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第8話

野ばらさんが呼んだ祓い屋は夜遅くにやってきた。

父さんも久々に帰ってきて野ばらさんに顔合わせを行い、もう夜も遅いので終電のなくなってしまう野ばらさんは家に泊まっていくことになり母さんの作った夕食をご馳走した。

野ばらさんはやはりもりもり食べて、あっという間に炊飯器が空になって母さんは目を白黒させていた。

咲桜も夕飯の準備を手伝い、とても家庭的な献立に舌鼓を打った。母さんの仕事の時は外食三昧を楽しんでいる俺だが、こうやって親しい人の作る料理というものも大変味わい深いものである。


野ばらさんに風呂にも入ってもらい、母さんのパジャマを貸した。咲桜はいったん家に帰って風呂に入ってパジャマに着替えてまた戻ってきた。

「野ばらさんってどこに住んでいるんですか?」

皆風呂上りで居間の炬燵に入りながら団欒中に、咲桜が野ばらさんに尋ねた。

テレビからは明るいバラエティ番組が賑やかに行われているようだ。

炬燵の4方に俺、咲桜、野ばらさん、母さんが座って、俺の膝の間には香澄が陣取って何か折り紙を折っていた。

父さんは疲れていたようで帰って来て風呂に入ると二階の寝室でもう寝てしまった。深夜に近かったがまだ祓い屋は到着していない。香澄にもう寝なと言ったが、お祓いを見てみたいようでぐずるので、仕方なくそのままにしていた。

「私は都内の神社に身を寄せてるの。祓い屋の仕事はしているけど、金銭で謝礼を受け取れないから、副業として普段は企業で派遣社員もやってるわね」

ああ、だから服装がやけに普通のOLっぽい服装だったのか。

「寺ってことはアパートなどを借りて一人暮らしではないってことですよね」

「そうよ、派遣社員の給料も知れてるから、アパートを借りていたら大赤字よ。生活していけないわ。それに、懇意にしている神社が是非にと言うからさ」

「お知り合いなんですか?」

「祓い屋の仕事って特殊なのよ。

お寺や神社で働く神職の人や一般的な霊能者の人が霊を鎮める行いは拝み屋といってお願いして説得してなんとかしようとするものなの。宥めすかして怒っている霊を鎮めるのよね。

でも祓い屋は違う。どんなに拝んでもなんともならない霊を祓うことを専門としているから、お経や祓い方も独特なの。大体一家相伝で受け継いでいく手法なんだけど、私は宮束家という祓い屋の中では有名な専門家で修行を積んでいるから、そういう力のある祓い屋の力を求めている寺社もあるの。

もし、何か霊現象があったときに駆け込むのは近所の寺社よね?でも拝んでもなんともならないことが往々にしてあるから、お抱えの祓い屋を持っていることは寺社の安全にも繋がるし格式も高くなるのよ」

へ~。なんだか知らない業界の話を聞いているようで面白い。

その時、急に台所の電気がふっと消えた。みんな固まって台所を見つめていると、電気がついたり消えたりを繰り返すようになった。

「おかしいわね、壊れたのかしら」

霊感が0のはずの母さんですら、恐ろしさに声が震えている。

俺は電気が点滅する合間に、天井から逆さに伸びた女の上半身が見えて思わず目を逸らせた。香澄も震えながら俺にしがみついてくる。その小さな身体をぎゅっと抱きしめて、背中を摩った。

「出てきたみたいね。丑三つ時にはまだ早いけど、私の存在に刺激されたか、非常に活発で自分をアピールしているみたい」

連続して点滅する明かりの中で、女の影はゆっくりと左右に揺れていた。その手には、包丁が握られているようだ・・・。

「大丈夫よ、霊なんて怖いと思ったもの負けなんだから。奴らは生きた人間に勝つことはけして出来ない。生きた人間のパワーに勝てやしないんだから。怖いと思わないようにして」

