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第48話 最強のスライム

 先程の騒動のすぐ後に、フィリンが慌てて帰ってきた。

 何かただならぬ気配を感じたと。

 正直、あの気配を受けて、その元凶のもとに帰ってこようとする精神に感嘆を示すしかない。

 間違いなく逃げ出す自信がある。

 

「間違いなく。スライの仕業です」


 ナヴィかうんざりした顔で説明し始めた。


「使用したのは『龍の威厳』。威嚇系スキルの最上位にあたるスキルです。

 ゲイヘルンの心臓を食べたせいでしょう。スライの種族にドラゴンが追加されています」

「種族に追加ってのは?」

「端的にいうと、スライもドラゴンの一員になりました。中で龍の心臓が機能しているみたいです。

 名前もスライムドラゴンだそうです」


 達観してきたのか投げやりな説明。

 だが、ドラゴンの血が流れ、ドラゴンの心臓が動いている。正に名実ともにドラゴンの仲間入りだ。

 スライがスライムかドラゴンか分からない感じになってきた。


「しかし、亜龍を飛び越えて龍のとは……

 いや、まぁ、ゲイヘルンを取り込んだから当然といえば当然なのですが……」

「よし、スライ!」


 肩からひょこっとスライの一部が伸びた。


「これからもいっぱい食べような!」


 スライが手を降るようにそれを左右に振って喜びを表した。


「ムショク、あまり、スライを甘やかせ過ぎないでくださいよ?

 もう、今の時点で手に負えない感じなんですから」

「大丈夫、大丈夫」


 ムショクとナヴィのそんな会話をフィリンは何とも言えない表情で見ていた。


「あっ、そうだ。

 フィリンさん。タブルラビットは獲れました?」

「はい。1匹だけ」


 フィリンは、ぐったりと目を閉じたウサギを見せた。

 サイズとしては、膝までほどの小ささだ。3人プラス1匹の食べるサイズとしては心許ない。

 特に、誤差だと思いそうな1匹がよく食べる。


「本当はもっと獲りたかったんですが、みんな逃げてしまって……」


 フィリンが遠くを見回した。


「この周辺の生き物はみんな逃げてしまったと思います」


 スライムと言え、龍が放った威嚇なのだ。さすがに、張り合おうとするものはいなかった。


「ということは、残るのは黄金宝珠くらいしか食べるものがないのか。

 よし、ナヴィ、飛んで取ってこい!」

「イヤですよ!

