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第2話 チュートリアル失敗!?


「お目覚めの時間ですよ!」


 耳元で元気に叫ぶ女性の声で起こされた。

 まだ意識ははっきりとはしていなかったが、それでも寝起き程度のものだった。

 目の前には、果てが見えないほどの真っ白い空間。本当にゲームの中かと思うほどのリアリティだったが、非現実的なほどの空間が、ここがバーチャルだと実感させられる。


「おはようございます。私の名前はナヴィ。ナビゲータのナヴィです。

 本日は『N/A』を利用してくださりありがとうございます。

 早速、ユーザー登録から始めましょう」

「ユーザー登録?」


 見渡しても果てが見えない真っ白いだけの世界。

 声の主の姿は見えず、声だけが響いてきた。


「はい。ここではあなたの分身であるキャラクタを作成することができます」

「要するにキャラクタメイキングか」

「ですです」


 ゲームで最も楽しい瞬間の1つだろう。

 どんな事をするのか、何ができるのか目的と楽しみ方を考えながらキャラクタを作るのは最も楽しい瞬間の1つだ。


「生産スキルで1人で遊ぶか……」


 この男は現実世界で人付き合いが悪くて痛い目を見たにもかかわらず、ゲームの中でも1人で遊ぼうとしている。

 彼自身、人との会話はできない事もない。ただ、疲れる。それだけなのだ。

 そして、それが最も大きな理由になった。

 余暇を使った気分晴らしなのだ。ゲームの中でも攻略のために、無理して人付き合いするのは本末転倒である。

 無理はしない。やりたくない事はしない。

 そうでもしないと「ゲームは遊びじゃない」なんていうレベルにまで到達しそうになる。


「では、最初に外見と性別を決めて下さい」

「男性かな」

「全部それでいいですか?」

「全部?」

「身体の一部だけ違う性別とかできますよ」

「それは、大丈夫だ」


 MMO時代なら女性も選んだがVRMMOとなると話は別だ。


「次に職業です」


 性別の一覧が横に移動し、職業の一覧が目の前に移動してきた。

 調薬師に調理師。鍛冶職人、細工職人に服飾職人……

 他のゲームで見るような職業もあれば、

 ヒーローなんていう他では見たことがない職もいくつかある。

 ざっと見た感じでも100を超える。


「これって、一度決めたら変えられないのか?」

「いえ、これは始める時についている職業です。途中から変更もできますよ。

 ただ――」

「ただ?」

「最初に決めた職は天職として、他の職よりもあらゆる面で優遇されます」


 多いと思ったが、確かに現実世界でも同じである。料理人が店で服を作っているとは思えない。

 

「悩むな……質問は大丈夫か?」

「問題ありません」

「この中で最も人気のない職業は?」

「それはアクティブユーザ数でいいですか?」

「そうだな。じゃあ、それで」

「ワースト3は下から錬金術師、詩人、無職です」


 錬金術師がワーストに入っているとは予想外だな。

 人気職だと思ったが。

 

