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第51話 またも強敵!?

 フェグリアからリルイットまで幾つかの平原と谷を超える。

 その中の1つ、骸骨平原は、左右をレオ山とレア山に挟まれた細長い平原である。左右の高い山のせいで、日の当たる時間は短く、いつも薄暗い。

 そして、この平原では死者がよく蘇る。

 平原の草は他よりもこころなしか黒くなっており、風も止み、空気が重い。


「ここで、戦闘があった場合、なるべく炎系の攻撃でチリひとつ残さないのが基本です」

「それは、骨もか?」

「ですね。

 肉があればゾンビに、骨だけならスケルトンになりますから」

「そんな、攻撃力の高いものあったら苦労してないだろうが」


 カゲロウは今、メルトの制御で手一杯だ。ただ、炎というわけではないが、スライで食べるという方法もある。

 が、そのスライも『龍の威厳』を放ってから調子が悪いようだ。

 ナヴィが言うには、分不相応な技を使ったかららしい。

 スライムのような無機生命体は、魔力を生命源にしているため、大量に魔力を消費する技は命の危機なるらしい。

 ムショクは、幾つかのポーションをスライに渡した。

 そのうち回復するだろうという事なので、安心はできたが、スライの課題としては魔力強化が浮かび上がった。

 元気になったらハシリソウの蜜でできた飴で強化をしようと考えた。


 スライが現在戦闘不能だが、どのみち、この平原は駆け抜けるだけなのだ。

 何事もないことを祈るしかない。


 骸骨平原に入り、順調だった。

 遠くに戦闘しているチームもあったが、見ている限りは危なげもなく進んでいる。

 アンデット系はどうも動きが鈍いようで、『怒涛の装甲鳥(アングリーバード)』で走っている限り、襲われることはなさそうだった。


 幾つか骸骨平原で咲く珍しい花の話を聞きながら、『怒涛の装甲鳥(アングリーバード)』を走らせた。


 昼を過ぎたあたり、このまま、何事もなく平原を抜けるかと思ったその時、頭上に大きな影が通り過ぎた。


 全員が空を仰ぐと、そこには大きな鳥がいた。ただ、その鳥は、羽毛も目もなく、あるのは白くひび割れた骨だけ。

 身体は、その上の雲が透く程にガランとしていて、羽はなぜそれで飛べるのかと思うほどである。

 そして、その巨大な怪鳥には手綱があり、その上に骸骨がこちらを見下ろしていた。


「ムショクさん、明らかにあの鳥こちらを狙っていませんか?」

「だよな。ナヴィ、なんでだ?」

「冥鳥ヘルガムートですね。

 珍しいですね。骸骨騎士も乗ってますね。

 何故と聞かれても困りますが……

 冥鳥ヘルガムートは生前の習性か地上の素早い獲物を取るのですが……」

「地上の素早いものって、まんま俺らじゃねーかよ!

 のんびりしてるけど、あれに勝てる見込みあるんだろうな!?」

「逃げましょう!」

「また、勝てない相手かよ!」


 『怒涛の装甲鳥(アングリーバード)』もヘルガムートの気配に気づいたのか、走る速度が早くなった。

 今は快適さよりも速度優先のようだ。

 前屈みになり、手綱をしっかりと握る。フィリンとシハナも、ムショク同様、風を避けるような体勢でいる。


「くそっ」


 ムショクが思わず悪態をつく。

 逃げられそうかという質問は愚問でしかなく、冥鳥ヘルガムートの方が遥かに早いのは一目瞭然だった。


「もうちょい優しい敵が出るだろ!?」

「普通は出るんですよ!

