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第52話 死者にたむける姫の言葉

 ムショクが振り下ろした杖を、骸骨騎士は受け流した。

 体勢を崩し、隙だらけのムショクに骸骨騎士が斬りかかろうとした。

 が、フィリンの矢が骸骨騎士の頚椎を撃ち、その体勢が大きく揺らぐ。

 ムショクは体勢を立て直すと、再度杖で一撃入れる。

 それを援護するように、フィリンが腰椎と仙骨にそれぞれ矢を穿つ。

 骸骨騎士の身体が揺らぎたたらを踏むように数歩下がる。

 それを見たムショクは骨盤に向かって杖を振り抜く。が、その刹那、ムショクに言い知れない寒気が走り思わず踏みとどまった。

 そのすぐ直後、ムショクの身体が行くはずだった場所に剣が走る。

 ひやりとしたが、その隙さえも見逃さず、骸骨騎士は肩を突き出し突進してきた。

 フィリンも矢を放つが、大事なところは全て隠されており、力を込めたその一撃を止めることはできなかった。


「がはっ――」


 骸骨騎士の容赦ない一撃がもろに入り、ムショクの口から苦しみの声が漏れる。

 骸骨騎士の突撃は終わらず、ムショクの身体を捕らえると、剣を突き立てたまま地面に倒れ込んだ。

 ムショクは、反射的に地面に手を伸ばそうとしたが、それをすぐやめ、身をよじった。

 支えもなしに地面に倒れて背中を強く打った。が、それでも、自身を貫こうとしている刃を避けることはできた。

 ムショクの上に、骸骨騎士が馬乗りをし、再度、剣を構える。

 フィリンが弓矢を放つが、骸骨騎士はもうお構いなしだ。

 ムショクが、杖を前にそれを受け止めるが、剣の先は、ムショクを狙って離さない。

 フィリンは慌てて近寄ると、骸骨騎士の腕を掴む。

 二人の力で何とか堪えているが、いつまでも続けられるはずがない。それが時間の問題であることは、ムショクもフィリンも分かっていた。


 だが、手がない。

 持てる打撃は殆どダメージが通らない。

 ならば、『冥府への鎮魂』だが、それは誰にも使えない。


「ナヴィ!」


 叫んだのは、シハナだった。

「『冥府への鎮魂』はどうすればできのるです!」


 そう、この場で動けるのはシハナしかいなかった。

 が、彼女も含め、ここにいる誰もが今の場を好転できるわけがないと思っていた。


「死者への畏怖と慈しみです。

 死に携わる聖職者だからこそ持てるその気持ちが、死者を冥府に送る道筋になるのです」


一般人が死者に対して畏怖や慈しみを持たないと言っているわけではない。

 より深くそれを持つものは常日頃からそれに触れているものだと言うことなのだ。


「ムショク! 借りますわよ!」


 そう言うとシハナは、地面に置かれているカバンから『簒奪(さんだつ)王の絵の具』を取り出し、それを指につけた。


「止まりなさい!」


 シハナは、空中に文字を書きそう叫んだ。

 ムショクは、その言葉がなんと書かれているか読めなかったが、シハナの声に呼応するように骸骨騎士の動きが止まった。


「止まった……のか?」



 その文字は金色の光を放ち、骸骨騎士の動きを止めた。

 ムショクは、何とか這い出し骸骨騎士と距離を取った。


 死を恐れ、敬い、死に伏したものを悼む心。

 死者である自分にそれができないはずはない。シハナの心は確信で満ちていた。


「シハナ! できるのか!?」

「もちろんですわ! だって、わたくしは――」


 シハナの言葉が一瞬詰まった。


「――彼と同じ死者ですもの!」


 投獄され、ただ無意味に生きた日々。

 死の足音は毎日その音が大きくなり、恐怖と諦め。そして、ないに等しい希望に揺らぐ日々。


「騎士よ。古の(いにしえ)の騎士よ。

 戦う意味を言いなさい」


 シハナの身体が淡く青色に光った。

 彼女の問いかけは魔力を持って虚ろに剣を振るっていた骸骨騎士に届いた。


「騎士の剣は、力無き者をを守る剣であり、名誉を守る剣ですわ。

 大義ない剣は、騎士の剣ではありませんわ!」


 ムショクたちには聞こえない何かでシハナと骸骨騎士が会話を続ける。

 突如、骸骨騎士が剣を投げ捨てると、耳を覆うように頭を抱えた。


「聞きなさい! 古の騎士よ!

