第35話 神殺しの精霊と龍喰らいの魔物
「で? これがそれか?」
「はは、まぁな」
「くそっ! 言うには言ったが、マジかよ!」
バッカスは激しく頭を掻いて、厄介そうな顔をした。
あの後ゲイヘルンは文字通り血や肉に至るまで最後の一欠片まで解体された。
爪や牙、鱗に翼の皮膜。肉も尾から足の肉、頬や舌。骨も強力な素材らしくそれも部位ごとに別けられた。
ブレンデリアは紅龍玉の結晶だけで良かったらしく、あとの全てはリラーレンとハウルとムショクの3人で分けた。
そして、解体した尾の部分。
それを曙の龍に持ってきた。
「クエストはクリアだよな?」
「普通はドラゴンモドキの尾だろう。
ったく」
さっきからずっと文句を言っているが、緩みきったその顔はどこからどう見ても喜んでいる。
「龍の肉ってのは、生半可な包丁では切れないんだぞ。硬さもあるが、血の浸食作用で刃がすぐにダメになりやがる。
一般的には祝福や加護がついた道具でやるんだが……」
そう言うと厨房から腕ほどの長さの刃を持った包丁を取り出した。
「獅子王の短剣だ。
包丁じゃないが、龍の肉を切るならこれくらいじゃないとな。
後は……ソーマ行けそうか?」
「はい、マスター!」
ソーマが大剣を持ってきた。
初めて会った時はそれが武器だと思っていたが、どうやら彼女はそれで調理をするようだ。
「本当にこれ全部いいのか?」
解体したとは言え巨大な龍の尾。
バッカスが言うには、ハイダーブルをまるまる5頭以上解体したのと同じくらいの量らしい。
それが、どのくらいの量かは、ムショクには見当がつかなかったが、一年は店をやっても在庫が尽きないくらいにはあるらしい。
これだけの量をアイテムボックスなしで、持ってこれたのも他ではないブレンデリアのお陰だ。
彼女はどこでも自由に行ける扉を開き、素材をすべて運んでくれた。ハウルとリラーレンは他に寄るところがあったらしく、途中で別れた。
ムショクが得たゲイヘルンの一部は泉に置き、龍の尾を持ってここに来た。
そんな訳で、ここには正に取れたての龍の尾があった。
「市場に流したらかなりの値がつくぞ?」
「そんな事より、美味いんだよな?」
「お前……そんなことってなぁ……」
「早く美味しいもの食べたいよな!」
「そうですよ! 大変だったんですから!」
ムショクとナヴィの言葉にバッカスは苦笑し、ソーマは呆れていた。
「んじゃ、試食会でもするか!」
「待ってました!」
「楽しみですね!」
「と言っても、仕込みに結構かかるからな。
また、夜に来てもらっていいか?」
それならとムショクは言葉を続けた。
「他の人を呼んでもいいのか?」
「おう。これだけのもの貰ったんだ。
呼びたい奴呼んでこい!」
バッカスと夜に会う約束をして、店を出た。
ムショクが、誘える相手と言ったらフィリンとゲイルしかいない。
早速、フィリンの店に向かう。
寂れた通りだが、前よりも人がいるように感じる。
フィリンの店に入るといつものように百合の香りがムショクたちを出迎えた。
「いらっしゃいませ――あっ、こんにちは」
フィリンが二人の顔を見ると笑顔で出迎えた。
「バッカスさんの依頼終わったんですか?」
「お陰様で」
「とうでした?」
「それは、まぁ、あれだな?」
ニヤリとした顔でナヴィを見た。
ナヴィも同じ顔だった。
「大成功ですよ!」
「そうなんですか。おめでとうございます。
私も昔、ドラゴンモドキには手を焼きました」
昔を思い出したのか、フィリンは懐かしそうに喋った。
「あぁ、そっちじゃなくてだな」
「えっ?」
「もう一個の方」
「もう一個の方って、ドラゴンモドキじゃない方って火焔龍の尻尾の方ですか?