 黄金宝珠って重たいんですよ。それ持って飛ぶとかかなりしんどいんですからね!」

「空腹よりマシだろ」

「私、朝ごはんいっぱい食べましたから」

「俺の分を食ったからな!」

「だって手を付けてなかったじゃないですか」

「せめて、断ってから食べろよ!」

「へへ、食べちゃいました」

「へへ……じゃねぇ!」


 不覚にも照れ笑いしたナヴィを可愛いと思ってしまった。が、同時に感じる空腹にそんな可愛さも一瞬で吹き飛んで憎らしさしか残らない。


「あ、あの、私が取りますよ」


 見上げた遥か高みに黄色い果実は見える。だが、その高さは尋常じゃない。不幸なことにメルトの木はまっすぐに伸びていて手をかけられるような枝などはほとんどなかった。


「流石にこれは登れないんじゃ?」

「流石に、登りませんよ。

 私にはこれがありますから」


 そう言ってムショクに弓矢を見せた。

 エルフが得意とする武器は大きく2つに分かれる。森林エルフと呼ばれる森のエルフは弓矢を得意としており、平原エルフと呼ばれる平地のエルフは剣や短剣を得意としている。

 この2つは文化も大きく違い、森林エルフは閉鎖的で拒絶的な暮らしをしているが、平原エルフは、交易貿易を行い他種族との交流も多い。

 エルフ製の武器やアイテムは、大抵がこの平原エルフが作ったものである。


「でも、流石にこの高さじゃ、無理じゃないですか?」


 目を細めてやっと見える程度の黄色い実。それが果実だと認識できたのは色のお陰で、これが実は黄色い石がおいてあっただけだとしても、ここからではその差が判別できない。

 それほどの高さだ。

 珍しくフィリンが、ムショクの言葉に少しムッとした顔を見せた。


「矢をつがえて外したら、エルフの恥です」


 言うが早いが、弓を構えると、狙いを定める隙もなく矢を放った。

 矢が風を斬る音だけが聞こえた。


「ムショク、黄金宝珠は、強い衝撃でその中身を激しく四散させるので、必ず受け止めてくださいね!」


 ナヴィの言葉に、フィリンが小さく驚きの声を上げた。


「ム、ムショクさん……取れます?」


 フィリンが上を指した。

 ふと見上げると、上空から黄色い果実が3つ落ちて来ていた。

 黄金宝珠。勝手な想像であったが、果実の大きさは片手に収まる程度だと思っていた。

 が、実際落ちてきているそれは両手で抱えなければならないほどの大きさだった。

 そんなものが上空から落下してきて受け止められるはずがない。両手骨折は必至だし、当たりどころが悪ければ死んでもおかしくない。


「ちょっと、待て!

