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第37話 ブレンデリアの鎮魂


「しかし、まぁ、よくこんなものを食べたものだよ」


 ベリナントが不満そうにそれを食べた。彼自身、自分が忌避していたそれがここまで美味いしかったことがまだ受け入れなかった。


「この美しさの欠片もない、これから、なぜここまでの味が……」


 ムショクが面倒そうにベリナントを見ているのを見て、フィリンは苦笑した。


「ムショクさんには、紹介がまだでしたよね。

 兄の友人の――」

「ベリナントだ。

 水晶瓶はどうだい?」

「水晶瓶?」


 ムショクの返答にやれやれと首を振った。


「ベリナントさんは、水晶瓶の製作者なんです」

「えっ? あれって、フィリンさんの手作りじゃないんですか?」

「あんなすごいのなんて作れないですよ」

「いや、重宝させてもらってますよ。

 スペシャルポーションたくさん作れましたし」


 その言葉を聞いて、食事をしていたナヴィは不味そうにうげぇと舌を出した。

 ナヴィにとっては思い出したくないそれだ。


「フィリンに上げたやつだね?

 すごくいい性能だって聞いたよ」

「いい性能かどうかは分からないですが、

 いい味はしてますよ?」


 ムショクはこれでもかと言うほどの笑顔になった。


「気になるね」

「飲むんなら上げましょうか?

 ちょうど、さっき新作ができたので」

「いいのかい?」

「あっ、でも、いまは食事中だから、食後に」

「君の言うとおりだ。

 バッカスの料理がこんなにあるんだ。

 食べないと失礼にあたるね!」


 もちろん、ムショクはそういうつもりで言ったのではない。が、ベリナントはムショクのポーションの味を知らない。

 フィリンもムショクもベリナントも和やかに笑っている。

 その横でずっと食事をしているナヴィだけが、この先に起きえる光景を想像してげんなりしている。


「おーい、ムショク!

