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第46話 食事探しと言う名のアイテム採取

「そろそろ、野営の準備をしましょう」


 先を走っていたフィリンが速度を緩めた。

 朝からずっと走りっぱなしだった。


「まだ止まるには早くないか?」


 日が傾き始めたと言っても周りはまだ明るい。今から準備、夜のことを考えるのは少し早くないだろうかとムショクは思った。


「寝る場所の確保食事、その他用意をしていたらあっという間に日が暮れますよ」


 フィリンはそう言うとムショクに止まるように指示をした。

 ムショクとナヴィが旅していた時は暗くなってからその場で休む程度の簡単な旅だった。


「フィリンさんは、旅慣れしてますね」


 ムショクの言葉にフィリンは恥ずかしそうに耳を垂らした。


「エルフの森を出て、色々歩き回りましたから。

 元々、この香りのせいで長くは留まれなかったってのもありますけど」

「そうなのか? 俺はこの匂い好きだけどな?」


 野外でも薄っすらとフィリンの百合の香りが漂う。

 フィリンは、ムショクにそう言われて、真っ赤になって下を向いた。

 エルフの耳は正直で白かった肌が今は薄い桃色になってしなりと垂れ下がっている。


「あ、あの……あまり、嗅がないでください」


 恥ずかしがったのか、余計に香りが濃くなる。


「あぁ、もう、ムショクさんが、変なこと言うから……」


 自分でも、香りが強くなったことが分かったらしい。

 パタパタと自分を煽ぐが、余計に香りが拡散する。





「そ、そうです。ムショクさん、採取しましょう!」

「採取?」


 その言葉にムショクが強く興味を惹かれた。フィリンは反応を示したムショクを見てここぞとばかりに話を続ける。


「簡単な食事は持ってきていますが、できれば採取もしたいんです」


 慌てて出てきたからこそ用意が心もとなかった。だが、採取ができると聞いて喜ばないはずがない。


「じゃあ、フィリンさん、俺が採取に行くんで、あとをお願いできますか?」

「分かりました。火もこちらで起こしますね」

「あっ、火なら」


 ムショクは、首から小さな小瓶を取り出すとフィリンに渡した。

 中には小さなカゲロウがいた。


「これは?」

「焚き火の精霊かな。薪を置いて彼女にお願いするだけで火は問題ないです」

「えっ? ムショクさんは、精霊と契約しているんですか!」

「契約ってほど大層なもんじゃないけどな。

 俺の錬金ライフには欠かせない友人だ」


 カゲロウは瓶から出るとふわりとムショクの胸の前まで浮いた。


「名前はカゲロウ。

 フィリンさんは、メルトの時に見ているから、知っているだろうけど、仲良くしてやってくれ」

「街で見たときよりも小さいですが?」

「あぁ、袂わけしているからな。本体は今もメルトといる」

「袂わけって、精霊分割ですか!?

