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第5話 武器職人と杖


「着きました」

「すぐそこかよ!」


 道具屋の2軒隣が武器屋らしい。

 フェグリア城下町の最も古い商店通り。よく見ると道具屋や武器屋の他にも様々な店がある。

 が、場所が悪いのか。たまに人が出入りしているくらいで、ほとんど誰もいない。

 アルカイム品評会の付近の店なんかは常に満員御礼であっただけに、その落差は酷いものであった。

 古い店構えだが、扉は厚くしっかりしたものだ。軋むそれを押して中に入ると、そこには恰幅のいいおばさんがいらっしゃいと元気な声を上げた。

 

「あら、ナヴィちゃんじゃない。

 こんな所まで珍しいねぇ!」

「えっ、あはは、まぁ」


 笑うたびに揺れるおばさんの肉。

 歯切れの悪いナヴィ。本来の彼女ならば来るはずのない場所である。

 

「そっちのはお客さんかい?」

「はい。ちょっと武器を探しておりまして」

「あはは、そりゃ、武器屋だからね。武器しか置いてないよ!」

「何か初心者用の武器ってあります?」

「あるよ。うちの旦那は何でも作れるからね!」


 どうやら、旦那さんが武器を作って、奥さんがそれを売るらしい。

 50を迎えるくらいだろうか。白髪混じりの黒い髪を後でまとめ、元気に笑う。

 えんじ色のエプロンをつけ、胸と腹で2つの山を作る。ここまで立派だと胸はもうぜい肉とも取れそうだが、そんななりも笑顔で吹き飛ばす。


「ムショクは節操なくセクハラですか?」


 ナヴィの視線が痛い。今までにないくらい痛い。

 さすがのムショクも母親に近い人間はストライクゾーンではなかった。

 

「セクハラって、あれかい? まさか、あんたが噂の」

「えっ? なんか噂になっているんですか?」

「あははは、ギルドでセクハラして出入り禁止になったって聞いたよ」

「あぁ、ゼルおばちゃん。そうです。そのバカです」


 ナヴィの奴。どさくさに紛れてまた人をバカ扱いしやがった。

 

「まさか。私までそんな目で見られるとはねぇ。年とってもいいものはいいねぇ!

 まぁ、でも、あたしに手を出したら旦那が黙っちゃいないよ」

「大丈夫です! 人妻には手を出しません!」

「あら、そうかい。残念だねぇ」


 残念なのか。

 ……そうなのか……

 

「それはそうと。武器はどんなの探しているんだい?」

「何でもいいんです。スライム倒せるようなもので」

「それだけなのかい?」

「そうなんですよ。このバカ、武器を持たずにスライムと戦ったバカですよ」

「いやぁ、このバカ妖精が全然ナビしてくれなくて困っていたんですよ」

「普通、武器くらい持っていますよね。このバカは本当にバカなんですよ」

「いやいや、自分の仕事もロクにこなせないバカ妖精さんには負けますよ」

「あらあら、ムショクさん」

「なんでしょう。ナヴィさん」


 いつの間にか顔を合わせてのにらみ合いになっている。

 ただ、どちらも笑顔だ。

 客観的に見たら違和感しかなく気持ち悪い。


「何してんだい。あんたらは」


 武器屋のゼルおばちゃんは呆れたようにため息をついた。

 

「手持ちはいくらなんだい?」

「減ってないから1,000ルリアですね」

「全財産かい?」

「はい。なので、できれば少し余裕があるくらいがいいです」


 さすがに手持ちが0は厳しい。

 それはナヴィも分かっていた。

 

「まったく。しょうがないねぇ。あんた! ちょっとあんた!」


 ゼルおばちゃんが後ろを向くと奥にいる旦那を呼んだ。

 

「なんでぇ。うるせぇな」

「ちょっと、きなよ」


 大柄なゼルおばちゃんに比べて、その旦那さんは小さかった。

 小柄な女性ほどの身長だが、その四肢は太く、掴まれたら逃げられないだろう。

 隆々とした筋肉に、髭。

 街中であったら目をそらしてしまいそうな険しい目。

 彼はドワーフであった。

 

「あんた。この子に武器をくれてやってくれないかい?

