表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/93

第31話 勝利……?


 ナヴィに気を取られて目を離した其の瞬間、凄惨な音と悲鳴が響いた。

 ゲイヘルンの巨大な両顎にリラーレンが挟まれ、身悶えしている。

 リラーレンが離れようと何度もその口を叩くが、緩まることはなく、より強くそれは閉まる。


「リラを離せ!」


 救い出そうと飛び出したハウルをゲイヘルンは尾で叩き落とす。

 悲鳴と共に、ハウルの身体が地面に打ち付けられた。

 ゲイヘルンは、頭を振りリラーレンを投げ飛ばすと這いつくばっているハウルを踏みつけた。

 ハウルもゲイヘルンの足を押し上げようとするが、力はゲイヘルンのほうが強かった。


「カゲロウ。これを頼む」


 ずっと瓶の中に隠れていたカゲロウ。

 今もその中から出たがらなかったが、今は人手がない。

 小さなカゲロウにポーションを2つ渡すと、確認もしないまま荒れる岩肌を蹴って、ゲイヘルンの前に飛び出した。


「『古龍王ゲイヘルン』!」


 ゲイヘルンが威嚇するようにその牙を剥いた。

 単身では勝算はない。

 目的は時間稼ぎだが、それさえできるかどうか分からないレベル差だ。


 ムショクは『メルフラゴ』を投げつけた。

 ゲイヘルンの顔にそれが当たったが、ゲイヘルンはまるで意に介さなかった。

 手持ちで最大の攻撃力を誇るのはそれしかない。

 これでダメージが与えられなければ、手はない。破れかぶれと、ムショクは、ゲイヘルンに向かって杖を構える。

 それを見たゲイヘルンは、ハウルを踏みつけるのをやめ、ゆっくりとムショクの方に向かった。

 近くで見るとその大きさに圧倒される。

 自分を超える巨大な生き物なんて見たことはほとんどない。

 あっても動物園のそれくらいだ。

 そこも、柵があり、距離があるから安心できた。

 今は違う。

 見たこともないほどの巨大なモンスターが、敵意をこちらに向けて歩いてくる。

 足が竦みそうになる。

 ゲームで死んだら、本当に死んでしまうデスゲーム。ゲームだからと軽々しく、危険なことはできない。

 突如、マグマが盛り上がり、溶岩の柱ができた。


「いけるか、スライ!」


 その声に、溶岩柱が意思を持って動き出し、ゲイヘルンに襲いかかる。ゲイヘルンはその溶岩柱に火を吹くが、それはものともせず襲いかかる。

 それは、溶岩をたらふく食べたスライだった。溶岩を取り込んだその身の温度は龍の炎を超えた。

 ゲイヘルンの爪がスライを引き裂いたが、引き裂かれた直後、その箇所はすぐに元通りになった。

 元々、刺突や斬撃に耐性があったのだが、成長することでそれが強化された。

 溶岩を身に纏い、ゲイヘルンに纏わりつく。

 ゲイヘルンが2度3度身震いしたが、スライは、剥がれなかった。

 ゲイヘルンの嫌がりようからして何かしらの攻撃をしているのだろう。

 暴れるが、取れないスライにゲイヘルンは大きく口を開けた。

 その喉の奥に紅蓮に輝く光が見えた。

どうやら自分の身ごとブレスを吐きかけるつもりらしい。

 今までよりも長い間が空き、次の瞬間、喉の奥からおびただしい炎の群れが溢れ出すと、轟音とともにスライごとその身を焼く。

 飛び散った炎はまるで獅子のように走りその身を壁にぶつけた。

 その1つが、俺の方に飛んできた。


 ヤバイ。そう思った時には炎がまるで壁のように目の前を大きく遮っていた。

 包むように吐かれた炎の壁に、死が頭をよぎった。


「隔絶せよ!焦炎の壁!