「無職ってのは職業なのか?」

「厳密には違いますが、職業を選択しないことも可能ですので」

「それってメリットがあるのか?」

「デメリットのみしかありません。

 縛りプレイの一環としてやられている方が多いです」

「ふむ……」


 折角やるなら他の大勢のプレイヤーとは被りたくないという気持ちがあった。

 詩を歌って旅をするのもいいし、ソロの生産職も面白そうだ。


「ワーストの理由と職業の特徴を教えてくれるか?」

「はいです。

 錬金術師はアイテム作成とエンチャントが得意です。

 ただ、鍛冶師や細工師なんかも作成の過程でエンチャントがつけられるので、エンチャントの為に錬金術師を選ぶ人は少ないです」


 役割の一部が被っているから選ばれないのか。


「続いて詩人ですが、詩を作り、それを歌うことで様々な効果が発動します。

 ただ、基本職なら演者(アクトティア)歌手(シンガー)が、上級職なら歌姫(ソリスト)が同様のことができます」


 無職はその特色性から選ばれなかった。

 ワーストの理由は、特徴が他と被っているからである。

 ナヴィは下から3つを選んだが、その幅を広げても人気のない理由は同じだった。彼自身、ソロプレイをするなら生産職のほうがいいと思っていた。


「錬金術師ができることを具体的に聞いていいか?」

「主に、魔法アイテムと日用アイテムの作成です」

「回復アイテムも?」

「はい。回復アイテムを作ることができるのは、

 料理人、調薬師、錬金術師がメインになっています」


 回復や魔法アイテムはどのゲームにも絶対必要で、需要は尽きないはずだ。

 皮算用ではあるが、売ればお金になるし、一人で動き回るときも回復アイテムがあれば楽である。


「よし、職業は錬金術師に」


 彼が職業を選ぶと、用済みとなった職業一覧が横にズレ、次はスキル一覧が目の前に移動してきた。過去の選択はまだ残っているので横を見れば何を選んできたか分かる。


「基礎の7大スキルを選択してください。

 イベントを熟せばスキルを覚えることはできますが、最初の7大スキルを使用する場合は、ボーナスがつきます」


 所謂、才能というやつですと言葉を締めた。

 一覧は2つに分かれていた。

 1つは職業スキル。錬金術師を選んだ者のみ初期から選べるスキル。

 もう1つはフリースキル。

 これは、どの職業を選んでも初期から選べるスキルである。

 フリースキルの数は多く、一部の魔法スキルも入っている。剣士でありながら魔法も使うとなれば、選択するであろうスキルとなる。

 錬金術師と生きていくと決めた彼は戦闘系スキルを無視して、生産系のスキルのみを選んでいく。

 選択したスキルは『鑑定』、『調合』、『採取』、『狩猟』、『交渉』。後は、絶対に必要な『合成 』。


「ん? この『解読』っていうスキルは?」

「『解読』は古文書などを読めます」

「読めたら何かいいことあるのか?」

「そうですね。歴史とか古い話が読めます。

 例えば、0は『ナ』で、1は『エル』、2は――」


 ナヴィは数字や基本的な言葉の説明を始めた。このスキルは世界のバックボーンなどが確認できるスキルなのだろうと認識した。


「この『醸造』ってのは?」

「主にお酒や発酵食品を造る技術です。

 料理人や薬師など様々な職で利用することが可能です」


 自分でお酒を造って飲めるならそれはそれで楽しみである。それに、錬金術とお酒の関わりも浅からぬところもある。

 彼は最後のスキルを決めた。

 彼はスキル枠の最後の一つに『醸造』を選んだ。


「選びましたね。

 では、次は初期武器を選択して下さい」


 先ほどと同じように、一覧が横に動き、新たに初期武器の一覧が目の前に移動する。

 メジャーなものは素手に、剣に杖に斧。暗器や弦など見たことのないようなものが、全部で30あった。

 彼は冒険をする自身を想像する。どううまく想像してもそこに武器を持っている姿は想像できなかった。


「ここにスキルとかセットできたらもう一つ選べるのになぁ」


 死にスキルにしか見えなかったが、『解読』も気にはなっていた。

 ゲームの世界の古文書を読めるというのはロマンあふれるものである。

 その瞬間、彼の頭の中に不謹慎で可笑しな考えが通り過ぎた。

 この選択できるものというのは、目の前にあるもの全てだとしたらどうだろう。多くの人間はその疑問に首を傾げるだろう。目の前にある初期武器の選択肢から選ぶのだから。

 ただ、彼が考えたのはそうではなかった。

 突然、歩きだすと、スキル一覧の前に立った。過去選んだ選択肢から選ぶという暴挙を思いついたのだ。

 もちろん。そんなことできるはずもないだろうと思ってはいた。

 たが、試していないことをそう断じるのは早いのではないか? 彼はそう考えた。

 そして、気になっていた『解読』を選んだ。

 彼がそれを選んだと共に、カチッという音と共に、『読解』が得意武器欄にセットされた。

 

「おい! できてるじゃん!」


 慌てて外そうとしたが、選択解除を選ぼうとすると『そこは武器欄ではありません』のエラーが発生した。


「おいおい。早速、バグじゃねぇか。

 どうすんだこれ……」


 ボヤいてもどうしようもない状況だった。


「武器は×%&$ですね」


 歪な音声に思わず耳をふさいだ。文字化けならぬ、音声化けが起きている。


「これで最後です。名前を決めてください」


 彼はその言葉に悩み始めた。

 まさか本名ではないだろう。ゲームのための名前だ。当たり前のことだったが、考えてこなかった。

 格好いい名前、派手な名前。スタンダードなそれにユニークな名前。

 すぐに思いつくものではなかった。


「そうだな……」


 俯いて悩んでいた彼ははたと顔をあげた。


「ムショクだな」


 少し自嘲気味の言葉。

 どうせ思いつかないなら一層の事で名前を決めた。無職だからムショク。

  容姿は自由にカスタマイズできるが、面倒だったのでVRMMO筐体内でトレースされたものをベースに細かいところはおまかせで頼んだ。

 VRなので、鏡を見ない限り自分の姿など見えないし、ムショク自身、人と関わる気がなかったので、そこはどうでもよかった。

 

