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第13話 ゲイルの楽しみ


「じゃあ、次は火焔粉の作り方です」


 ギルドから支給される初心者用のアイテムレシピ。

 もちろん、そんなものはないので、ナヴィにその作り方を頼む。

 

「昨日から干していた火焔茸を乳鉢ですり潰して粉にしてください」


 ナヴィの指示に従って、からからに乾いた火焔茸を手のひらよりも少し大きな乳鉢に入れゆっくりとすりつぶした。

 乳鉢を擦るたびに、乳棒と乳鉢がこすれあう高い音が耳につく。

 枯葉のように乾いていた火焔茸はあっという間に茶色の粉へと姿を変えていった。

 それを別の器に移すと、次にベイヘル森林で拾ったグラット鉱石のかけらを取り出した。

 

「グラット鉱石もすり潰してください。

 ただし! これだけは注意してください!」

 

 ナヴィが何を言いたいかは分かったが、その注意を聞くために手を止めた。

 

「グラット鉱石をすり潰すときには叩き潰すのではなく押し付けてすり潰すようにしてください」

「了解。大丈夫だ」


 グラッド鉱石。別名弾け石。

 このグラット鉱石はハンマーなどでは割れない。

 いや、可能かどうかで話をするなら割ることは可能だ。ただし、このグラッド鉱石は強い衝撃を与えると爆発する性質がある。

 

 両手には採集に使う革袋を巻いて万が一に備えているが、それでも力加減を間違えて爆発すると思うと慎重にならざるを得ない。

 これは耐衝撃の手袋が欲しいところである。

 

「ゆっくりでいいです」

「おう」


 一時間ほど。

 グラット鉱石の破片が均等に砂粒のようなところまでつぶし終えた。

 

「グラット鉱石の粉はなるべく均等に潰したほうが火焔粉の性能が上がります」

「こりゃ、一仕事だな」


 序盤で手に入るグラット鉱石から作られるグラット鉱石の粉。

 これが意外と高値で取引される。

 それにはこういう理由があったのだ。

 

「次に、火焔茸の粉とグラット鉱石の粉を混ぜ合わせてください」


 別の容器に移した火焔茸の粉をグラット鉱石の粉に移した。


「これで完成です」

「ようやくか」

「火焔茸の粉の水分量やきめ細かさ、グラット鉱石の粉の粗さ、そして、その二つの分量。

 これらの絶妙な配分が様々な効果を生み出します。

 せっかく作ったんで試しに効果でも見てみましょうか」


 ナヴィはそう言うと、焚き火の近くまで飛んでいくと手招きした。


「ひとつまみでいいんで、炎にかけて下さい」


 ナヴィに従って火焔粉をひとつまみで焚き火にかける。

 粉が炎の中に飲まれた瞬間、小さな爆発音とともに炎の色が金色に変わった。


「おぉ」

「すごいじゃないですか!」


 その美しさに思わず声が漏れる。

 炎の縁は光る羽根のように煌めき、羽撃つように火焔粉が炎の中で静かに音を立て続けている。

 その音と美しさに、姿を消していたカゲロウも炎の上に姿を現した。


「これはどんな効果なんだ?」

「見たところ。祝福の効果つきですね。

 珍しいですよ! この配分は覚えておいた方がいいですよ!」

「えっ? 配分なんて覚えてねぇぞ?」

「はぁ? 何でですか!

 せっかく、こんな貴重な効果なのに配分を覚えてないんですか?」

「いや、覚えておけなんて初耳だし」

「ま、まぁ……初めてなので、こんなうまくいくとは思わなくて……」


 分はムショクにあるとナヴィもわかっているようで、言葉によどみがある。


「祝福の効果ってそんなにいいのか?」

「そりゃ、いいに決まってますよ!

 祝福の効果が付いた炎で武器や防具を作るとオールステータスアップ!

 料理を作れば、効果だけじゃなくて味もよくなるおまけつき!

