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第49話 百合の魔香

「ムショクさんは、精霊喰い殺し(オーガキラー)ってご存知ですか?」


 ムショクは、首を振った。

 そういえば、フィリンがそんなことを言っていたのを思い出した。


「精霊は飢えることはありませんが、身体を著しく傷つけられたりした場合、大量の魔力を必要とします。

 普通なら辺りに漂う魔力で補完するのですが、稀にそれでは間に合わなくて、仲間の精霊を食べることがあります」


 精霊を食べた精霊。精霊喰い(オーガ)

 その禁忌を冒した精霊は共食いに味をしめ、仲間を襲い始める。

 精霊一つ分の魔力は膨大でそれを取り込んだ精霊は、強大な力を得ると共に自我をなくす。


「昔、リリと名乗っていた百合の精霊がいました。最初に食べたのは若い苔の精霊と言われています。彼女はその後、自我を失い里の精霊を襲い始めました」

「聞いたことありますわ。

 災厄の花の精リリ。

 ティタニアの里を壊滅まで追い込んだという精霊ですわよね」

「はい」


 シハナの言葉にフィリンは頷いた。

 精霊喰い(オーガ)は、1体食べればそれだけで厄災(ディザスター)級とも呼ばれるくらい強力であった。

 精霊喰い(オーガ)となった百合の精霊は里にいた多くの精霊を食らったと言われている。


「誰も止められないと思ったそれに兄が立ち向かいました」

「フィリンさんの兄は強いのか?」

「強かったです。

 恐らく加護を受けた長老以上に」


 フィリンはぼーっと焚き火を眺めた。


「それでも、精霊を倒しきれず、兄の命と私の寿命を持って精霊を封じました。その時にですね……」


 フィリンは襟元をぐっと下げて胸を見せた。たき火の赤い火に照らされてもなお白く透き通る肌。

 そのちょうど心臓部分から腕にかけて、百合に似た大きな傷が残されていた。


「封印の際に、リリに残されてしまいました」


 その禍々しい傷跡に、思わず目を逸らしそうになるが、それでもフィリンの愛らしい胸にその視線を逸らせないでいた。


「百合の魔香は標的の印です。

 いつか精霊が目覚めた時、彼女が私を見つけ出せるように」

「目覚めることがあるのか?」


 それほどまでに凶悪な精霊とは会いたくない。


「私の命が弱まった時にと、兄は言い残しました」

「百合の精霊。そんなに強いのか?」

「同胞を喰らい得た力は厄災(ディザスター)級を超えたとも言われています」


 カゲロウよりも強いのだとしたら、今のムショクでは勝てる気がしなかった。


「この百合の香気は、負の気配に満ちています。

 リリが世界を恨んだように、人の疑心を誘い、魔物を帯び寄せる香り。

 程なくして、私は里を出ました」


 フィリンはボーッと遠くを見ながら思い出すようにゆっくりと話した。


「旅をしては人に嫌われ、また違う場所に移る。

 そんな暮らしをしていました。

 フェグリアに流れ着いたのは、10年ほど前です」


 孤独な旅だったのだろうとムショクは想像した。


「旅が長いので珍しいアイテムは多く持っていたんです。

 だから、道具屋を開いて生計を立てて、そして、また旅をする予定でした」


 そして、フィリンはムショクを見つめた。

 確か、初めて会った時にフィリンがそろそろ店を畳むつもりだと言っていたのを思い出した。


「フェグリアも離れるつもりだったのか?」

「はい……ここは居心地が良かったんですけどね……」


 フィリンはフェグリアで出会った人々を思い出した。


「この国の人は温かかったです。

 でも、ダメですね。もう人を信じない生活に慣れてしまって……」


 泣きそうな目でたき火に視線を落としたフィリン。


「初対面で親切にして下さったのはムショクさんが初めてです」


 照れながら笑ったフィリンの顔は今にも泣きそうだった。

 フィリンと初めて会った時、顔が隠れるほどの大量の毒草を抱えていた。

 ムショクが、すぐに百合の香気に当てられなかったのは偶然なのかもしれない。

 ナヴィのせいで、毒草を摘まされたと怒っていたが、もし、それがなかったら、ムショクも他の人と同じように疑心を持って彼女と話していたかもしれない。


「あはは、深刻な顔をしないでください。

 エルフの寿命は長いんです。

 まだまだ、リリは目覚めないですよ」


 言葉を返せないムショクを見て、慌ててフィリンが笑顔を作ってみせた。

 それでも、その笑顔はムショクが見たどの笑顔よりも暗かった。

 俺が助けるよ。と、口だけで言うのは簡単だ。そして、それがどれだけ無責任で残酷なことかは分かっていた。


>>第50話 簒奪王の絵具

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