 冒険者になったばかりで武器がないんだってさ」

「あぁ? 自分の武器も満足に用意できないのに冒険者だって?」


 ゼルおばさんの言葉に少しイラついた様子でムショクの顔を見た。

 

「おい、ちょっときな」


 職人はナヴィとゼルおばさんから少し離れると、こっちに来るように手招きした。


「何ですか?」

「いいから、来い!」


 険しい顔がますます険しくなった。

 ムショクは渋々、そちらに近寄ると職人は襟元を持って、ムショクの顔を近づけると、逃げられないようにガッシリと首を持った。

 ムショクの頬に、職人の髭が刺さる。


「お前があの例の出入り禁止になったって冒険者か?」

「えっ? あの……その……」

「どうなんだ!」


 低い声に脅される。

 この太い腕ならこのまま首をおられてもおかしくはない。

 この質問に、「はい」と言った瞬間、殺されそうな剣幕だ。

 だが、ここで嘘をついてもいずればれる。

 武器屋はある意味生命線だ。またいずれ来るはずだ。

 それなら、誤魔化すことはなんの得にもならない。


「は、はい」

「そうか……若造。ルビーはなぁ。

 ギルドのアイドルだ。分かるか?」

「はい」

 

 絡みついた腕の力が更に強くなる。

 ムショクの顔が痛みに歪む。


「冒険者は俺の大事な客だ。

 ギルドの客は冒険者だ。

 ということは、ギルドの客は俺の客ってわけだ。

 そこん所は理解しているか?」

「はい」

 

 もう、何が言いたいか全然分からない。

 ムショクは命の危機を感じて、全力でうなずく。

 

「分かりやすく言うとだ。

 てめぇ、ルビーちゃんの胸を触ったって?」

「は、はい」


 その瞬間、職人の目が変わった。

 あっ、これはやばい。殺されるかもしれない。と悟るほどの変化。


「おい」

「はい!」

「で、どうだった?」

「はい?」

「どうだってことよ?

 ほら、柔らかさとか張りとかあるだろ?」

「そ、それは、胸ですか?」

「当たり前だろ!」


 このおやじ。

 改めてよくみると鼻の下が伸びきっている。

 よくよく考えると、ゼルおばちゃんの胸も大きかった。これは若い時さぞ大きかっただろう。

 ということは……

 ムショクの顔がこれまでにないほどキリッとした。

 ゆっくりと職人の腕を解くと、両手を出し、手のひらを天に向けた。

 指は適度に曲げ、言葉を続ける。

 

「それはもう。適度な張りと柔らかさですよ。

 触ったのは一瞬でしたが、指がこう……吸い込まれるような感じの」

「それで? それで?」


 職人の目が真剣過ぎて怖い。


「指が――おっぱいに食われました」

「なんだと!」


 何を想像しているのか、職人の指が空気をもむように動く。

 ムショクも動いている。

 その2人をナヴィとゼルおばさんが呆れた顔で眺めている。


「はぁはぁ、やるな。若造。はぁはぁ」

「ありがとうございます」

「気に入ったぞ。俺の名前はゲイルだ。武器職人のゲイルって言ったら多少は名が知れてる」

「うちの旦那は騎士団に武器を作るくらいだからね。腕は一級品だよ」


 フォローするようにゼルおばさんが声を掛けてくれた。

 彼のタコだらけの指に、焦げ付いた髭。

 今もずっと作っているのだろうと思える、まさに職人の跡。

 言われるまでもなく、ムショクは、彼を信じていた。


「で、ゲイルさん。武器は?」

「ふむ……」


 ゲイルは蓄えている髭を撫でた。

 

「そうさな。本当なら何でも持って行けというつもりだったんだが、

 初心者に強い武器を渡しても扱いにくいだろ?」

 

 近寄ってきたらナヴィにそういうものなのかと耳打ちした。


「確かに強すぎる武器にはステータス制限とかありますので、

 たぶん、今のムショクでは装備できないですよ」


 武器の装備にステータス制限があるものがある。

 武器に選ばれないとも表現する時もあるが、武器の求める力に足りなかった場合、その武器に触れられないこともある。


「じゃあ、あれをやるか」


 ゲイルはいったん奥に戻ると、奥から木でできた杖を持ってきた。

 彼は鍛冶だけでなく木工もやるようだ。


「こいつはセレナ樹の杖だ。攻撃力はまぁ、そこら辺の杖と変わらんが、

 装備すると知力が上がる優れものだ」

 

 武器装備時のステータスボーナスと言うやつである。雰囲気だけであるが、錬金術師っぽさが上がった。

 

「あんたは錬金術師っぽいからな。これなら十分使えるだろう。

 昔は安価でよく作れたんだが、今はセレナ樹がほとんどなくてな。

 貴重になっちまったんだよ」

「いいのか? 貴重なものを」

「まぁ、貴重だが、性能は高くないし、お前さんにもちょうどいいだろう」

「ありがとうございます!」


 ムショクはそう言うとゲイルとゼルに頭を下げた。

 

「まぁ、何か冒険したら、酒の肴にでも聞かせてくれや」


 ムショクとナヴィは「はい」と答えると店を出て、町外れの平原に向かった。

 今度はちゃんと薬草を取るためだ。


>>第6話 ナヴィの常識

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