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第57話 夜空とお風呂

「しかし、どうするかな」


 溶岩が噴き上がることはなくなったが、それでもまだ卵から溢れ出ている。

 なぜあれほどの溶岩が湧き出るのか不思議に思うほどだ。


「別の場所を探すしかないですね」


 日も傾き始め、遠くの空は青から橙色に変わっている。


「夜になりませんの?」

「恐らくは。でも仕方がありません」

「……ごめんなさい」


 ティネリアが小さな声で謝った。

 夜の平原を歩くことが危険なことくらいティネリアも分かっていた。

 知らなかったとは言え、自分が原因だからこそ申し訳なさが生まれる


「いや、ここで泊まろう!」


 全員が動こうとした時、ムショクが大きな声を上げて彼女たちを止めた。


「流石に溶岩の周りは危ないのではなくって?」

「そうですよ。周りのモンスターも怖がって近づきませんよ」


 シハナとティネリアがムショクの案に反対する。


「ん? なら、安全じゃね?

 モンスターこないんだろ?」

「えっ……まぁ、それはそうですが……」

「よし、決まりだ!

 それに……」

「それに……?」


 ムショクの言葉に全員が不思議そうな顔をして、言葉を繰り返した。


「風呂に入りたい!」

「お風呂ですか!?」

「理解できませんわ」

「なんで、そんな突拍子もないのよ」

「ムショクは本当にバカですねぇ」


 最後の言葉はナヴィだ。

 相変わらずの生意気な口をきくので指で弾いといた。


「溶岩、火山、温泉、お風呂! だ!