 こっちにもはよ来い!」


 ゲイルが、我慢できず大声でムショクを呼んだ。

 ムショクがベリナントの方を見て少し困った顔をすると、彼も察してか向こうに行くように促した。


「ムショク! 約束、期待しているぞ!」


 その言葉にムショクはそれはもう笑顔で答えた。

 フィリンとベリナントと言う綺麗どころと比べて、ゲイルのところは一気におっさん臭が強まった。5人ほど集まって浴びる様に酒を飲んでいる。


「やっと来たな! 待ちわびたぞ」

「ゲイルさん、飲み過ぎじゃ?」

「がははは、ドワーフには酒なんて水みたいなものじゃわい」


 そういう顔はすでに緩みきっていて、鼻の頭がうっすらと赤くなっている。


「君が、消えない祝福の粉を作った例の人物かい?」

「紹介がまだじゃったな。

 こいつがムショク。

 冒険者になれなかった冒険者じゃ」


 そこまで喋ると杯をあおって残っているものをすべて飲み干した。


「この背が高い禿がクレッグ」

「ここでガラス職人をやっているクレッグだ。

 火焔粉の話聞いたよ。羨ましい限りだ」


 そう言うと手を差し出した。

 ムショクと違い、太い指にゴツゴツとした硬い手のひら。所々に煤けた汚れがついている。

 ムショクがその手を握り返すと、その手の硬さがより一層硬く感じた。

 まさに職人の手だった。


「あれは偶然だったからな。

 もうひとつっても無理だぞ」

「はは、分かってるさ」


 照れたように禿げた頭をペシペシと叩く。


「で、こいつが時計職人のサイン」

「……どうも」


 丸く太ったサインは、ムショクを見ると目を細め、つぶやくような言葉と手を出した。


「よろしく」

「寡黙だが、腕は一級品だぞ!」


 ムショクが握り返すと、すぐに手を引っ込めた。

 あまりにも突然な態度に、ムショクは少し憮然とした。

 差し出した手を握っただけなのに、それを避けるように引っ込められると、いい気がしない。


「すまん、すまん。

 こいつは右手を握られるのが苦手なんだ。

 何せ、商売道具だからな」


 だったら、左手を出せばと思ったが、それをしない辺り、根はいいやつなのだろう。苦手であるにもかかわらず出したのだ。そう思うと、自然と怒りは感じなくなった。


「で、毛皮職人のバース」

「よろしく」


 長い髪を後ろで縛り無精髭の男は快活な言葉で握手を求めた。


「最後に家具職人のディリル」

「珍しくゲイルが褒めるやつがいるから気になったぞ」


 シャツとベスト。ラフな格好のこのメンバーの中では一番しっかりした格好をしている。

 他と同じく握手を交わす。


「家具が欲しくなったら言ってくれ」

「まだまだ先だぞ?」


 ディリルは構わんさと笑った。


「そういえば、聞きたいことがあったんだよ」


 カバンの中から電気イノシシの毛皮を取り出した。

それを開くと、氷結草と共に包まれた肉が出てきた。ソーマを呼んでそれを渡すと、毛皮を広げてバースに見せた。


「電気イノシシの毛皮か。

 斬撃と散雷の跡がない。刃物や金属での戦闘をしてないな」


 ウンウンと頷き、顎に手を当てながらそれを見る。

よっぽど気に入ったのか、出されたそれをじっくりと見て、バースは続ける。


「大きく良い毛皮だな。

 フィールドボスとまではいかないが、生きておればそれになるほど立派な毛並みだ」


 ムショクが苦労したのも、それなりの相手だったということになる。


「うむ。いい毛皮だ」

「良かった。聞きたいことってのはこれを糸にできないかってことだ」

「糸に? 『眠り羊ブレンダルシープ』などなら話は別だが、電気イノシシをか?」


 ムショクの言葉にバースは驚きと呆れた声を上げた。


「獣毛は限られた種類しかできないんだ。

 特にイノシシ何てのは泥の中を転げ回るは、ぶつかるはで、毛はあまり良くないんだ」

「と、俺も思ってたんだがな。

 よく見てくれ」


 電気イノシシの毛の一本一本は驚くほど長かった。そして、その艶。まるで天鵞絨のような手触りで、うっとりする程だ。


「これは、確かに今まで思っていたイノシシのそれとは違うな」

「長い毛と短いのがあって――」

「刺し毛と綿毛だな。

 俺が見たことあるやつは、全部刺し毛が割れていた。

 これはどうだ? 綺麗すぎるぞ?」

「電気が守ってるんだよ。

 この長いのが帯電の性質があって、短いのには絶縁の性質があるみたいなんだ」


 ムショクの説明になるほどと頷きながら聞く。


「兎に角、俺が知っているイノシシの毛とは大きく違うな。

 散雷か。あれがないとここまで美しいのか。

 倒した武器は? 解体には何を使った?」