気にしないで下さい。あれはバッカスさんのジョークで……えっ?」
ムショクとナヴィの笑いにフィリンが戸惑った。
「まさか、火焔龍の尻尾を?」
ムショクとナヴィが頷くのを見て、フィリンは、大声を上げた。
「ちょっと待って下さい!
そもそも、古代龍なんて、遭うこと自体が稀で。勝つなんて……えっ? 本当なんですか?」
「あぁ。ってなわけで、その試食会をしようと思うんだが、参加してくれると助かるんだがどうかな?」
正直、他の人呼ぶよと言って誰も来なかったら泣けるので、ぜひ来てほしいくらいである。
「いいんですか?」
「もちろんだって、むしろお願いしたいくらいだ」
「ちょっと、信じられないです」
フィリンさんはパタパタと手で顔を扇いだ。
どうやら、かなり興奮したみたいだ。
心なしか、百合の香りが強くなった。
「火焔龍なんて、お伽噺の世界ですよ」
「他にも誘っていいから」
「そんな、これ以上は、厚かましすぎですよ!」
「あぁ、じゃあ」
ムショクはフィリンに提案した。
何か1つ食材を持ってきてほしい。調理はバッカスにしてもらう。
それを参加費にする。
「そんなのでいいのですか?」
「折角なら大勢で食べたいしな」
「分かりました。じゃあ、お言葉に甘えますね」
フィリンは深々と頭を下げた。
続いてゲイルの店に行ったが、反応は似ていた。
最初は信じてなかったが、それが本当だと知ると大声で驚いた。
フィリンと同じように食材を条件に言うと酒でもいいのかと聞き返した。
曙の龍にもありそうだったが、いいんじゃないかなと答えた。
「ムショクはこれからどうするんですか?」
2人を誘った後、時間つぶしの為に街を出た。
「今回ので色々アイテムを使い切ったしな。
補充しないとなぁ」
アイテムがあったから勝てた。
それがなかったらフィールドモンスターでさえソロだと危うい。
戦闘中に作ろうにも、次は必要な材料が揃っている、保証がない。
「とりあえずは、アトリエに戻るか」
「了解です」
あれだけ不安がってたナヴィも泉のそこがアトリエと言う認識になってしまったようだ。
「あそこも屋根とか欲しいな」
「自分でやるなら大工スキルですね」
「あぁ、やっぱ、あるのか」
「当たり前じゃないですか」
欲を言うならベッドや風呂もほしい。
更に更にと希望は溢れ出るが、それは一旦止めにする。
ベイヘル森林は最初の印象は悪かったが、行き慣れると親しみさえ感じる。
夜までは少しある。
少しアイテムや採集を行って、それから街に戻ることにした。
「何か、前より森が明るくなったか?」
「あはは、違いますよ。森はいつものままですよ」
その時、少し先の茂みが動いた。
「モンスターですね。
ちょうどいいんで、戦ってください」
茂みから出てきたのは巨大なナメクジだった。
巨大と言っても腰までの大きさだが、あのナメクジがこのサイズだと威圧感がある。
ゆっくりとこっちを向くと、その長い目を揺らした。
ちょうどいいなんて、何かのついでくらいに戦う相手ではない。
「『森林ナメクジ』です! 炎と斬撃に耐性がありますよ」
ムショクは、セレナの杖を構えると、先手必勝と森林ナメクジに殴りかかった。
案の定、鈍い動きのそれは、何か行動を起こす前にムショクの一撃を受け、ゆっくりと地面に崩れていった。
そして、『森林ナメクジ』は動く気配がなかった。
「えっ? もう終わりか?」
「ですね」
倒れた『森林ナメクジ』の上を一回り飛ぶと、ムショクの肩に戻った。
「相手にしたのは古龍王ですよ。
あれに勝ってレベルが上がらないはずないじゃないですか。
バグかと思うほどレベルが上がってますよ」
「マジか!?」
「さっき、森が明るくなったといいましたよね?
