第38話 酔い明け、謎の来訪者
喉の乾きと軽い頭痛とともに目が覚めた。既に朝日は上がっており、眩しさに目をくらみながらゆっくり目を開けると知らない天井があった。
木でできた梁に、同じく木でできた天井。現代建築ならぬその天井が目に飛び込み、ようやく自宅ではないこと、そして、ここが現実の世界でないことも思い出した。
どうやら、ベッドの側の長ソファーに寝ていたようだ。
起き上がると、身体をほぐすように大きく伸びをした。
「おい、ナヴィ……」
ソファーの脇の机で大口を開けて寝ている妖精に声をかける。声を掛けられ、ピクリと身震いすると、ナヴィと呼ばれた妖精が笑顔で起き上がった。
「あっ! 極楽鳥のソテーは私のです!」
手を上げてそう声を上げると、ナヴィは不思議そうな顔で辺りを見回した。
「あれ? ウキウキ食べ放題コースは?」
「そんなのねぇよ」
どうやら、寝ぼけているようだった。
満面の笑みだったナヴィは、彼にそう言われ、今まで体験したのが夢だと気づいたらしい。
笑顔から悲しみに、そして、途中で起こした彼への怒りの顔に変化していった。
「極楽鳥のソテーは?」
「知らん」
「フルフルのハニーティーは? タイタンブルのシチューは?」
「だから、知らんって」
「ドラゴンのテイル焼きは?」
「それは食べたぞ」
それを聞いて少しホッとした顔をしたのも束の間、夢の中で食べた食材の恨みを晴らすべきキッとにらみ受けた。
「ムショク! なんで、起こしたんですか!
あの極楽鳥をやっと食べられると思ったのに!」
ナヴィはムショクに飛びかかったが、彼はそれをすんでで抑えた。
「ちょ、お前の夢なんて知るかよ!」
「せめて、せめて、食べてから起こしてくださいよ!」
「そんなの知るか!」
良い所で起こしたのは悪かったが、流石にわざとではないことで怒られても困る。
「それより、ここはどこなんだ?」
曙の龍で飲んでいた所までは記憶にある。
ドワーフであるゲイルの所でしこたま付き合わされた。その後の記憶は正直なかった。
「おはようございます」
ガチャリと扉が開き、ソレと同時に部屋の中に百合の香りが、立ち込める。
この香りでここが何処かというのが分かった。
「おはよう。フィリンさん」
声を聞いてわざわざ来てくれたのだろう。フィリンは、ムショクの顔を見て、少しホッとした顔をした。
「昨夜のことは……ムショクさんだから許したんですからね?」
恥ずかしそうに耳を垂らすフィリン。
だが、ムショクはその言葉に呆然としていた。
それもそのはず、昨夜のことはほとんど記憶になかった。
フィリンに何かした。そんな羨ましい記憶が、恨めしいことに1つも残っていなかった。
「えっ? 昨日って?」
その言葉にフィリンは耳を真っ赤にした。垂れ下がった長い耳。フィリンは相当恥ずかしかったようだ。
「蒸し返すんですか?」
さっきの反撃とばかりナヴィがそれを非難する。
ムショクとしては、記憶にないそれを聞きたかっただけなのだ。
が、ここで声を大にして忘れたとは言い難い。
形だけになるが取り敢えず謝っておくことにする。
幸運なことだが、本人が許してくれたことが大きい。
「朝ごはんができましたが、どうですか?」
「いいんですか?」
「はい。彼女も起こして下に降りてきてください」
「彼女?」
フィリンの目線を送った方向を見ると、確かにベッドの上に女性が寝ていた。
金色の髪に、白いドレス。
美しい女性であったが、ムショクの知っているどの女性にも該当しなかった。
「だ、誰だ?」
「ムショクさんの知り合いじゃなかったんですか?」
「知らん、これは本当に知らんぞ?」
「本当ですか?」
ナヴィが疑い深い顔でムショクを見た。それに、いや、待てと言いたい。
こっちに来てずっと一緒にいるのだ。ムショクが知らないことくらいナヴィも知っていて当然だ。
知らない相手には容赦しない、ムショクはその少女の頬をペチペチと叩き起こす。
「う、うぅ……」
唸るが起きないので、今度は鼻をつまむ。小さく苦しむ声が聞こえたので、つまんでいた手を離すと勢い良く息が出た。
「起きないなぁ」
「というか、彼女何でここにいるんですかね?」
「誰も知らないからムショクさんの知り合いじゃないかと言う話になりまして」
「待て待て、俺の知っている人なんて、フィリンさんとゲイルさんくらいだぞ?」
昨日ので多少の顔見知りは増えたが、所詮は両の手で数えられるほどだ。
「あぁ、あと、ブレンデリアか」
「どなたですか?」
フィリンさんが聞き慣れない名前に少し眉をひそめ聞き返した。
「えーっと、何だっけ、アンデとか名乗ってたな」
「アンデ・ブリレさんですね。
凄いですね。ゲイルさんと同じくらい飲んでましたよ!?」
ムショクは付き合って潰れた人間だ。確か、毒が無効と言っていたがアルコールもそれに当たるのだろうか。
「と言うわけで、本当に知らんぞ」
「どうしましょうかね」
できればこの問題は後回しにしたい。
何より、喉が渇いて仕方がない。とは言え、自分が発端でフィリンの家に知らない人を置くのも気が引ける。
その切っ掛けがムショク自身だから尚更だ。
「取り敢えず落とすか」
ムショクは言うが早いが、ベッドのシーツを引っ張っぱると、幸せそうに寝ている彼女をベッドの下に転がり落とした。
短く可愛い悲鳴とともに、床に落ちた彼女は不思議そうに辺りを見回す。
「よし、フィリンさん。
朝ごはん食べましょう」
「い、いいんですか?」
「いいから、いいから」
困惑するフィリンさんの肩を押して部屋から出す。そして、扉側で振り向くと、起きたての彼女を見た。
「取り敢えず、朝食だから出るぞ」
「な、何が起こったんですの?」
状況をつかめず、困惑している彼女をよそにいいからいいからと手招きして、部屋を後にした。
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