第10話 ナヴィとムショク
「大分取れたな」
革袋を持ち上げて中身を見る。
火焔茸と氷結草、グラット鉱石に薬草。
「そうですね。まぁ、最初としてはこれくらいでいいんじゃないですかね?」
「おっ、なら、早速か!
で、どこでやるんだ?」
ギルドに所属していれば、共同アトリエでも借りられたのだが、 残念ながらそれもできない。
「道具さえあれば、どこでも生産できるのが売りの一つなんですよ!」
「それって、凄いのか?」
「ちっちっちっ、ムショクは分かってませんね」
ナヴィは自慢げに人差し指を振った。
「今まで、生産系のジョブ、例えば料理人や鍛冶屋なんかは、
戦闘スキルが少ないのでダンジョン攻略に向かなかったんです。
が、この仕様により、ダンジョン内でもアイテムや装備の補充が容易になって、生産系でも、ダンジョン攻略に積極的に参加できるようになったんです!」
「ほぅ」
ダンジョンが長く深ければ、アイテムの補給メンバーとして必要になるわけである。
「とは言え、ダンジョン内は安全とは言えないので、ソロプレイでは難しいかもしれませんね。生産中のダメージはほとんどが失敗判定となるので」
やはり、生産系のソロは辛い。基本はパーティープレイが推奨である。
ソロで自由にできてしまうと、戦闘系の職の意味がなくなってしまう。そこらへんはバランスなのだろう。
「まんま、今の状況かよ」
「町中か、ギルドに戻るかですね」
「できるなら一人でやりたいんだが……」
戦闘経験が少ないため、流石にフィールドでは無理である。
しかし、町中で、やるのは恥ずかしい。
誰にも見られなくて、且つモンスターもいない場所。そんなポイントあるだろうか。
「……あるな」
「あぁ、ムショクの考えてることが手に取るように…… 。
あそこは私もよく分からないんですって!」
ベイヘル森林の中にある泉が湧く場所。
ナヴィが知らないと言ったその場所は、なぜだか分からないが、モンスターがよってこない。
「アトリエがなかったらフィールドで作るしかないんだろう?」
「そうですが……」
「で、俺みたいなソロプレイヤーにはきついんだろ?」
「……そうです」
ナヴィの返事は暗い。
ムショクがやりたいことが分かるから尚更だ。
「ただでさえ、レベルの低い俺がフィールドで安全にできる場所なんてあるか?」
「そりゃ……ないですけど……」
「決まりだな!」
不満げな顔をしたナヴィの額を人差し指でコンッと触った。
「お前はなんでそんなに不安なんだ?」
「だって、知らないところですよ!」
ナヴィの言葉にムショクは大きなため息をついた。
「逆だ。逆。
知らないのがいいんじゃないか!
だって、考えてみてみろよ。ゲームの世界だぞ!
未知に挑戦しなくてどうするよ!
それにだ!」
じっとナヴィの目を見た。
彼女は知らないところが不安で仕方ないようだ。
「ナヴィも知らないってことは、お前自身が冒険者と同じように楽しめるってことなんだぞ?
嬉しくないか?」
「それは……」
迷い。
それは蓋をし続けて見ないふりをしていた彼女自身の細やかな望み。
知っている世界を羽いっぱいに伸ばして飛び回りたい。
「星すずらんの輝くさまは綺麗だったろ?」
ナヴィが無言で頷く。
「知らないもの、知っているだけのものを見たいと思わないか?」
「そうですが……」
「一緒に冒険しようぜ」
「……」
ナヴィは少し上を向いて、口をモゴモゴと動かした。
肯定と否定が頭の中をぐるぐると回り、言葉にできない言葉が口の中に砂のように残る。
それを吐き出せばすっきりすることは分かっている。
「私はナヴィです。
私にはやらなければならないことが……」
「そうじゃない!
お前がやりたいかやりたくないかだ」
「だって、ナヴィなんですよ。
この世界で知らないことなんて……」
知らないことなんてない。
そんなことは、もうないことを彼女は知ってしまった。
「私も……」
この言葉は最後の堰である。
それを自ら壊すことの苦悶、そして、期待。責務を放棄することの恐怖。
安全という退路を背中にして、目の前の滝に飛び込むような生き方は誰しもが憧れる。
ナヴィもである。
道は用意されてしまった。最後の一歩は自分自身が踏み出さなければならないのも知っている。
「ムショクと一緒に冒険したいです……」
「決まりだ!」
手を差し出すと戸惑いながらもナヴィの小さな手が俺の指をきゅっと握った。
「お願いしますね」
ナヴィは恥ずかしそうに、それでいて、清清しい顔でムショクの肩に乗った。
>>第11話 精霊との契約