「これで終了です。

 お疲れ様でした。そして、ようこそ、『ナヴィリオン・アブセンス』に。

 あなたの旅に幸運の一滴を」

 

 その言葉と共に、世界が滲み始めた。


----


 目が覚めたという感触が近いのだろう。

 ムショクがゆっくりと目を開けると、目の前は大きな広場だった。

 開いた目に呼応するように、人々の喧騒や行き来が五感を通して入ってくる。

 現実と何ら変わりのないその感触にムショクは驚きを隠せなかった。

 目の前に薄らと『フェグリア城 城下町』と表示され、それは消えた。


「はいは〜い」


 手のひらサイズの何かが、ひゅっと目の前を横切った。


「お待たせしましたぁ! ナビ妖精のナヴィです。先ほどぶりです」


 敬礼のように手をかざして現れたのは小さな妖精だった。

 褐色の肌の色と緑髪色の髪を持ち、その背中には小さく透明な四枚の翅をもっていた。

 その羽は羽ばたくごとに太陽の光を映しキラキラと輝いている。

 

「随分、雰囲気が変わったな」


 どうやら、先ほどのキャラメイクの時と同じ人物のようだが、話し方や雰囲気がまるで違う。

 もっと落ち着いた雰囲気の人物だと思っていたが、その真逆。服もまるで水着のように露出度が高い。


「あっ、セクハラですか? じろじろ人を見ないで下さいよ」

「ないない。そんな貧相な身体は見たくない」


 露出度が高い割には胸はなく、くびれもない。ナヴィは紛うことなき幼児体型であった。

 まぁ、それを喜ぶ人間も大勢いるだろう。

 

「あっ、セクハラですね?」

「もっと胸が大きかったらそうかもな」

「ちょっと、運営呼んできますね」

「あぁ、待て待て。俺が悪かった。美人ですよ」

「よろしい」


 ナヴィは腰に手を当てて満足そうであった。


「さて、私ですが、ムショク様を一通り案内したら消えてしまいます」

「消えるのか?」

「はい。ここでは何でもできます。

 だから、私は最初のお手伝いだけです」


 ナヴィは少し悲しそうな顔をしたが、すぐに先ほどと同じ笑顔に戻り、導くように少し先を飛んだ。

 

「ついてきてください。まずは、ギルドに登録に行きましょう!

 ムショクさんは錬金術師ですね」


 ナヴィは思い出したようにふと止まりこちらを見た。

 

「先ほどは様とお呼びしていました。今はさん付けですが、

 どんな呼び方がいいですか? 呼び捨ても可能ですよ」


 敢えて呼び捨てを選択させるようなその選択肢に、製作者の意図を感じざるを得ない。

 そして、この男もそれに乗ってしまう。


「じゃあ、呼び捨てで」

「おい、この無職!」


 含みのあるナヴィの言葉にムショクの心が別の意味で痛んだ。

 ナヴィは言われた通りに呼んだだけで、悪いのはそもそも名付けた彼自身である。

 勢いとノリでつけたその名前に早速後悔をし始めた。

 先導するナヴィに連れられて、ムショクは冒険者ギルドの入り口をくぐった。


「冒険者の方はここで必ず登録します」


そう言うと、ナヴィはあたりを見回すと、受付の女性に声をかけた。


「ルビーちゃん、ルビーちゃん。登録お願いします!」

「あっ、ナヴィさん。いつもありがとうございます。

 ナヴィさんが来たということは、そちらの冒険者様は初めての方ですね」

「ですです」


 ルビーと呼ばれた受付嬢は笑顔でムショクを出迎えた。

 黒よりも少し明るめで長く真っ直ぐなその髪と癒される笑顔。そして、何より目立つその大きな胸。

 ムショクは、ちらりとナヴィの方を見た。

 最初に虫のように飛んできた妖精に比べ、ルビーはまさに月とスッポン。

 枯れ枝と鏡餅ほどの差である。

 横のそれにない山と谷を眺め、ムショクは、心を癒される。

 

「おい、ムショク! またセクハラですか?」

「な、な、なんのことかな?」

「さっきからルビーちゃんの胸しか見てませんよ。

 人と話すときは目を見て話せって言われてませんでしたか?