 対燼焔障壁(イグニッションシールド)!」


 突如周りにドーム状の膜が現れ、その炎を受け止めた。


「さすがですわ」

「このアイテムいいなぁ!」


 瀕死だった二人が完璧なステータスで戻ってきた。

 助かった。死ぬかと思った。


「どうだった?」

「体力と魔力の回復なんて、そうあるものではないですわ」


 命を助けてもらえたのは感謝であったが、2人の感想に不満を持った。


「美味かったか?」

「おいしい? 飲むんですの?」


 どうやら、2人は飲む以外の方法でそれを使ったみたいだった。

 せっかく作って改良までしたのにだ。


「ハウル?」

「おっ? なんだ?」

「これをやるから飲め」


 目の前に蛍光色の赤に光るポーションを差し出した。


「断る」

「ねぇよ!」


 いうが早いが、ハウルの、頬を掴むとそれを口の中に突っ込んだ。


「ちょ! なにする!」


 ハウルが拳を握ると、ムショクの顎に向かい振り上げる。

 ゲイヘルンを吹き飛ばしたコブシだ。

 本来なら吹き飛ぶこと間違いない。

 が、今は違う。


「ふふふ、無駄なんだよなー」


 特定の技をのぞいて、戦闘中には互いの技では傷つかない。

 そう、今限定での話なら、ムショクは高レベルプレイヤーと対等なのである。


「う……おぇ!」


 飲みきったハウルがその場に膝をついた。


「吐いたらもう一本な」


 今まさに吐きそうな口を慌てて押さえる。

 それを見て、ムショクは満足そうだ。


「さて、次はリラ」

「ひっ!」


 あからさまに怯えた顔。

 が、逃がすはずはない。

 鞄から緑のポーションを取り出した。


「……いや、やはりこっちのほうがいいな」


 それをしまうと、紫に光るポーションを取り出した。


「あ、あの、私は先程のでも……マスカット色の」

「はいはい」


 さっきのがマスカットだと、これはグレープだな。似たようなものだ。


「ひっ、ぅぇっ、ぇつ……」


 未知への恐怖か、何かしゃっくりみたいな声がリラーレンの口から漏れる。


「吐いたら、もっとキツイのな」

「なんで……たしだけ……」


 聞こえない。聞こえない。

 なるべく笑顔で近づくと素早く頬を掴み小瓶を口の中に突っ込んだ。

 目に涙をためながら、口をつぐみささやかな反抗を示す。


「いい度胸だ。

 鼻でもつまむか、それとももっと強いのを用意しようか?」


 リラーレンの瞳が動いた。

 どうやら、ハウルを見たらしい。

 彼女は絶賛のたうち回っている途中だ。


「安心しろ。効果は保証してやる」


 目は必死に、懇願しているが、貴重なポーションを飲まずに使った報いである。


「まどろっこしい奴め」


 素早く腕で顎を固定すると鼻をつかんだ。

 が、リラーレンも息を止めて必死の抵抗をする。

 その抵抗がどれほど続くのだろうか。案の定、段々と顔が赤くなる。

 呼吸なんてそう易々と止められるものではない。

 フグのように頬が膨らみ、力いっぱい閉じた目。

可愛くはあるが、かと言って情けは無用だ。

 次の瞬間、耐えきれなくなったリラーレンが、大きく息を吸った。


「無駄な努力お疲れ」


 それに合わせて、ポーションを口の中に流し込む。


「げほっ、げほっ!」


 呼吸に合わせて飲んだせいで気管に入ったらしい。その瞬間、喉を押さえてのた打ち回った。


「なんですのこのツンとする香りは!」

「ツン?」


 ちょっとビターな大人のシリーズを選んだはずだが、なぜそんな表現になるのだろうか。

 半分残ったポーションをよく見てみる。


「あっ、間違えた。

 これは、爽やか酸味系シリーズだ」

「これが、爽やかですって! 言葉の定義がおかしいですわ!」


 この素晴らしい名前に文句をつけられた。悲しいが、そんなことより残りを飲んでもらう。

 倒れ込んだリラーレンに乗りかかり、頬を掴むと残りを注ぎ込んだ。


「きゃー!!!」


 注ぎ込んだ瞬間、叫び声と共にリラーレンに強く突き飛ばされた。