「武器はセレス樹の杖、解体は龍の牙でだ」

「どちらも放電に耐性があるものか」


 バースは何やらブツブツと独り言を言ったがその半分もムショクには理解できなかった。

が、バースは1人で納得したみたいだった。


「で、これを糸にするんだって?」


 この上等な毛皮を物欲しそうにバースは見つめた。よっぽど欲しかったのだろう。


「確かにこれなら出来そうだ」

「おっし!」

「また何か良からぬことを考えているんですか?」


 ベリナントの席からゲイルの席に移ると、置いてある料理が違っていたので、ナヴィはずっとそこに飛びついていた。

 明らかに、自分の体重より食べているようだが、食べすぎたという声は出ていない。

 胃ではないどこかに入ってないとおかしいくらいの大食漢である。


「いや、これは単なる興味本位だ」

「物好きですね」

「全くじゃ」


 ナヴィの後に、聞き覚えのある声が続いた。

 ムショクが驚いてそちらを見ると、あいかわらずの不健康そうなその少女が立っていた。

 だが、その顔はどこか機嫌が悪かった。


「なぜ呼ばぬ」


 不機嫌の理由が分かった。

 自分だけ、この試食会に呼ばれてなかった事が気に食わなかったみたいだ。

 だが、ムショクがブレンデリアを呼ばなかった理由は簡単だ。


「なら、連絡先くらい教えろよ。

 どこに言えば通じるんだよ」

「それは無理じゃな。旅をしておるからの」

「じゃあ、無理だろうが」


 当たり前のことだが、連絡先が分からないなら呼ぶこともできない。


「で、あれは食えるんじゃろうな?」

「厚かましいな、おい」

「この娘は誰なんじゃ?」


 ムショクと親しげに話していることから顔見知りだということは想像できたが、この街の人間でないとゲイルは、それが誰かが分からなかった。


「なぁに、どこにでもいる通りすがりの命の恩人じゃよ」

「命の恩人はどこにでも居ないし、どう見ても通りすがりじゃないだろ」

「酷い言い掛かりじゃ」


 目をこすり、泣くようなふりをするが、それが泣いていない事など一目瞭然だった。


「ムショクよ。あまり小さい子をイジメてはならんぞ」


 その偽物の涙に騙されたのはゲイルだった。いや、他の4人も一緒になって慰めている。


「お主、名前は?」

「わしか? わしはアンデ・ブリレじゃ」


その言葉にゲイルは大きな声で笑った。


「伝説の名を偽名に使うとはやりおるの!」


 ムショクはどこかで聞いたことある名前に首を傾げた。

 が、それを思い出すことはできなかった。


「お前らー!」


厨房の奥からバッカスが顔を出して叫んだ。


「待たせたな! ついに食べられるぞ!」

「バッカス! 次はちゃんと来るんだろうな!」


 全員が待ち望んでいた言葉だったが、さっきのこともあり、信じてない者がヤジを飛ばした。


「さっきのは、サプライズだって言ってんだろ。

 今度は正真正銘のメインディッシュだ!」


 バッカスの言葉は否応なしにテンションを上げていく。ブレンデリアも例外ではないらしく、早く来い!と叫んでいる。


 先程とは違い、ソーマは急いで熱せられた鉄板を机に置いていく。

 その動作からもついに本物が来たと固唾をのんで見守る。


「みんな、目の前にあるな?」


 返事がなかったのだから、全員の前にそれがあるのだろう。

 ナヴィにも、ナヴィ用のものがあった。

 それら全てに蓋がしてあった。


「取れ!」


 バッカスの言葉に全員が蓋を取った。今まで、閉じられた蓋の向こうで聞こえていた小さな音が部屋全体に広がった。

 鉄板に置かれた、巨大な肉の塊。

 想像はしていたが圧巻だった。

 ドラゴンの肉、特に炎を自分の属性として持つそれは、火が通りにくい。

 また、ドラゴンの血も無害なそれに変えなければならない。

 肉を柔かくするためと無害なものに変えるため、数十種類の薬草と香草を混ぜた万能薬に似たものに漬け込まなければならなかった。

 そこに料理人らしく、味を加え下処理としている。

 特殊なモンスターの調理にはそういった一手間が必要になる。これらの下準備は秘中の秘であり、料理人の腕とされるものの1つになる。

 バッカスの腕が一流であることは、ここにいる全員が承知済みのことだからこそ、このただ焼かれただけの肉にもあらゆる期待ができてしまう。


 弾ける音を立て続ける肉にナイフをいれる。

 1、2度引くがナイフは中々肉の中に沈まない。赤みの硬い肉の感触がナイフを通して伝わる。

 硬い肉なのかと期待が外れがっかりした瞬間、ナイフがスッと肉を通り過ぎ、鉄板に打ち付けられた。切り開かれた肉の中は僅かに赤みがかって、そこから大量の肉汁が溢れ出した。