 なんで、ムショクさんは、そんな古い知識を知っているんですか!?」


 静かに聞いていたシハナもこれにはほうと感心の声を上げた。


「おい、ナヴィ。

 なんか、思った以上の感動してるぞ」


 カゲロウと袂わけした時は、自然となんの違和感もなしに別れてくれた。

 大したことではないと思っていたが。


「おかしいですね。普通だと思ったんですが……」

「精霊分割ってなんか大層な名前もついてるぞ」


 こほんとフィリンが咳払いをした。


「あのですね。精霊というのは力の大小はありますが、どれも本当に強いものばかりです。

 精霊と契約できるような人なんてごく一握りです。

 精霊分割は、その中で、精霊の力の一部を託すために行います。

 加護はおろか、憑依でもそれはできないです。仮契約以上のものを精霊と結んでないとダメなんです」

「その加護とか憑依ってのは?」


 精霊との関係に聞いたことのない言葉が出始めた。


「えーっと……ムショクさんは精霊の力を借りて戦ってますよね?」

「いや? 戦闘は何もしてないよな?」


 ムショクがカゲロウにそう聞くと、カゲロウは戸惑いながらも頷いた。


「え、えーっと、ムショクさんは、錬金術師の他に、何かされてます?」

「錬金術師しか知らないぞ」

「精霊術師では?」

「なにそれ? 初めて聞いた」


 それを聞いたフィリンが盛大なため息をついた。


「どうやって精霊と契約しました?」

「薪に火をつけて、焚き火を作って……それで、出てきたんだっけ?」


 カゲロウはコクリと頷いた。


「随分と古いやり方をしますね。まぁ、この程度ならやる人もいますが。普通はそこで一時的な仮契約ですよね?」

「俺もそのつもりだったが……なんか、ずっと契約が続いているんだよなぁ」

「ふと、気がついたんですが……」


 フィリンか考え込むような顔でカゲロウを見た。


「カゲロウって、喋れませんよね。

 どうして、彼女の名前を知っているんですか?」

「知っているっていうか、俺がつけたんだ。

 契約する時に不便だろう?」

「つけたって……名前をつけたんですか!? 精霊にですよ!」

「だ、だめなのか?」


 フィリンの驚きの声、シハナは後ろで笑っていた。


「ダメではないですが……畏れ多いことしますね。

と言うことは、本契約したんですね」

「そうなのか?」


 カゲロウはムショクを見て、嬉しそうに頷いた。


「ちなみに、ほとんどの国で許可なく精霊との本契約は禁止されています」

「マジか。大丈夫なのか? カゲロウ?」


 ムショクが心配そうにカゲロウに尋ねると、まるで、心配ないというように彼女は胸を張った。


「精霊的には問題ないってことは……」


 ナヴィの言葉を借りるなら。


「所詮はヒトが決めた勝手なルールか。

 じゃあ、俺には関係ないな」

「そんな身も蓋もない……」


 あの行為自体が本契約になるなんて、知らなかったのだから仕方がないとしか言いようがない。


「とりあえず、分かりました。

 なら、火の番はカゲロウに任せましょう。

 私は寝床の準備をしますから、ムショクさんは、食料の確保をお願いします」

「了解だ!」

「ちょうどあちらに大きな木がありますから、その下に野営の準備をします」


 フィリンが指差したのは、ここから数十メートル離れた場所にあった高い木だった。

 この辺りの木よりも1つ頭が抜けたそれは真っ直ぐに伸びそこから左右に大きな枝を伸ばしていた。


「ネイトの木です。

 特徴がある木なので、旅人の目印に良くなるんですよ」


 目印と大体の戻る時間を話すとムショクはフィリンたちと離れた。

 この旅は急ぎであったので、採取を諦めていたが、食料確保の名目で採取ができるのは幸運だった。


「珍しくやる気ですね」

「まぁな、どうせなら見たことのないものを取りたいし」


 パッと見渡したが、見えるその先まで広がる草原。しかし、フェグリア付近で見られる草花とはその様相を変えていた。


「ここはまだフェグリア領ですが、気候はその中心部よりも幾分か雨が多いです。

 マジョネムのような香りの強いのは薬草に比べてこちらはメンティスという薬草が多いです」

「どんな植物なんだ?」

「基本的にはマジョネムと効果は変わりませんが、そうですね」


 そう言うと、ナヴィは下に生えている草を抜いた。緩く波打ったその葉は、表面が少しざらついており、薄く白い毛のようなものが見えた。


「香りが違います」


 ナヴィがそれを揉むとムショクの鼻の近くに寄せた。

 マジョネムは甘い香りがしたが、これは、どちらかというと爽快感に近い香りだった。


「ほう。これは、シオナ火山で飲んだ氷結草の水に合いそうだな」

