第22話 君にもポーションを
「その依頼受けよう」
ナヴィはムショクの言葉に一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐにそれを隠すようにいつもの表情に戻った。
「さて、報酬のワシの力じゃが……」
ブレンデリアは深く目をつぶり、ゆっくり開けた。
「どれがいい?」
開いた目はさっきまでの単色と違い、様々な色が混じり合っていた。
ブレンデリアは驚いたムショクを見て少し楽しそうに説明を始めた。
「赤い目は力の象徴じゃ。この目の間は、どんな戦士にも勝る力を得る」
そして、説明が続いた。
目の色は全部で七種類。
青の瞳は魔導の力を上げ、その瞳の色の間はどんな魔道士よりも強力な魔法を撃てる。
白の瞳は癒やしの力を上げる。
「単純な効果はこの3つだよ。
銀の瞳は先を読む。最大で10を数えるほどだけどね。それ以上は私も試したことがないし、試す意味もあまりない」
「先ってのは、未来なのか?」
「それ以外にあるか?
金の瞳は隠されたものを暴く。
相手の秘密が丸見えってわけだ」
ブレンデリアはナヴィを見て含みがある笑みを見せた。
「紫色の目は相手を止める」
「止める?」
「そう。止めるんだ。
何を止めるかは使用者次第だ。
最後の黒い瞳は見たものを殺せる瞳だよ」
見ただけで殺せるなんて言うのは物騒な目だ。
「さぁ、どれにするんだい?」
「どれというのは?」
ムショクの質問にブレンデリアはため息をついた。
「言葉通りだよ。君の好きな力を持つ目を移植してあげよう」
戦士よりも強い錬金術師、魔道士よりも魔力に優れた錬金術師。
その言葉にムショクは少しだけ考えた。
それを移植されれば規格外と言わしめる錬金術師になるかもしれない。
「しかし……どれもあまり魅力的でないな?」
「なっ! 何を言っている!」
ムショクの言葉に驚きの声を上げたのは他でもないブレンデリアだった。
「かの英知の結晶。万物の神髄。誰もが欲しがり争った『森羅の目』を魅力的でないじゃと!
貴様の目は節穴か!」
「ナヴィ?」
怒りの目でこちらを見ているブレンデリアをよそに、ナヴィの方を見た。
「なんですか?」
「こいつは錬金術師なのか?」
「はい。そうです」
言葉を探すように慎重にうなずく。
「こいつはすごいのか?」
「正直……褒めたくはないですが……多くの伝説を残し、そのレシピは今も国宝級の扱いを受けています」
これだけ聞くと、かなりできる錬金術師のように思える。
だが。
「でも、こいつって魔力回復のポーションも作れないだろ?」
「はっ、馬鹿にしないで貰えるかな。凡人どもはそうかもしれないが、『世界樹の雫』と『ベルカトランの石』があれば簡単に――」
「ほらな?」
ブレンデリアの言葉をさえぎり、ナヴィに話し始めた。
「どうせ、それってレアアイテムだろ?
俺みたいに薬草だけで魔力回復のポーションとか作ったことないんだろう?」
「そんなもので、作れるはずがないだろう!」
「こんなこと言っている時点で俺よりも下だよな?」
同意を求めるようなムショクの言葉に、ナヴィはうなずくのに困っていた。
不健康そうで生気のないブレンデリアであったが、そこには明らかな怒りの表情が映し出されていた。
「そんなものがあってたまるか!」
ブレンデリアの言葉にムショクはにやりと笑って、カバンの中からポーションを1つ取り出した。
「ここにあるぞ?」
ナヴィも褒め称えたすべて乗せのスペシャルポーションを更に改良したものだ。
ブレンデリアがちょうどポーションと同じようなくすんだ灰色の目でそれを凝視する。
「とはいっても、これは希少なんだ。効果は見せられないが信じてくれ」
ムショクの言葉にあからさまに疑いの目を向けた。
「それでワシが信じると?」
「と言ってもなぁ?」
俺が困った顔を見せたのを敏感に察知してか、ブレンデリアは言葉をつづけた。
「確かに見たことがないポーションじゃ、所詮薬草から作られたもの。
効果も見ておらぬ上に信じろとは無理な話じゃな」
「俺だって、まだ冒険があるんだ。
貴重なポーションを使いたくない。
だから、効果のほどは信じてくれ」
「無理じゃ」
「同じ錬金術師じゃないのか?」
「それとこれとは違う話じゃぞ?」
「信じて貰うには、使うしかないのか?」
貴重なポーションを使いたくないという切実な顔を彼女に向ける。
「当たり前だ。私がその効果を見てからじゃないと信じないぞ」
待望した言葉だ。その言葉を待っていた。
思わず笑顔が漏れそうになる。
が、まだ、笑うには早い。
