第56話 骨と溶岩
関所を抜けてから、何事もなく走り続けた。
徒歩や馬車程度の速度ならモンスターとの戦闘があってもおかしくないのだが、『怒涛の装甲鳥』はそれらよりも遥かに速いため、戦闘になる機会は少ない。
そういう意味でも『怒涛の装甲鳥』は優秀な乗り物だった。
この調子で行けば明日の朝にはつくだろうとナヴィが言ったので、速度を落として、ゆっくりと進むことにした。
早いのはいいのだが、やはりそれ相応の負担はかかる。
速度が緩やかになると、肩の力も抜けた。
「ここらへんは何が取れるんだ?」
「そこまで大きく生態系は変わらないですが……」
そうですねぇと。ナヴィは思案げにつぶやいた。
「ここら辺は、土地が痩せていますからヘリクスフラワーが他よりも多いかもしれませんね」
「どんなやつなんだ?」
「真っ直ぐな茎の草なんですが、その周りに小粒の小さい花が螺旋を書きながらいくつもつくんです」
「不思議な見た目だな。
なんか合成に使えるのか?」
「観賞用ですねぇ」
「ムショクは、錬金術師なの?」
ナヴィとムショクの会話を聞いてティネリアが尋ねた。
「そうだが? なんか不思議か?」
「このパーティー前衛がいなくない?」
不審そうな顔をするティネリア。
少なくともフィリンは弓矢で前衛ではないし、ムショクもシハナも戦闘は無理だ。
前衛がいないというかパーティーとして、成り立ってない。
「メンバーは急ごしらえだからな」
「それでよく、冥鳥ヘルガムートに勝てたわよね」
彼女はまだ、ムショクたちがヘルガムートを倒したことを信じていなかった。
「正確な表現をすると勝ったわけではないしな」
「なに? また、嘘なの?」
ティネリアの中でムショクは嘘つきになっているようだ。とは言え、それは身から出た錆であるが。
「いや、冥鳥ヘルガムートはいなくなったんだが、倒しわけじゃなくてだな――」
「ムショクさん、そろそろ、野営の場所を決めましょう」
少しむっとした顔をしたフィリンが会話に割って入って来た。
どうやら、仲良く話しているのが気に入らないようだった。
「了解。じゃあ、いつも通りの役割で用意するか!」
旅慣れしているフィリンの言葉に従って野宿に最適な場所を探すとそれぞれの役割を分担して動き出した。
フィリンは寝床の準備、シハナとティネリアは薪や食べられるものを集める役となった。
そして、前回と変わらず、ムショクは食糧確保の採集役として任命された。
その嬉々とした顔からフィリンとシハナは恐らく食べ物は持ってこられないだろうと予想した。
「フィリンも食料を確保しなくてよくって?」
シハナが呆れた顔で、フィリンに問いかける。
「ムショクさん、あんな嬉しそうですから……
一応、ティネリアさんと食べられるものを探しておいて下さい」
「まったく、甘いですわね」
フィリンとシハナはスキップするようにうきうきと平原の中を進んでいくムショクの背中を眺めた。
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「さて、今日はどんなアイテムを作るかな」
「早速ズレたこと言ってますね。
一応、食べ物を探すという仕事があるのを忘れないでくださいね?」
「善処する」
前回は食べられるものは何も持って帰れなかった。
結局、フィリンにすべて任せる形となってしまった。
一応とは言え、食べられるものも探すつもりではいる。
「ちなみに何か作りたいのあります?」
「攻撃系のアイテムかな。
ちょっと心許ないし。
ほら、前に教えてもらった――」
「『トールフラゴ』ですね。
いいですよ。採取しながら作り方を説明します」
ナヴィがあたりを見回した。
「材料として『鬼灯岩』、『渦巻き蛇の抜け殻』、後は『渦巻き蛇の牙』か『旅する溶岩化石』ですね」
「『鬼灯岩』、『渦巻き蛇の抜け殻』は前見つけたからな。と言うことは、『渦巻き蛇の牙』か『旅する溶岩化石』のどちらかか」
「渦巻き蛇を見つけるのが手っ取り早いですが、戦闘が発生するので、ムショク的には『旅する溶岩化石』がいいですかね?」
「だな。戦闘は極力避けたいから『旅する溶岩化石』を探すか」
ちなみにとムショクは言葉を続けた。
「渦巻き蛇ってのはどんな奴なんだ?」
戦いたくはないので、特徴だけは聞いておく。
「そうですね。世にも珍しい火を食べる蛇です。
牙は火を生み、抜け殻は火を燃え咲かせると言われています。
ほとんどの部位に火を増加させる効果を持つ蛇です。身体に赤と黒の渦巻き模様がついているのが特徴なので、分かり易いと思います」
