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第40話 火急の知らせ


「で、ドタバタしたが話を戻していいか?」


 正直聞きたいことが山ほどある。

 疲労の割に話が全然進まないことに余計疲れを感じる。


「あんたが人探しをしているのは分かった。で、何でか分からないが、俺が代わりに選ばれたことまでは理解した」

「よろしい」

「……」


 ここで、突っ掛かればまた話が進まなくなる。

 ムショクはグッと堪えて話を続ける。


「お前が何者か分からず、何をしたらいいのかさえわからん」

「貴方に信用がありませんからね」

「分かった」


 もう、ため息さえ出ない。

 ムショクは、残った朝食に手を付けようとしたが、ほとんどがナヴィに食べられてしまった。

 その宙を切った手の置き場がなく、決まりが悪そうに指を動かす。


「ナヴィ、グラファルト森林に行きたいんだが、どれくらい掛かるんだ?」

「歩いたら数カ月はかかりますね。

 最速なら船ですが、半月ほどですね」

「遠いな」

「それに、グラファルト森林はムショクのレベルでは少しキツイかもしれないですよ」

「ちょっと気になってたんだが、どうするかなぁ」


 順当に行けばレベルを上げてそこに向かうしかない。


「合成レシピってどうやって増えるんだ?」

「ギルド所属ならレベルにあったレシピが提供されますし、あとは人に聞くくらいですかね」

「人に?」

「そうですね。クエストやイベントの報酬で教えてもらえたりします」

「あぁ、なるほど」


 ギルドから提供されるレシピはナヴィが教えてくれるだろう。

 となると、それ以外のレシピを集めたい。


「フィリンさんって、何か、エルフしか知らない合成レシピってあったりします?」

「えっ? エルフのですか?

 ありますが、そんな大したものないですよ?」

「あるんだ! どんなやつですか?」

「そんな大げさなものではないですよ」


 フィリンか口にしたのは、母から教えてもらったという昔から伝わるアイテムのようだ。

 獣避けのお守り、果物が美味しくなる置物、後は傷薬。


「エルフの錬金術師の方はもっとちゃんとした物を作るんですけどね」


 フィリンは恥ずかしそうに笑った。

 が、意外にムショクはそれに興味を持った。

 特に傷薬は軟膏タイプのようで、ポーションとは作り方が違った。

 回復手段は多いに越したことがない。

 リラーレンの腕がゲイヘルンに喰いちぎられたことを思い出して、心の奥が痛くなった。

 

「もう少し、色々な材料がほしいな」

「テオドックなら買えますよ?

 と言っても、自分で採りたいんですよね?」

「まぁな。どこかいいところあるか?」

「近いならリルイットかサジバットですね」


 テオドックの北には風と氷の国と呼ばれるリルイット、南にあるサジバット王国がある。

 どちらもフェグリアよりも古い国でそれぞれ独自の文化を持っている。


「じゃあ、また、旅ですね」

「今回は目的なく歩くからな。

 寄り道できるぞ」

「ちょっと待ちなさい!」


 案の定、シハナが大声で割り込んできた。

 

「旅に出るつもりなんですか!?」

「今の会話を聞いていたら分かるだろう?」

「わたくしは、あなたを頼ってきましたのよ!」


 人付き合いが得意じゃないムショクとしては、こんな我儘な人間は正直関わりたくない。

 人付き合いが得意な人間なら、上手いことやり過ごすのだろうが、ムショクには、それができない。


「お前な……そっちが、信用ないから頼りたくないと言ってきたんだぞ?

