第50話 簒奪王の絵の具
ムショクは、朝、真っ先に目が覚めた。
グッと伸びをして起き上がるとお腹の上で寝ていたナヴィを胸ポケットに優しく入れた。
早く起きたのは他でもない。
昨日たき火に当たりながら黄金色の絵の具の作り方を聞いたからだ。
聞いてしまったのなら作りたい。
そんな欲望が朝日が昇るとともにムショクの目を目覚めさした。
乳鉢で鬼灯岩を砕き、そこにペンタパラの体液と黄金宝珠の皮を絞り、その汁を混ぜる。
ミラリアドリンクと作り方は似ているが、これは火をかけない。
温度が高まると色が変わるらしい。それならばと鍋に氷結草で冷やした水を張り、そこで乳鉢を冷やしながら何度もそれを磨り潰し、混ぜていく。
鬼灯岩が細かくなるに従って、それが泥のように粘り気を持ち、次第にペンタパラの鮮やかな黄金色をした絵の具が出来上がった。
「ふぅ……」
大きく息を吐いて、空を仰いだ。
細かいとは言え石を砕くのだ。中々に力仕事である。
乳鉢の中に光る絵の具が明けたばかりの朝日を吸い込むと、まるでもう1つの太陽のように黄金色に輝いた。これが絵の具というのだから驚きだ。
指先につけるとひんやりと冷たい。
「おはようございます」
絵の具が完成したところで、フィリンが、起き上がった。
「おはよう。よく眠れた?」
「スライさんのお陰で、モンスターが来なかったですから、すごく楽でした」
そこでフィリンは、ムショクの手元に視線を落とした。
「それは?」
「単なる絵の具かな。
ナヴィが綺麗だって言うから見てみたくてな」
「綺麗な色ですね」
フィリンがそう言ってムショクの指先についた黄金色を見た。
フィリンの声に目が覚めたのか、シハナが眠い目を擦りながら起き上がった。
朝日にすかされたシハナの肌は薄っすらと透き通ったように見えた。
彼女は、ムショクの指先の金色の絵の具が目に入ると眠気が吹き飛んだようにはっきりとした目でそれを見た。
「それは『簒奪王の絵の具』ですわね。
夜明けシリーズではなくって?」
「そうなのか?」
ではなくって? と聞かれても、ムショクは綺麗な絵の具があるとしか聞いてなかったので、これに名前があるのに驚いた。
「知らずに作ったのですの?」
シハナは少し呆れながら言葉を続けた。
「簒奪王。旅する画家であるカタリナ・ターナのことですわ。
彼女は、美しい絵の具を使い、紙に、時には石に、風景をあるがままに、そして、それよりも美しく描きましたの。
彼女の死後もその人気は衰えず今もまだ人気がある画家ですわ」
「そいつが使った絵の具?」
「私の目に狂いがなければですわ。
それにしても……」
フィリンと同様、ムショクの指先を見る。
「簒奪王の絵の具は、そのほとんどが、製法不明と言われておりましたのに……」
シハナはムショクにどこでもいいので、指についた絵の具で線を引いてくれと頼んだ。
ムショクが、近くの石に指を当て、横に動かすと同時に、炎の様なゆらめきが上がり、鮮やかな金色の線が引かれた。
「本物ですわね。
簒奪王は、書くと決めた風景の場所にあるもので絵の具を作ります。
製法は難しくないとは言われてましたが、まさか、作りたてをこの目で見るとは」
目を奪われるような美しい黄金の線。
これに線だけでは流石に物足りなかったので、その先に小さく丸を書いた。
そして、線の左右に短い線を描く。
誰でもかける簡易の人型。俗に言う棒人間というやつだ。
「何をやっていますの?」
「いやな、これだけだと寂しいなと思ってな」
「贅沢な落書きですわね。
魔力を持つ絵の具ですから気をつけたほうがいいですわよ?」
3人の会話に迷惑そうに目をこすり、ナヴィが起きた。胸ポケットから這い出すと、ムショクの肩に飛び乗った。
「朝ごはんはないんですか?」
起きた一言目がこれだ。
「ミラリアドリンクならあるぞ」
「あんなの失敗作です! ちゃんと飲んでくださいよ!」
あんなの飲めるわけない。
店に売りに出すか。一層のことポーションに混ぜて、死にかけの冒険者に売り飛ばすか。
死にかけの冒険者が、不味さにのたうち回りながら、感謝の言葉を言うさまを想像し思わずニヤリと笑ってしまう。
「それじゃあ、まぁ、出発するか」
「仕方ないですねぇ。
ここから先は骸骨平原ですから一気に駆け抜けましょう。
朝方ですが、もう、安全なはずです」
カゲロウがたき火から離れ、全員が『怒涛の装甲鳥』に乗った。
「そこは進みながら話しましょう」
「了解。じゃあ、行くか!」
フィリンとシハナが返事したので、ムショク達は走り始めた。
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