第11話 精霊との契約
ベイヘル森林の泉の場所に行くと革袋の中からフィリンから貰った錬金術の基礎セット出した。
「まずは一番簡単なポーションからです」
「回復はないと困るしな」
採取を中心に遊ぶと言っても今回の事のようにそれなりの危険はある。
なるべく戦闘は避けるつもりだが、回復アイテムがあるに越したことはない。
「回復アイテムは多種多様です。
料理、薬、そして、錬金術師の回復アイテム。
って、これは前説明しましたよね?」
「したっけ?」
「最初にしましたよ。まぁ、覚えていないなら。覚えてください。
職業がかなり細かく分かれていますからね」
ナヴィの説明はこうだ。
料理、薬、回復アイテムと体力を回復するアイテムは様々ある。
料理は回復量が少ないが、ステータスの一時上昇など付随する効果が多い。
そして、何より、味がある。
ダンジョンなんかで深く潜っていると、おいしいというだけでプレイヤー自身が癒される。
薬は、回復量が多いが、付随する効果がない。
場合によっては、副作用があるものもある。
ただし、手軽で回復量が高いことから人気のアイテムである。
回復アイテムは特徴的なデメリットが少ない。
そして、これといったメリットも少ない。
「実は魔力の回復アイテムがこの世界では限られています。
その代り、魔力を消費するスキル系は絶大な威力がありますよ」
「まさに必殺技といった感じだな」
戦闘する気もなければ戦闘スキルもないので、ここら辺はどうでもいい。
「じゃあ、さっそく合成を始めましょう」
材料は薬草と精製水。精製水は……泉の水を使いましょう」
ナヴィは泉の水を一掬い口に運ぶと満足そうに言葉をつづけた。
「まずは火をつけましょう。
キャンピングスキルや炎の魔法系スキルがあったら楽なんですが。
持ってないですよね?」
「うむ」
「じゃあ、枯れ枝を集めて焚き火を作るところからです」
ナヴィの指示に従って細い枝、太い枝、それに枯れ葉を集めた。
幸運なことにベイヘル平原の泉は日当たりもよく、乾いた枝がよく見つかった。
太い枝が少なかったが、薪としては十分だろう。
「まずは落ち葉を集めてください」
拾ってきた落ち葉を山になるように集めた。
「これは、焼き芋とか食べたくなるな」
「なんですか? それは?」
「あぁ、こっちにはないのか?
サツマイモってやつをたき火で焼いて食べるんだ。
これがまた美味いんだよ」
「そうなんですか?」
ナヴィがちょっと興味を持ったみたいだ。
食べ物のこととなると興味が簡単に逸れる。
「そうそう。芋のくせに甘いんだよ。
レンジとかでも作れるが、やっぱりこうやって火にくべるほうが断然美味い」
こんな話をするとお腹が減ってくる。
そういえば、こっちに来てから一切食べてないな。
お腹が空かないとはいえ少し、寂しい気分になる。
「落ち葉の山の上に取ってきた火炎茸を置いてください。
これが燃料になります」
燃料になるなら大きめの方がいいだろう。
まるで炎のように逆立った赤い傘の茸を取り出すと、落ち葉の上に置いた。
「あっ、なるべく小さいのにしてください。
火焔茸は大きいと水分が多くなって燃えにくいのです」
「そうなのか」
ナヴィの指摘に従って、革袋から今度は小さめの火炎茸を取り出すと落ち葉の上に置いた。
「ちなみに、これは食べられるのか?」
「毒はないですよ」
「じゃあ、一齧り……」
毒がないならバッドステータスはつかないだろうと、茸の縁のほうにかじりついた。
少しぬるっとした感覚。肉厚の感覚はしいたけに似ているかもしれない。
噛んだ瞬間、大量の汁と共に、嫌な臭いが鼻につく。
「ンーっ!」
猛烈な不快感と苦味。鼻を突き抜けるような、痛みに似た臭い。
なんだこの臭い!
思わず口に含んだ茸を吐き出した。
あれだ! 祖父母の家で昔嗅いだぞ。
冬に帰った時――灯油だ! そうだ! 灯油みたいな臭い!
「なんだこれ!」
「私は毒はないといいましたけど食べられるとは言ってないですよ?」
「うげぇ、気持ち悪い! まだ口の中に残る」
「バカですねぇ」
この野郎と叫びたかったが、まずは口の中を濯ぐのが先決だ。
慌てて泉の水を口に含むと火焔茸の汁を洗い流した。
「遊び終わったら大きい火焔茸をそこら辺の木の枝に刺して干してください」
遊んでなんかといいたいが、今は口を開くのも気合がいる。何度か水で口を濯いだ。
渋々、ナヴィに従って火炎茸をいくつか木の枝に刺す。
時折鼻をかすめる、火焔茸の臭いに思わずまゆをひそめる。
「火炎茸は生えているうちはいいんですが、抜くと一気に弱ります。なので、こうやって土から切り離して置いておくと簡単に水分が飛んでしまうんです」
ムショクの口にやっと平和が訪れてきた。
「それで食べられるのか?」
生で食べたのが失敗だったのかと尋ねたが、ナヴィが変に笑った顔でムショクを見た。
「食べられるわけないじゃないですか。
また同じことするつもりですか?」
どうやら、その笑いは嘲笑だったみたいだ。
食事はどうやらあきらめたほうがよさそうだ。
まぁ、もともと、料理人でもない。
お金がたまったら町で買うことに決めた。
「で、火はどうやってつけるんだ?
