第53話 強行突破
国境沿いの話だと春に近そうな話だったが、まる一日走り続けると、冬かと思うほど寒くなった。
「リルイットの季節は2つ。
寒い冬と寒くない冬と言われています」
「なんだ、その雑な季節は」
とはいえ、春先と説明されたにも関わらずこの寒さに驚く。吐く息は白く、吸い込む空気は冷たい。
「ほとんど雪に囲まれた国ですからね。
霊山ケルビンの頂上は雪が積もっているはずです」
「春なのにか?」
「春なのにです」
骸骨平原を抜け、しばらく何もない時間が過ぎた。
前と打って変わって平和な時間。少しそれに飽き始めた時に、関所が見えた。
大きな門のような場所の前には多くの人だかりがあった。
人だかりは並んでいるものだけではなかった。
その人だかりに商売をしているもの、旅の疲れを癒やすかのように寝ているものまで様々だ。
「関所って、通らなければならんのか?」
「えぇ、まぁ。他国に入る場合は関所で入国書を発行してもらうんですよ」
「それってどのくらい掛かる?」
「正直……」
フィリンは言葉を濁した。
「すでに持っている場合でも、それなりの時間が掛かります。
新規の発行ならなおさらです。
周りにテントを張っている人達がいますよね?
あれは多分、入国許可証の発行待ちです」
自分たちの持つ時間が少ないことは全員が理解しているところだった。
フィリンの話だと、手続き自体に途方もない時間がかかる。それほどの余裕はない。
「無視して通り過ぎることってできないのか?」
「できるできないかの話だと可能ですけど、オススメはできません」
「なんで?」
「私達みたいな旅行者は、事あるごとに入国証明書の提示を求められます。
そこで示せないと不法入国で捕まります。
不法入国の罪は重く、場合によっては反逆罪も適用されてしまいますから……」
「まぁ、当然っちゃ当然か」
素性の知れない者に自国の領土をうろつかれるのが警備上よくないのは当然ではある。
だが、悠長に許可を待っている時間はない。
「だから! なくしたって言ってるでしょ!」
ムショクが考えあぐねていた時、列の先で怒声が響き渡った。
何度か口論していたが、埒が明かなかったらしく、その怒声を上げた人物は渋々列から外れた。
ムショクはそれを見ると何かをひらめいたような顔をして、その人物のそばへかけて行った。
何度か言葉を交わすと、ムショクはその人物と共に戻ってきた。
「こちら、ティネリアさんだ」
「初めまして、ティネリアと申します」
ティネリアと名乗った女性はフィリンとシハナに深々と頭を下げた。
ティネリアは丸い眼鏡を掛け、美しく茶色い髪の毛は綺麗に編み込まれていた。右側にだけ編み込んだ長い髪が垂れており、物静かな知性を感じさせる瞳をしていた。
だが、何かあったのだろうか、服は所々が破け、土に汚れていた。
「今回はお悔やみ申し上げます。
私としてもこの様な不幸の中、御好意に相乗らせていただくことに多少の厚かましさを感じているのですが、なにぶん、ことが事だけに――」
急な弔辞を述べられ、フィリンとシハナは状況が掴めず混乱した。
「な、何の話なんですか?」
フィリンとシハナはムショクを引っ張り少し距離を取って訪ねた。
「入国書が余ってるから一緒にこないかと誘ったんだ」
「えっ? ちょっと、意味がわからないです」
「そのままの意味だぞ?」
「それがおかしいのですわ」
「まず、一人一枚の入国証明書がなんで余るんですか?」
「旅で不幸があってだな」
「あぁ、だから、弔辞を……じゃなくてですね」
「関所を突破するぞ」
フィリンの言葉を遮るようにムショクが口を開いた。
「本気ですか?」
「逃げ切ってから怪しまれないように現地の人でも連れて行こうかなと」
「それって誘拐じゃ?」
「彼女も入りたがってたじゃないか。
お互い有益な行動だよ」
「なんで、あの人なんですか?」
「身なりがしっかりしている事と、関所の役人と口論してたからだ」
「口論していたから?」
その理由にフィリンは不思議そうな顔をした。
「あの服や容姿から結構身分の高い人なんじゃないのかなと。
土汚れや服が破れていたけど、どうも最近のっぽいし。
本当なら賄賂かなんかでも良かったはずだ。それこそ、口論なんかして相手の気を損ねないほうが得策だろうが。彼女はそれをした。
考えられるのは2つ。
背に腹は変えられない状況か、言い合っても問題ない立場、もしくは、勝つ可能性があったもの」
「……いい判断ですわね。
おそらくムショクの判断は合っていますわ」
呆れた顔でシハナが口を開いた。
「襟元にある銀の蝶の紋章は王室魔術師の証ですわね。
わたくしの時代から変わらないでのあれば、宮廷の中でもかなり身分が高いはずですわ」
「決まりだな」
ムショクはそう言うと、ティネリアの方を向いた。
心配そうな顔でこちらを見ていた。
「あの……大丈夫でしょうか……もし、迷惑なら……」
「いや、気にしないでください!
彼女たちも納得してくれました」
ムショクはこれでもないほどの笑顔を向けた。
どうやら、ティネリアは、揉めたのではと不安になったようだった。
「生き生きしていますわね」
「あの激不味ポーション作っている時も生き生きしてましたし、性分なんじゃないんですか?」
シハナとナヴィの言葉に返す言葉がなくフィリンは困ったような笑顔を返した。
「こちらの翼の先が黒いのがハイネで、首元の毛が長いのがフランです。
俺達の旅の仲間です」
ムショクが、まるで別人のような口調で2匹を紹介する。
「ハイネとフランね。
短い間だけど、よろしくね」
「どうせなら乗ってみます?」
「いいんですか?」
「とてもモフモフしますよ」
「まぁ」
ムショクの言葉にティネリアはとても可愛い顔を見せた。
「では、ハイネの方に」
ムショクは、手綱を引いてハイネの頭を下げ、ティネリアの手を引いた。
それと同時に彼女に気づかれないように、フィリンとシハナに、フランに乗るように指示を出した。
それに気付かなかったティネリアは、ハイネに乗るとその羽毛に囲まれ幸せそうに笑った。
「では、失礼して」
ムショクが、そのままハイネに乗る。
「あ、あの、急にどうなされたんですか!?」
急に後ろに乗られたティネリアが驚いた声を上げた。
「あはは、気にしないでください。
ちょっと――」
ムショクは手綱を動かした。その瞬間、暇そうにしていたハイネの目つきが変わり、待ってましたとばかりに走り出した。
「――関所を突破します!」
障害物を気にしない、ハイネは人混みをかき分け、関所に向かった。
フランは、飛び散った物や人をまるで水溜まりを避けるかのように軽快についていく。
「ちょっと、話がちが――」
ティネリアの言葉も気にせず、ハイネの速度が更に上がった。
騒ぎに気づいた関所の門番がこちらを見て、剣を構えた。
「止まれ! 止まらんと斬るぞ!」
「待って下さい! 私は無実よ!」
ティネリアの叫びは、誰にもその言葉は届かなかった。
勇敢に剣を構えているが、すでに走り出した『怒涛の装甲鳥』を止めることは至難なのを知っているのか、その腰はすでに逃げ出しそうであった。
「ちょっと急いでいるので!」
ムショクはそう言うと、手綱を動かした。
その瞬間、真っ直ぐ走っていたハイネがまるで飛ぶように跳ぶと関所の門番の頭を軽々と飛び越えた。
思わず、目をつぶり頭を抱えた門番を尻目にハイネとフランは関所を通り過ぎた。
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