第30話 龍族の原種
「ハウル! この人数で行けますの?」
「やってみないとな!」
ハウルが飛び出し、ドラゴンの前に躍り出た。
その小さい身体に向かい、ドラゴンは爪を向けたが、ハウルはそれを受け止め、逆にその顎に蹴りを叩き込んだ。
ハウルの蹴りに頭が揺れたが、それもすぐに踏みとどめ、その足を食い千切ろうと大きく口を開いた。
「その口、閉じとけ!」
ドラゴンが口を開けた時には、ハウルはもう、地面に立っており、その開いた口を閉じるように下から殴りつけた。
「一方的じゃないか?」
「ああ見えても『天馬の守護騎士』のエースアタッカーですからね。
スコアアタックやタイムアタックの大会で何度も優勝したんですよ」
どうやら、実力は折り紙付きらしい。
ハウルは足を払うようなドラゴンの尾撃を飛んで避けた。
それを読んでいたのか、ドラゴンは飛んだハウルに噛み付く。
宙空で避けられなかったハウルだが、噛みつかれる寸前で、その両顎を受け止めた。
グレズレンドを砕いた顎だが、ハウルはそれを押さえきる。
一向に動かない、それにドラゴンの喉の奥が赤く光った。
その瞬間、口から炎が吐き出されるが、ハウルは身を捻り、身体を口の前から動かす。
両手を離した瞬間、押さえられた両顎が勢い良く閉まる。そこには、ハウルはいない。
「てぇや!」
すでに着地していたハウルは、無防備なドラゴンの腹へ渾身の一撃で殴り飛ばした。
耳を劈くような音と共にドラゴンの巨体が後ろに吹き飛ぶ。
「やっぱり、ダメージは通りにくいな。
でも――」
ハウルの両拳が赤く光る。
素手をメインに戦うものが好んで使う攻撃力上昇の技『レイジングフィスト』。
拳の周りを魔力で覆うことで、攻撃力上昇と反動軽減の効果がある。
使用者が自由にカスタマイズ可能なのも人気な理由の1つで、様々なバフや形状を決められる。
ハウルの『レイジングフィスト』は、肘まで覆い、その先には猫のような鋭い爪がついている。
バフは攻撃力上昇と敏捷性アップ。
防御は捨てた攻撃力一辺倒である狂戦士タイプの仕様だ。
「動きは龍種の基本パターンだ。
リラ、援護を頼む」
「はいですわ!」
リラはハウルに言われて魔法の用意を始める。
「これは倒せそうだな」
横でずっと見ていたナヴィに話しかける。
「い、いえ……」
この好況にもかかわらず、ナヴィの表情は険しい。
「まずいです。
今の龍種と言うのは、単色ではなくて、背中に1本から数本筋があるのです。
ドラゴンの鱗の色は守護する属性に直結するので、複数の属性を持っているのが基本なのです」
そう言われると、ハウルとリラーレンが戦っている目の前のドラゴンは赤一色だ。
「赤ってことは、炎か?
単色の属性だけなら、むしろ劣ってるってことじゃないのか?」
「逆です。
単色だから強いんです。
今の龍種なんて比較にならない、古代の希少種。
正統なる龍の血脈。属性の象徴とまで呼ばれた最強の種族の原種です」
ドラゴンは吠えて、ハウルに尾を叩きつける。
辛うじて、それを受け止めたハウルの顔が苦痛に歪んだ。
「ダメです。ムショク。
逃げましょう。古代種の赤龍は別格なんです」
「別格?」
「間違いありません。『古龍王ゲイヘルン』です!
なんで、こんな所にいるんですか!」
ゲイヘルンが羽撃ち、ハウルとリラーレンを吹き飛ばす。
叫び声と共に2人が吹き飛んだ。
ゲイヘルンは、2人を見下ろし、最後にムショクとナヴィを睨みつけて、空を仰ぎ大きく吠えた。
大地を揺らすようなその咆哮に、思わず身が竦む。
「ハウル。これは何か違いますわよ」
「だな」
吹き飛ばされた2人が起き上がる。
「エリの作ったやつ使うぞ」
「あの子も良いタイミングで作りましたね」
リラーレンが立ち上がり詠唱を始める。
ゲイヘルンが詠唱中のリラーレンをじろりと見た。
その場から逃げず詠唱を続けるリラーレン。
格好の的だと言うように、ゲイヘルンはゆっくりリラーレンに近づくが、ハウルはその場にいなかった。
「ヤバイぞ。
俺たちも行くぞ!」
「で、でも……」
ムショクがリラーレンを助けようと一歩踏み出した瞬間、鈍い破裂音とともにゲイヘルンの頭が殴られたように急に動いた。
ゲイヘルンが驚いたように虚空を見渡す。
それを嘲笑うかのように、ドラゴンの腹が轟音と共にめり込んだ。
堪らず後退りするゲイヘルン。
その顔の前に、一瞬、ハウルの姿が見えた。
そして、また衝撃音と共に、ゲイヘルンの顔が揺れる。
ハウルが姿を消して、ゲイヘルンに攻撃をしているようだ。
苦し紛れのように炎を吐き出すが、姿が見えない相手に標的が定まらず、その炎は空を焦がすだけだった。
「どこを狙ってるんだ!」
一瞬、ハウルが、胸元に現れて消えた。
そして、また、轟音と共にゲイヘルンに衝撃が入る。
が、ゲイヘルンはその一撃を予想していたようだった。
殴られたと同時にその場所に炎の息を吐く。
バチンっと音がして、炎の中にハウルの影が映る。ゲイヘルンの狙い通り、ハウルは炎に包まれた。
「惜しいな。今回のうさ耳印の新商品はブレス系に耐性があるんだよ!」
炎に包まれながら、ハウルは強烈な一撃をゲイヘルンに与えた。
ムショクはそれを見て思い出した。アルカイム品評会で見た『硝子のうさ耳コート』。
それをハウルが持っていた。
炎の息が消え、ハウルの姿が現れた。
今度は消えなかった。
「流石に一回しか耐えられなかったか」
「大丈夫ですよ。
こちらの詠唱も完了しました」
リラーレンがとびっきりの笑顔でハウルに答える。
その頭上には巨大な紫色の球体があった。時折、激しい閃光とともに、その球体の周りに雷が奔る。
「おい、ナヴィ。
これ、勝てそうじゃね?」
「いえ……」
この一方的な展開を見ても、珍しく弱気なナヴィ。
「さぁ、極光の光に包まれて虚無に戻りなさい!