 誰もがほしがる効果ですよ!」

「マジかよ」

「初心者のムショクにはもったいないほどの効果ですよ」


 有用に使おうと思っても今できるのはポーションを作るくらいだしな。

 まぁ、仕方がないか。

 

「おっし、なんだか錬金術師っぽくなってきたじゃないか。

 次は何をやるんだ?」

「次は火焔油を作りましょうか」

「なんだそれ?」

「火炎茸を水につけておくと、火炎茸の発火成分が染み出すのです。

 その上澄みのことを言います。

 まぁ、使うところは少ないですが、作り方を覚えおくといいかもしれません」

 

 ポーションを作り終わった鍋に泉の水を入れると、余った火炎茸をその中に入れた。

 

「これってどのくらいでできるんだ?」

「そうですね。このつくり方だと3時間くらいでしょうか」

「げっ、そんなにかかるのかよ」

「まぁ、そんなものですよ」

「昨晩、ポーションを作りすぎたんだよな。

 フィリンさんに、渡して売ってもらうか」

「いいですね。

 味はともかく効果はありますからね」


 多少の駄作は紛れ込んでいるが、まぁ、そこは値段に差でもつけてもらおう。


「ゲイルさんにも聞きたいことがあるんだよな」

「何ですか?」

「この杖な。

 グラファルト獣神族が気にしていたみたいだからさ」

「確かにそうですね」


 素材を詰めていた革袋に今度はポーションを詰めて、街に向かう。


----


「いらっしゃい!」

「どうも、ゲイルさん、いますか?」


 店に入って声を張り上げてくれたのは、武器屋のゼルおばちゃん。

 ゲイルの奥さんだ。

 道具屋に顔を出す前に、まずは、セレナ樹の杖について聞くことにした。


「おっ、ムショクちゃんとナヴィちゃんじゃないかい。

 旦那はちょうど騎士団に武器を渡しに行っているところだよ。

 すぐに帰ってくるからここで待ってな」

 

 ゼルおばちゃんは店の奥に一度引っ込むと、お茶をお盆に乗せて戻ってきた。

 

「ナヴィちゃんには甘い紅茶ね。

 蜂蜜たっぷりだから。あんたはコーヒーでいいかい?」

 

 ナヴィのためにあつらえた様な小さな器には甘い香りを放つ紅茶が注がれていた。

 そっちがほしいと思ったが、ゼルおばちゃんはすでにコーヒーを用意していたので、断らず受け入れた。

 

「で、どうだい? 冒険はうまくいっているかい?」

「ぼちぼちかな。あの杖のお陰で戦闘も何とかできるし、合成も始められたし」


 言葉にするとまだまだ駆け出しである。

 それでも、体感していると大きく成長したように感じる。

 遠くの火山でちょっとした地震があったらしいや、違う森で見たことのない廃墟があったなど、止めどない世間話とも噂とも取れない話をする。

 どうやら、彼女はその手の話が好きらしい。

 話しながら、コーヒーに口つける。

 

「おっ、これ美味い!」

「おや! わかるかい!」


 豆の炒った香りは香ばしく、口に含んだ苦みとわずかな酸味。

 

「あたしのお手製なんだよ!

 よかったら作り方を教えてあげようか?」

「いいんですか?」

「もちろんだよ。

 ベイヘル森林にあるコウヤの実で作るんだ。

 ここいらじゃ、誰もが知っている飲み物だよ」

 

 その言葉にナヴィは驚いた顔をした。

 

「どうしたんだ?」

「いや、そんな飲み物があったなんて初めて知りました」

「お前コーヒーを知らないのか?」

「いや、知ってますよ!」


 ナヴィはむっとした顔を見せた。

 

「コーヒーじゃなくて、コウヤの実で作れるってことです。

 たぶん、ゲーム的に出てこないやつですね」

「そうなのか。意外とナヴィは知らないことが多いんだな」

「なっ――!」


 知らないという言葉に怒ったのか、ナヴィは肩まで飛んでくると思いっきりムショクの顎を蹴った。

 

「ってぇなぁ」

「ふん!」

「あんたたちいつも喧嘩してるんだねぇ」


 2人を見て、ゼルおばちゃんが呆れた顔をした。

 しばらくゼルおばちゃんの真実か噂かわからない話を聞き続けていると、ゲイルがぶつぶつと文句を言いながら店に入ってきた。

 

「おや、あんたお帰り。どうしたんだい?」

「どうしたもこうしたもあるか!