 分かる?」


 ムショクは連想の順番を上げたが、それは誰にも理解されなかった。

 そもそもこの連想の順番もムショクが勝手に思った事で、他の人では理解し難いことには間違いなかった。


「湯浴みなんて貴族の遊びですわよ。

 ましてや、こんな平原のど真ん中でどうするつもりなんですの?」

「それはだな……」


 ムショクがスライを呼ぶとスライは、ひょこりと一部を持ち上げた。


「おっ、スライ。元気になったか?」


 どうやら魔力が回復したようだ。

 ムショクの言葉にスライが元気に身体を振る。


「じゃあ、スライ。お願いしていいか?」


 ムショクはスライに地面を掘るように指示を出す。スライはムショクの指示通りに地面を四角く掘り下げる。


「確かに3人ほど入っても大丈夫な大きさですが、こんな所に水もありませんし、ただの穴ですわよ? 水があったとしても泥だらけになりますわよ」

「まぁまぁ、もうちょっと待ってくれ」


 さすが王族、注文が細かい。

 まぁ、これくらいなら誰でも思うか。

 次にムショクはカゲロウに何か注文をしてみた。

 その言葉にカゲロウは笑顔で頷くと溶岩の源泉に歩いていった。


「ちょっと、何するつもりなの?」


 カゲロウが笑顔で『旅する溶岩化石』を持ってくるものだから、ティネリアは怖がってムショクの方に一歩寄った。


「まぁまぁ」


 ムショクは笑いながらカゲロウに指示を出す。

 カゲロウはムショクの言ったとおりに『旅する溶岩化石』を傾けその穴に溶岩を注いでいく。

 しばらくすると穴に溶岩が満たされたので、カゲロウにそれをもとの場所に置くように頼んだ。


「ティネリアって魔法使いなんだよな?」

「それがどうしたのよ?」

「魔法でこれ冷やしてくれるか?」


 と言い、足元の溶岩溜まりを指差した。


「あなたね。これでも、私はティネリアでは有名な魔法使いなのよ?」

「できる? できない? 早くしないと溶岩が下に広がっていくんだ」

「できるわよ。

 ティネリアが誇る氷の秘術を見せてあげるわ!」


 そう言うと、ティネリアは魔法を唱え、足元の溶岩を冷やした。

 あっという間に、冷えた岩石の塊ができる。


「よし、スライ。

 最後に宜しく!」


 ムショクの言葉にスライはその岩の中心を食べていく。

 スライがどんどんそれを食べていき、ちょうど、地面に埋まった浴槽のようになると、ムショクの身体に戻っていった。


「あとは……泉の水を……」


 スライの身体から水が溢れ出しその溶岩でできた風呂を満たす。


「カゲロウで熱して……」


 カゲロウがその水をお湯へと変えた。


「出来上がりだ!」

「できちゃいましたね」

「本当に作るなんて、呆れましたわ」


 青かった空は既に夜の様相に変わっていた。

 もう少しで辺りも闇夜に変わる。

 溶岩の赤い光が遠くで輝いている。


「ちなみに、私はこんな所で入らないわよ!」


 真っ先にティネリアが作った野外風呂を断ってきた。


「流石にこんな衝立ついたても何もないところで裸になんてなれないわよ!」


 まぁ、仰るとおりではある。

 元よりムショクもそのつもりだった。


「まぁ、俺もそう思うわ。

 なので、夜にこっそり俺だけ入る!」

「ムショクさん、お風呂好きなんですか?」

「まぁ、人並みにはな」

「あははは、なら、夜にゆっくり入ってください」


 フィリンはそう笑った。


「もう、そんなことばかりしてないでご飯食べましょうよ!」


 我慢の限界に達したのか、ナヴィが顔の前に飛び出してきた。

 本当に食い気だけは十分にある妖精だ。


 とは言え、食事の用意も完全な闇夜に変わる前にしてしまわないといけない。

 前回と同じようにダフルラビットをムショクが捌く。今度はフィリンが幾つかの植物を摘んできていた。


「この分厚い葉は白キャナと言って煮込むととても美味しいんです。そして、こっちの太い根はキャロの根と言ってこれも煮込んだり火を通すと美味しいんですよ」


 どちらもスライの水で綺麗に洗い土を落とす。

 白キャナは人差し指程の分厚い葉がローズロールのように丸まってでき

たもので、表面の葉を一枚ずつ剥ぎ、それを切り刻む。

 キャロの根は、手のひら大の白い根だったので、それをゲイヘルンの牙で一口サイズに刻む。

 

