表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/93

第44話 新装備

 蜘蛛と羊の通りにあるルーンテ工房。ゾフィーはそこの工房長にして、職人であった。

 フェグリアの4大鍛冶職人に上げられるほどの腕を持ち、その繊細なデザインと扱いに難しい素材を加工する手段はゲイルを超えるとも言われている。

 ルーンテ工房もゲイルの工房と同じく、入るとまず売り場があり、その奥に工房を構えている。

 ただ、広さはルーンテ工房の方が大きかった。


 ゾフィーの工房に入ると、部屋の左にムショクを右にフィリンとシハナが行くように指示した。

 ほどなくして、奥から2、3人の女性が肩までの高さのついたてを持ってきた。


「さぁ、脱ぐよ!」

「へっ?」


 当たり前のようにそう言ったゾフィーに驚いて言葉を返す。


「何言ってんだい。

 当たり前だろ? 採寸しないと着るもんも着られないさ」

「でも、ここって、鍛冶屋だろ?」


 鎧や剣を売っている場所なのだから、何も裸になる必要がない。


「ははは、確かにそうだ。

 今は分業化が進んでるからねぇ。

 鍛冶屋って言うと、剣や鎧になっちまうか。

 なら、ここは防具屋って言った方が馴染み深いかい?」


 ゾフィーの工房は金属の加工だけでなく、革や繊維の加工も行う。

 他の鍛冶屋と違い、鎧の下の服から靴まで全てここで作っている。ゾフィーの工房で一式揃えるのはある種のステータスとなるほどである。


「尾っぽのゲイルのところは、昔ながらの武器屋って感じだろ?」


 そう言えば、剣や槍だけでなく、木でできた杖もあったくらいだ。


 ついたての高さは低く、フィリンやシハナの顔が見える。

 そこで脱ぐことはいくらムショクも言えども抵抗があった。


「いくら何でもフィリンさんの目の前では……」


 同意を求めて、フィリンの方を見ると、彼女の方は、すでに服を脱がされたあとのようだった。

 すでに何人が彼女の周りを囲み、採寸をしている。

 薄い衝立はその姿までは見えなかったが、影となり彼女の身体のラインをくっきりと浮き上がらせた。

 服の上からでも彼女のスレンダーな体型は分かったが、一糸まとわぬその姿は更に美しかった。

 残念なのはシルエットでしかそれが見えないことだったが。

 髪の毛は上にたくし上げられ、白いうなじには幾本かの金色の髪が掛かっていた。

 採寸が気になるのか、下の方ばかり見ていたフィリンだったが、ムショクの視線に気づき、彼を見た。 


「み、見ないでください!」


 視線が絡み合った瞬間、驚いたように座り込むフィリン。

 その瞬間、下にいた店の人とぶつかったのか鈍い音と共に可愛い叫び声が聞こえた。


「大丈夫か?」


 近寄ろうとした足を慌てて止めた。

 今の状況は近づいたほうがまずい。


「だ、大丈夫です」

「まったく、慌てるからそうなるんだよ。

 ほら、あんたも早く脱ぐ!」


 そう言うと、ゾフィーはムショクの服を持つとむりやり脱がせ始めた。

 残念かな力はゾフィーの方が強い。

 あっという間にすべての服を脱がされた。

 こんな状況を客観的に見るのもおかしな話だが、思ったよりも軽装備だった。

 よくこんな装備でゲイヘルンと戦ったものだ。


「さ、寒いんだが」

「すぐやるから待っときな」


 そういうと、ゾフィーは巻尺を持つとムショクの肩に当てる。

 巻尺の冷たい感触に身体が震える。


「ゾフィーさんがやるのか……」

「なんだい。うちの若い子にやって欲しかったかい?」


 改めてそう問われるとはいと答えにくい。

 とはいえ、やはり若い方が……と思ったところで、ゾフィーと目が合う。


「ゾフィーさんで、光栄です」

「そうだろ」


 採寸も簡単ではない。