火をつける道具も魔法も持ってないぞ」
「あぁ、それは大丈夫です。
グラット鉱石がありましたよね?」
俺は革袋の中から白い鉱石を取り出した。
「それを強く指でこすってみてください」
グラット鉱石の表面を指でこすると、表面のザラザラが取れ、白い粉が指につく。
「その粉を適当な石にこすり付けてください。
そして、違う石でその表面を擦るように叩いてください」
火打石みたいな感じなのだろうか。
言われた通りに適当な石を拾ってくるとその表面にグラット鉱石の粉を塗り付け、別の石でたたいた。
石と石がぶつかった瞬間、弾けるような鋭い音と共に火花が目に見えるくらいに飛び散った。
二、三度それを繰り返すと火花が枯葉の上に乗り、火の粉が徐々に炎へと変化していった。
「グラット鉱石は、別名弾け石といって、強い衝撃を受けると爆発するんです。
しばらく焚き火をみて大丈夫そうなら細い順に枝を追加していきましょう」
落ち葉はどんどんと燃え、火炎茸に燃え移るとその勢いはさらに増した。
「そろそろ、薪をくべてください」
最初は細い枝から、徐々に太い枝をくべていき、ようやくよく見るような焚き火へと変わっていった。
「いいかんじです。
これだけすればそろそろ出てきますよ」
「出てくる? 何が?」
不思議そうに尋ねた瞬間、炎が強く輝き高い燃え上がった。
解き放たれた炎は消えるかと思いきや空中にとどまり、小さな人の姿へと変えた。
「炎の精霊です」
「せ、精霊?」
「正確にはたき火の精霊です。
これと契約してたき火作成完了です」
30cmくらいだろうか。自分の膝よりも小さいその炎の精霊は、背中には美しく燃える羽を、紅蓮の長い髪と同じく紅蓮の瞳を持っていた。
「あっ、セクハラはしてもいいですけど、触ったら指が燃えると思ってくださいね」
「お前、俺がいつもセクハラすると思ってるだろ?」
何か不穏な空気でも察したのだろうか。
炎の精霊は自分の胸を隠すとこちらを睨みつけた。
「しないから。しないって」
さすがに、触れば燃える相手にはしたくない。
「しかし、何の契約をするんだ?」
「まぁ、そうですねぇ。
例えば、焚き火をつけたまま採集に行ったりした場合、他に燃え移ったり、消えたりする可能性があるじゃないですか?
そんなのを防いでくれます」
「焚き火の番人って感じなのか?」
「まぁ、端折りますがそんな感じですね」
そんな便利なものなら契約しない手はない。
「じゃあ、するか。
どうやればいいんだ?」
「炎の精霊に触れてください。
そして、名前を言って契約完了です」
「ちょっと待て!
触ったら燃えるとか言ってなかったか?」
「契約時は大丈夫です」
信じがたいがナヴィが言うならばそうだろう。
焚き火に近寄ると、その熱気がほほにあたる。
恐る恐る炎の精霊に手を伸ばすとそこだけは心地よい暖かさがある。
どこに触れるか分からず戸惑っていると、炎の精霊が手を差し伸べ、俺の手を彼女のお腹へと誘った。
「えーっと、名前だな……」
この手が精霊の気分次第で焼かれると思うと少し落ち着かない。
「俺の名前はムショク。君と契約がしたい。
君の名前は?」
契約と言うからには互いの名前が必要だろうと考えたが、炎の精霊は何も言わず、首を振った。
「小さい精霊は言葉を話せません。
それに焚き火から生まれた精霊は、それが燃え尽きるまでの短い間でしか生きられません」
「そんな短いのか?」
「それが精霊です。決して死ぬわけじゃないです」
焚き火が生まれ燃え尽きるまでの精霊か。
まるで蜉蝣だな。
「せっかく契約を交わすんだ。
お前にも名前をつけよう。
お前の名前はカゲロウだ。
短い間だが、よろしく頼む」
炎の精霊は微笑むような顔を見せると火の粉が空に消えるようにふっとその姿を消した。
「契約完了です。
これで、安全に焚き火が使えます」
>>第12話 役に立たないナビゲータ