 攻撃判定でないそれに飛ばされ、倒された。やはり、純粋な力なら高レベルの彼女たちの方が強い。


「目に! 目にー!」


 どうやら、飛び散った一部が目に入ったらしい。両目を押さえながら、周りをゴロゴロ転がりまわる。


「目かぁ……」


 流石に少し可哀そうになった。

 身体に悪くないとは言え、目薬ではないからな。

 ふむ……。


「飲む以外に使えるポーションか……」


 創作意欲が湧く。次は目にかけるポーションをつくるか。

 そんなことより、まずは目の前の難題だ。

 フラフラとハウルが立ち上がった。


「お前……ぶっ飛ばす!」


 明らかに目に怒りの色が浮かんでる。


「その前にステータス確認だ」

「ヤダね!」

「いいから、いいから」

「お前の言う事なんて信じられるか!」


 弾ける刺激のビター系ポーションは子供には早すぎただろうか。


「まぁ、いいから見てみろって、ぶっ飛ばすのもそれからで遅くないだろ?」

「もう騙されないぞ!」

「分かった。俺の言う通りじゃなかったら、目からでも鼻からでもポーション飲んでやるぞ?」

「本当だな!」

「もちろんだ」

「鼻からだぞ!」

「任せろ」


 ちょっと、興味を示したのかステータスを確認するようだ。

 やはり、子供か。そして、予想通り。ハウルは驚きの声を上げた。


「攻撃力と敏捷性のステータスアップに体力の大幅上昇だ」

「それにしても、高すぎる!」

「効果時間は短いがな」


 喜んでもらえたみたいだ。

 ムショクも何度か使ったことがあるが、元々のステータスが低いので、その驚きが少なかった。

 2が20になったのよりも、2000が20000になった方が感動するだろう。

 ハウルのような高レベルステータスならその上昇っぷりもいいはずである。


「リラ! 見てよ!」


 倒れ込んで顔を押さえているリラーレンをハウルは抱き起こした。

 大方、のたうち回って打ったのだろう。オーバーリアクションである。


「うぅ……鼻が痛い……」


 鼻も打ったのか赤くなっている。いや、つまんだからである。


「リラは魔力の大幅増強に一定回復だ。

 微力ながら魔法攻撃のステータスも上がってるぞ」


 ハウルに急かされるように、ステータスを確認するとリラもハウルと同様に驚きの声を上げた。


「なんですの!」

「スゴいぞ! これ!」


 リラーレンのステータスの上がりっぷりもいいのだろう。その驚くさまにムショクは羨ましく感じた。

 ムショクは、二人を遠巻きに見ながら、地面に生えた蒼い花を抜き、それを葉ごと握りつぶして、その汁を地面に垂らした。


 ゲイヘルンが急に吠えた。

 あまりに大きい咆哮に、思わず身体が震えて、身が固まる。

 ゲイヘルンは何を思ったか身をひねると鱗に固まっているスライの一部に噛み付くとそれを飲み込んだ。

 刺突でも斬撃でもない。

 ゲイヘルンに食われたそこは、スライに戻ってこなかった。

 それに怯んだのは他でもないスライだった。身の一部を食われ、それが再生しなかった。

 その一瞬を、ゲイヘルンは見逃さなかった。

 もう一度身震いをすると、今度は強く羽ばたいた。

 その動きと風にスライは耐えきれずゲイヘルンから剥がれ落ちた。

 宙空に浮いたスライをゲイヘルンは爪で裂き、尾で払った。

 飛ばされたスライは、小さく千切れて周りに飛んだ。


「スライ!」

「大丈夫です。つけたばかりのパーツが飛ばされただけで、核は無事です!」


 いつの間にか戻ってきたナヴィが、俺の横でそう告げる。

 ナヴィの言うとおり、小さくなったスライは慌ててこちらに戻ってきた。


「首尾は?」

「上々です!」


 どうやら、頼んだことはやってもらえたみたいだ。


「二人共、行くぞ!」


 その言葉にハウルはゲイヘルンに向かって飛び上がった。

 ゲイヘルンは長い尾を振り上げると、飛んできたハウルに叩きつけた。

 鈍い音を立て、その尾は空中で止まった。


「渦巻け旋風! ウカチの名の下に!