「聞くからに危なそうな奴だな」
「巨木一本くらいまで成長するとされてますしね。
ムショクが採った抜け殻は小さい方ですよ」
「見たら全力で逃げることにするぞ」
聞いた感じから勝てる気がしない。
ムショクが手に入れた抜け殻は両手で持てるほどのサイズ。サイズで言うところのよく見る蛇のサイズだが、ここでは小さい方になるらしい。
戦闘にならないように辺りを警戒しながら採集を始める。
前回と同じように『ローズロール』や『ミンティア』はすぐ見つかったが、なかなか新しいアイテムは見当たらなかった。
「『旅する溶岩化石』ってのはどんな奴なんだ?」
いくつかの薬草を摘みながらナヴィに尋ねる。
「そうですね。
そのままです。という説明ではないですが、ムショクの握りこぶし二つ分くらいの石の卵のようなものです。
卵の化石に見えるので化石って呼んでますが、実際はただの岩です。
ころころ転がるのですが、割れると中から高熱で溶けた石が流れ落ちます」
「熱そうな卵だな」
「それが、石自体は熱くないんですよね。
見た目は普通の石とほとんど同じなので、誤って割ってしまうと大変なことになってしまいます」
確かに誤って割った石の中から溶岩が噴出したら大変だろう。
が、ムショクとしては誤って石を割る状況を説明して欲しいくらいだ。
誤って石を割ることなどそうそうない。
しばらく辺りを探し回ったが、目新しいものは見られなかった。
ナヴィが言うには、『トールフラゴ』を作るために挙げたアイテムはどれもレアリティが高いもので簡単には見つからないようだ。
「これ以上遅くなってもあれだしな。
食料でも探して帰るか」
「なんで、残念そうなんですか?」
こっちとしては、少しでも攻撃の手は多く持ちたいのだが、お気楽妖精はどうもそんなことよりも食べることの方が大事らしい。
「黄金宝珠は近くになさそうだから、ダフルラビットくらいか?」
「珍しくやる気じゃないですか。
そうですね。後は、足元にある青緑の葉っぱを摘んで下さい」
「これは?」
「『シェリの葉』です。口の中で噛むと甘いんですよ」
ナヴィの言葉に従って『シェリの葉』を詰む。
「ムショクもこう言う植物を使っておいしいポーションを作って下さいよ」
「えぇ……それはちょっと……」
「なんで、そこで心底嫌そうな顔をするんですか!」
自分用ならまだしも、人に飲ませるものは出来るだけ不味い方が楽しい。
ナヴィにもいつかそれを分かってもらいたいものだ。
杖を持ってダフルラビットを追いまわしたが、すばしっこく動くそれは中々追いつくことができなかった。
仕方がないので、フィリンに頼むことにした。
諦めてフィリン達のいるところに戻ると、すでに夜営の準備はすんでいるようだった。
フィリン達が囲っている中心には、カゲロウがいるたき火があり、すでに寝どこも用意されていた。
「すまん。折角食糧確保に向かったんだが、ダフルラビットは獲れなかった」
「大丈夫です。ムショクさん。
素早いのは私にまかして下さい」
そう言うと、フィリンは矢を持つとどこかに歩いていった。
「えっ? ムショク、何も見つけてこなかったの?」
シハナはいつものことだと呆れていたが、驚いたのはティネリアだった。
彼女からしてみれば嬉々として平原にいった彼が、食べるものを何も持たずに帰って来たのだから不思議でならないのだろう。
いや、ムショクが手ぶらだったのなら獲れなかったのだろうと多少の想像はできた。
が、ムショクの両手には合成用のアイテムが山ほど握りしめられており、残念そうな顔を一つしていないのだからなおさら驚いた。
「いや、食べられない物ならとれたんだがな?」
「それじゃ、意味ないよね!」
「まったくですわ」
2人に責められるとさすがのムショクも少し困った顔をした。
「本当に、このメンバーであの『冥鳥ヘルムガート』を倒したの?」
こんなことを見せられると呆れるというよりもむしろ懐疑心の方が強くなる。
「いや、マジだって。ほら!」
そう言って、ガサゴソと鞄を引っ張って中を見せた。
ティネリアが疑い深そうにその鞄を覗き込むと驚きの声を上げた。
「これ、本物なの!? さ、触っていい?」
ムショクは、どうぞと手を鞄に向けた。ティネリアは中の1本を珍しそうに取り上げるとそれを空に翳した。
見た目は普通の骨だ。
「すごい魔力。
持っているだけで禍々しさが伝わってくるわ」
「へ、へぇ……」
ティネリアの言葉に何となく相槌を打つ。
魔力? 禍々しさ?