モンスターから発せられた威圧感に耐えられるようになったんでしょう」
「一応、成長してるのか」
ナヴィは「ですね」と笑うと、肩から飛び上がりムショクの少し先を飛んだ。
ナヴィ自身も自分の知らないこの森に少し慣れたみたいだ。
その後、幾度か戦闘があったが、ナヴィの言った通り、殆ど苦労することなく勝つことができた。
『森林ナメクジの体液』、『放浪キノコ』の胞子と傘。
そして、『電気イノシシ』が1頭丸ごと手に入った。
電気イノシシだけは流石に苦労した。
電気を纏うイノシシの猛烈な突進を何とか杖で受け止め、真正面から殴り勝った。
杖が電気を通さなかったことと、電気イノシシの猛攻にも杖が折れなかったことが、幸いだった。
これが剣ならまた戦い方が変わったのかもしれない。
植物は氷結草、火炎茸、夢想草にパラライズフラワーと過去に取ったものは一通り取れた。
鉱石はグラット鉱石だ。
満足がいく程の採集が出来た時にはアトリエについていた。
アトリエにつくと、スライとカゲロウは楽しそうに飛び出した。
スライはそこら辺の草を食べたり、泉に潜ったりと満喫している。
カゲロウも燃え続けていた焚き火の中に入り込んだ。
「いっぱい取りましたね」
「ついな。
また、何か教えてくれるか?」
「いいですよ」
その言葉を聞いてナヴィは嬉しそうに羽ばたいた。
「次は幻惑光でも作ってみますか」
「幻惑光?」
「はい。正しい材料は『朝露の蜘蛛糸』、『火焔油』、『無想草』なんですが、『朝露の蜘蛛糸』は『毒蜘蛛の渡り糸』で代用しましょうか」
無想草の見た目は細い草で、そこら辺の雑草と言われても分からない。
ムショクも『鑑定』を使わないと見逃すほどのどこにでもある姿形をしている。
効果は軽い幻惑効果だが、口に入れない限りその効果は出ず、その効果もあまり強くない。
無想草を刻み、手鍋に入れて泉の水で煎じる。
「あんまり温度を上げないでくださいね。
幻惑成分が逃げちゃいます」
たき火に当て、温度が上がり過ぎたらすぐに火から離す。
そうやってしばらく熱すると水の色が紫色に変わっていった。
「いい感じですね。
一旦冷やしましょう」
ここから、少量の火焔油とこの無想草を煎じた汁を混ぜ、毒蜘蛛の渡り糸を浸す。
十分に染み渡ると完成だ。
工程が簡単だったので10本ほど同時に作成してみた。
ついでに、また必要になるかと火焔油もいくつか仕込んでおいた。
「そういや、カゲロウは消えないな」
「祝福がついたのが良かったんでしょうか?」
「使ったアイテムで効果があるのか?」
「っぽいですね」
ナヴィもよく分からないみたいだ。
「たぶん、精霊として格が上がったんでしょうね」
「格?」
「低級の精霊はそれこそ現象のようなもので、その場限りのものです。
雨が止むように、風の向きが変わるように、
必ず終わりが来ます。が、そのものがなくなるわけではないんです」
精霊の袂分けをした時、ナヴィが実態がないと言ったことを思い出した。
「中級の精霊からは存在し始めます。
精霊魔法もここら辺の精霊と契約すると威力が格段に上がります。
カゲロウは確かに中級に近いですね」
「……ほう」
ナヴィの話を聞いたムショクは何やら怪しく笑った。
「おーい、カゲロウー」
ムショクはそう呼びながらたき火の方に近寄った。
「ちなみに、上級は?」
カバンをガサゴソと漁りながら背中越しにナヴィに聞いてみる。
「自然や事象そのものです。災害や厄災に近いそれもいるくらいです。
精霊の中では、事象、現象、自然、厄災って階級で分けているらしいですよ。
あの……さっきから何してるんですか?」
ナヴィが気になってムショクの手元を覗こうとした瞬間、轟音と共に火柱が上がり、天を焦がした。
「な、何をしたんですか!?」
「ははは、いやぁ……ちょっとな」
ムショクもその威力には驚いたらしく、尻餅をついて乾いた笑いを上げた。彼の前髪が少し焦げていた。
「ちょっとって、そんな簡単な威力じゃなかったですよ!
