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第14話 未知の味


「ゲイルさんに聞きたいことがあったんだがな」


 グラファルト獣神族がいやにこの杖を気にしていた。製作者に聞けばと思ったが、ゲイルさんはしばらく出てこなさそうだ。

 店の外に出ると奥の作業場から気持ちよく歌ってる声が筒抜けだ。


「これに割り込むのは忍びないですねぇ」


 ゼルおばさんの言っていたことはどうやら本当のようだった。

 諦めて、次は道具屋に入る。


「いらっしゃいませ」


 道具屋の扉を開けるとカランと音がなり、部屋の中の甘いユリの香りが鼻をかすめた。

 相変わらず物憂げにカウンターに立っていたフィリンだが、二人の顔を見ると笑顔になった。


「約束したポーションができましたよ」

「ありがとうございます」


 革袋から様々な瓶に入ったポーションを取り出す。

 本来なら統一した綺麗な瓶の方が見た目もいいのだが、そんな瓶は当たり前だが持っていない。

 セットの中にあった別の用途で使うであろう瓶を代用した。


「色々ありますね」

「全部、ポーションなんで。適当に値段を付けてください」


 フィリンは、笑いながらはいと答えて瓶を1つ持ち上げた。

 その直後、一瞬、驚いたような顔をして、更に目を細めて手に持ったポーションを見直した。そして、その顔はみるみる青ざめていった。

 あまりにも百面相に、思わずムショクはそれを眺めてしまった。


「な、な、なんですか?」

「えっ? 何ってのは?」

「このポーション。ポーションでいいのでしょうか? これです」


 何が言いたいか分からなかったが、意図は汲めた。

 普通のポーションを持ってくるのを予測していたのだろう。

 なんたって、錬金術師の調合道具をなくしたような人物だ。

 気を遣って、その道具を高く買い取ってくれると言っていたが、フィリンはそれを期待していなかった。

 どちらかと言うと、そう言ってくれた事が嬉しかった。

 が、実際、持ってきたそのポーションは予想を遥かに超えるものだった。

 ムショクはポーションの説明をした。

 反応は大まかにはナヴィと同じだった。


「こんな高価なもの買い取れません!」


 フィリンさんの長い耳が困ったように垂れた。


「そんな高いのか?」

「んー、まぁ、魔力回復付きですからね。そこそこの値段はしてしまいますね」


 困ったフィリンさんに見かねてナヴィに聞いてみる。

 ナヴィも腕を組みながら困ったように返す。

 ムショクとしては手間だけで、材料は薬草だけなので、そんな高価なものになるとは思わなかった。

 フィリンがいうには何より付属効果もちのポーションは目が飛び出る値段だそうだ。

 それに加えて多種のエンチャント。

 どれだけの値段になるか想像がつかないらしい。

 確かに、最初は作って貰うと言ったが、こんなに高価なものは流石にもらえない。

 では、買い取りかと云うとそんな高価なものを仕入れるほど店に余裕があるわけではない。


「あっ、じゃあ、欲しい物があるんだが、それと交換でいいか?」

「……何となのでしょうか?」


 フィリンさんが、少し警戒して尋ねる。

 ムショクが悪人だとは思っていないが、そもそも、交換しようとするものが高価なものなのだ。

 その交換条件も相当なものになると思っているようだ。


「冒険用のリュックが欲しいんだ。なるべく丈夫で、デカイやつ」

「大きいやつですか?」

「そう! 今からいろいろ採集して合成するからな。色々入れたいんだよ!」

「いいですね! アイテムウインドウも使えないし、ムショクにはちょうどいいじゃないですか」


 フィリンは少しだけ考えた。

 それは、この条件を承諾するかどうかではなく、どうすれば、この無償にも似た条件を対等にできるかだった。


「あの……いま、お店にはないんですが……」

「そうなのか……」

「で、でも、私が作っていいならお時間さえくだされば……」

「フィリンさんの手作り!」

「だ、ダメでしょうか?」

「いや、むしろそれがいい! お願いしていいか?」

「……はい」


 あまりに、ムショクが、喜んだのを観て、フィリンは恥ずかしそうにうつむいた。

 尖った耳先まで真っ赤だ。


「じゃあ、持ってるポーション全部あげるからよろしく!」

「そんな……こんなに貰ったら……」

「いいの、いいの。

 出来上がるの楽しみに待ってるから!」

「はい……頑張ります……」


 半ば押し付けるようにポーションを置くと、ムショクとナヴィは笑顔で店を出ていった。

 正直、ムショクは持っていたとしてもそれを自分で飲む気にはなれなかった。


----