 むしろ、喜んで然るべきであって、怒鳴られる筋合いはないぞ?」

「それは……けど……」

「何がしたいか分からんようなやつを助けられるはずないだろう」

「わたくしは……でも……」

「正直、俺よりもゲイルさんの方が強いぞ?」


 大きな声では言えないがゲイヘルンを倒したのも実質はハウルとリラーレンだ。

 ムショクは、近くで2人をドーピングしていただけだ。


「しかし、わたくしは貴方を……」

「と言うわけだ。

 お前の旅に幸運の一滴を」


 席を立ち、シハナの頭を軽く撫でると、食べ終わった食器を持ち上げた。


「お待ちください!」


 黙って机を机を睨みつけるシハナ。


「わたくしが……わたくしが……」


 必死で言葉を紡ぎ出そうとしているシハナのすぐ横でナヴィが食事を取っている。

 悪いが、声を大にして言いたい。

 いつまで食べているんだ!と。

 ナヴィは自身の分はすでに食べ終わって、他の皿まで手を付けている。ムショクの分は、すでに空き皿となって今手に持っている。

 ナヴィが手を付けているそれはシハナのために用意されたやつだ。

 ナヴィのことだ。食べないなら私がもらいますねとかそんなこと思っているに違いない。


「わたくしは王家の者として頭を下げるわけにはいかないのです」


 やっぱりそうだったかとムショクは思った。

 彼女の身分はやんごとない身分だというのはそこかしこから滲み出ていた。


「そんなルールあるのか?」


 ムショクの言葉にナヴィは食べる手を止めてチラリとこちらを見た。


「ないです。

 所詮は人が決めた勝手なルールです」


 人の食事は奪わないってのも妖精のルールにはないらしい。


「だそうだ。

 そんなルールを押し付けられても迷惑だ」

「迷惑ですって!」


 ムショクの言葉に怒りの視線を向けるが、その顔はどうしていいのかわからないほどオロオロしている。


「大変だ! ムショクはおるか!」


突然、フィリンの家にゲイルが飛び込んできた。

走ってきたのだろう、肩で息をして額には汗の筋が何本も引かれている。


「良かった! まだ、出ておらんかったな!」

「どうしたんですか? そんなに慌てて」

「蜘蛛の奴らが、炉の精霊を拗らせよった!」


 その言葉に、フィリンとナヴィが困った顔をした。


「えっ? どういう事?」

「ムショクは知らんのか。

 取り敢えず、氷結系のアイテムはあるか?」


 今の手持ちにあるシオナ火山の真珠岩に氷結草、ステュクスの牙を見せる。


「助かる。

 それを持ってきてもらえないか!?