 なんで、毎回、変な敵ばかりと出会うんですか!」

「出会いたくて出会ってるわけじゃないっての!」


 冥鳥ヘルガムートが、ムショクたちと並行するように飛ぶと、乗っている骸骨騎士が弓を引いた。

 弓を引いている骸骨の目は落ち込んだように窪み、虚ろのようにただ黒かった。視線と言われるものなどないようなその目だが、なぜか、視線が絡んだような寒気が走った。

 その瞬間、骸骨騎士が引き絞った矢を放った。


「ヤバっ――」


 そう思った瞬間には、放たれた矢が目の前にあった。思わず目を瞑った。

 が、それよりも早く、それが放たれた矢を撃ち落としたのが見えた。

 すぐさま目を開くと、ムショクはフィリンの方を振り向いた。


「大丈夫ですか!」

「助かった!」


 走り抜ける風に負けないほどの声で返す。

 骸骨騎士がまた弓を放った。

 今度は、それに恐怖はなかった。骸骨騎士が矢を放ったと同時にフィリンの矢がそれを撃ち落とした。

 この凄まじい速さの中、目標を撃ち抜くだけで凄い腕だろうに、フィリンは矢を撃ち落とすという神業をやってみせた。


「ムショクさんに、指一本触れさせませんよ!」


 骸骨騎士が弓の1本を放つ間に、フィリンは3本は放つ。1本は矢を撃ち落とし、残り2本は骸骨騎士を撃つが、硬い骨はそれをもろともせずに弾いた。


 弓矢では落とせないと判断したのか、冥鳥ヘルガムートは、速度を上げると、今度はムショクたちの前に翼を広げ立ちはだかった。

 フィリンが矢を放つが、それをもろともしない。

 このまま行けばぶつかる。

 そう思った瞬間、『怒涛の装甲鳥(アングリーバード)』の羽毛が逆だった。


「羽毛の中に身をかがめて下さい!」


 突如、ナヴィが叫んだので、慌てて全員が膨れ上がった羽毛の中に身体を隠した。

 全員がかがむと同時、周りを覆っていた羽毛が固くなった。中は柔らかいままだった。

 ハンネとフランが高く叫び声を上げ、冥鳥ヘルガムートの硬い翼に頭から突っ込んだ。

 ムショクたちに振動が走る。落ちそうになる揺れだったが、固くなった羽毛がそれを防いでくれた。

 ハンネとフランが、装甲鳥と呼ばれる所以。

 彼らの前に立ちはだかってはならないと言われている。もし、立ちはだかるなら彼らは雄叫びと共にそれを貫くと言われている。

 その姿はまさに『怒涛の装甲鳥(アングリーバード)』である。


 が、今回は相手が悪かった。

 本来ならハンネとフランは冥鳥ヘルガムートの翼を貫くつもりだったが、そうは行かなかった。

 硬い翼に2羽の足は止められた。

 ショックを受けたのか、途端に固くなった羽毛が柔らかくなった。

 

 慌てて身体を起こすと、そこには先程まで並走していた骸骨騎士が大きく剣を振り上げていた。

 慌てて杖を構え、それを受け止める。

 鋭く研ぎ澄まされた白い剣を木でできた杖で受け止める。幸運にも、その杖は、骸骨騎士の一撃に耐えた。

 カタカタと顎を鳴らしながら、再度剣を振り上げると、またムショクに向かい振り下ろした。

 フィリンが、助けを出そうと矢を射るが、それを気に求めず、ムショクに何度も剣を振り下ろし続ける。

 炎や毒の胞子ならまだしも、振り下ろされた剣を錬金術師の手で奪うことは難しい。


 骸骨騎士の剣が振り下ろされるたびにしなる杖。

 そのたびに折れるのではないかと寒気が走る。


「フィリンさん! 一撃だけでいい、矢でずらしてくれ!」

「はい!」


 ムショクの言葉に合わせて、フィリンは矢を複数本同時につがえると、振り下ろした剣に向かい同時に放った。

 同時に放たれた矢が、骸骨騎士の剣の軌道をずらし、それが空を切った。

 今しかない。

 その隙に、ムショクは杖を振りかぶると、骸骨騎士の胸に向かって杖を振り抜いた。

 フィリンの矢のように貫くものではなく、叩き潰すような杖の殴打。

 勢いに身体が支えきれなかった骸骨騎士が、冥鳥ヘルガムートの上から叩き落された。

 手綱を握っていた腕だけが、それを握りしめられたまま残っていた。どうやら、骸骨騎士も踏ん張ったようだが、ムショクの一撃がそれを上回ったようだった。


 「逃げるぞ!」


 残念ながらここから倒すぞとはならない。

 むしろ、できるわけがない。

 乗り手がいない冥鳥ヘルガムートも困惑している今がチャンスだ。


 ムショクの声に、フィリン応えるように手綱を引いて走り出した。

 ムショクもそれに合わせて手綱を引き、フランが走りだした。


 勢い良く動き出したそれに、一瞬身体が引っ張られ、走りだした。

 が、ムショクの身体はそれと同時に宙に浮いた。

 突然の息苦しさ。

 何かが強く首を絞めたのが分かり、フランの尾が見えた。

 落ちた。と認識した時には、地面に強く叩きつけられた。

 痛みに呻きながら、首を絞めているそれを引き剥がした。

 先程まで手綱を握っていたはずの白い骨だけの手。

 引き剥がしたと同時に爪を立て、首筋に鋭い痛みが走った。

 首から離れたそれは手だけで移動し、地面にたっている骸骨騎士に戻った。

 骸骨騎士は、剣を握ると、骨をカタカタ揺らしながらこちらに向かってゆっくり歩いた。


「ムショクさん!」


 慌ててハイネを止めて切り替えそうとしたが、一度走り始めた『怒涛の装甲鳥(アングリーバード)』を返すのは難しく、大きく弧を描くよう方向を変えていた。


「ナヴィ、何か手があるか?」


 痛みに耐えて半身を起こす。

 