 疾く風の拳! ティフォン・リベア!」


 まるで見えない壁に遮られたように不自然に止まった尾は再びの鈍い音で今度は弾き返された。

ハウルが押し勝った。


 勢いを殺されたハウルは一度着地をすると再度ゲイヘルンの顔に向かって飛び上がった。

 渾身の一撃を叩き込むためにだ。

 ゲイヘルンも、それをただ待つだけではなかった。ハウルから逃げるように羽ばたき距離を取った。


「逃しませんわ!」


 リラーレンの足元に青い魔法陣が浮かび上がり、それは廻りながら形を幾重にも変えていった。


雪月(ニボーズ)に咲く(ソーン)よ。

 寓話(バラッド)を歌う歌姫(ディーバ)のように、

 その身を縛れ。

 甘美(メロウ)であれ、退廃(デカダンス)であれ。

 死は全てを止める。ヘルヘイム・アダローン」


 リラーレンの詠唱が終わるや否や、足元から無数の青い茨がその蔓を伸ばしゲイヘルンに絡みついた。

 痛々しく尖った茨の棘がゲイヘルンの身体から鮮血を流させ、その棘が怪しく紫に輝く。


 リラーレンの両手に小さい魔法陣ができた。

 ゆっくり目をつぶると少し頭を下げ祈るように詠唱を始めた。

 まるで踊るように魔法陣の中でくるくると回りながら、その両手にできた魔法陣を空中に何個もおいていく。

 時には右に、時には左に揺れながら、その魔法陣は数を増やしていく。


「静寂の蒼穹。白天は曇天に落ちる――」


 空中に滞在している魔法陣は細い線を伸ばし、他の魔法陣と繋がっていく。


「何だあれは?」

「珍しいですね。追加詠唱です。

 強いんですが、難しいのであまり使う人はいないんです」


 線で繋がった魔法陣は片方が消え、もう片方が少し大きくなる。

 すべての魔法陣が網目のように線を伸ばす。リラーレンの掌の魔法陣も大きくなり、右に左に揺れながら更に魔法陣は、増殖し、大きくなっていく。


「――慟哭を上げよ。雷鳴の涙は刃となる――」


 リラーレンの周りに大小20ほどの魔法陣が浮かび上がった。


「切り裂け! アクア・エヴォート!」


 カッと目を開き、ゲイヘルンに向かって手を伸ばす。

その瞬間、ゲイヘルンを縛っていた茨が消え、ゲイヘルンの身体が地面へと叩きつけられた。

 消えたのは蔓だけで、棘だけがゲイヘルンの身体を地面に押しとどめていた。

 リラーレンの周りにいた魔法陣は、いつの間にか重なり合い複雑な形を作っていた。

 ゲイヘルンが地面に叩きつけられた瞬間、それを追うように、魔法陣から蒼い氷雨が降り注ぎ動けなくなったゲイヘルンを貫き続けた。


「リラ! そのまま抑えておいてよ!」


 ハウルの拳が紫色に輝いた。

 その光は明滅しながら激しく音を立てている。


「輝け雷光! ウカチの名の下に!

