞬間、その間に棒人間が割って入った。

 思い何かがぶつかりあうような鈍い音がして、棒人間の身体が宙に舞う。

 つなぎ合わさっていた線が解け、棒人間から線へ戻っていく。


「棒ー人ーゲーーーーン!」


 ムショクの叫び声も虚しく、棒人間は一本の線へ戻っていった。

 最後、棒人間の視線が、しっかりとムショクを見た様に感じた。

 目がないのだが。


「まったく、いつまで、遊んでいますの」


 シハナが宙に舞った棒人間をかたどっていた金色の線を掴むと、それを使って空中に文字を描いた。


「目覚めさない、キヌカゼ!」


 シハナの言葉と文字と共にキヌカゼが地面から這いだし、渦巻き蛇に斬りかかった。


>>第59話 爆発物と試作ポーション

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