 騎士団の奴らもっと強い武器をと要求してきやがった!」

「ダメなんですか?」


 武器屋が武器を作れと言われて喜ぶのが普通だと思ったムショクは不思議そうに尋ねた。

 

「おっ、ムショクか。

 なぁに、ダメだってわけじゃあない。

 ただな。こちとら簡単なものを作って渡しているわけじゃない。

 何事にも時間がかかるんだ。

 それをやれあれを作れ、やれ早くしろだと言われたら頭にも来るわけだ!」

 

 ゲイルはよっぽど頭に来たのか外行きだろう来ていたジャケットを乱暴に脱ぎ捨てると、

 いつもの仕事用の皮のエプロンをつけた。

 

「それに材料が足りん。

 いくつかほしいんだが、それには金がかかる。

 くそっ、騎士団の奴渋りやがって!」


 ゼルおばさんもやれやれと首を振った。

 

「何が足りないんですか?」

「火焔粉だ」

「えっ?」


 俺とナヴィは思わず目を合わせた。

 

「それならありますよ」

「なんと!」


 俺は懐から火焔粉の入った袋を取り出した。

 

「おぉ、助かるわい」

「それも祝福の効果つきですよ!」

「なんじゃと!」


 ゲイルが驚きの声を上げると、続けて渋い顔をした。

 ムショクとしては喜んでもらえると思ったのだが、どうやらそうではないらしい。

 

「どうしたんですか?」

「本当に祝福の効果つきなのか?」

「ですよ。私も確認しました!」

「う、うむぅ……」


 ナヴィの言葉を聞いて、ゲイルの皺がさらに深まった。

 

「なんですか! 私の目が信用ならないんですか?」

「逆じゃ逆」


 ナヴィの言葉に、ゲイルは静かに続けた。

 

「高価すぎる。こんなもの貰えん」」

「いや、でも、俺らにこんなんあっても使わないしな?

 それに、ゲイルさんには武器を貰った恩がありますし」


 ナヴィに向かって同意を求めた。


「そうですよ!

 ムショクみたいなバカにはもったいなさ過ぎる効力ですって!」

「このちび妖精は一言多いんだよ」

「ちっちゃくないです!」


 ゲイルが大きく咳払いをした。


「全く。お主らは仲が良いな。

 分かった。これはありがたくもらっておく。

 甘えついでじゃが、火炎油もあれば譲ってくれんかね?」

「ナヴィと一緒にまさに今作ってるところですよ」

「ふむ。じゃあ、幾つかお願いするかの」


 その瞬間、頭の上の方からチャランという不思議な音がなった。

 現実世界で起こったらあまりにも意味不明な現象。

 だが、ムショクはそれが何かすぐに分かった。

 驚きと喜びでナヴィを見ると、彼女もムショクと同様の反応だった。


「クエストか!」

「ですです! クエストですよ!」

「ついに来たぞ!

 ……って、あれ?」


 冒険者っぽくなって喜んでいたが、ふと疑問が浮かんだ。


「どうしたんですか?」

「ゲイルさん、普通こういうのってギルドに頼むんじゃないのか?」

「いや、ギルドは割高なんじゃよ」


 名目上、冒険者を雇って、依頼に応える。

 それなりの報酬が要求されるから、庶民がそう簡単に依頼できるものではない。


「もちろん。報酬はないわけじゃないぞ!」

「超楽しみにしてます」


 ステータスウインドウを開けるとクエストのタブの中に確かにゲイルからの依頼があった。


「依頼内容は火炎油の作成。

 期限は早ければ早いほうがか」

「それは、基本無期限ですが、早ければボーナスがつくやつですね」

「量は10ガロか。これはどのくらいなんだ?」

「火焔茸を一つから作れるのが、1ガロ程度ですね。

 10ガロならだいたい10個は必要ですね」

「ふむ」


 今手持ちの鍋には5個入れば十分なほどのサイズしかない。

 

「ゲイルさん。調合用の大きな鍋とかって作ってくれますか?」

「鍋じゃと?」


 ゲイルの目が鋭くにらみつけた。

 

「わしに武器じゃなくて、鍋を、調合器具を作れというつもりか?」


 さっきまでの空気とは打って変わって、ゲイルの機嫌が急に悪くなったのが分かった。

 

「いや、ダメならいいんだ。ただ、あると楽かなと思っただけで……」

「ふん。作ってやるわい! 火焔粉も貰ったしな!

 作業に入るから、ほら、出てった! 出てった!」

 

 追い返すようにそう言うと、ゲイルは店の奥へと入っていった。

 その後ろ姿をゼルおばちゃんが呆れた顔で眺めていた。

 

「あんたら、気にしちゃダメだよ。

 ありゃ、恥ずかしがっているだけだから」

「そうなんですか?」

「昔、日用品も作っていてね。結構好きなんだよ。

 それが、あの人ときちゃ、武器屋が包丁作るのは恥ずかしいとか言っちゃってねぇ」

 

 どうやら、機嫌が悪くなったわけではないらしい。

 とはいえ、奥に閉じこもってしまったからには、こちらがすることはなくなったので、諦めて店を出た。



>>第14話 未知の味

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