「あっ、いいですね。

 また、作ってくださいよ」

「これから寒いところに行くんじゃなかったのか?」

「じゃあ、飲み納めですねー」


 ナヴィがそれを飲みたそうにしたので、メンティスを幾つか採取した。

 マジョネムはその根も強い効果があった。メンティスはどうだろうかと、根ごと引き抜くと、土を払いそれをかじった。


「アツっ!」


 口の中にお湯のようなものが溢れ出し、思わずメンティスの根を吐き出した。


「まったく、すぐに何でも口に入れないでくださいよ。メンティスの根には強い辛味を持っているんです。熱く感じるのは、それですね」

「辛いのは苦手なんだよな。しかし……これは何かに使えるな」

「普通は使わないですよ」


 ナヴィは少し黙ってムショクの顔を見た。


「……当たり前ですが、ポーションにはいれないで下さいね?」

「えっ?」


 根を持ってニヤニヤしていたムショクの表情が固まった。まるで見透かすようなナヴィの言葉にムショクは渋々そうはしないとナヴィと約束した。


「ポーションも飽きてきたなぁ」

「そうですか? ポーションも奥が深いですよ。

 スキルもそうですが、アイテムにも等級というのがあります。

 同じポーションでも、等級によって効果の幅などが変わってくるんですよね」

「まだ、改良の余地があるのか!」

「……。

 なんでもいいので、ムショクの作った変態ポーション見せてもらっていいですか?」

「変態と言うな、変態と」


 ムショクは文句を言いながらも、カバンからそれを取り出すとナヴィに渡した。

 それをしばらく見つめると、ナヴィは大きなため息をついた。


「何だよ、そのため息は」

「初級、中級、上級とあり、上級の上から10級、9級から1級まであります」

「結構細かく分かれるんだな」

「ムショクなんて、まだ始めたばかりですからね。この世界はまだまだ広いですよ……といいたかったんですが」

「で、俺の作ったポーションはどのくらいなんだ?」

「……2級です」

「なんで、ため息なんだよ」

「初級ポーションの次に作ったのが、2級のポーションとかおかしすぎです!

 だいたい、5級以降のアイテムは逸品、3級以降は国宝と言われてるんですよ!

 それを、たかがムショクが、2級のポーションを作るなんて……」

「意外と簡単なんだな」


 ムショクの言葉にナヴィは更に大きな声を上げた。


「自力で等級付きのポーション作るほうがおかしいんですよ!」


 ムキになったなナヴィを見て、ムショクは笑った。


「まったく。ムショクはこの重要性が分かってませんよ」

「そんな事より、次のアイテムとりに行こうぜ?」

「はいはい、分かりましたよ」


 ナヴィは風に乗るようにふわりと浮いた。


「少し、アイテムの説明をしましょう」


 視線の高さまで飛び上がり、ムショクと視線を合わせる。ナヴィが説明し始めるいつものやり方だ。


「アイテムには攻撃や回復、その他様々な効果がありますが、そのどれも単一効果のほうが効果が強いことが分かっています」


 ナヴィは真面目な顔をして聞いている追加ムショクの顔を確認すると、「例えば……」と言葉を続けた。いつもふざけている2人だが、こういう時だけはお互い真面目になる。


「クーガメルフラゴという攻撃アイテムがあります。

 ダメージの他、範囲に対して炎熱および疾風の追加ダメージがあります。属性としても炎と風を有していて、効果で言えば、クーガメルフラゴは高い威力を持ちます。もう1つ、それよりもランクの低いトールフラゴという攻撃アイテムがあります。これは、炎熱の追加ダメージしか持ちませんが、炎熱の追加ダメージだけで話をするならこちらの方が威力が高いです」

「総合ダメージで言うなら、クーガメルフラゴの方が高いが、炎熱の追加効果だけで話をすればトールフラゴの方が強いと?」

「そうですね。相手が水の属性、特に氷に近い性質ならば、全体威力を上げるよりも、属性特化させる方が強いということです」

「状況限定で強力ってわけか」


 悪くない。というより、ムショクはそちらの方が気に入っていた。

 何でも解決する魔法のアイテムより、特定の状況だけを打破するアイテムの方が、魅力的である。その方が強いと説明されたらなおさらである。

 そこまで考えて、ムショクはふと考えた。


「それって、回復アイテムも同じなのか?」


 ムショクの言葉に、ナヴィは笑顔で頷いた。


「理解が早くて助かります。

 体力回復のみのポーション、魔力回復のみのポーション、もっと言うと、万能薬より、毒消しに特化して解毒薬、睡眠回復に特化したもの、麻痺回復に特化したもの、そして、一時上昇効果も同じです」