 胸見て話すとかムショクは本当にどうしようもない変態ですね」

 

 幼女に罵倒など、ある方面の方にはご褒美かもしれない。

 が、ナヴィはあくまでも幼児体型なだけで、その年齢は不詳である。

 外見だけで判断していいのか。答えは否である。重要なのは設定である。外見が大人でも年齢が低ければ幼女なのである。逆に外見が幼女でも年齢が1000を超えたら。

 と、そこまで考えてムショクは思考を止めた。

 これは、これでありの設定なのである。

 ムショク自身、その気がないわけではない。ナヴィに呼び捨てを推奨させるくらいである。

 だが、最初に放った「この、無職!」が思った以上に彼の心を撃ち抜いた。

 よって、ムショクがナヴィにときめく事はなかった。


「ふっ、なら、お前……この見事なこれを見て目線を逸らすとか失礼なことできんのか?」

「おっ、それ、開き直りじゃないですか?」


 ナヴィはふわりと飛ぶとルビーの巨大な胸に腰を掛けた。


「ちょ、ちょっと、ナヴィさん?」

「あぁ、疲れたなぁ〜」


 困惑しているルビーを尻目にナヴィはわざとらしく伸びをして、その胸に横たわった。

 それ見るムショクの目は怨みと絶望に溢れていた。羨ましい。その一言に尽きる。どう見ても分かるあのほわんほわんでぷるんぷるんなところ。あまつさえ頬ずりまでしているのを見て、許すことができるだろうか。


「おい、変態! 羨ましいだろ!」


 ついに、名前さえ呼ばれなくなった。

 そして、ムショクは、心に決め、手を伸ばした。


----


「お、おかしい……」


 追い出された。

 ギルドの前で呆然と立ち尽くすムショクと呆れ顔で横に飛んでいるナヴィ。

 ギルドには大勢の冒険者が出入りを続けている。

 それを横で眺めるだけしかなかった。


「おい、変態」

「なんだ、胸大平原」

「なんで、本当に手を伸ばすんですか!」

「お前が挑発したからだろ? そんなサービスかと思ったんだよ」

「ッなわけあるはずないでしょ! 変態なんですか? 変態なんですよね?

 死んだ方がいいですよ?」


 ナヴィが手で顔を覆い絶望している。

 これはこれで面白い。


「ギルドに出入り禁止とか前代未聞ですよ!

 何ですかこのアホは!」

「うるせぇ。山なし。

 あれだけされたら触っていいと思うだろうが!」

「さっきから、平原とか山なしとか誰のことなんですかねぇ?」

「おい、で、これからどうすんだ?」

「人の話を聞きやがれ、この変態が!」

「うるせぇ、人並みに扱ってほしかったら少しは胸を大きくする努力くらいしやがれ!」

「さっきから胸、胸ってそんなに胸が偉いんですか!」

「偉いに決まってんだろう!」


 名前はムショク。

 冒険者として登録できず、最初のチュートリアルで詰まってしまった。


「もういいです。じゃあ、私はこれで!」

「どこ行くつもりだ! なぁにが『はい。ここでは何でもできます。』だよ。

 速攻詰まってんじゃねぇか!」

「勝手にしてくださいね。私は次の冒険者を案内するんで」


 ナヴィはムショクのことを無視して、離れていこうとした。


「……」


 何を思ったのかナヴィはしばらく離れると何かにぶつかったようにそこで立ち止まった。

 いや、飛んでいるから立ち止まったというのは少し語弊がある、空中で停止した。


 もう別れると宣言した間柄であるムショクはこの奇妙な妖精との付き合いを諦めて、街を散策することにした。


「ひっぎぃぎぃっ、ぬわー」


 移動する度に聞える耳障りな呻き声。

 

「くそっ、負けるか! 私は! 自由なんだぁっ!」


 その呻き声のせいで周りの景色が全く入ってこない。


「おい、さっきから何なんだ!」


 まるで見えない壁に押されているようにナヴィが後ろからついてくる。

 

「私のセリフですよ!」

「意味が分からん」

「たぶんですが……」


 ナヴィの見解はこうだ。

 ギルド登録イベントが完了しなかったので、まだチュートリアルは続いている状態となっている。

 当然、そこを担うナヴィは消えることができない。

 その為、ムショクが何処かへ行くたびにひっぱられてしまう。

 

「お願いですから。ギルドに戻ってください!」

「だって、ギルドは出入り禁止だぜ」

「頭を下げれば、許してくれるはずです!」

「やだね! ゲームでくらい横柄に生きさせろ」


 ナヴィはすぐ後ろでこんなはずではと叫んでいる。


「お願いです。ほら、何でもしますから!」


 何でもする。この言葉の魔力に心が奪われそうになる。それは、本当に何でもしていいのだろうか。

 頭の中に良からぬ思いが入り交じる。

 いや、違う。そうではない。と、ムショクは誘惑を断ち切る。


「貧乳の言うことはきかん」

「胸なんてそんなすぐに大きくなりませんよ!」

「いや、俺は知っているぞ」


 それは俗説であるが、まことしやかに流れる話である。


「揉めば大きくなる!」

「本当ですか!」


 セクハラと罵倒される覚悟で言ったその言葉に、思いもよらず食いついたナヴィに言った本人がたじろいでしまった。

 ナヴィは今の状況にだいぶん混乱しているようだ。

 