 訳は向かいながら話す!」

「分かった」

「私は、行かないほうがいいですか?」


 事情が分かっているらしいフィリンは、ゲイルにそう尋ねた。


「いや、今回は人手が必要じゃ!」

「なら、行きます。

 すぐ用意しますね」

「頼むぞ。

 蜘蛛の七番目箱羽虫転けたところだ」

「分かりました。

 すぐに追いかけますね」


 フィリンはそう言うと何かを用意すべく奥へと走って行った。


「行くぞ!」


 ゲイルは、机に座り続けているシハナを見ると怒鳴り声を上げた。


「何をしている! お前も行くんじゃ!」


 その太い手でシハナの腕をがっちり掴み引っ張り上げる。


「わたくしもですか!」

「人手がいると言っておろうが!」


 ムショク共々、ゲイルは強引に外に引っ張り出した。


「何があったんですか?」


 通りを駆け抜けながらゲイルに尋ねる。


「焚き火に精霊がいるように炉にも精霊がおるんじゃ。と言っても、滅多にお目にかかれんがな」


 一番華奢なシハナが息を切らさず走っていた。

 不思議と地下にいるが足音は聞こえなかった。


「炉の精霊は女性での。数年に一度の不機嫌な日があるんじゃ」

「精霊もそういう日があるのか」

「まぁの」

「それって、あれか? 炉に女性がいたら怒るとか?」

「いや、その程度じゃ怒らんよ。女性の鍛冶師も多いからな。

 むしろ、昔は女性を神聖視してたくらいじゃ」


 ゲイルがそれを説明する。

 女性が月に一度起こる月経がその主な原因らしい。血の鉄臭さとその赤い色から、炎と鉄を産みだす身体として、特に鍛冶職人たちは女性を神聖視していた。

 カゲロウように、炎系の精霊が女性を模っているのが多いのもまたその一因であった。


「他に原因があるのか?」

「非常にどうでもいい理由なんじゃが、この日に異性とイチャつくと怒るんじゃよ」

「異性と?」


 ゲイルはため息混じりにその言葉に頷いた。


「精霊ってそんな俗っぽいのか」

「そう言うと意味では炉の精霊は特別ですね」


 ゲイルに代わって今度はナヴィが解説する。


「例えば雨や風なんかは、私達が居なくても起こりますが、焚き火や炉なんて言うのは、私達がいないと存在しなかったものです。

 そういう精霊は、発生源である私達の特性が色濃く出るんですよ」


 精霊でありながら、自分たちに近い感性を持つ精霊。


「で、なんで、その精霊が怒るんだ?」

「嫉妬なんかの? まぁ、その日はなんで怒るか分からんのだが、今回がまた酷い」

「酷い?」

「15年くらい前は炉が溶け出して周りの家を燃やしたんだが、今回もそれに匹敵するくらいじゃ」


 炉や地面が精霊の熱に耐えきれず溶け、まるで溶岩のように周りに流れ出す。

 その時は周りの家が燃え悲惨だったらしい。

 時には鍛冶師ではない女性がいただけで怒る時もある。それを知っていたフィリンは、参加してもいいかと尋ねた。


 何度か曲がり道を曲がり、蜘蛛と羊通りに出た。

この先は、旧市街で最も細かい網目通りだ。

 

「これだけ細かいとフィリンさんは、後から来られるんですか?」

「七番目箱羽虫転けたところと言っておるからな」

「転けたところってのは?」

「ムショクはこの街の人間じゃなかったな。

 あれは隠語みたいなもので反対の通りってことじゃ。

 結構こういう言葉が多くてな。

 ワシもここに来た時には苦労したわい」


 箱羽虫は、通りの名前のようで、七番目の曲がり角がそこになる。

 ゲイルたちは6番目の通りで曲がった。

 すでに多くの人がそこに集まっていた。


「すまん。遅くなった」

「おぉ、龍の尻尾んとこか。

 今回はすまん」

「いや、なに、お互い様じゃ」

「今回は酷い拗れようじゃ。

 早めに対策した方がいいかもな」

「一応、氷結系のアイテムはいくつか待ってきたぞ」


 そう言うと、ゲイルはムショクを紹介した。


「初に目にかかる。

 私は、蜘蛛と羊の通りで鍛冶を取り仕切ってるやタンクだ。

 君があの祝福のやつかい?」

「祝福? って、もしかして、ゲイルさんの炉の?」


 とうやら、あの火焔粉はかなり有名になっているようだった。

 ナヴィも消えない祝福は珍しいと言っていたくらいだ。


「あれは偶然だからな。二度はできないって」

「ははは、そうか。

 なら、その噂はこれ以上広めんほうが適切だろう」


 こう話している間にも、どんどんと人が集まってくる。


「今回の原因は?」

「うちのバランが、やっちまったらしい」

「バランじゃと? そんなミスするようなやつじゃないだろ」

「どうも母親危篤の手紙を貰いおってな」


 それを開けたのが気に入らなかったらしい。

 炉の温度がどんどんと上がり続け、たまに溶けた鉄が噴き上がる。


「いくら女性とは言え、親は例外だろうに」

「全くだな。

 まぁ、何が切っ掛けで怒るか分らんからな」


 遠くで爆発音に似た音が聞こえた。


「タンク何したらいい?」


 のんびり話していたゲイルが慌ててタンクに尋ねた。


「精霊の近くには温度が高すぎて、炎の加護を受けているものしか近寄れん。

 前回と同じくフェグト川まで列を作ってリレーで水を送るしかなかろう。すでに魔術師連中には声をかけているからな。

 焼け石に水とは言え、魔術の媒介要素にもなるから大量の水は必須だ」

「了解じゃ。わしんとこの若いやつらもすぐに来るじゃろうから、早速隊列を組むか」

「現場はゾフィーが仕切っているから、何かあったらそこに頼む」


 タンクはゲイルに礼を言うと、また他の場所に走っていった。


「炎の加護はこの中じゃワシくらいか。

 ムショクはないよな?」

「申し訳ない。そもそも、どうやって加護を得るかも分らん」

「ワシみたいに、炉の精霊と契約したりと炎の精霊と契約すればいけるんじゃが……」

「それなら、一応、カゲロウと結んでるな」

「焚き火の精霊か……温度が低いのが難点だがないよりマシだろう。

 よしっ! ムショクはワシとこい!」


 ちょうど良いタイミングでフィリンが到着した。


「遅くなりました。どんな感じですか?」

「前と同じじゃ。フェグト川まで列を作る。

 ムショクとワシは前方に、フィリンとそこの嬢ちゃんは後方に行ってくれ」

「分かりました」


 フィリンはそう言うとシハナを連れて別の方へ走っていった。


「さぁ、ワシらは炉の方に行くぞ」


ゲイルの後について行き炉の方に向かった。


>>第41話 炉心融解

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