どれもムショクには感じなかった。
その骨を使って出汁を取ろうかと考えていたくらいだ。
「分かるのか?」
「ええ、これほどの魔力を持つ骨なら本物に違いないわ」
ティネリアが軽く振ると青白いオーラが残像のよう残った。
「魔力感応力が桁違いだわ」
「ふむふむ。なるほどな」
ムショクはティネリアの会話についていくことを諦めて適当に相槌を打った。
「ムショク、分かってます?」
「……お前、分かっていて聞いただろう」
ナヴィが適当に頷いているムショクをニヤニヤしながら見た。
「で、凄いのか?」
「大雑把な聞き方ですねぇ」
「まぁ、あの反応を見ていると分かるが、凄いんだな」
「ちょっと、この凄さがわからないの!?」
ティネリアが骨をクルクルと回しながらそう声を上げる。
よっぽど気に入っているのだろう、ティネリアが振るたびに青白いオーラが揺れる。
残念ながらムショクには、魔法少女の持つステッキくらいにしか見えない。
いや、それはよく言いすぎた。
所詮骨だ。
どう穿ってみても魔法少女の持つステッキには遠く及ばない。
やはり骨だ。
昨今の魔法少女事情は知らないが、骨を振り回して喜ぶ彼女を普通とは思えない。
「本当にわからないのね」
呆れた顔では見ているムショクにティネリアはふふんと笑った。
「なら、見せてあげるわ。
普通の杖は、魔法にしか使えないけど、これだけ魔力を通しやすいと杖そのものも強化できるのよ」
そう言うと、ティネリアは骨に魔力を通した。
それに合わせた、ヘルムガートの骨全体が青白く光った。
「ちょうどそこにいい感じの丸い石があるわね。
見てなさい! 非力な魔法使いでも石を割れるようになるのよ!」
ムショクは聞きたくない単語を耳にしてしまった。
ちょうどいい感じの丸い石。
まさかとは言わない。
が、往々にしてよくある
「待て――その石はもしかして――」
ムショクが止めるよりも早く、ティネリアがその石にヘルムガートの骨を振り下ろした。
硬そうな岩だったが、魔力のこもった杖はそれを簡単に割った。
卵のように綺麗に半分に割れたその直後、割れたところから噴水のように大量の溶岩が空高く舞い上がった。
「逃げるぞ!」
目の前を溶岩の柱が迫り上がったティネリアは、一瞬何が起こったのか理解できなかったが、ムショクの声にハッとして、走り出した。
「何なのよ!」
舞い上がった溶岩がその身を地面に落としていく。
熱せられた岩の雨だ。
当たって熱いではすまない。
「フ、フリージングケイル!」
ティネリアが薄い氷の盾を上空に張った。
「ナイス!」
「ダメよ。気休めにしかならないわ!
それより逃げるわよ!」
頭上の氷の盾が溶岩にあたりジューっと音を上げる。
溶岩が当たらないところまで、全力で走り抜けると、3人は地面に膝から崩れ落ちた。
「はぁ、はぁ、はぁ、危なかった」
「はぁ、はぁ、何だったのあれ……?」
「炎が吹き出す岩なんて奇妙ですわね」
シハナだけが息を切らしていない。
この時ばかりは死者は羨ましい。
「あれが『旅する溶岩化石』か?」
「ですね」
ナヴィが手を額に当て遠くの方を眺めている。
彼女が見てる方角にはまだ溶岩が吹き上がっている。
あの小さな石の中に入っていたとは思えないほどの量だ。
しかし……。
ナヴィが言っていた、間違えて石を割るやつ。
そんな奴はいないと思っていたが、目の前にいた。
「皆さん、大丈夫ですか?」
異変を察知したフィリンが慌ててムショク達のもとに駆け寄ってきた。
「何とか」
「ムショクさんたちは、私がいない時に何かしますね」
フィリンがちょっと拗ねたように頬を膨らませた。
前回のミラリアドリンクに、今回の旅する溶岩化石。確かに異常事態の時にフィリンがいない時が多かった。
拗ねる所はそこなのかとムショクは思ったが、膨れた頬が可愛かったので、無言でそれを突くだけにしておいた。
>>第57話 夜空とお風呂