 流石に無理だぞ。ナヴィ、頼んだ!」

「無理に決まってんでしょう! ムショクが何とかしてくださいよ!」


 受け止めるという選択肢が頭の中に浮かんだが一瞬でそれを取り去った。


「フィリンさん、なんとかなりません!?」


 フィリンも困った顔をしていた。これは絶対に受け止めることを考えていなかった顔だ。


「おい、全知!」

「今は違いますー!」


 こんな時だけ全知を自称しないとは、卑怯である。


「す、す、す、スライ! いけるか!」


 最後の頼みとスライに声をかけるとスライがその透明な身体をニュっと黄金宝珠の落下地点に絨毯のように伸ばした。

 全員がもうダメだと目をつぶり身構えた。

 その直後にベチャベチャっと、黄金宝珠の落ちる音が聞こえた。予想よりも静かな音に、身構えていたムショクが恐る恐る目を開いた。


 スライの透明な身体の上に黄色い綺麗な実があった。


「スライ、受け止めてくれたのか?」


 ふるふると震えて答える。

 スライが仲間で本当に良かった。


「ナヴィ、お前、そう言うことは先に言えよ!」

「言うつもりでしたよ」


 今回に限っては、何も聞かず弓を放ったフィリンが悪かった。

 本来なら慎重なフィリンだったが、ムショクから、矢を外すのではと思われ、ムキになって放ったのだから、余計に立つ瀬がなかった。


「すみませんでした」


 フィリンが耳を垂らして謝った。


「まぁ、とにもかくにも、これで食べるものは揃ったのか?」

「ここらへんの美味しいものは採れましたね。後は虫か草ですね」

「今は遠慮したいな」


 改めて、採ったものを見る。

 タブルラビット1匹に、黄金宝珠が3つ


「ムショクさん、タブルラビットを捌けます?」

「いけるか、ナヴィ?」

「もちろん」

「だそうなので、タブルラビットは俺が捌く」

「では、私は、黄金宝珠を剥きますね」


 フィリンは、そう答えた。

 生憎、鍋は使ってしまったので、焼くくらいしか調理法はなかった。

 が、カゲロウはそんじょそこらの焚き火とは違う。

 ムショクとナヴィ以外、その美味しさを味わってなかった。

 シオナ火山の岩塩と共に、彼女たちにも是非賞味いただかなければならない。


「あっ、黄金宝珠は1つ残しておいて貰っていいか? 合成に使うんだ」

「分かりました」


 そう言うと、ムショクとフィリンは作業に入った。


「ナヴィ、前と同じく教えてもらえるか?」

「はいはーい」


 ふわりとタブルラビットの前に降り立った。

 イノシシの時と同じように、皮を剥ぎ、部位に解体していく。

 電気イノシシとの戦いの後は、自らの力で勝ち取った興奮と空腹であまり抵抗がなかったが、タブルラビットは違った。

 自分よりも弱いものを殺し、調理する。

 当たり前のことだと分かってはいるが、抵抗は大きかった。

 恐る恐るであったが、解体に使ったゲイヘルンの牙が、タブルラビットをやすやすと切り裂いていった。


 不思議なことで、もとの形がなくなるにつれて、抵抗感もなくなってきた。

 綺麗に剥がした皮は保管し、肉を木の棒に刺していく。

 それにシオナ火山の岩塩を振って完成だ。

 フィリンの方も作業が終わったようで、切った皮を受け皿にして、黄金宝珠が綺麗に盛られていた。

 は外側と同じ黄色だった。


 肉はカゲロウに任せて焚き火に突っ込む。カゲロウが程よく焼けたタイミングでそれを出していく。


「じゃあ、食べますか」


 フィリンの言っていたとおり、全てが用意できる頃には、日も陰り、頭の上は夜の気配を見せていた。

 食事が進み、とりとめのない話をする。

 タブルラビットは淡白な味であったが、それが逆に岩塩といい相性だった。

 黄金宝珠は想像と全然違った。

 まず食感。ジャリジャリとまるで氷砂糖を噛むような食感に甘さ。

 味も違う。口に入れた瞬間は、酸っぱさが目立ったが、噛み砕き、舌に乗るとパインに似た甘みと香りを出した。


 食事が終わると、我慢しきれなくなったナヴィがミラリアドリンクの入っている鍋まで飛んでいった。


「冷えましたね。そろそろ飲めますよ!」


 ナヴィが急かすような目でムショクを見た。

 よっぽど飲みたかったのだろう。

 ムショクはそれを見て怪しく笑うと、鍋からすくって瓶に移した。

 ナヴィを含めて、3つの瓶に入れると、それぞれを皆に渡した。

 もちろん、自分の分はない。


「じゃあ、折角なので、皆、一斉に飲んでくれ」


 嬉々としたムショクの顔にフィリンやナヴィの顔は自然と綻ぶ。

 ムショクの勧められるままにシハナを除く2人が瓶を煽った。 


 フィリンが最初にそれに口つけた。

 それと同時に眠そうな目がカッと開き、耳がピンっと張った。

 張った耳はすぐに垂れ、フィリンの眉間に深いシワが刻まれた。


「ど、独特の味で――ゴホッゴホッ」


 何とか口を開いて感想を言おうとしたがすぐに咳き込んで言葉にならなかった。

 その辛さに身体が火照ったのか、汗が止まっていない。


「おぇ! うぼぉううぇおっぅぇ!」


 ナヴィはそんなフィリンの横で盛大に喉に入れたミラリアドリンクを吐こうとしている。

 いっそのこと清々しいくらいだ。


「何ですか! この味は!?」


 フィリンは飲みきれたのにナヴィは無理だったようだ。手に持っていたそれをムショクに向けると、大声で詰め寄ってきた。


「なんですか! これは!?」

「美味しいと評判のミラリアドリンクを甘辛く煮込んでみました」

「甘辛くって! それアイテム作る時に出る説明じゃないですよねー!」

「メンティスの根を使ってみたんだが、どうだ?」

「私が吐き出したの見て、どうだって聞く精神を疑いますよ! だいたい、使わないでって言ったじゃないですか!」

「ポーションにはな!」

「飲むもの全般に使わないで下さい!」


 どうやら、ポーション含め飲むものには辞めてほしかったらしい。

 ならば――


「もちろん! 食べるものにもです!」

「マジか!?」

「当たり前です」

「シハナは飲むか?」

「これを見て誰が飲もうとしますの?」

「そう言えば、夕食も食べてなかっただろう?

 景気づけにどうだ?」

「遠慮しておきますわ」


 誰もこれ以上はいらないということなので、ムショクは寂しそうに残りを瓶詰めしていった。


----


 あっという間に時が過ぎた。

 あたりは暗闇に飲まれ、焚き火の明かりだけがその辺りを照らしていた。

 遠くに目をやると、光が届かなくなる先から闇へと変わっている。

 たき火が風に揺られるたびに顔に刻まれた影が変わっていく。

 ゆったりして雰囲気に、カゲロウも出てきてムショクの側を気持ち良さそうに浮遊している。

 シハナとフィリンは、風よけにひざ掛けをして、たき火越しに会話を続けている。

 ナヴィはムショクの膝の上に座り、頭の後ろで、ムショクのお腹の柔らかさを感じていた。

 ここはもうナヴィの特等席になっていた。


「ナヴィ? 『百合の魔香』って知ってるか?」

「あぁ……それですね」


 ナヴィは目線だけをフィリンに向けた。


「知ってますが、それは彼女に聞いたほうがよいでしょう。私は彼女の境遇まで知りませんから」

「そうなのか……」


 センスティブな話であったら聞きづらい。


「いえ……ムショクさんなら……」


 フィリンさんは、そう答え、視線を空に上げた。

 メルトの木の隙間から覗く星のかがやきが、冷たく瞬いている。

 今夜は冷えるかもしれない。

 フィリンはそう思いながら、言葉を続けた。


>>第49話 百合の魔香

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