「おっ、いい感じに油が出てますね」

「どれどれ?」


 鍋に沈んだ火焔茸。その上半分には黄色い油が染み出している。


「これが火焔油か?」

「そうですね。まず上澄みだけ移してみましょうか」


 適当な器がなかったので、乳鉢に移す。

 蜂蜜のようなねっとりとした液体。


「なんか、綺麗だな」


鍋から移す液体を俺とナヴィ。それにカゲロウの三人で見る。


「あっ、一応爆発物なんで火気厳禁ですよ」

「おい! そういうなのは早く言え!」


 慌ててカゲロウを離れた場所に連れ出す。

 火焔油は乳鉢の中だ。

 鍋の中に入っている火焔茸は鍋の水を吸ってか瑞々しい。


「……」


 あの吐きそうな苦味は燃焼物質と言っていた。

 今、この火焔茸にはその燃焼物質がない。


「もしかして……」


 ムショクの頭にふっとよぎった。食べられるかもしれない。

 見た目は燃えるような赤。炎のように逆立つ笠。

 お世辞にもおいしそうだとは思えない。

 しかし、毒はない。

 やはり、どうしても抑えきれない好奇心。

 

「はむ」


 一口。

 恐れもせずに、噛みつく。

 

「……これは!」


 予想を超えて美味い。

 水分を十分に含んだ瑞々しく、そして、弾力のある歯ごたえ。

 あれほど苦く、異臭を放ったものはなくなり、

 本来の火焔茸が持っていた香りが鼻腔をくすぐる。


「カゲロウ、ちょっとこれを炙ってらっていいか?」


 火炎茸をカゲロウに持たせた。

 カゲロウは自身の温度を上げて火炎茸をじっくりと焼く。

 炙られて檜のような不思議な香りが広がる。

 これが、火炎茸の本来の香りなのだろうか。

 

「おっし、それくらいで。

 どれ、炙った感じはどうだ?」

 

 炙ってもなかなかいける。

 塩が1つまみあったら、ビールに合わせられる味である。

 

「ちょっと、何して――

 って、何食べてるんですか!」

「何って? 火焔茸だけど?」

「不味くて食べられないって言ったじゃないですか!」


 どうやら、ナヴィはこの茸の美味しさを知らないらしい。全知とか言っていたが、本当に知らないことが多い。

 

「って、なに、ニヤニヤしているんですか?

 まずいもの食べて頭までおかしくなったんですか?」

「はぁ、お前もまだまだだな」

「なんですか? その意味も分からない挑発は?」

「食べてみろ。うまいぞ」


 差し出した火焔茸に、ナヴィはあからさまに嫌そうな顔を見せた。

 ナヴィからしたら抱きかかえるようなサイズの茸。

 重そうに抱え、何とか浮遊をつづける。

 

「匂いは……悪くないですね」


 目の前でムショクが喰っているというのに、往生際が悪い妖精である。

 

「ほら、早く食べないと冷めるぞ」

「分かりましたよ。もう」


 意を決して、ナヴィが茸にかじりつく。

 

「ん…っ……む……」


 目をつぶってよく咀嚼をするナヴィ。

 最初は嫌そうな顔で噛んでいたが、徐々に力んだ顔が緩んでいく。

 

「確かに……」


 思案気にもう一口。

 おいしいかまずいかは最初の一口で分かるはずである。

 

「なっ? 美味いだろ?」

「悔しいですが。確かにおいしいですね」

「塩とビールがあれば完璧だな」


 取得スキルに醸造があったことを思い出した。

 この世界では自分でビールとか作れるのだろうかと考えた。


「火焔油を作ってる間、どうする?」

「レベル上げと採取ですかね?」

「うーむ……まぁ、確かにそうか」

「後で護身用に攻撃アイテムの作り方を教えますよ」


----


「てぇやあぁ!」


 振り下ろした杖が空中を浮遊する『森林クラゲ』の身体を捉え、それを地面に叩き落とす。

 『森林クラゲ』の体液はつなぎに使えるらしく、倒したものを採取する。

 ナヴィは、地面の一角を見て、周りを見渡した。


「どうした?」

「電気イノシシの足跡ですね」

「強いのか?」

「今は会いたくないですね」


 足跡が進んだ方向と違う方法に向かう。

 大分、戦闘に慣れてきたが、まだ大型のモンスターと戦うのは辛いようだ。


「頃合いですかね。泉に戻って、調合しましょう。

 今度は攻撃アイテムを教えますよ」

「アトリエな。折角、誰も使ってないんだから、占有しようぜ」


 ムショクは人差し指で、ナヴィの額を触る。

 ナヴィは困ったような、少し恥ずかしそうな顔をした。


「全く。

 じゃあ、私達のアトリエに戻りましょうか」

 

 そう言うと、道すがら採取をしながらアトリエでもある泉のある場所に戻った。



>>第15話 爆発物火気厳禁

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