まるで、ゲイヘルンの――」
そこで、ナヴィはハッと息を飲んだ。
この男は平気で他がしないことをやる人間だった。
「まさか! 『古代龍の息吹』をあげたんですか!?」
「あはは、まさかここまでとは」
「バカなんですか!? バカなんですね!?
あの『古代龍の息吹』はただの『古代龍の息吹』じゃないんですよ!
龍王ゲイヘルンの、それも煉獄の炎息なんですよ!」
「上手く行くもんだなぁ」
上がった火柱を辿るように、空からカゲロウがゆっくりと降りてきた。
「神殺し級の焚き火とか……」
あり得ないあり得ないと呟いているナヴィとは対象的にムショクは楽しそうにカゲロウと遊んでいる。
「おっ! そうだ!」
ムショクの思いついたように発した言葉に、ナヴィはビクリとした。
彼が思いついた事は先程のことのように、大抵ろくでもないことが多い。
またかと思うとナヴィの胃は痛くなる。
「また、何か思いついたんですか?」
とは言え、無視できないそれに恐る恐る尋ねてみる。
「電気イノシシの肉を食うか!」
「今から龍の尻尾を食べるんじゃないんですか?」
「まぁな。ちょっとした興味本位だよ。
食べ比べの意味も含めてな」
「なんですか、その興味本位ってのは」
ムショクはナヴィに電気イノシシの解体方法を聞いた。
「ドロップアイテムである、牙と毛皮の取り方は教えられないですが、今から取るのは肉ですよね?
それなら、まぁ、問題ないです」
ナヴィの指示に従って、電気イノシシを解体していく。
手頃なナイフがなかったので、ゲイヘルンの牙を代わりに使う。
興味を持ったのか、スライは遊ぶのをやめ、近くによってくると、じっとその作業を見ていた。
ナヴィの指示は的確で、それほどの時間もかけずに、毛皮と牙と部位ごとの肉ブロック。それに内臓が取り分けられた。
「まぁ、肉の解体方法を教えたら必然的に牙と毛皮も取れますよね。
まぁ、直接その方法を教えてないからセーフということで」
ナヴィの中で、一応これらはムショク自身が取ったという線引きになったようであった。
「カゲロウ。これなんだが、65℃くらいで焼けるか?」
ムショクが電気イノシシのモモ肉ブロックを差し出した。
カゲロウは無言で頷くとそれを受け取り、焚き火の中へ消えていった。
「随分、低温で焼くんですね」
「その温度が一番美味いんだぜ!」
「ちゃんと火が通るんですかねぇ?」
「普通は無理なんだがな」
焼きの温度の話で言えば、中心の温度が65℃がちょうどよいと言われている。
もちろん、表面はそれより高くないと温度が伝わらない。
何せ分厚い肉だ。
そんな低温で焼こうものなら、中心部は生のままだ。
「さて、この内臓どうするかな……」
胃や肝臓、その他の内臓。
使い道が流石に想像できなかったので埋めるくらいしか思いつかない。
「スライは欲しいか?」
横でじっと見ていたスライに聞いてみた。
ムショクの言葉にスライは嬉しそうに飛び跳ねたので、これらをやることにした。
スライが地面に置かれた内臓の上を歩くと、綺麗に内臓だけがスライの中に取り込まれ消えていった。
「食べてんのかな?」
まるで掃除機のように消えていくそれを見て、植物以外も食べられることが分かった。
綺麗に食べ終わると、何か弾けるような音が走り、スライの身体に電気が走った。
「うわぁ……」
ナヴィが困った顔をして諦めたような声を漏らした。
「どした?」
「スライの名前がまた変わりました。
あと特技に帯電と放電がつきました」
「電気イノシシの特技でも覚えられたのかな?」
「そのようですね。
もう、今更何があってもおどろかないですよ」