 大義なく、仕えもしない剣は野盗の剣と同じですわよ!」


 骸骨騎士は天を仰ぐと大きな口を開けた。

 だらんと力なく顎が開き、頭蓋骨の中が日の光に当たっていながらも暗闇を残している。


「ガッ、ガダダギアガャャャャー!」


 何かが擦れ合わさったような、不快な叫び声が、突如骸骨騎士から溢れ出した。

 その瞬間、骸骨騎士はシハナを睨みつけると、弓矢を取り出し、構えるが早いが、矢を射た。

 風を切る音、フィリンが矢をつがえるが、それも遅く、矢はシハナの腕を貫き、彼女は叫び声を上げた。

 ムショクが杖を握り、骸骨騎士に飛びかかろうとしたのをシハナは止めた。


「ムショク、大丈夫ですわ……

 騎士よ。古の騎士よ。

 わたくしの言葉を聞き、正しき眠りにつきなさい。

 次は悔いのなき主に仕えなさい」


 シハナが人差し指を動かすと、指先についていた金色の絵の具が、空中に文字を描いた。

 その奇妙な文字は美しくはあったが、ムショクに読めるものではなかった。

 フィリンの方に向いたが、彼女もそれをわからなかったらしい。


「古代文字です。

 それも、文法も正確です」

「なんて書いてあるんだ」

せいりる夜の(とばり)