「とりあえず、逃げてください!」


 全く、ここぞという時に役に立たない。

 杖での攻撃では、殆どダメージが通らなかった。ならばと、カバンからメルフラゴを取り出し、骸骨騎士に向かって投げた。

 耳をつんざくような爆発音と共に、骸骨騎士の破片が飛ぶ。

 爆炎がとともに上がった煙に骸骨騎士の身体が隠れた。痛みを押して立ち上がり、その場から離れた。ちょうど、その場から離れた直後、座っていた場所に剣が振り下ろされた。

 あと少し逃げるのが遅かったら危なかった。


 ブンっと骸骨騎士が持っている剣を払いまとわりついた煙を払う。

 黒煙から現れた骸骨騎士は欠けてはいたものの、その殆どが無傷だった。


「近距離で喰らってもその程度かよ!」


 フランをなんとかその場にとどめ、フィリンがムショクのすぐ側に立った。


「骸骨騎士を倒すには、再生が追いつかないほど破壊するか、核となる腰骨を粉砕するかですね」

「そんな力があっなら苦労なんてしねぇよ!」

「あとは……『冥府への鎮魂』を行うかですが……」

「なんだそれ? 攻撃じゃなければこの際何でもいいぞ!」


 一瞬の隙をついて杖で殴打できたが、それもほとんどダメージにならなかった。

 仮にも全知なのだ。

 彼女がもたらす有用な情報に期待したい。


「聖職者の祈祷スキルです。

 死者を思い、魔力を帯びた言葉や文字で魂を異界に送ります」


 普通は聖なる言葉を読み上げ、力に変えるが、熟練者は文字だけでも冥府の者を送ることができる。


 それを、ムショクがやる。


「できるかー!

 殴るより、なお難しいわ!」

創生の詩(ナヴィリオン・ソルト)の序章くらいは見たでしょう!」

「そんなもの覚えてるか!」

「物覚えいいとか言ってたじゃないですか!」


 確かに、ブレンデリアの館でそんな本を手にした記憶がある。

 確かに世界ができた時を歌った詩。


「いやいや、今はレベルが低いから覚えなくていいとか言ってたじゃねえが!」

「そんなことばっかりおぼえてるんじゃないですよ!」


 選択肢的には、腰骨を壊すのが最も妥当たろう。


「フィリンさん、援護してもらえるか?」

「私の矢では効果が薄そうでしたが……」

「撃つ場所を指定したいがいけるか?」


 フィリンに、エルフに、矢を撃てるかと聞かれてできないと答えられないはずはない。

 フィリンも、もちろんと間髪入れずに頷いた。


「狙いは頚椎、腰椎、仙骨だ。頚椎は上から2番目、腰椎は真ん中を頼む」

「えっ?」


 早口でそうまくし立てたが、フィリンは全部理解できなかったみたいだ。


「頚椎、腰椎、仙骨だ。頚椎は上から2番目、腰椎は真ん中を頼む」

「えーっと……」


 今度はゆっくり言ったが、理解していないみたいだ。


「もしかして、分からないのか?」

「すみません。聞いたことがない名前ばかりで」


 しかし、懇切丁寧に細かく説明している暇はない。

 ムショクは、考えあぐねた結果、フィリンに尋ねた。


「触っていいか?」

「えっ? えぇ!?」

「説明している暇はない。

 触るから一発で覚えろ」

「わ、分かりました」


 ムショクは、ゆっくりフィリンの首を触る。


「ひゃん」


 フィリンがくすぐったそうに身を竦めるが、ムショクは、気にせず続ける。


「相手がヒト型で助かった。四足は流石にわからんからな。

 まず、首から腰まで背中にある骨。こいつが身体を支える。腰骨も砕けば崩れるだろうが、やはり硬い。

 狙うなら脊柱だろう」

「は、はい」


 フィリンは、くすぐったそうに身をよじる。


「上から頚椎、胸椎、腰椎だ。

 頚椎は全部で7個……」

「……あん」


 そう言って、首の骨を指で一つずつ触る。


「脊椎は12個……」

「そこは……」


 背中を人差し指でゆっくり撫で下ろす。

 そこは気持ちよかったらしく、指に擦り付けるように身をよじった。


「最後、腰椎は5個だ」

「……はぅ!」


 腰骨の少し上あたりを触る。

 フィリンは驚いたように見を震わせた。


「覚えたか?」

「えっ……? あっ、はい……」


 心なしかトロンとした目になっていた。


「あとは、仙骨だが……まぁ、腰あたりだから適当に撃ってくれ」


 ムショクが、杖を構えようとしたら、フィリンが袖を引っ張った。


「私に……教えて下さい……」

「えー……あぁ……わ、分かった」


 ムショクはゆっくり腰の方に手を回した。


「仙骨は骨盤の中央にある骨で、今話した脊椎が全て乗っている」

「……はい」


 手を動かすべきか悩んだが、大事な話だ。特に中央をゆっくりと押す。

 ちょうどお尻の割れ目の上、すぐ下に手を動かせば割れ目に沿うように手を動かせる。

 その誘惑を必死に抑える。


「ここを狙えば、バランスを崩す……いけるか?」


 名残惜しいが手を離して敵を見る。

 フィリンが「あっ」と惜しむような声を出した。


「頼んだぞ!」


 ムショクは杖を振りかぶり骸骨騎士に走っていった。


>>第52話 死者をたむける姫の言葉

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