第18話 長旅の準備
「ふふん〜♪ ふん♪」
ひときわ陽気に飛び回っているナヴィ。
曙の竜を去り、アトリエに戻ってからずっとこんな調子だ。
「なんだ、いつにましてテンションが高いな」
「そうですか?」
鼻歌を歌いながら周りを飛んでいる彼女は、どうやら自分の気分が高揚していることに気づいていないようだ。
「さて、冒険の用意だけど――」
「ふふん! 私に任せてください!」
どうしようかとナヴィに聞こうとした瞬間、待ってましたとばかりにすぐ目の前に飛び出した。
珍しく積極的である。
普段なら「はぁ? 自分でやってくださいよ」とかいうような奴なのだ。
「いいですか。ムショク!
ドラゴンモドキの住むシオナ火山はここから東にかなり行きます。
シオナ火山はとても大きな火山で、その中には海が眠ると言われています!
長旅になるんで準備はしっかりとしてください!」
やはり、いつもに増してやる気だ。
「回復アイテムも重要ですが、ちょっとした食べ物も必要です!
そもそも料理には――」
ナヴィが延々と旅の用意について力説している。
何か悪いものでも食べたのだろうか。
確認した範囲では拾い食いなんてしてなかったんだが……
「ちょっと聞いてますか?」
「も、もちろん」
「料理は保存のきくものをバッカスから貰いましょう。必要経費です!
回復アイテムは自分で作れますよね?」
この溢れるやる気。
「もしかして、楽しみなのか?」
「な、なんのことですか?」
「だってほら、珍しくやる気じゃないか」
「私が普段やる気ないみたいじゃないですか!」
まるで取り繕うかのように怒るナヴィ。
「違うのか?」
「違いますよ!
むしろ、いつもやる気のないのはムショクの方じゃないですか!」
こう、あからさまに楽しそうにしているとついつい苛めたくなる。
「そうかぁ、やっぱり、俺のやる気はないのかぁ」
「そうですよ! 全く、私がいないとダメダメですからね!」
口も軽くなっている。
わざとらしくため息をつくと、目線をそらして上を向く。
「あぁ、なんかそう言われると、やる気がなくなってきたなぁ。
遠出するのもなぁ」
「えっ?」
やれやれだと天を仰いだ。
さすがに、わざとらしすぎたかなとナヴィの方を見た。
いや、問題ない。
と言うより、効果抜群で逆に問題ありだ。
ちょっと困らせようと思ったナヴィの両目にははっきりと分かるほどの涙が浮かんだ。
「お、おい。ちょ、ちょっと、ナヴィ……」
思いもよらないナヴィの顔に困らせるはずの自分が慌ててしまう。
「って言うのは、冗談だぞ?」
「本当ですか?」
不安そうに見つめる目。
どうやら、彼女は冒険に出るのが本当に楽しみだったようだ。
まぁ、初めての遠出になるのだから、当然なのかもしれない。
「俺も楽しみだぞ」
「私は別に楽しみじゃないです」
さっきまで涙を浮かべていたのはどこへ行ったのか。
いい性格している。
「そういや、冒険中に火を使う場合は、やっぱり毎回焚き火の精霊と契約するのか?」
実は少し気になっていた。
料理や調合のたびにあれをやるのは正直煩わしい。
「それについては、問題ないですよ。
ちょうど、コリンの水晶瓶を貰ったのでそれにしましょう」
ナヴィは自分の身体と同じくらいの瓶を持ち上げると焚き火のそばにおいた。
ナヴィが何か焚き火に向かって言うと、ナヴィが大きく見えるほどの小さなカゲロウが浮かび上がってきた。
一瞬、舞い散る火花かと思うほど小さなカゲロウは、地面に置いた瓶の中に入っていった。
「精霊の袂わけです」
「袂わけ?」
「はい。精霊の一部を瓶の中に宿しました。
主となるここのたき火が消えない限り、いつでも精霊の力を使うことができますよ」
綺麗な透明の瓶の中に、まるで標本のように閉じ込められた小さなカゲロウ。
「これは苦しくないのか?」
「実体はありませんから」
「そんなものか……」
ミニカゲロウも元気そうで、小さな瓶の中で楽しそうに動いている。
「それじゃあ、あと必要なものの買い出しに行ってシオナ火山に向かいましょう!」
>>第19話 古代語の勉強