帯電に慣れないのかスライ自身がカラダに電気が流れると驚いたように身体を震わせた。
何度か流しては驚きを繰り返し、ようやく身体に、常時電気を流す事ができたようだ。
ナヴィは、その行動を何とも言えない表情で見守っていた。
本来のスライムではあり得ない行動なのだ。
いや、食べた相手を取り込むと言う機能が備わっているのだから全くあり得ないわけではない。
が、本来のそれの機能は毒のある植物を食べ毒化したり、回復効果のある植物を食べその効果を持つような環境に合わせた変化なのであり、格上のモンスターを食べることなどは想定されていなかった。
ただ、その幾重ものあり得ないは、目の前で起こってしまった事実なのだ。
その揺るぎない事実にナヴィは今更何が起ころうともう驚く気になれない。
「そんなもんなのか」
ムショクは、ほうほうと感心しながら鞄の中から何かを取り出し、スライに与えた。
それを見たナヴィはため息をついた。
「だからって、なんでも上げていいわけじゃないですよ。
全く、次は何を上げたんですか」
困った行動をするムショクに呆れながらナヴィは言葉をこぼした。
「ん? ゲイヘルンの心臓?」
「……へっ?」
ムショクの口から思いもよらない単語が出て、ナヴィの頭は一瞬真っ白になった。
「だから、ゲイヘルンの心臓。
ブレンデリアは紅龍玉の結晶以外いらなかったらしいからな。
貰ってきたんだ」
「なななな、何を上げてるんですか!
ゲイヘルンって、龍王なんですよ!
ファリシアン戦記にも登場するような由緒ある龍の王なんですよ!」
その由緒ある龍の尾は今まさに調理されているところである。
「それをスライに食べさせた!?
何てことするんですか!!」
スライの身体が少しずつ黒くなり、時折発作の一瞬激しく震えるような動作を見せ始めた。
「どうした? スライ?」
「龍の血には浸食作用があるんです!
このまま行くとスライが龍の血に侵されます!」
「食べ過ぎたときになるやつか」
「そんな胃もたれみたいに!」
ムショクは、鞄の中から、瓶を取り出した。
「そんな時にはこれ!」
瓶から透明の液体をスライに掛けると、黒くなっていた身体が一瞬で、元の色に戻った。
「ブレンデリアお墨付きの万能薬インポーション」
怪しさ満載だが効果だけは保証できるムショクのアイテム。
勢いそのまま取り出したポーションを瓶ごとスライムの身体にねじ込んだ。
それを使われたスライは、もう何ともないらしく、暫くすると満足したのかまた地面の草を食べ始めた。
「相変わらずの効果ですね」
「まぁ、ちょっと、俺も不用意だったわ。
すまんな。スライ」
「一応、問題ないか見ときますよ」
気ままに動いているスライの方をじっと見たナヴィは本日何度めかの叫び声を上げた。
「し、称号付きになってる……」
今更何が起こっても驚かないと宣言したのを忘れたかのようにナヴィは困惑し続けていた。
「何だそれ?」
「プレイヤー的には、一定の条件を満たせば名乗ることが出来るもので、それをつけることで様々なボーナスがあります」
「プレイヤー的にはってことは、モンスター的には?」
「基本的には同じなのですが、モンスターが名乗ることを許されるのはフィールドボス以上だけです」
「因みに、なんて称号なんだ?」
「龍喰らいです」
見た目の変化はなかったものの、そのパラメータは大きく変化しているようだ。
「しかし、都合よく万能薬なんてよく持ってましたね。
教えた覚えがないんですが」
「あぁ、初めてポーション作った時に、魔力が必要になったからな」