 ()の者の夢の始まり。そして、終わり。

 目覚めはなく、終わりもなく。

 始まりは彼方に、終わりは永劫に。

 緩やかに降りよ。優しく包め、私は全てを祝福する」


 ナヴィが読み切ると一度口を閉じてその余韻を味わった。


「これが?」

「です。『冥府の鎮魂』なのです。

 それもこの(うた)は初めて聞きました」

「なんだ、また、知らないやつか?」


 ムショクの茶化すような言葉にナヴィはクスリと笑った。


「そうですね。

 この(うた)は、彼女が今作った詩なんです。生まれたばかりのうたなんです」


 宙に書かれた文字が砂のように崩れ、それが風に乗って骸骨騎士を覆う。

 骸骨騎士の姿が、金色の風に覆われ、薄っすらとそのシルエットだけが浮かぶ。


「せ、拙者は……何を……」


 骸骨騎士かそう呟いた。

 金色の風は何処かへと去り、骸骨騎士の姿は、そのままであったが、ほんの一瞬だけ、彼の生前の姿が見えた気がした。

 骸骨騎士はハッとしたようにシハナに顔を向けた。


「拙者は、グラウン・キヌカゼ。

 失礼でござるが、貴殿のお名前をお聞きしてよいでござるか?」


 シハナはその名前を聞いて驚いた顔を見せた。


「わたくしは、シハナ・エス・フェグリアですわ。

 グラウン・キヌカゼ。あなたの名前は聞いたことがあります。確か曽祖父の……」

「では、あなたはギトール殿の――」

「国王の最も親しげな右腕。勝利の風。

 あなたの逸話は聞き伝えられておりますわ」


 骸骨騎士であるキヌカゼは、剣を拾うとそれを突き立て膝をついた。


「死してこのような醜態を晒すとは――シハナ殿、狂気の淵から救ってくれた恩、感謝でござる」

「あなたの魂は解放されました。

 健やかに眠らんことを」


 シハナがそう言ったが、骸骨騎士はピクリともせずそのまま跪いていた。


「恩を剣で返すのが騎士でござる。

 貴殿の因果を離れるその時まで、拙者の剣を使ったくだされ」

「わたくしの国の騎士は、恩を剣では返しませんわ。

 噂にまさる方ですわね。

 曽祖父が最後まで信じた異国の騎士よ」


 シハナが、手を差し出すと、骸骨騎士はその手の甲に口づけを行った。

 骸骨騎士、キヌカゼは立ち上がると一歩下がり、冥鳥ヘルガムートの方を向いた。


「我が友よ。主の魂まで縛ってすまなかったでござる。

 先に逝っておくれ。少し遅くなるが拙者も必ず向かおう」


 そう言うとシハナの方に向き直った。


「いつでも拙者の名前を読んでくだされ」


 そう言うと、キヌカゼは灰になり風に舞った。

 ずっと立ちはだかっていた冥鳥ヘルガムートは、その骨を残して崩れ落ちた。

 シハナは何か言いたそうに、彼らの残響を見ていた。


「シハナ、知り合いだったのか?」

「いいえ。名前しか聞いたことありませんわ。

 信義に厚く国王からの信頼も厚かったらしいですわ。

 リルイットとの戦争で亡くなったとは聞いておりましたが……」


 まさか、ここで彷徨っていたとは、思わなかったのだろう。


「この絵の具お譲りいただいて宜しいですか?」

「ああ、いいぞ。

 俺より、シハナの方が上手く扱えそうだからな」

「全く、ムショクはすぐに人に上げますね」


 ナヴィが呆れたように笑った。


「俺は作るのが好きなんだよ。

 出来てしまったら、欲しいやつが使えばいいさ」


 自分では扱えないと言わんばかりの話し方。

 思い返せば色々なものを渡した。ゲイルに祝福付きポーションに始まり、フィリンへはポーション、ブレンデリアに紅龍玉の結晶、シハナに簒奪王の絵の具と色々なものを渡している。

 その分何かしらを貰っているのだなら、完全に損というわけではない。


「感謝いたしますわ」


 シハナが笑顔でそう答えた。

 ムショクはそれを満足そうに見ると、今度は冥鳥ヘルガムートが崩れ落ちたほうを見た。


「ナヴィ?」

「なんですか?」

「あれって、もらっていいのかな?」


 あれというのも、まさに崩れ落ちた冥鳥ヘルガムートの骨のことだ。


「デリカシーなさすぎですよ。

 さっきの骸骨騎士の友だって言っていたじゃないですか」

「まぁなぁ。

 ちなみに、冥鳥ヘルガムートで何が作れるんだ?」

「知らないんですか!

 アンデット系の中でも冥鳥ヘルガムートは上位に当たるモンスターで、その骨もいろいろなものに使えます!

 例えば、骨を使った矢は『冥帝の矢』と言って、下位のアンデットを消し飛ばすほどの威力です。

 冥鳥ヘルガムートの腰辺りにオパール化した骨があれば、『破壊の虹玉』というアクセサリーもできます!」


 崩れ落ちた骨の中に、虹色に輝く塊があった。

 ナヴィのいうことを信じるなら、あれがそれなのかもしれない。


「お前、そんなこというとますますあの骨がほしくなるだろう」


 と言い、ちらりとシハナのほうを見る。

 くれというのも気が引ける。

 なら、ここはシハナの口から言ってもらおう。


「まったく。いいですわよ。

 そんなもの欲しそうな眼をしないでくださいますですわ。

 武器となり、キヌカゼとともに戦うなら彼も悪い気がしないでしょうし」


 ムショクとナヴィは「やったぜ」とつぶやくと、早速、崩れ落ちた骨の山に向かった。


「あっ、ムショク、これ見てください」

「なんだ?」


 ナヴィが骨の山から石取り出して見せた。


「冥鳥の砂嚢さのう石です!

 生前のものが残っていたんですね。

 おそらく、これはテンケイト鉱石ですね。

 霊山ケルビンの山頂で千年に一度取れるといわれている幻の鉱石です」

「なんかよさそうだな!」

「非常に硬くて加工しづらいですが、加工できれば役に立つアイテムが作れますよ!

 ――あっ、これなんかどうですか!?」


 ナヴィとムショクが次から次へと骨を拾う。

 その姿を、フィリンとシハナが何とも言えない顔で後ろから眺めていた。


「ん? これは……?」


 出てきたのは、襲われたであろう別の骨とその荷物だ。

 カバンや武器、見たこともない紙切れがあった。


「おそらく襲われた冒険者ですね。

 運が悪かったとしか」

「そうか……」


 流石に死体の物を漁るのは申し訳ない。


「よし、埋めとくか」


 適当に掘った穴にその他骨と荷物一式を埋めると、カゲロウに頼んで燃やしてもらった。


>>第53話 強行突破

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