 今までムショクは、1つのアイテムで多くの効果をつけようとしていたが、それは、逆だったようだ。

 それぞれ、十分に効果があったが、それ以上に効果を求めるなら、それぞれの効果を個別に有していかなければならない。


「等級をつけるには、本当はこういうアイテムの仕様を身につけるはずなんですよ」


 ムショクには言わないでいたが、本来なら特化した性能を持ったものしか5等級以上はありえない。

 ナヴィはムショクのポーションを見た。

 このようなあらゆる効果があって、2等級ポーションなぞ、例外も甚だしい。

 そして、同時に彼がもし、効果に特化したものを作ったらどうなるのか。

 ナヴィの背筋にぞくりと寒気が走った。秘密にしておくほうが良かったかもしれない。

 ただ、ナビとしそれはできなかったし、ナヴィとしてその先が気になった。


「それじゃあ、ここで作れそうなギルドの基礎レシピを幾つか紹介しましょうか」

「頼む」

「まずは先程紹介したトールフラゴ、そして、麻痺回復の効果があるミラリアドリンクです」

「麻痺か。いいな」


 麻痺と言えば二人して痛い目を見たのが、つい最近だ。


「では、まずはペンタパラを捕まえましょう」

「ペンタパラ?」


 ナヴィが静かに地上に降り、小声で覗き込むように言うと指を差した。そこは顔ほどある大きな葉を持った草で、高さが腰ほどある。

 そのうち一枚をゆっくりとめくり上げると、そこには人差し指ほどの黄色い甲虫がいた。

 普通の世界でこれを見たら間違いなく声を上げるサイズだが、巨大な龍が住まうこの世界ではむしろ小さいほうかもしれない。


「これは?」

「ペンタパラです。

 草の裏にいるんですが、大人しい虫ですが、襲われると、痺れる霧を噴霧して逃げます」

「作るのは、麻痺回復じゃなかったのか?」

「ふふふ、そうなんですが、実は、この虫、自分が痺れないように、耐麻痺効果のある液も出すんです」


 ナヴィがペンタパラの背中を優しく撫でるように指示した。大人しいと言われても人差し指ほどのサイズの虫だ。ムショクは恐る恐る指を差し出すと、その甲羅に沿うように何度か撫でた。

 ペンタパラは触る指を押しのけるように身体を動かした。

 しばらく撫でていると指先が僅かに痺れ、ペンタパラのお尻から黄色い液が出始めた。


「ムショク、出ました!

 これを採取してください」


 ナヴィに言われるまま、慌ててコリンの水晶瓶にペンタパラから出た液を採取した。


「ペンタパラの体液です。

 これをもとにミラリアドリンクを作ります」


 量にして瓶の半分ほど。あまり、大量に取れないようだ。

 太陽に透かしてみるとまるで蜂蜜のような美しい黄色。まるで、金が水に溶けたようだった。


「キレイでしょ。

 昔、これを絵の具にした画家もいますよ」

「この透明な液で色がつくのか?」

「正確にはこれをつなぎに使ったんですよ。

 これを使うと黄色の鮮やかさが違うらしいですよ」

「俺に絵心はないが、その絵の具は見てみたいな」

「鬼灯岩を砕いたものと、黄金宝珠と呼ばれるネイトの木の実が必要ですね。どちらも、ここらへんで取れますよ」

「それならペンタパラの体液を少し多めに取っておくか」


 ムショクは何度か葉をめくるとペンタパラがいるたびに背中を撫でて、体液を採取した。


「これはこれで面倒だな」


 当たり前だが、葉の裏すべてにペンタパラがいるわけではない。見つけたとしても、その採取量はまちまちだ。

 初めに瓶の半分まで取れたのは運が良かった方らしく3匹目にしてようやく一瓶まるまるの体液を採取できた。

 2瓶目を満たす頃には10匹近い数のペンタパラの背中をなでていた。


「ちなみに、これ飲むんだよな」

「ですです」

「うまいのか?」

「美味しいですよ? なんでもすぐに口に入れるんですから、それも飲んでみてくださいよ」


 虫のお尻から出る黄色い液体という心に響かない語感にどうしてもその一歩が踏み出せない。

 瓶に人差し指を入れ、ペンタパラの体液に触れる。見た目と違い蜂蜜のようなねっとり感はない。むしろ、さらさらで水に近い。

 瓶から抜き出すと、指を辿った雫が、太陽に照らされる。水よりも少し粘着性があるが、絡みつくほどではない。

 ナヴィが美味しいというのだ。間違いはないだろう。心を決めて、指を加える。

 口の中に僅かな甘みと柑橘系に似た香りがひろがる。


「これは中々」

「そうでしょ? レストランのメニューにもなるほどですよ」

「錬金術のアイテムって料理に近いところがあるのか」

「うーん、どうでしょう。

 例えば、糸の生成も錬金術のアイテムとしてありますが、専門職で言えば生産職の服飾系がそれを担っていますし、冶金は今では鍛冶職が担っています。料理、特に醸造の分野は錬金術ですが杜氏が今はメインです。

 何にでも近いんですよ」

「なんか、この職って器用貧乏な気がしてきたぞ」

「いいえて妙ですね。そこが人気のない原因ですから」


 守備範囲が広いせいで、今では専門職に取って代わられたことになる。


「特化したいなら、他の職に転職したほうがいいのか?」

「職の深淵はまだその顔を見せてませんよ」

「ん?」

「決断するのは早すぎるということですよ。

 折角なので、色々試してみてください」

「まったくだ」


 ムショクはナヴィの言葉に大きく頷いた。

 そう言ったが、彼自身もやめる気はなかった。


>>第47話 ミラリアドリンク

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