「魔力と万能薬になんの関係があるんですか?」
ムショクはがさごそとポケットを漁ると黄色い透明な飴を取り出した。
「あぁ、なんか、たまに食べてますね」
「そそ。これなんだが、材料はハシリグサの花の蜜なんだ」
「なっ、猛毒じゃないですか!」
「体力の他に魔力のダメージ付き」
「何てもの舐めてるんですか!?」
「これに、ポーション混ぜてダメージと自動回復を交互にしてるんだ」
流石に、無防備に毒草を食べるわけには行かず、試行錯誤の果に独自の万能薬を開発した。
効果は主に毒に特化しているので、解毒薬の方が近い。
「何で、そんなことしたんですか?」
「ほら、言ったじゃないか。魔力を上げたければ、魔力が減る行動をしろって」
「確かに言いましたが」
「なんで、毒で代用してみた」
「はぁ?」
ナヴィは、ムショクのステータスを覗き見てがっくり項垂れた。
その奇想天外な行動に呆れてしまったのと、そして、それが成功してしまっていることにだ。
「魔力量が桁違いです……」
「だろ。お陰様でエンチャントし放題だ」
「あぁ……」
ムショクのステータスを見て、もうどんな表情をすればいいかわからなかった。
程なくして、カゲロウが肉のブロックを持って戻ってきた。
ムショクの予想通り、焼きむらもなく均一に焼けたそれからは、肉の良い香りが漂ってきた。
「早くないですか?
中まで火が通ってます?」
「たぶん、大丈夫だ」
ムショクは、「さて」と呟いて周りを見た。
低温で熱は通した。
が、やはり、肉の醍醐味は高温で焼いた時に出る音と香りだ。これだけでも美味しいであろうが、やはりそれだけでは食指が動かない。
ムショクは、巨大な岩まで行くと、スライに尋ねてみた。
「これを真っ平らにしたいんだができるか?」
スライは軽く身体を揺らすと、その巨大な岩の上を何度か往復した。
スライが通るたびまるで消しゴムで消すかのように、その岩が削れていく。
削り取られた岩はスライの身体の中で小さくなりやがて消えていった。
おそらく食べているのだろうと、ムショクは、考えた。
あっと言う間に、巨大な岩は見る影もなく、真っ直ぐな板のような岩ができた。
「カゲロウ、ここを熱せられるか?
あっ、岩は溶かさないでくれよ?」
カゲロウがその岩に乗ると、すぐに岩から熱気が立ち上ってきた。
鉄板のように熱せられたその岩の上に肉のブロックを置くと、ジューっと言う脂が弾ける音とともに、肉の焼けたいい匂いがあたりに広まった。
「こ、これは、食欲をそそりますね」
「だろ?」
「食べましょ! 食べましょ!」
待ちきれないといった様子ではしゃぐナヴィに苦笑した。
肉の両面を焼き、ゲイヘルンの牙で綺麗に切り分ける。
「皿も何もないが、まぁ、こんなもんだろ」
牙に肉を刺して、それをナヴィに渡す。
「口を切るなよ」
「分かってます」
熱そうにそれを頬張ると何度かそれを噛みしめる。
「おいしい……ですが、味付けが欲しいところですね」
それを受けて、ムショクも肉を口に入れる。
猪の肉はもっと硬いものだと思っていたが、これはそんなことがなかった。
切り分けた時、抵抗がほとんどなかったことから想像はできたが、とても柔らかく噛んだ瞬間に、肉の間から肉汁が溢れ出てきた。
が、確かにナヴィの言う通り、少し淡白ではあった。
ニンニクにマスタード、醤油に胡椒。肉を彩る味付けを想像するがそのどれも手元にない。
「……塩か」
ムショクは、思いついたようにカバンの中から、硝子のような透明な石を取り出した。
「ナヴィ! これなんかどうだ?」
「何ですか? それは?」
「岩塩だよ! 岩塩!