「鍋でもするか」

「いいですね。白キャナもキャロもスープにとてもあうんです」


 さっきから横でウキウキした目でそれを見ているナヴィの姿があった。

 よっぽど食べたいのだろう。

 いや、よく考えると、そもそもこの情報はナヴィから教えられるものではないだろうか。

 食材調達係として、これくらいは回収したいところだったが。


「なんで、ナヴィは白キャナやキャロを知らなかったんだ?」

「食べられるのは知っていましたが、美味しいんですか?」

「なるほど。そう来たか。

 お前、もしかして甘い物しか好きじゃないだろう」

「え? 甘いの美味しいじゃないですか?」


 こいつに、カツオや昆布で出汁を取った物を飲ませてやりたい。

 さぞかし驚くに違いない。

 とは言え、そんなものはここにはない。


 なので、鍋は驚くほどシンプルな味付けになる。

 ダフルラビットの肉、白キャナ、キャロの根、それにシオナ火山の塩と隠し味にメンティスの根で少しだけ辛味をつける。

 ゲイルの大鍋にそれらを入ると、改めて作ったたき火に置く。

 枝さえあればカゲロウがたき火を形作ってくれるのだから楽なものはない。


 しばらく煮込むと鍋からいい香りが漂ってきた。

 味気ないと想像していたが、脇役かと思った白キャナが意外と主役級に存在感を主張している。


「何だか美味しそうな匂いがしますね」


 ナヴィが早速それに反応する。

 ムショクが味見をするとそれは思った以上に鍋らしい鍋になっていた。

 まだまだ、足りないものは多かったが、外で食べるには十分過ぎるくらいだ。

 ここまで作って聞くのはどうかと思うが、器はあるかとフィリンに尋ねた。

 旅の時に使う木の器が一応あるとのことだったが、4つはないらしい。シハナとティネリアにフィリンの器を渡すとフィリンとムショクは調合用の器で食べることにした。

 乳鉢に入る具材、コリンの水晶瓶に入るスープ。多少食欲を削ぐものではあったが贅沢は言ってられない。

 ナヴィとは同じ器になるが2人してダフルラビットの鍋を堪能した。


「ふぅ……結構美味かったな」

「ですね! ちょうど、寒くなってきましたので更に良かったです」


 ナヴィも美味しいものを食べられて上機嫌のようだった。

 寒くなってきたとはいったが、溶岩が近くにあるので凍えるほどではなかった。


 食事が終わってゆっくりすると、誰から話し始めたのかどうでもいい話が始まる。

 終わりどころのないとめどない話。


「ふぅ……こんな旅なら楽しかったのに……」


 ティネリアがたき火をボーッ眺めながらポツリと言葉をこぼした。


「あっ、ごめん。

 気にしないで」


 全員の視線がティネリアに集まり彼女は思わず笑ってそう返した。


「俺はこんな旅しか知らないが、他はそんなもんじゃないのか?」


 快適とは言えないが、不快とは言えない旅であるのは確かだ。


「あはは、全然違うわよ。

 旅の食事で温かいものなんてあまり出ないわ。

 乾物ばっかりよ。強いて言うなら、焼いた肉は温かいかなって感じよ」

「確かにこの旅は快適ですね」


 ティネリアの言葉にフィリンも同意した。


「ちなみに、王族の旅よりもこの度は快適ですわよ」


 驚いたことに、シハナも同意見のようだった。


「何がそんなに違うんだ?」

「水よ」

「水ですね」

「水ですわね」


 ムショクの疑問に3人が同時に同じ言葉を返した。


「当然のようにざばざば使ってあまつさえ湯浴みをしようなんて、王族でも考えませんわ」

「水場のない平原でスープってのも贅沢ですね」

「そうよね。旅とは思えない豪勢な食事だわ。

 あとはたき火が精霊ですぐってのもあるわね」

「確かに火の番がないのは楽ですね」


 意外なことにティネリアとフィリンが旅の苦労話で盛り上がっている。

 快適ではないが不快ではない程度の認識だったが、他から見ればこの旅は逆にとんでもない快適だったみたいだ。


「後、何と言っても『怒涛の装甲鳥(アングリーバード)』よね。チェルシーも良かったけど、ハイネとフランは凄いわね」

「ん? チェルシー?」


 聞いてはならないよう言葉に思わず聞き返した。


「ええ。唸りトカゲのチェルシーは私の大事なパートナーだったわ」

「いやいやいや」


 予想外の言葉に身を乗り出す。


「チェルシーってヒトじゃないのか? えっ? トカゲ?」


 トカゲにチェルシーってどういうセンスだ。


「何よ、文句ある?」

「いや、ないけどさ……」


 確か、冥鳥ヘルムガートは地上を早く走るものを標的にすると言っていた。人の徒歩程度では標的にならないのだろう。

 冷静に考えれば分かることだ。

 思い出してみても人の骨はなかったのだ。

 こちらが勝手に勘違いしていただけだった。


 その後もティネリアとフィリンは旅の違いを話していた。

 スープが気に入ったらしく、特に料理がいいわと強調していた。

 が、フィリンは強く肯定できずに困った顔をしていた。

 それもそのはずで、この旅の料理がいつも美味しいとは限らない。

 ティネリア以外の全員がそれを知っていた。

 ティネリアの言葉に満面の笑みであるムショクを見てフィリンは苦笑いを浮かべた。



 大分と夜も更けてきた。

 地平線の先も闇夜に変わり、空には月と星が瞬いていた。

 風は少し寒いが、近くの溶岩の熱気で震えるほどではない。

 暗い闇夜の中に溶岩の赤黒い光。その光がここをよりいっそう遠くの世界へと感じさせる。


「さて、そろそろ」


 ムショクは、コリンの水晶瓶と幾つかの草を持ってゆっくり立ち上がると、たき火から離れた。

 不思議そうな顔で「どうしたんですか?」と尋ねたフィリンにムショクは無言で笑顔だけ向けた。

 その顔でフィリンは何をするか分かったらしく、笑顔を返した。


 輪から外れると途端に空が高く感じる。

 遮るものがない平原だからこそ、孤独感はいっそう深く広がる。


「ナヴィ、空が綺麗だな」

「はい」


 黒なのか深い藍色なのか。

 一色ではない闇夜の深さとそこに光る星が果まで続く。

 ナヴィがムショクに合わせて上を向く。

 それと同時に、ムショクが服を脱ぎ始めた。


「ちょっと! 何脱いでるんですか!」

「えっ?」


 当然の疑問だ。

 いや、ナヴィではない。ムショクにとっての当然の疑問だ。


「風呂に入るには服を脱ぐだろ?」

「そうですが――いや、そうじゃなくて!」

「なんだよ。妖精は風呂も服を着ているのか?」

「着ません!

