第27話 見知らぬ二人と勘違い
頭を鎖で締め付けられるような痛みを感じた。
二日酔いのような気だるさと軽い吐き気。それに喉の渇きを覚えた。
「み、水……」
ムショクの呟きに応えるように、そっと冷たい何かが唇に当たる。まるで氷のような冷たい水に思わず、口がそれを求め動く。
「大丈夫?」
見知らぬ声が俺を気にかけている。
ゆっくり起き上がろうとしたら、それはムショクの頭を押さえてそれを制した。
「ゆっくりしていていいですわよ」
見知らぬ声が耳のすぐそばで聞こえた。
温かい手がまぶたの上に置かれ、その声の主の髪が額に当たる。
暖かい安心感が頭を覆い、安心からかまた眠りに落ちた。
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「……」
目が醒めたら目の前に胸があった。
正確には下乳であるが。それが視界を遮っていた。
残念なことは、それが服を着ていることくらいである。
目が覚めてボーッとした頭で考えながら目の前にある白い布で覆われている大きなそれを凝視していた。
自分は何者かに膝枕されている。そして、その持ち主は大層なものをお持ちだ。
それだけ分かればあとは何も考えずに、それを堪能する。
「リラ、起きたみたいだよ」
子供っぽい声が聞こえ、それに呼応するように2つの大きな山が動いた。
「大丈夫ですか?」
リラと呼ばれた女性がムショクの顔を覗き込んだ。
絹のように細かく真っ直ぐな髪が顔のすぐ近くまで迫り、髪から香る甘い匂いが鼻をくすぐる。白い肌に際立った目鼻立ち。
けれども、きつい印象は一切受けない。
黒く大きな瞳に赤い唇。包容力の高いその笑顔に思わず見惚れ、しばらく言葉を返せないでいた。
「ムショクー」
ナヴィに呼ばれ、流石にこの状況のまま話すのは気まずいので、助かったよと答えて起き上がった。
「……」
「何ですか?」
ナヴィを見つめて、小さくため息をつく。
神様は不公平である。
女神のような人もいれば、片や、つるペタなわがまま妖精もいる。
「何ため息ついてんですか!」
「というか、どういう状況だよ」
気を失う直前に誰か来たのを思い出した。
それらが彼女たちであることは想像に難くないが、何のために助けに来たのかの目的は分からない。
ここは、どこかの洞窟の中のようだが、それがどこかも分からない。退避させたのだろうから安全な場所ではあるのだろう。
「僕とリラがお前を助けたんだよ」
「助けたってことは、あれで全滅しなかったのか」
「いえ、全滅でした。
素晴らしい魔法ですね」
「いや、あれは魔法じゃない。
ただのアイテムだ」
リラと呼ばれたその女性と横の獣人族のような子供が驚きの声を上げた。
「名乗り遅れました。
私の名前はリラーレン。
『天馬の守護騎士』の1人です。
どうかリラとお呼びください」
リラと名乗ったその女性は、薄い青と透けるような緑のふくをきており、金色の髪は顎までの短い髪であったが、綺麗に編み込まれていた。
ムショクが膝の上で堪能していた2つのそれは立っていても健在だったようで、名乗りを上げている間も、存在感を主張していた。
「僕はハウル。リラと同じく『天馬の守護騎士』に所属だよ」
ハウルは紫色の長い髪の中に、同じく紫の毛で覆われた猫の耳がついていた。頭には銀色の細いサークレットをつけ、服は袖がない緩い白い服で、腰元には蔦のような緑の紐で縛っていた。
ナヴィにこっちにくるように手招きすると、こっそり耳打ちした。
「なんだあの『天馬の守護騎士』ってやつは?」
「たぶん、個人ギルドです。
ムショクのレベル的に説明はまだしてませんが……いや、結構レベル上がりましたね」
どうやらドラゴンモドキを大量に倒したお陰で一気にレベルが上がったらしい。
ならばと、リラたちに握手を求めて自己紹介をする。
「俺はムショク。
『暗黒の暴風』の1人だ」
リラに握手を求めようと手を出した瞬間、ナヴィが服を引っ張り、少し離れると耳元で小さく叫んだ。
「なんですか! その『暗黒の暴風』ってのは!」
「いや、ちょっと対抗してみようかなと……」
「対抗しなくていいですよ! せめて、もうちょっと格好いい名前はなかったんですか?」
「なっ! 格好いいだろ? 暗黒の暴風って感じがまた心くすぐるだろ?」
「なんで、カオスで暗黒なんですか?