紫電永劫!」
リラーレンがゲイヘルンを指差した。それに導かれるように、紫の球体がゲイヘルンへ向かって弾け飛ぶ。
それがゲイヘルンの身体に当たった瞬間、目の前が白くなる程の強い光が辺りを包み、ついで、轟音と共に、幾本もの雷が足元から天に走った。
雷鳴の中ゲイヘルンの咆哮が木霊した。
雷鳴と砂煙の中、突如、リラーレンに向かってゲイヘルンが突進してきた。
「リラ!」
ハウルの叫び声も虚しく、その巨体に轢かれたリラの身体は宙を待った。
「お前ぇっ!」
飛びかかったハウルの一撃をゲイヘルンは翼を折りたたむようにして受け止めた。
受け止められ無防備になったハウルにゲイヘルンの尾が襲う。
ハウルの防御は間に合わず、短い悲鳴と共にその身体が木の葉のように飛ばされる。
ダメージ総量から見て、ゲイヘルンはリラーレンの方が厄介と判断した。
「リラ! まだ生きてるか!」
「まだ、行けますわ!」
リラーレンは、よろけた身体を抑えて立ち上がった。
「リラが『硝子のうさ耳コート』を使ってくれ。
フィクサがいないと、ヘイト管理が難しいんだ」
ハウルが姿を消して、虚をつく戦い方から、ハウルが的になり、リラーレンが隠れて詠唱する方針に変更した。
元々、2人ともアタッカーなだけに、防御を担当することを苦手としていた。
チームではフィクサが、その防御を担っていたが、今はここにいない。
ハウルの言葉に、頷くようにリラーレンが姿を消した。
「掛かってこい!」
両の拳を目の前でぶつけ、激しい音を立てる。
が、ゲイヘルンは、ハウルではなく、空を向いて咆哮と共に炎を吹き上げた。
噴火の様に空を舞った炎の塊はその方向を変え、ムショクたち一帯に降り注いだ。
範囲内無差別攻撃。
自身の攻撃でゲイヘルンも傷ついたが、それでもそのどれかが当たったようで、リラーレンの姿が現れてしまった。
地面に落ちた炎の塊は、岩を溶かし、新たな溶岩の溜まり場となった。
急に増えたそれに周りの温度が一気に上がる。
「マズイです。
今ので、ゲイヘルンに有利な場になりました」
「場?」
「場の属性ってのがあるんです。
それが今炎に変わりました。
ゲイヘルンに有利な属性です」
しかし、このあたりを冷やそうにも方法がない。
「何とかならないのか?」
「大量の水があればあるいは……」
ゲイヘルンの勢いが上がったみたいで、さっきまで渡り合っていたハウルが少し押され気味になった。
これが場の属性が変わったことによる影響なのだろうか。
「水、水。こんな場所に大量の水なんて……」
ムショクがそう諦めかけた瞬間、スライがブルリと震え、そこから大量の水を吐き出した。
スライの体積を明らかに超える大量の水が噴き出し、それが豪雨のように降り注ぐ。
出来たばかりのマグマの溜まりを冷やし、辺りの温度が一気に下がった。
「助かる!」
ハウルが、叫んだ。
スライが噴き出した水は足場の岩肌に吸い込まれるように消え、下から冷気が吹き上がった。
「ナヴィ、今から逃げて逃げ切れると思うか?」
「洞窟に逃げ込めばあるいは……」
「じゃあ、無事に洞窟を抜けられると思うか?」
「……」
ナヴィは言葉を返さなかった。
仮に彼女たちを見捨てて逃げたとして、帰り道に巨亀グレズレンドのようなモンスターと出遭えばそれこそ終わりだ。
「さっきスライが吐いたのは?」
「恐らく泉の水です」
「スライの体積以上あったが?」
「スライムですから。
スライムが食べたものはそんなものです。
食べたものを取り込んで強くなるのです」
「食べたものなら何でもいいのか?」
それに答えるようにスライが身を震わせる。
「なら、スライ――」
幾つかのことをお願いすると、スライは喜んで身体から離れていった。
「さて、ナヴィ」
カバンの中から森林石と幾つかを取り出してナヴィに渡す。
「あいつらが戦っている内に頼むことがある」
「戦うんですか?」
「行くも地獄、戻るも地獄なら、行く方を選ぶだろ」
「分かりました……」
まだ、不安そうな、顔のままだ。
「ナヴィ」
「何ですか?」
「勝つぞ!」
何か言いたげな表情を見せたが、それを飲み込んで彼女は笑顔になった。
「当たり前です!」
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