つらそうな顔をして『ポーション(謎)』が入ったコリンの小瓶を彼女に手渡す。
「仕方ない。このポーションをお前にやるよ」
少しだけ惜しそうな顔で彼女を見た。
彼女はそれを受け取ると、嘲笑うかのようにそれを見た。
中身の効果は全く信じていないのだろう。
「さぁ! じゃあ、さっそくだ!」
彼女が金色の目で見ていないで本当に良かった。
「飲め!」
ムショクの言葉にブレンデリアの身体が一瞬震えた。
いやいや、彼女が効果を信じないから、非常に心が痛いが仕方なくなのだ。ムショクの心の中に幾つかの言い訳が思い浮かんでは消えた。
しかし、どう見てもムショクの顔は楽しそうに笑っている。
「ほら、効果が知りたいんだろ? 早く飲め!」
「何を企んでおる?」
「なにもねえよ。ほら、ほら、ほら!」
「言っておくが、私に毒なぞは効かんぞ。
そのような身体に――」
「御託はいいからさっさと飲め!」
余りにもったいぶるので、仕方ないのでその口にコリンの水晶瓶を押し当てた。
抵抗する手を押さえ、鼻をつまみ、無理やり中身を飲ませる。
「ひっ!」
ブレンデリアの短い悲鳴のような声。
椅子から崩れ落ちると四つん這いになって口を開ける。飲み込んだポーションを出そうとするが、出るのは涎だけで、ポーションは胃の奥深くに隠れた。
薄暗いこの洋館にブレンデリアの嗚咽が響く。
正直、軽くホラーだ。
「お前……せっかくやったのに、吐こうとするなよ」
「これ、吐かずに飲めるものか!」
毒は効かなくても味は感じるみたいだ。
「新作、『新ポーション(謎)』!
前回の失敗を生かして、コウヤの実を入れたちょっとビターな大人の味!」
ゼルおばさんに分けてもらったコウヤの実のコーヒー。
これをポーションに入れることで、苦みと深みが増す。
もちろん、それが美味しいかは別の問題である。
「貴様! ふざけているのか!」
「いやぁ、ブレンデリアちゃんにはこのおとなの味がわからなかったかな?」
「な、何をっ――!」
突如、ブレンデリアの指がガタガタと震え始めた。
「か、身体が……な、何をした! ワシの身体にきく毒など……」
「あれだろ? 不味すぎて身体が拒否っているだけだろ」
「貴様はこれが飲めるというのか!」
「うるさい。そんなことよりも効力はどうだ?」
「そんなことだとッ――!」
効果は嘘ではない。
魔力が回復し、ステータス一時アップのおまけつきだ。
さらに前回よりも回復力が上がっている。
そんな素晴らしいものを飲ませようなんて、何を考えているんだろう。ムショクはこれを自分で飲む気などさらさらない。
「ほらな。嘘は言ってないだろう?
やっぱり、俺より格下じゃないか」
床に倒れ込み苦しそうにしているブレンデリアをナヴィが同情の目で見ている。
さっきまで、ブレンデリアを、敵視していた目はどこに行ったのだろうか。もしや、これを飲んだ同志としては味が気になるところなのだろうか。
「ナヴィ、心配するな。
あの時よりも少し味がよくなっているはずだ」
ムショクは親指を立てて満面の笑みを見せたが、それを疑いの目で見返す。
「あれ以上、悪くなっているようにも見えますが?」
まるで、生まれたての小鹿のようにプルプルと足を震わせながら、ブレンデリアは立ち上がった。
いや、彼女の顔色から見るに、まるで死に掛けの小鹿である。
どちらにしろ、まだ死んではいないが、生きるには辛そうなのは確かである。
ムショクは荷物を下ろすと中から緑色の宝石を取り出した。
「おい、これが何かわかるか?」
グラファルト獣神族から貰った『森林石』。
正直、扱いに困っていた。
彼女たちが言ったことが本当かどうかも怪しい。信じて埋めたら、実は。なんてことになってもおかしくない。
ブレンデリアが何とか椅子に座り直すとムショクの出したそれを見た。
「……ほう」
先ほどまでふらふらだったのはまるで嘘のように、その瞳はまっすぐ緑色の宝石を射抜いた。
ポーションを見た時と同じ灰色の目。
「……」
「……おい」
どうもこちらの声は一切耳に入っていないらしい。
ムショクの声には一切反応を示さず、ただじっと石だけを見ている。
ためしに、軽く左右に振ってみると、その瞳も石を追って左右に揺れる。
「なんだ、この石は?」
「それは、俺が聞いているんだ」
「お前が作ったものではないのか?」
「だったら聞かないだろう」
ブレンデリアは灰色の瞳でそれを見つめて大きくため息をついた。
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