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第32話 絶望

「ナヴィ? 『虚無』ってなんだ?」


 その言葉に、ナヴィはハッとした顔でムショクを見た。その顔は今にも泣きそうで、苦しそうで、それでもそれを吐露できない苦悩に塗れていた。


「言えないんだな」

「い、いいんですか?」


 ナヴィが乞うようにムショクを見る。

 だが、ムショクはその目を返さずリラーレンのもとに駆け寄った。

 ナヴィはムショクに触ろうと手を伸ばしたが、その手は空を切った。


「おい、リラ! 息をゆっくり吸え。

 慌てるな。ゆっくりだ。

 まだ、ポーションの効果が残ってる。

 大丈夫だ。痛みは引いてるはずだ」


 横でハウルが、ずっとリラの名前を呼び続けている。

 リラーレンが、薄っすらと目を開けてムショクを見る。

 次第に呼吸がゆっくりとなり、落ち着いてきた。身体を確かめるように、その足を動かした。

 足が思うように動いた事がわかると、恐る恐る起き上がり、折れた足を抱えるように地面にすわりこんだ。


「なんですの……」


 バーチャルリアリティだと言えども痛みはない。それは知っていた。いや、それが当然だった筈だった。

 急速に痛みが引いて、折れていたはずの足も治った。

 痛みが欠片もなくなったので、今のは勘違いだと思ってしまうくらいだ。だが、あの苦しみは嘘ではない確信があった。


「こんなことありえますの?」

「そうだぞ! VRにおいて痛覚の再現は不可能だって言われてたじゃないか!」


 その感情の矛先をどう向ければいいか分からず、ハウルは、ムショクに掴みかかった。

 だが、ムショクがその答えを知っているはずはなかった。彼もまた巻き込まれただけなのだ。


「なぁ、ムショク。これって致命傷負ったらどうなるんだ?」


 ムショクは黙って首を振り、分からないと続けた。ハウルは、項垂れるように掴んでいた手を離した。

 ゲイヘルンの目が怪しく光り、空に向かい唸り声を上げた。

 それと共に、洞窟全体が薄い黒の結界に覆われた。


「なんだこれは?」

暗黒結界(ズーム・ワールド)ですわ。

 結界内だと光系の魔法が軽減されるのです。あまりメジャーじゃない魔法ですが、なんでこんな技を?」


 光の力が弱まって起こること。それからある事を連想したムショクは、ハッとした顔で入り口を見た。

 暗黒結界(ズーム・ワールド)の効果により『海底石』の光が抑えられた。そのせいで、洞窟の壁がまた迫り上がり入り口が壁で塞がれた。

 幸い、足場の『海底石』の光が弱まったとしても、降り注ぐ日光と赤く輝く溶岩のお陰で壁は襲ってこない。

 ただ、入り口は完全に閉じられ、洞窟から逃げることができなくなった。


「やられた。

 逃さないつもりらしいぞ」


 ハウルは出口を見て、そして、座り込んでいるリラーレンを見た。

 彼女は大きく息を吸って、吐いた。

 それを数度。

 彼女がどうにもならない時に良くすることだ。自分の中に湧き上がってくる怒りや戸惑いを全部飲み、最短の道を探し出す。

 数秒も経たないうちに答えは出た。


「やるしかないだろ」


 ハウルが、拳をぶつけてゲイヘルンを睨んだ。

 元々割り切って突貫するタイプのハウルであったから、逃げられないなら戦うしかないのだと結論に至るのは早かった。

 選択した職業も戦士タイプで、それも攻撃に偏った調整を施してる人間なのだ。難しいことは横に置いておいて、あとは拳で解決がハウルの性格だった。

 命が掛かっていたとしても、いや、命がけだからこそ、彼女本来の性格が浮き彫りになった。


「戦うんですの?」


 不安そうに見上げるリラーレンを優しそうに見つめると、ニコリと笑った。


「リラの紅茶が飲めないのは残念だ。

 帰ったら甘いケーキと一緒にゆっくり飲みたいな」


 そぐわないその言葉に、リラーレンはクスリと笑った。

 リラーレンにとって、どんな時も真っ直ぐであるハウルは、いつも彼女のヒーローだった。


「真緒サンのために、とびきりのものを用意しますわ」

「真緒?」


 ハウルと呼ばれなかったその名前に、ムショクが思わず聞き返してしまった。


「ちょっと、リラ! リアルネームはなしにだって!」

「すみません。つい」


 この2人は友人なのだろう。ソロの自分とは大違いだと、2人を羨ましそうに眺めた。


「ハウル、絶対生き残りましょうね」

「もちろんだ!」


 2人は揃ってムショクを見た。


「ムショク、頼んだぞ?」

「ですわよ」

「って、おい! 何をだよ!」


 ムショクは頼まれるようなことをされた記憶がない。


「何言ってんだ、一番強敵慣れしてんのはお前だろ?」

「そうですわよ。

 しっかり指示してくださいよ!」


 いつの間にか強敵慣れしている設定になっていた。どのタイミングでそれになったんだと思い返すが、それらしい心当たりは見つからなかった。


「ったく、リラ! 小手先の魔法は無駄だ。

 特大のやつを用意できるか?」

「時間を稼いで頂ければ何とか」

「ハウル、致命打はいらない。

 とにかく撹乱しろ!」

「おけ!」


 ハウルは、そう言うとゲイヘルンに飛び出した。

 ハウルを追いかけるようにリラーレンは詠唱を始める。

 ムショクは、地面に生えていた青い花を抜くとそれを握った。

 ハウルは引き裂くような、ゲイヘルンの爪を避け、顔に蹴りを叩き込んだ。