そういわれても・・・。目の前に人ならざるものが出てきて怖くないものなどいない。

点滅の間に女の口がニヤリと笑ったのが見えた。


その時、ピンポーンという場違いなチャイムではっと現実に引き戻された。見やると台所に女性の姿は無い。

母さんが迎えに行ったところ、祓い屋を名乗る女性が現れた。

彼女はリリー・ウォーターと名乗った。

いかにも外国人という風貌で、背が高く巨乳をさらけ出すようなセクシーなスーツを着ていた。

オバール型の黒いサングラスに細かくウェーブかかった茶色と金髪の混じった髪色。

ミディアムロング髪が肩から白い胸にかけてぺたんと乗っかっている。

胸元の開いたシャツを着ていて、胸の谷間には十字架のネックレスが付けられている。

サングラスを取ると、猫目気味な緑色の目が現われ、口には真っ赤な口紅がひかれ、どっかの映画女優の用な迫力があった。何より、彼女からは強烈な酒のにおいがした。

その祓い屋、リリーさんは俺の顔を見るなり顔をしかめて指差した。

「Hey, ノバ!これはどうゆうことだ。私は悪魔祓いをしに来たわけじゃないぞ」

「分かってるわ、霊祓いの仕事よ。あなたの相手はそこの女」

野ばらさんは台所を指差した。

「ふーん、悪いのが憑いているじゃない。祓いがいがありそう♪」

そういうとリリーさんは何とも言えないいやらしい顔で舌なめずりをした。

嬉々として準備を始めたリリーさんに、俺はそっと野ばらさんに近づいてあの人本当に大丈夫なんですか?と尋ねたら苦笑されてしまった。

「まあ人格的には破綻してるけど、腕の立つ祓い屋よ。その祓い方もちょっと特殊で、もしかしかたらあなたに迷惑をかけるかもしれないけど・・・」

「め、迷惑って・・・?」

知らないほうが良いかも、と野ばらさんははぐらかした。そうこうしてる間に、リリーさんはてきぱきと母さんと料金交渉を終え、お祓いの準備に入った。透明な瓶に入った水を床にまきながら、首から提げていた十字架を外して分厚い聖書に乗せ、何か英語でお祈りをはじめた。

「あれって・・・」

「リリーは欧米式の退魔師なの。修道女として修行を積んで日本で退魔師の仕事をしているの」

「修道女なんですか・・・み、見えないですね」

「まあかなり破天荒な修道女だけどね。神への信仰心以外は戒律なんて破りまくっている。欧米式の悪魔祓いってあるでしょう?あれが日本で言う神落としに近いところがあると言われているわ。神落としというよりは妖怪祓いレベルだと思うけど、彼女も悪魔祓いをやったことが何回かあるのよ」

い、意外だ。あんなに酒臭くてセクシーな人がそんなことをやっていたとは。

リリーさんがお祓いを始めるとまた台所の電気が落ちた。それどころか今度は居間の電気まで消えてしまった。俺達がヒッと悲鳴をあげるのに対し、リリーさんの淡々とした英語の祈りが聞こえ続けている。

台所も居間も電気がついたり消えたり点滅を始めた。点滅の間で、台所にいる女がだんだんとこちらに顔を向けているのが見えた。ゆっくりと回転しながらこちらに向けた顔は顔を背けたくなるおぞましさだった。

野ばらさんは相変わらず平然としている。香澄は涙目になりながら俺にひしっと引っ付いている。

「何度も言うけど、怖いと思わないこと。それは難しいかもしれないけど、一番大事な防御方法よ。霊は、匂いや気配のようなもの。本来実体がなく儚く消えていくようなもの。彼らがなぜ趣向を凝らせて私達を怖がらせるか知っってる?」

野ばらさんの言葉に俺は首を振った。

「人の感情の中で、恐ろしい、悲しいという感情は陰の気を持つと言われている。

陰の気は霊が付け込み易い気。だからやつらは陰の気を持たせるように仕向けて、私達のパワーをすり減らそうとしている。付け込ませないためには怖いと思わないことが一番よ」

「それじゃ、何か楽しいことを思い浮かべてたら良いんですか?」咲桜が尋ねた。

台所ではリリーさんの口調がやや激しくなってきて、天井からぶら下がる女の表情がさらに恐ろしいものになってきた。

「あなた達は家族や親しい友人よね、手でもつないでいれば怖さは半減するでしょう。そういうものよ」

母さん、香澄、咲桜、俺は顔を見合わせて、固まりあって手をつないだ。確かにそうしていると安心して怖い気持ちが少し安らいだ。

「アレは恐らく何かの恨みを抱いたまま死んだ怨念の塊ね。もう誰を恨んでいたのかも定かでなく誰彼構わず不幸にさせたいと思っている、もはや悪霊よ。もう強制的に祓うしかないでしょう」

野ばらさんがそういうと、リリーさんはチッと舌打ちをして「くそったれ、正攻法で祓ってやろうとしてるのに駄々こねやがって・・・仕方ないわね」と言ってこちらに顔を向けた。

「そこの、イツキとか言う童貞くさい男、こっちに来なさい」

突然リリーさんに屈辱的な呼ばれ方をされ、俺はえっと目を見開いた。

冗談じゃない、その恐ろしい霊の側に行けだって!?