 そうじゃなくて! もっとこう! あるでしょ? 雰囲気!」

「脱ぎ方に雰囲気なんてあるのか?」

「ちがーう! さっきのセリフ思い出してくださいよ!」


 まったく、注文が多い妖精だ。


「風呂に入るには服を脱ぐ!」

「その前!」

「えっ? 覚えてないな〜?」

「夜空が綺麗だなって言ってくれたでしょう?」

「いや、空が綺麗って言っただけだぞ?」

「覚えてるじゃないですか!

 夜空も空も同じですよ! 同じ!」

「まぁ、そこは百歩くらい譲ってやるよ」

「なんで譲るんですよ!

 私が正しいに決まって――って、何で続き脱ごうとしているんですか!」


 話が長くなりそうなので服を脱ごうとしたらまた止められた。

 悪いが、止められても上半身はすでに裸なんだ。むしろ、中途半端に止めるなと言いたい。


「私が空を見上げて余韻に浸ろうとした横でなに脱いでいるんですか!

 台無しですよ!」

「そんな事でおこらなくても」

「怒りますよ! 私が未来、目をつぶってこの風景を思い出すとします。その端でムショクが脱いでいるんシーンが同時に思い出されるんですよ! 最悪じゃないですか!」

「そんな詳細に思い出すなよ」

「全知の記憶力を舐めないでください!」


 出た。全知の無駄能力。

 この旅の中でろくな能力を発揮した覚えがない。


「まぁ、いい。

 入るぞ、風呂」


 そう言うと、残っていた服を全て脱ぎ捨てた。


「ちょっと!」

「いいから、いいから。

 ナヴィも気にいるぞ?」


 風呂桶も何もないのでかけ湯はできない。

 が、まぁ、自分だけなら問題はない。

 地面に埋まっているような自家製浴槽に足を入れる。


「うっ、冷たい」


 せっかくいい温度のお湯だったがご飯を食べている内に冷えたみたいだ。

 手を振ってカゲロウを呼ぶと、再度お湯の温度を上げてもらった。

 水面から白い湯気が上がり始め、いい感じに温度が上がったみたいだ。


「カゲロウ助かった。

 カゲロウは溶岩とかでゆっくりするか?」


 メルトとの戦いの時も『旅する溶岩化石』を持ってる時も、溶岩程度の熱さは気にしないようだった。

 ムショクの言葉にカゲロウは嬉しそうに頷くと、遠くにある溶岩の海まで飛んでいく。そして、その中に潜っていった。


「じゃあ、俺らも入るか」


 いい加減、全裸は冷える。

 浴槽にゆっくり足を入れる。思ったよりも熱かった。が、息を吐きながらゆっくりお湯に身体を沈めていく。


「ぅああああああぁぁぁぁ」


 思わず声が出る。

 気持ちいい。身体全体を包む温かいお湯。

 それに解放感。

 やはり、お風呂は良い。

 想定外だったのは、目線の高さが地面になることくらいだったが、頭を掛けて上を見たらそんな事気にならない。

 完全な闇夜と思ったが、目が慣れると意外と月が明るい。


「何ですか、そのとろけ切った顔は」

「そういう文句は入ってから言うんだぞ?」

「入りませんよ?」

「また、そうやってやる前から怖がって」

「なっ! いいでしょう!

 入ってやりますよ! そして、たっぷり文句言ってあげますよ!」


 そう言うと服を脱ぎだした。

 相変わらずちょろいやつだ。


「ちょっと、こっち見ないでください!」

「はいはい」


 ムショクは、そう言うと上を見た。周りに無駄な明かりがないだけに星が綺麗に見える。


「ちょっと熱くないですか?」

「そんなもんだ。入ると意外と適温だぞ」

「こっち見ないでくださいよ」

「大丈夫だ。ちらりとも見てないぞ」


 顔に当たる風が冷たくて気持ちいい。

 すぐ側で、ナヴィがゆっくり湯に浸かり始めている。

 例に漏れず、ナヴィも息を吐きながらあぁと唸り声を上げている。

 おっさん。まさにそんなダメ妖精だ。


「……あ」


 吐息のような声を漏らし、ナヴィが湯に浸かった。

 ナヴィは、ムショクの肩に腰を掛け、ムショクと同じように縁に頭を掛けて空を見る。


「あぁ……いいですねぇ……」


 お湯に浸かりながら天頂を見る。この贅沢をナヴィも分かったらしい。

 文句を言うのも忘れて、夜空を堪能した。


>> 第58話 何か……登場!

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