 単純に長さを測るだけなら誰にでもできる。

 腕を伸ばしたとき曲げたとき、無理に動かそうとしたとき服がつっぱらないように遊びを考えた採寸。

 個人にあった、その個人にしか使えない精密な採寸。

 ゾフィーが、身体中の長さを測っていく。


「ほら、股下を測るからそれを持ち上げとくれ」


 軽い拷問である。

 自分で自分のそれを持ち上げると、ゾフィーが遠慮なくそこに腕を突っ込んでいく。


「……」


 無言が逆に辛い。

 何か話したいが、自分のそれを持ち上げながら、陽気に話す姿を想像して、やめることにした。


「ふむ。

 これなら、大丈夫だね。

 ちょっと、そこで待っときな」


 ゾフィーはそう言うと、ムショクを裸のままその場に放置すると奥に入っていった。


「……」


 無言の間が辛い。

 フィリンの方を向こうにも、状況的に見辛い。


「なぁ……」


 返事がない。


「ナヴィ?」

「何ですか?」


 声が聞こえた。

 さっきからずっと頭上にいて、姿が見えなかった。


「なんか喋ってくれ」

「何を罵ればいいですか?」

「お前、俺と話す時はそれが前提かよ」

「あのですね。

 せっかく見て見ぬふりしてるんだから話しかけないでくださいよ」


 確かにこちらは全裸で待機中なのだ。

 気を遣ってくれるのはありがたい。


「まさか、俺も脱がされるとは思ってなかったからな」

「なんの話をしているんですか?」

「いや、気を遣ってくれた話だろ?」

「なんで、そこで服の話になるんですか?」

「いや、それは、俺が、全裸で……あれ?」


 ナヴィが心底呆れた顔でムショクを見下ろした。

 状況的に何かのプレイ感甚だしい。


「私が気にしてるのはムショクが、なぜか新しい服を着ることですよ?

 脱いでることなんて気にしてないですよ?」

「なんで、着ることを気にするんだよ! 全裸だぞ? 脱いだことが気になるだろ?」

「はぁ? なんですか?

 何で、私が、ムショクの露出癖を気にしなきゃならんのですよ!」

「そんな性癖ねぇよ!

 ってか、何で着るのが嫌なんだよ!

 ははぁん、お前もしかして恥ずかしがってるな?」


 思いついたようなムショクの顔にを見て、ナヴィが、急に顔の前に飛び出した。


「私が、喋れないのは何でしたっけ!?」

「喋れない……? えーっと、攻略か。

 ナヴィの情報で有利なアイテムを取得すること、有利なステータスを得ること、有利な状況になること。だっけか?」

「そうですよ。まったく!

 なんで、ムショクは新しい防具を着けようとしてるんでしたっけ!?」

「なんでって、そりゃ、これからリルイットに――あっ、そういことか」

「正座!」


 ナヴィが怒ってムショクを正座させる。


「いいですか?

 本来なら重大な契約違反ですよ?

 それを善意で見てないことにしたのに、なんで話しかけるんですか!」


 全く面目ない話だった。

 今回ばかりはナヴィの怒りが静まるまで従うほうが良さそうである。


「すみませんでした。ナヴィさん。

 はい、復唱!」

「すみませんでした。ナヴィさん」

「もっと大きな声で!」

「すみませんでした! ナヴィさん!」


 少し満足そうである。


「いつも迷惑掛けてすみませんでした。ナヴィ様。

 復唱!」

「いつも迷惑掛けてすみませんでした。ナヴィ様」

「もっと大きな声で!」

「いつも迷惑掛けてばかりのナヴィ様!」

「迷惑かけてるのはムショクですよ!」


 ちょっとしたジョークなのに、この怒りようである。


「この天才プリティー妖精ナヴィ様が、わざわざ手伝っているってだけですごいことなんですよ」

「天才プリティー妖精ナヴィ様!」

「そこは復唱しなくていいです」

「さー!」

「だいたい、何ですか?