シオナ火山のナル横洞穴で取ったやつだ」
「岩塩ですか! いいですね!」
早速岩塩の一部を砕いて、それを掛ける。
岩塩特有の濃い塩味が電気イノシシの肉と合う。
淡白と思っていた、肉汁に甘みが生まれた。
「いけるな!」
「いけますね!」
表現をするなら豚に近い味ではあるが、そこまで脂っぽくない。
肉質は柔らかく、火を通しても固くならなかったのは豚と大きく違う所だった。
「やばい、これで満足かも」
「ダメですよ! この後、龍も食べるんですから!」
「龍かぁ。上手いのかなぁ」
「記述によれば極楽鳥に似た味がするそうです」
「その例えは分からん」
もう少しゲテモノだと思っていたが、以外と食べられるものだった。今まで食べたことのない味にムショクは満足していた。
「カゲロウのお陰だなぁ」
ムショクが呟いた言葉にナヴィは不思議そうに尋ね返した。
「いや、均一に火が通ったってのがだ」
「火が使えるのがじゃなくてですか?」
「そそ。表面から中まで均一な温度に出来るのは、カゲロウしかできないことだなぁとな」
肉の厚みに邪魔されて、表面と中の温度は大きく違う。肉の表面と裏面も焼き方によっては温度が変わり食感も変わってしまう。
焼くことの命とも言える温度管理だ。
「確かにカゲロウに頼むと焚き火の中まで持っていってくれますもんね。周囲全てから熱を与えるなんて、普通の焚き火じゃ無理ですからねー」
普通の焚き火なら温度管理から何から全て自分でやらなければならない。
そういう面では、精霊の力は偉大だった。
「いや、そこじゃなくて」
「違うんですか?」
「特性まで継承されたんだなってことだ」
「言っている意味がよく分からないんですが」
ムショクの言い方はまるでカゲロウが他の焚き火の精霊と大きく違うような言い方であった。
確かに煉獄の炎息を取り入れたことで格段にその威力は増した。
だが、それが料理に影響するとは思えなかった。まして、それが美味しくなる秘訣となると尚更だ。
「あれだ。
煉獄の炎息が持っていた防御力無視と貫通効果」
「へっ?」
「あれのお陰でうまく火が通ったんだよな」
やってみるもんだなぁとムショクは笑った。
確かに理論上はムショクの言うとおりだ。
貫通効果で一気に中まで火を通す。防御力無視だからそこは均一になる。
だが、本来なら戦闘に用いるはずの特性だ。
それをまさか料理に使うとは、ナヴィはその発想に言葉も出なかった。
「カゲロウって他に何かできるのか?」
カゲロウが岩の上からふわりと飛び上がると、片手を上げた。
カゲロウの周りに炎で出来た長い槍が6本出来た。
「おっ、すげぇな!
強そうな感じじゃないか!」
褒められたのが嬉しかったようで、ムショクが威力は?と尋ねると、カゲロウは空中で一回転すると、遠くの空に向かい指を向けた。
その直後、轟音と共に6本の槍が空に放たれた。視界を妨げていた枝は槍が通ったそのままに、焼け抜け、遠くに見えた城の塔も同様にくり抜いた。
「凄い威力だな」
「当たり前ですよ。
たき火とは言え、神殺し級のものですからね。
間違いなく世に存在する炎系の技の最上位です」
焼いた肉を完食すると、後は酒場に持っていくことにする。
「まだ浅いですが、そろそろ完成しそうですよ」
ナヴィは糸を浸した瓶を見てそう言った。
漬けた内の1本を取り出すと、白い糸が僅かに紫色に染まっている。
「浸す時間が長ければ長いほど効果が高まります。
この程度なら酔っ払ったくらいの効果でしょうか」
「戦闘なら十分じゃないかな?」
「まぁ、そうですが、達人の域となると視覚以外の情報で補助したりするので、微妙かもしれませんね」
逆を言えば、達人級でなければ、問題ないというようにも聞こえる。
ムショク自身はそれほどの難敵に会う予定はないので、それで十分なアイテムだと感じた。
「あと、幾つかポーションを作って、酒場に戻るか」
「はいです」
ムショクはポーション作りを始めた。
>>第36話 宴 in 火焔茸