「い、嫌です!」

リリーさんは心底がっかりしたという感情を表情豊かにしてくれた。

「はあ?嫌ですって、お前は腰抜けか!祓ってやるって言ってんだから早くこっちに来なさい」

「な、なんでですか?なんで俺がそっちに行かないといけないんですか・・・!俺、言っておきますけど何も出来ませんよ!」

「何もしなくていいわよ、ったく弱虫ね、こっちに来て私の側で立ってれば良いわ」

「な、何をする気なんですか」

「つべこべ言わずに来いって言ってるでしょ。なんなら代わりにそこの女でも良いわよ」

そう言って咲桜の方を指差した。咲桜はビクっと身体を震わせて俺と目を合わせた。

俺と咲桜はしばし見詰め合い、意を決したように咲桜が口を開いた。

「いっちゃん、私行くよ」

「駄目だ!俺が行く」

俺は立ち上がって、リリーさんのほうに歩み寄った。後ろから咲桜が俺を呼びかける声が聞こえたが無視した。

なるべく霊のほうは見ないようにリリーさんの側に行くと、リリーさんは「やっぱり出来れば男の方が良かったのよねぇ」と言う声がして俺はなんなんだよと拳を握った。

「じゃあ、深呼吸して」

そういわれて息を深く吸った。その瞬間背中を蹴り飛ばされ、慌てて手を突こうとすると目の前に逆さまの女の霊の姿があった。叫び声をあげる前に視界がぐにゃりと歪んだ。立っていられなくて床に手を着き蹲る。頭の中で「死ね死ね死ね死ね」という女の声が反復している。あまりの不快感に気持ち悪くて吐きそうになっていると、胸元をがしっと掴まれて顔を上に上げさせられた。霞む目の先にリリーさんの顔が近づいてくるのが見えた。え?と思っていると口に何かが触れた。顔のすぐ側に誰かの顔がある。

あ、俺、今キスされてんのか?と思うや荒々しく舌まで入ってきた。

こ、これは話に聞く、デ、ディープキス・・・!

俺がもがいて目の前の人を押し返そうとするが、逃がさないとばかりに後頭部に手を回され吸い尽くすように深くキスをされた。だんだんと霞んでいた目がはっきり見えるようになり、頭の中の女の声が聞こえなくなっていった。腹の底にある不快感が薄れていくと、頭の拘束がはずれ、チュッという音を鳴らして唇が離れていった。

初めてのディープキスに呆然としている俺の前で、リリーさんは「ご馳走様♪」というと、懐から酒の瓶を出してぐいっと飲み干した。

「ぷはー、なかなかの食べ応えがあった。久々の大物だわ」

「相変わらず下品な祓い方ねぇ、大丈夫?樹くん」

俺は野ばらさんに肩を叩かれてハッと我に返った。

「だ、大丈夫です、けど、え?今ので祓ったんですか?あの霊を?」

確かに霊の姿は跡形もなくいなくなっていた。電気の点滅も収まって明るいままだ。

「祓ったと言うか、この場合取り込んだというのが正確ね。リリーは悪霊を身体に取り込んで自分の力に変えるのよ」

「ま、浄化するのに時間がかかるけどね。ちょっとお酒ちょうだいよ、持ってたの飲み干しちゃったから」

「お、お酒?」

「お酒を飲んで塩っ辛いものを食べて体内で浄化するの。これが私の祓いかたよ?どう?癖になりそうでしょう?」

そう言って酒臭い息を吐きかけていやらしく笑うリリーさんに呆れたような野ばらさん。

い、異常だ。こんなお祓いの仕方、見たことも聞いたこともないぞ!野ばらさんといいリリーさんといい、常識外れにも程がある。

「いっちゃん、大丈夫!?」

咲桜が駆けつけてきて心配そうな顔をしていた。恐らく台所の陰に隠れて俺が何をされたのか見てなかったのだろう。大丈夫だ、心配するなと言うと安堵したような笑みを浮かべた。

「さー朝まで飲むぞー!そこの少年、私に付き合いなさい!」

リリーさんは終電がないからと居座って飲み始め、俺は引き摺られるようにその酒宴につき合わされることになった。リリーさんは明け方まで酒を飲み続け、我が家の酒のストックがなくなると俺が近くのコンビニまで走って買いに行く羽目になった。クソッ、深夜の丑三つ時は霊が活発だから絶対に出歩きたくなかったのに!幸い、野ばらさんがついてきてくれてたので、暗い道に変なものがうろついていても、野ばらさんを避けてみんな絡んできたりしなかった。


翌朝、目が覚めると真っ白い巨乳の谷間が目の前にデンッとあって、理解するのに数秒かかった。リリーさんが酒を飲みまくって俺に絡みまくって最後は俺を抱きしめて眠ってしまったのだ。そういえば昨日は散々下ネタで絡まれまくったな・・・。まだぐーすか眠っているリリーさんの腕から、溜息をつきながら俺は抜け出した。

居間には野ばらさんも毛布に包まって炬燵に入ってすやすやと眠っていた。

すっかり日が昇っていて、時間を見るともう10時近くになっており、母さんも父さんもすでに仕事に出かけていた。寝不足な頭で、もう学校には完璧に間に合わないな、と思った。咲桜はお祓いが終わってから自宅に戻っていたので、もう居間にはいなかった。その後起きてきたリリーさんは二日酔いのせいか不機嫌さを隠すこともなく、どこかに電話をかけると、迎えにやってきたイケメンちょい悪風外国人のオープンカーに乗って帰っていった。野ばらさんもその車に同乗して帰っていった。俺にとっては嵐のような一日だった。

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