第55話 あの時燃やしたものは
リルイットはどこも寒く作物はあまり育たない国であった。代わりに地下資源が豊富で北から西に大きく伸びた領土は、その広さもあった。
豊富な資源をフェグリアに輸出することで、食料を輸入していた。
南のサジバットも同じで、彼らもまた地下資源を輸出し、食料を輸入していた。
リルイットとフェグリアは、互いに互いの領土を羨ましく思い、手中に収めたいと思いながらも、今の関係を壊したくないという微妙なバランスがあった。
それはサジバットも同じで、フェグリアを挟んで、リルイットとサジバットは外交的な対立を水面下で行ってきた。
「私達の国としても、争いは極力避けたいのよ」
ティネリアはそうムショクにボヤいた。
「戦争をやりたがってるような言い方だな」
「前王は穏健派だったけど、現国王は強硬派なのよ。
おかけで、最近国内がひりついているわ」
あまり聞きたくない情報だった。
剣と魔法の世界へ足を運んだが、ここでもやはり権力闘争は起きるものである。
特に領土や資源が関わるとなると尚更にである。
「どこもこんなものなのかねぇ」
ムショクは少しげんなりした気分でナヴィに愚痴った。
「所詮、ヒトですからね」
「次生まれ変わる時は、ナヴィみたいな妖精になるよ。何にも悩みがなさそうだしな」
「むっ、失礼ですね! 私にも悩みがありますよ」
「どうせ、お腹が減ったとか何か食べたいとかそんなんだろうが」
「な、何がいけないんですか!
そもそも、食欲は原始的な欲求であってですね――」
ナヴィの長い話が始まった。
何よりお前の悩みは俺がログアウトできないことだろう、と言いたい気持ちを飲み込んだ。
このお気楽妖精はそんな事すっかり忘れているようだ。
ムショク自身、ナヴィとの旅を気に入っていたから、それはあまり問題ではなかった。
周りの気温が少し下がってきたのを感じた。
当たる風が冷たく、肌に当たらないようにマントの口を強く締める。
「寒くないか?」
「ありがとうございます。
お優しいんですね」
ちょっと嫌味な笑みを見せるティネリア。
攫っておいてどの口が言うのかという顔だ。
「悪かったって」
「まぁ、私もここであなたの機嫌を損ねて、原っぱの真ん中で捨て置かれるような事態になったらそれこそ一大事よ。
せいぜい、嫌われないようにするわ」
とても、嫌われないようにしようと思ってるとは思えない口ぶりだ。
「それにしても、そんなに大事な入国証明書をなくすってのもドジだな」
「なくしてないわよ」
「大声で叫んでなかったか?」
ティネリアはそれを思い出して顔を赤くした。
外聞もなく叫んでいたことは彼女としても恥ずかしいことではあった。
「もう、思い出させないでよ。
正しくは、取られたのよ」
「取られた? 盗まれたってことか?」
「違うわ。モンスターに襲われて、私達の荷物が全て食べられたの。
入国書もその中にあったの」
「よく助かったな」
ティネリアは思い出すと、身震いをした。
「あなたがどこから来たか知らないけど、骸骨平原に入る時は気をつけたほうがいいわ。
あの伝説の『冥鳥ヘルムガート』が出たわ」
「へっ?」
聞き覚えのある単語にムショクは思わず聞き返してしまった。
それと同時に、ヘルムガートの骨をあさっている時に、出てきた他の冒険者の荷物を思い出した。
「驚くのは無理もないわね。
噂程度で流れていたけどね。本来フィールドボスとしても強すぎるモンスターよ」
ティネリアはムショクが『冥鳥ヘルムガート』に驚いたと思っただろうが実際はそうではない。
良く分からない紙きれだと思って燃やしたが、あれが入国証明書だっと言うことだ。
「リルイットからも軍を要請しておくつもりよ」
しかし、『冥鳥ヘルムガート』は軍を呼ぶほど強かったのか。
シハナがキヌカゼを抑えてくれなかったら全滅した可能性があった事に今さらながらに安心した。
「あぁ、いや、それな……倒したわ」
「はいはい。そんなこと言っても騙されませんよ?」
「冥鳥ヘルガムートって、あの骨でできた鳥だろ?
背中には骸骨の騎士を乗せて」
「そうです。過去、東部大陸を震撼させた飛龍隊の鎧をまとった骸骨騎士です。
……って、なんで知っているんですか?」
「だから、戦ったんだって」
「たった3人でですか!?」
ムショクとフィリンとシハナ。それにナヴィ。
正確には4人だ。
「残念だな、ナヴィ。
頭数に入れられてないぞ」
「私は、頭脳労働専門ですから。
戦うのはムショクの仕事ですよ」
その頭脳労働専門だが、ことあるごとに役に立たない知識しか披露できない使えないやつだ。
「ちょ、ちょっと、本当に倒したの?」
「まぁ、俺が倒したわけじゃないがな」
シハナの手柄を横取りしているようで、少し引け目を感じた。
「すぐに取り出せないが、鞄の中に冥鳥ヘルガムートの骨が入ってるぞ」
「あ、後で見せて!」
「いいぞ」
そこでムショクはふと思った。
これって鶏ガラになるのだろうか。冥鳥ヘルガムートのスープ。名前からして食欲をそそられないが、もしかしたら美味しいかもしれない。
ただ、アンデットを食べる気はあまり起きない。
「冥鳥ヘルガムートって、毒があったりするか?」
「ないですよ?」
ナヴィか不思議そうに答えた。
「トリガラからダシ取れるかなぁ……」
「なんですか? それは?」
「鳥の骨から取れる旨いスープだ」
その言葉にナヴィがすごい反応を示した。
「おいしいんですか!」
「まぁ、あいつは完全に干からびてたから無理か」
「次は新鮮なアンデットを探しましょう!」
この腹ペコ妖精は早速想像のスープに舌鼓をうっている。
確かに、もう少し新鮮で身があったもののほうがよいだろうが、そこまで行くとアンデットじゃなくてもいいのではと思いもする。
「あなたたちは、いつもこんな旅をしているの?」
ティネリアは、呆れた顔で2人を見た。
「こんなというのは?」
「食べたり戦ったり冒険者らしいわね」
「明らかに褒めてない顔で言ってるな。
冒険者はそんなに嫌われているのか?」
「粗野な人が多いのよ」
「含みがある言い方だな。
何かあったのか?」
「サジバットまでの旅の間、護衛についてもらったのも冒険者よ。
ヘルガムートとあったら真っ先に逃げ出したわ」
よっぽど腹が立ったのか、手綱をにぎる手が、ぎりぎり音を立てた。
「平時の時は、守るとか格好いいこと言っておいて、
いざ、ピンチになったら逃げるのが冒険者よ!
あいつらが逃げなかったら、チェルシーは……」
ティネリアが言葉をつまらせた。
「どうなったんだ?」
「私を守って死んだわ」
そうか。とムショクは呟いた。
「王都までは、必ず送るよ。
約束する」
「……まだ、信じないわよ」
彼女はそう言うと前を向いた。
>>第56話 骨と溶岩