「本当に揉めば大きくなるんですか……?」


 背に腹は代えられないと言った感じの顔。

 これはもうひと押しすればいけるかもしれない。

 

「俺はそう聞いたぞ?」

「た、確かに、私も聞いたことがあります」

「だろ?」

「わ、分かりました……じゃあ、大きくしてください」


 目を瞑って、胸を突きだす。

 ナヴィは精一杯の勇気を振り絞ったのだろう。身体が僅かに震えている。

 その小さな身体を優しく手の平に包み込む。

 妖精という小さな生き物。力を入れて握りしめたら潰れてしまいそうだ。

 

「じゃあ、行くぞ」

「は、はい……」


 ナヴィの小さい胸に指を当てる。

 本当は手でがっしり揉みたかったが、ナヴィ自身が手のひらサイズである。

 仕方なく、指の先でナヴィの小さな胸をさわる。

 

「あ、あの、もうちょっと優しく」


 小さい身体には強すぎたのだろうか。

 力を抜き撫でるようにさわる。


「んっ……」


 俺の存在する全神経を指先に集中させる。

 指を動かすたびに、ナヴィは顔を赤くして身体をくねらせる。そして、漏れる喘ぎにも似た吐息。

 何度かそれを繰り返すと、ムショクは大きく息を吐いた。


「だ、ダメだ……」

「えっ?」


 指を離した俺に、ナヴィが不安そうな表情を見せた。


「柔らかい小枝みたいな感触しかねぇ! こんなの興奮しねぇ!」

「はぁ? はあぁぁぁぁ?」

「小さいよ。小さすぎる」


 これは胸ではなく、身体の話だ。

 身体がもう少し大きければ多少の感触は期待できたかもしれない。

 

「言うに事欠いてなんてことを!

 だいたい、乙女の胸を触って感想がそれですか!」

「はぁ? 乙女は人の胸で寝たりなんかしねぇよ!」

「ぐっ……」


 ムショクは思った。

 あぁ、ルビーさんあなたの胸が恋しい。

 

「というわけだ。俺は今から好きに生きる」

「ちょ、ちょっと」


----


 街を一通り見回った。

 初期の所持金は1000ルリア。

 ポーションが100ルリア程度なので、決して裕福とは言えない。

 そして、運営の不具合のせいで、初期武器はなし。

 新しい武器を買うにはちょっと所持金が少ない。

 初心者にとっては難易度が高めのスタートだが、ともあれ色々と楽しめそうだ。


 ただ一点をのぞいてだ。


 わずか数メートル後ろ。背後霊のようにナヴィがついてくる。気力を亡くして、亡霊のような顔でだ。

 最初は抵抗を見せていたが、どう頑張ってもムショクから一定距離以上は離れられないようだった。

 今は諦めて、背後霊のように後ろをついてきている。

 いや、引きずられている。


「おい」


 返事はない。ただの生きる屍のようだ。


「ナヴィ」

「何ですか?」

「ギルドは諦めろ。

 俺はゲームくらい頭を下げたくない」


 人と関わりたくないという言葉は飲み込んだ。


「その代り、俺の冒険を手伝ってくれ」

「はぁ? 何でですか?」


 ムショクの言葉に露骨に嫌そうに返す。


「俺が一通りのことができるようになれば、脱初心者じゃないか?」

「そうかもしれませんが……」

「そうなれば、もう、チュートリアルは必要ないだろう?」

「確かに……」

「そうなれば、晴れてお役御免だ!」

「確かに!」

「お前も自由になるかもしれないだろう?」

「うおおおおぉぉぉ!」


 最後に叫び声をあげたのはナヴィだ。

 その口調のがどこが乙女だと問いたいくらいであった。


「それならそうと早く言ってくださいよ! 

 私ことナビ妖精のナヴィがムショクを立派な冒険者にしてあげましょう」

 

 彼が人と関わる気がなくソロ希望のどうしようもないプレイヤーであることは、ナヴィはまだ知らない。 

 そうして、ムショクとナヴィは錬金術生活を始めた。それが、ナヴィにとって生半可でない困難な道のりだと知らずに。



>>第3話 錬金術師の可能性

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