 先程までの重い一撃と違い、すぐ離脱できるような軽い攻撃。怯みもしないゲイヘルンは、払うように尾を振る。

 轟音と共に尾が振り抜けられ、震えるような轟音が唸る。

 それを掻い潜り、顔、腹と殴打を繰り返す。


「ハウル、攻撃を受けるなよ!」

「無茶言うな!」


 牙を向いたゲイヘルンの攻撃をすんでで避けた。

 やはり、受け止める気だったようだ。

 彼女なりの覚悟はあるのだろうが、やはり、受け止めることで実感させたくなかった。


「躱すこと優先だ!」

「注文が多いんだよ!」


 口では文句を言いつつも、ムショクの指示する通り、全てを避けながら攻撃し続ける。


「なぁ……」


 後ろで項垂れているナヴィに声を掛けた。


「………」

「ナヴィ?」

「……はい」


 ムショクとナヴィは離れられない。

 理由は分からないが、何故かそうなった。

 ナヴィと言えば、それに文句ばかりだ。

 全知と言いながらも知らないことばかりだった。


「お前はこの世界が好きか?」


 いつか、ナヴィにされた質問をそのまま返す。


「当たり前です!」


 即答だった。


「それはナヴィだからか?」

「えっ……?」


 今度はすぐに答えは返ってこなかった。

 彼女はいつも、自分がナヴィだからと言っていた。それがナヴィにとってどんな意味を成すのかムショクには分からなかったが、それでも聞きたかった。


「当たり前……です」


 どこか弱々しく、不安げな言葉。

 ムショクとしては、先程同様即答してほしかった。


「即答じゃないんだな」

「ナヴィじゃない自分なんて想像したことないですよ……でも……やっぱり私はこの世界が好きです。

 私が、ナヴィでも、そうじゃなくっても」


 俯きながら許しを乞うように喋るナヴィ。


「ナヴィ、俺も好きだぞ」


 項垂れているナヴィの頭を優しく撫でると、無理やり肩に乗せた。


「色々不満はあるけどな」


 困ったような顔をしているナヴィの頬を人差し指で突く。どうすればいいか分からず、そのまま頬を突かれているナヴィ。


「ごめんなさい」

「冒険してりゃこんなこともあるだろ」

「……ありがとうございます」


 ナヴィは、肩に座ったままムショクの頬に軽く口づけをした。

 ムショクはにこりと笑うと、次いでゲイヘルンを見た。これを対処しない限り、ここから出ることはできない。


 ハウルは、超絶な体捌きでゲイヘルンの攻撃を避け続けていた。

 リラーレンがようやく詠唱を終えたようだ。詠唱を止め、人差し指と中指だけを伸ばして、魔法を保持している。


 リラーレンが魔法を撃つ気配を察したのか、ゲイヘルンはハウルに向かって小さい炎を吐いた。

 急に炎を吐かれ、対処できずにその身が炎に包まれた。

 本来ならこの程度の炎を受けても、怯まなかった彼女だったが、今回は違った。

 全身をひりつくような痛みが覆い、髪の焦げた臭いがハウルの鼻を掠める。

 思わず声を上げてしまったハウルは、半身を食い千切ろうとするゲイヘルンの牙の対応が一瞬遅れた。

 必死で身体を捻ったが、脇腹に強烈な痛みが走り、目が眩んだ。


「ハウル!」

「ダメだ! まだ撃つな!」


 リラーレンは、ムショクの制止も聞かず、その腕をゲイヘルンに向けた。

 崩れ落ちたハウルを通り過ぎ、ゲイヘルンは一気にリラーレンの前まで距離を詰めた。

 ハウルは、これだけの相手を抑え続けていたのだ。


「シュートッ!!!!」


 リラーレンのその言葉とほぼ同時。リラーレンのすぐそばで、ゲイヘルンの顎が閉じられ、そして、大きく振られた。

 打ち込むはずだった魔法が解けていき、構成された魔力は霧散した。

 重い何かが地面に落ちる音がした。

 一瞬の静けさの後、ことばにならない叫び声と共に辺りに赤い雨が降った。

 ゲイヘルンに向けていたリラーレンの腕が、肩より先がなくなりそこから大量の血が吹き上がった。

 ゲイヘルンは、それを見ると遥か上空に舞い上がり、全員を見下ろした。


「リラ!」

「ムショク! ポーションです!

 何でもいいんで、腕をつけてそこにかけてください!」


 身体から離れた腕を拾い上げる。生暖かい体温が残っており、今にも動き出しそうだ。

 だが、そこに腕だけという違和感。有機的な感覚の中に無機的な感覚が佇む。

 リラーレンの腕を持ったとき、その余りにもまだ人の腕らしさに、思わず手を引っ込めそうになった。

 腕を握りしめると、のたうち回るリラーレンを押さえつけると、そこに腕を置き、ポーションを掛ける。


「失血は?」

「ポーションと魔力が補います」


 ナヴィはちらりともこちらを見ず誰もいない壁を睨みつけて話す。


「どうした?」

「話しかけないでください!

 私は今独り言を言っているんです!」


 ナヴィは攻略を教えていない。

 それが絶対の原則。

 彼女は独り言を言っているだけで、それをたまたまムショクが聞いただけ。

 彼女は彼女なりに、自己矛盾を起こさないようにムショクに寄り添った。

 すぐにリラーレンの痛みは引き、痛みで歪んだ顔も元に戻った。

 まるで幻のような激痛。


「まだ……私は生きてますの?」

「あぁ、大丈夫だ」


 リラーレンはその言葉に安堵と共にまだ終わらない絶望にめげそうになる顔を見せた。



>>第33話 古代龍の息吹とブレンデリア

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