普通は混沌でしょうが!
自分の世界の言葉くらいちゃんと話せないんですか?」
「くっ……なんで、お前がこっちの言葉を知っているんだよ」
珍しくこちらが言い淀んでしまった。
ムショクの言葉にナヴィがああ、それは。と答えようとしたときに、リラが割り込んできた。
幸いだが、会話の内容は聞かれていない。
「『暗黒の暴風』の皆さんはどれくらいの規模なのですか?」
今となってはその名前が恥ずかしいので、あまり呼んでほしくない。
「規模というのは?」
「その……みなさん、ムショクさんのような、凄いアイテムをお持ちなんですか?」
ナヴィに凄いのかと耳打ちすると、私の想像以上にという言葉が返ってきた。
実は一つ分かったことがある。
スキルウインドウの合成欄に過去に合成したアイテムとその素材が出る。
先程使用したアイテムが『ステュクスの牙』。
素材が『真珠岩』、『氷結草の蕾』、『時刻みの忘れ草』、『妖精の涎』だ。
偶然使った氷結草に蕾がついていたみたいで、ナヴィがいうには、それだけでもレアらしい。
いや、それよりも最後の素材だ。
精製水の代わりに使った『妖精の涎』。
本当は泣いている涙を使う予定だったが、緊張感のない妖精は、あんな状況だったにも係わらず、よだれを垂らしていたようだ。
「少なくとも、持っているやつはいるな」
「そうですか……」
ここまでは嘘ではない。
リラは少し悩んだ表情をして、黙り込んだ。
「なぁなぁ、ムショクのギルドに強いやつはいるか?」
ハウルが輝かんばかりの目でムショクに話しかけてきた。
残念だが、ムショクしかいない。いや、存在もしていない個人ギルドだ。
ここは大人な対応をすべきだろう。
「いるぞ。もう強すぎて気絶するくらいだ」
子供には酷だが、大人は嘘をつく生き物だからな。これぞ、大人な対応だ。
「本当か。楽しみだな!」
「何がだ?」
「戦うのが!」
おいおい、物騒すぎるだろ。
実は俺も強いんだと調子に乗って嘘を言うところだったのを寸でで止めた。
下手に言うとこの子と戦うことになりそうだ。
肉弾戦は御免こうむる。
「やっぱり、ムショクもドラゴン狙いか?」
「おっ? よく分かったな」
ドラゴンと言ってもドラゴンモドキである。
バッカスのやつ、ギルドは苦手だと言いながら、ちゃっかり依頼しているようだ。
今更ながら、ドラゴンモドキの尻尾はどうやって持って帰ればいいんだろう。
結局アイテムボックスが使えないのを忘れていた。
「楽しみだな」
「確かにな。どんな味がするのか楽しみだな」
「味?」
ハウルが不思議そうに聞き返した。
そう言えば、命の水とか言う酒は秘密らしかったな。不用意に言わないほうがいいだろう。
「いやいや、あれだ。
もし、ドラゴンを食べたらな」
「あはは、お前変なやつだなー」
子供にお酒の話はまだ早いからな。
良識ある大人の対応だ。
「ムショクさんは、ドラゴンを倒す当てがあるのですか?」
「そうだな。今回ので威力が分かったしな。
これならなんとかなるだろ」
量を作れるか分からないが、質を上げることはできそうだ。
「もう少しブラッシュアップすれば、そう難しくないだろ」
『メルフラゴ』も良かったが、『ステュクスの牙』の方がドラゴンモドキを狩るには効率が良さそうだ。
素材も製法も簡単なので、改良量産も比較的容易にできそうだ。
「回復とか大丈夫なのですか?」
リラーレンが何を心配してか尋ねてきた。
「回復アイテムは十分にあるぞ。攻撃はアイテムだから使いまくれるしな」
錬金術師も悪くない。
非力であってもこうやってアイテムがある。
リラーレンは少し考えると思い詰めた顔で言葉を続けた。
「一度、ムショクさんのギルドマスターと会わせてもらって宜しいですか?」
「な、なんでだ?」
そのギルドは自分1人ですなんて、今更恥ずかしくて言えない。
「ドラゴンとの戦いに参加させてほしいんです」
今さっきしたじゃないか。と、口にしたかったが、それは止めた。なら、また今度もと返されると非常にまずい。
何しろ、そもそもギルドさえ作っていないのだ。
ハリボテ過ぎる嘘をこれ以上つきたくない。
それにギルドの名前も変えたい。
「ドラゴンなんて簡単に倒せるだろ?