 こんな場所で全裸で正座して?

 遊んでるんですか? 馬鹿にしてるんですか?」


 正座させたのは紛れもないナヴィ自身だ。

 これ以上反省のポーズはない。

 これ以上を求めるなら全裸土下座か四つん這いしかない。

 しかし、それを求められるとさすがのムショクも躊躇する。


「あんたら、何遊んでんだい?」


 奥から戻ってきたゾフィーがムショクとナヴィを見て呆れた顔をした。


「ほら、まずはこれに袖通してくれ。

 ここからが職人の腕の見せ所だよ!」


 神の助けとゾフィーから黒いシャツを受け取ると袖を通した。


「さて、動くんじゃないよ!」


 シャツに袖を通した瞬間、それが身体に沿うようにサイズが小さくなった。

 シャツには少し余った部分があり、それをゾフィーがハサミで切り落とす。その切り落としたと同時に、服の収縮が止まる。

 続けて下着を履く。同じくそれも履いた瞬間に身体に縮み、ゾフィーが、ハサミを入れるとピッタリとフィットしたところで止まった。


「凄いな。

 身体にピッタリと合うぞ」

「ハイセイ草から作った布でね。

 熱を加えると縮むんだ」

「それって、どんどん縮んでいくのか?」

「それが、ポイントなんだよ。

 先導する筋があってね。そこを切ると縮むのが止まるんだ」


 ゾフィーの言うとおり、彼女がハサミを入れる度に締め付ける間近で服はその動きをやめている。


「これでインナーはいいだろう。

 よく伸びるからね。脱ぐ時も普通にしていいよ。

 さて、防具なんだけど、あんたなら軽装のほうがいいだろう?」

「だな。鎧とか来ても動けないしなぁ。

 メインは調合だしな」

「と思ってたよ」


 そう言うと、ゾフィーは服とコートを見せた。


「服はシンプルなシャツだが、雲の馬と呼ばれているアラルーカの毛を使っている。

 物理防御は弱いが魔法耐性があるから安心しな。

 物理に弱いって言っても安物を着るよりも遥かに安心できるはずだ」


 服に袖を通しながら説明を聞く。

 着心地は最高だ。


「パンツだが、これは革製だ。

 本当なら履き慣れてから、旅には使うんだって言いたいが、今は性能面を重視したんだ、多少革が張るかもしれないが、直に馴染むはずだ」


 そう言うと黒いズボンを渡した。


「亜龍種のゲイレンドラゴンの翼の革を使ったスボンだ。亜龍だが、龍種と肩を並べるくらい優秀なドラゴンだよ。

 性能は我が工房の折り紙付きだ」

「古代龍なら、もっと性能が良くなるのか?」

「そう言えば、あんた龍を倒したんだってね。

 素材が余っているなら譲っておくれ、高く買い取るよ」


 ゾフィーはニヤリと笑った。

 彼女は、最後にと付け足して蒼いコートを取り出して見せた。

 それは、深く一瞬、黒に見間違うくらいだったが、はためくとまるで深海を揺られるような深い蒼が顔を見せる。


「これから寒冷地に行くんだ。

 コートは必須だろう? 黄金羊の毛を綾織して作ったものだ。

 丈夫だろ?」


 ムショクはそのコートを触らせてもらった。

 ウールとは思えない丈夫さ、そして、そこから考えられないほど滑らかな手触りだった。


「神樹バリアンの樹皮で染め上げてるから、耐寒性にも優れているからね。

 何よりこれには深海の加護がある。

 加護付きの防具は珍しいんだ。

 ありがたく受け取ってくれ」


 ムショクはゾフィーから貰った装備を全て身につけた。

 心なしか身体が軽くなった気がした。


>>第45話 ハンネとフラン

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 状況的にナビケーションに怒られる筋合いが無いんだけど コメディなのかもしれないけど ナビゲーションが不快なときが多い
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