「龍の尾の表面は硬いから気をつけろよ。

 好きな奴は表面を食ってもいいが、メインは中だ。

 中の肉だけうまく切り取って食べてくれ」


 バッカスの説明に従って、表面の部分だけをナイフで切り落とす。

 手間かと思ったが、表面の硬い部分と中の柔らかい部分の間にナイフを軽く入れるだけで剥がれていく。


「そのままでも良し、軽く鉄板で表面を焼くのも良しだ」


 まずは、そのままで口に入れる。

 抵抗なくナイフが入ったので、柔らかいものかと思いきや、噛むとしっかりとした感触。

 噛むたびに肉汁が溢れ出し、鼻に肉の香りが抜ける。


「斬撃に弱くて、殴打に強いって感じか」

「何ですか? それは?」

「ドラゴンテイル焼きの感想」

「味じゃないんですか?」


 あれだけ騒がしかった全員が今は料理に集中している。

 通常ドラゴンテイル焼きと言えば、ドラゴンモドキの尾だ。本当はドラゴンなのだが、庶民はそれで満足している。

 たまに本物のドラゴンが出される時があるが、それこそ目が飛び出る程の値段だ。

 なので、基本は貴族の食べ物である。

 が、今、目の前にあるのが本物のドラゴンの尾で作ったドラゴンテイル焼きである。

 それもただのドラゴンではない。古龍王と呼ばれたドラゴンの中のドラゴン。

 貴族が、いや、王ですら食べたことのないような食材である。


 ナイフとフォークが動き、その全てが胃袋の中に入った。

 どこかの誰かが名残惜しそうな、それでいて満足感に満ちたため息をついた。

 それを契機に、全員がその味の喜びと感動を言葉にした。


「ムショク! 美味しかったですね!」

「美味かったな。思ったよりも脂っこくなかったな」


 ゲイルはまだ足りないというふうだったが、それでもドラゴンを食した満足感は大きかったようだ。


「この表面の硬い部分は勿体無いのぉ」


 食べようとナイフで切るが硬くてなかなか切れない。

 ムショクもなんとか一口分を切り取って口に入れてみる。

 美味しいは美味しいのだが、味気なく噛み切れなくて口の中でもそもそと居続ける。


「……薄く切りたいんだが、食事用のナイフでは無理か……

 誰か何か持っています?」


 ムショクは何か思いついたらしく、声をかけてみた。

 ディリルがノミならばと手を上げたが、さすがに仕事道具を借りるわけには行かない。

 仕方なくカバンから龍の牙を出す。


「何だ、持ってるではないか。

 なぜ聞きおった?」

「これだと下の鉄板まで切りそうなんだよ」


 ゲイヘルンの牙はそれだけ鋭かった。

 フォークで肉を押さえ、ゆっくりと牙で肉をスライスしていく、そこにシオナ火山でとった岩塩を砕いて振りかけ、カゲロウに頼んで炙ってみる。


「こんなんでどうだ?」


 出来上がったのはカリカリの肉の板だ。

 その内一枚をゲイルに渡すとムショクは自分の分を口に入れた。

 強い塩味とその後にくる肉の旨味。

 水分が飛んで固くなったそれは、口の中で残り続けるが、噛めば噛むほど塩と肉の味が、口の中に広がる。


「コレはうまいの!」

「なんじゃ、ワシにも食べさせろ!」


 ブレンデリアが1枚取り上げると、俺も俺もとバースやクレッグがそれを取り始めた。

 ナヴィもそれにまざってムショクのそれを奪っていた。


「ほぉ、これはまた、酒が進む味じゃの」


 ブレンデリアもそれが気に入ったようだ。


「干し肉を薄くスライスした味に近いですね」


 家具屋のディリルがそう言うと、時計屋のサインは無言で頷いた。


「バッカス! 酒の追加とこれを作ってくれ!」


 ゲイルがバッカスを呼びつけるとムショクが作った干し肉の様なそれを見せ、作り方を説明した。


「任せろ、旦那。

 ってか、ムショク! 料理人に挑戦するようなことしやがって、いい度胸じゃねぇか」


 バッカスの顔は笑っていた。

 すぐさまバッカスは周りに声を掛けて、同じ様に調理してほしいものを探した。


「しかし、お主は不味いものを作ったり美味いものを作ったり、訳の分からんやつだな」

「それは褒め言葉か?」 

「誉め言葉に聞こえるならいい医者を紹介してやろう」


 龍の尾のスライス焼きを食べながらブレンデリアはグラスを傾ける。


「そうそう。そう言えばの」


 ブレンデリアは面白そうに笑った。


「何やら正体不明の魔法使いが出たらしいぞ?

 巷では炎の魔術師と呼ばれているようじゃ」


 何を企んでるのか、含みのある笑いだ。


「それは、わしも聞いたぞ。

 なんでも、城を襲撃したとかで兵士たちが騒がしかったわい」


 ゲイルも話にまじった。城に武器を卸しているだけあって、そこらへんの情報に詳しい。彼がそう言っているならば、ブレンデリアの情報がいい加減ではなかったのだろう。


「何だそれ、物騒だな」

「ははは、全くじゃな」


 ブレンデリアは我慢ができないのか可笑しそうに笑うとまた、グラスを傾けた。


「大丈夫か? 飲みすぎてないか?」

「少しの。

 まぁ、許せ。友の弔い酒じゃ」


 ムショクはその時、思い出した。

 ブレンデリアとゲイヘルンは過去何度も戦っていたと。

 ライバルであったのかどうかはムショクには分からなかったが、浅からぬ仲だと言うことは想像できた。ならば、止めるのは無粋だろうと、ムショクは思った。


「でも、まぁ、あれだな。

 その友を食べながら言うセリフではないな」

「まぁ、美味いからの。

 それとこれとは別でいいじゃろ」


 その言葉にムショクは呆れた。


 全員が思い思いの言葉と思いを紡ぎながら曙の龍(ドーンドラゴン)の夜は更けていった。



>>第二章 精霊決戦編

>>第38話 酔い明け、謎の来訪者


(あとがきは活動報告にて記載しています)

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