現に俺も倒したぞ?」
「やはりですか……」
何がやはりだよ。とツッコミたくなるが、ここは我慢だ。
できる事ならば、これ以上関わり合いになりたくない。
「あなた、嘘をついていますね?」
「な、何を根拠に……」
リラーレンの言葉に一瞬、胸が締め付けられるような痛みが走った。
隠し事をしていた罪悪感に近いそれに、思わず否定の言葉が口から漏れる。
「ギルド戦で常にトップである私達をたまに謎のギルドが抜くことがあるのです。
そのギルドのメンバーを見たという報告が全くないのです!
ここではっきりしました!」
正直に言おう。何もはっきりしてない。
「あなたがそれですね!」
さっきまで心を苦しめていた罪悪感が完全に消えた。
話せば話すほど、彼女の推測は的から外れていく。
「いや、いや。全然違うって」
「そんな強力なアイテムを多数持っているギルドが無名のはずありません!」
困り果てて、ナヴィの方を見た。
が、こういう時にだけ、他人のフリをしてやがる。
「すまんが、ギルドマスターには会わせられない」
「なぜですか?」
実は全くの嘘でした。
『暗黒の暴風』って名前も格好いいかなって勝手に考えました。
自分1人だけの妄想ギルドでした。
「……」
無理だな。
恥ずかしくて言えそうにもない。
いや、待て。
『天馬の守護騎士』も大概じゃないか? この感性の奴らならこんなミスも笑って許してくれるはずである。
「分かった。分かった」
「では!」
「その前に、言わなくちゃならない事がある」
その言葉にリラーレンとハウルが真剣な表情でこちらを見る。
止めろ。そんな目で見るな。言い辛くなる。
「まぁ、隠していたわけじゃないが、お前らの為にならんと思ったんだが……」
リラーレンはそんなことないと言い、ハウルにも同意を求めた。
「あぁ、もう、分かった。
実はな――」
観念して白状しようとした瞬間、洞窟の奥の方から身震いがするほどの唸り声が響いてきた。
近くではないが風に乗ってきたその声で、悲しいかなあれを想像してしまう。
「なるほど」
そんな声を聞いて、リラーレンは得意気な顔でそう呟いた。やめろ。こいつの「なるほど」はろくな事にならない。
「ここに、ドラゴンがいることを知ってたんですね!」
「やっぱり、お前すごいなー」
やっぱり、ドラゴンを想像するか。
ナヴィも二人と同様に驚いているが、その顔は2人とは違った。
ここがどこか知らないし、そもそも、連れてきたのはこの2人だ。この幸せな思考が羨ましい。
「これを隠してたんですね!」
「いや、そうじゃ…………」
リラーレンはスゴイですと喜び、ハウルは戦う相手にウキウキしている。
これをどう止めればいいんだろう。
「まぁ、『暗黒の暴風』だからな!」
こうなりゃ、ヤケだ。
ようやく、ナヴィが不安そうにこちらに来た。
「あ、あの……」
「洞窟の暗闇で逃げ出すぞ。
じゃなければ、二人仲良くドラゴンの腹の中だ」
「分かりました」
離れられない2人だ。
ここは断固として逃げ出す必要がある。
リラーレンとハウルの見えないところで、ナヴィと拳を合わせた。
>>第28話 死のトラップ