 轟く紫電の拳! ティフォン・ギルア!」


 一足飛びでゲイヘルンの側まで飛ぶと、その勢いを殺さず、その拳をゲイヘルンに叩きつけた。

 地鳴りのような鈍い音と小さい揺れが起きた。

 その瞬間、ゲイヘルンの身体が地面から剥がされ、壁に向かってとんでいった。

 激しく壁に叩きつけられたゲイヘルンは砂埃にまみれ崩れ落ちた。


「グォーーー!!」


 怒りの咆哮と共に瓦礫の下から飛び出したゲイヘルンは空高く舞い上がった。

 牙の隙間から漏れ出る唸り声。

 それを見たハウルは拳を構えた。


「稲妻は止み――」


 ゲイヘルンが1つ空に哭くと、その身体が赤く輝き始めた。それと呼応するように辺りのマグマがざわめき揺れる。


「風は止まる――」


 ハウルの拳が黒い光を発し始めた。

 その光はどんどんと大きくなり、ハウルの身体の半分ほどになった。

 ゲイヘルンが鋭い目で睨みつけると、翼をたたみ、鋭く尖った角をハウルに向けた。


「ヤバイぞ。

 アイツ突っ込んでくる気だ!」


 あの巨体が、あの高さから突っ込んでくる。

交通事故よりも悲惨な結果しか見えない。思わず、草を抜いていた手が止まる。

 だが、ハウルは逃げなかった。

 赤く光る巨体が重力に引っ張られ落下した。それが地面につく、ギリギリで羽を広げ、落下の勢いを殺さず、ハウルにぶつかった。

 重い何か同士がぶつかった音。


「終焉の拳――

 喰らえ! 龍を食らうあぎと!」


 ゲイヘルンの突進に、本来なら木の葉のように吹き飛ぶはずのハウルが、真正面から受け止めた。

 突如光は収縮し、小さな球体になった。


龍滅の拳(ドラゴ・スレイヤー)!」


 振り上げた拳がゲイヘルンの顎に当たった。

 黒く光る小さな球体が、拳の周りを回りその威力が加速する。


「でぇや!」


 振り切った拳が、ゲイヘルンの巨体を吹き飛ばした。

 小さい身体とは思えない一撃。

 ハウルは手応えを感じたのだろうか。

 ニヤリと笑った。


 吹き飛ばされたゲイヘルンはそのまま起き上がらなかった。


「勝ったぞー!」


 ハウルが上げた雄叫びに、全員が安堵した。

 最初は絶望的だった。


「よく、あの突撃が受け止められたな」


 ポーションの効果で防御の方はさほど考えてなかったから、正直冷や冷やした。


「さっきのはティフォン・ギルアの追加行動ですね。

 この技で追加行動をとると敵の一撃を受け止められるアーマーが付与されるんです」

「これにも追加行動が有るのか」

「ほぼすべての行動にありますよ。

 発動条件が難しいですが、効果が絶大なものが多いです」


 絶望的と思った最初と打って変わって笑顔で話すナヴィ。

 彼女も起き上がらないゲイヘルンを見て勝利を確信した。


「あれだな。

 今回のドラゴムバスターは私達が優勝だな!」

「ですね。ギルドポイントも結構入りましたし」


 ウインドウを見ながら、ハウルはゲイヘルンから目を離し、リラーレンの方を見た。


「通信はまだ回復しませんが、洞窟から出たら戻るかもしれませんね」

「ははは、色々特殊すぎたなー」


 ハウルがぐっと伸びをして疲れたーと言葉を漏らした。


「帰ったらギルマスに報告ですわ」


 うへぇと舌を出したハウルの顔を笑顔で見たリラーレン。

 が、突如、その顔が血の気が引いて、真っ青になった。


「どうし――」

「ハウル!!!」 


 不思議そうに尋ねたハウルの言葉が終わらない内に、リラーレンは、ハウルの方を掴むと、地面に押し倒した。


「何するんだよ!」


 驚いてハウルが顔を上げたそこにはリラーレンがいなかった。

 代わりに、ドス黒い血のような赤とも黒とも思えない、太い尾があった。

 ハウルの血の気が一気に引いた。


「リラ!」


 そう叫んでも返事はなく、ドサッと重い何かが地面に落ちた音がした。

 その方向に目をやると、足がひしゃげたように曲がったリラーレンがそこにいた。


「痛い痛い! ああぁぁ!!!」


 一瞬の静けさの後、リラーレンが叫び声をあげながら、虫のように這いずる。


「リラ! どうしたんだ! 落ち着け!」


 ハウルがリラーレンに駆け寄り、抱き上げるが、ハウルにはリラーレンがなんで苦しんでいるのか理解できなかった。


「ナヴィ?」


 ムショクの言葉に、ナヴィは何も答えなかった。

 ただ、先程とまで違う赤黒いゲイヘルンを睨みつけるように見て、泣きそうな声で呟いた、


「何で、『虚無』がこんな所に……」



>>第32話 絶望

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