第7話
「ってわけで、この人に俺のお祓いを頼むことになった」
俺が説明を終えると、母さんは目をぱちくりさせて、しばし野ばらさんを見つめたあと、どうぞよろしくお願いしますと深々と頭を下げた。
野ばらさんに出会ってから数日後、神社のお祓いの件で再訪した野ばらさんを連れて、俺と咲桜はひとまず母さんに事情を説明しておこうということになり俺の家にやって来たのだ。
幸いなことに今日は母さんの仕事が休みで、母さんは俺が咲桜と珍妙な客を連れて帰ってきたことに驚いていた。野ばらさんは綺麗な正座で座り、こちらこそどうぞよろしくお願いしますと礼を述べて頭を下げた。
母さんはお茶とお菓子を出した後、本当に祓えるんでしょうかと心配そうに野ばらさんに尋ねた。
「今まで散々お祓いは受けさせて来ましたが、樹が霊能者の方を連れてきたのは初めてのことですし、この子が言うのだから間違いないとは思うのですが・・・。
いえね、この子が昔から怖い目に会っているのが不憫で、17歳を迎えずに死ぬなどもってのほか、何とかしてあげたいと思っていました。
ですが、方々手を尽くして霊能者の方を捜し歩いてやっと見つけた方に悉く断られてしまっていましたし、引き受けてくださる人もいましたが、高額の謝礼を持ち逃げされたり突然祓えないと拒否されたり、散々な目に会ってきたのです・・・」
「信じられない気持ちも分かります。実際のところ、私としては信じるも信じないも構いません。
彼に雇われて引き受けましたから、私の最善を尽くします。今まで散々、他の霊能者が失敗してきた案件ですので、必ず成功させるとは断言しませんが、彼の霊障の対策をしつつ憑いているものの落とし方を探りましょう」
「そうですか・・・引き受けてくださって本当にありがとうございます。それで、不躾ではありますが、謝礼はいくらほど見ておけば宜しいでしょうか」
「必要ありません。私は謝礼を取らない主義ですので。その代わり、毎晩の夕食は彼にご馳走になるということになりました」
え、そんなことでいいんですか?と母さんが驚くが、野ばらさんの食べる量を知らないからそんなことが言えるのだ。この間ののファミレスでさえ、野ばらさんの食べた分だけで5000円も飛んだんだぞ!
「よかったら私の仕事が休みの時には我が家で夕食をご馳走させてください」
「ええ、ぜひ喜んで」
俺の家から食材が消える日は遠くないだろう、俺は遠い目をしてにこやかな2人を見つめていた。
その時、がちゃっと玄関が開いて誰かが入ってきた。軽い足音がととととっとしたかと思うと、ツインテールの髪を揺らして妹の香澄が顔を覗かせた。香澄は今小学5年生で、白いもこもこのコートを着てスカートに厚いタイツをはいている。
「ただいまー!」
「あらお帰り。一人で来たの?」
「うん、お父さんは会社に用事があるから先に香澄一人で帰ってな、だって。あれ、お客さん?」
香澄は今年で小学校4年生だ。いつもだったら真っ先に俺に飛びついて来るのだが、今日は野ばらさんという知らない人がいるので、遠慮しているのだろう。
「香澄ちゃん!久しぶり~!」
「咲桜ちゃん!こんにちは!」
見知った咲桜がいることで安堵した香澄は居間に入ってきて母さんの横、野ばらさんの対面にちょこんと座った。じーっと野ばらさんを見てたかと思うと、うわーっと目を輝かせた。
「お姉さんとってもおっきな猫ちゃんを飼ってるのね!」
え?と野ばらさんを見ると、彼女は面白そうにくすくす笑っている。
「あなたとっても目が良いのね。この子に気づくなんて」
「すっごくおっきくて丸々してる」
「何百年も生きているから図太くなっているのよ」
「お名前なんていうの?」
「本当の名前は知らないけど、私はタマさんって呼んでるわ」
何も見えない俺たちをそっちのけで香澄は嬉しそうに野ばらと話をしていた。
「香澄ちゃん、私は野ばらって言います。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします!」
香澄はぺこりと頭を下げた。
「野ばらさんはおにいちゃんのお友達ですか?」
無邪気に尋ねる香澄に野ばらさんは首を振った。
「いいえ、香澄ちゃんのお兄ちゃんに取り付いている悪い物を落としに来たのよ」
「え、ホント!?お兄ちゃんの後ろにいる怖い人を追い払ってくれるの?」
「怖い人?香澄ちゃんにはどんなものが見えているのかな?」
「お兄ちゃんの周りにはいつも悪いのがいっぱい寄ってきてお兄ちゃんに悪さをしようとするの。
かすみがどんなに駄目って言っても聞いてくれないの。その中でも一番怖いのがキツネさんのお面をかぶった綺麗な女の人」
「そう、その人は何をしようとしているの?」
「お兄ちゃんの手をずっと握ってどこかに連れて行こうとしてる。とてもよくない感じがするの」
「そう・・・香澄ちゃんは本当に目が良い子みたいですね」
野ばらがそう告げると母さんが頷いた。
「昔からいろいろと変なことを言う子で・・・特に樹があんな目にあってから酷くなっていく一方・・・。たまに酷い痣をつけて泣きながら帰ってきたり、家のある場所を以上に怖がったりするので、今は夫の転勤に連れ添わせて遠くに住んでいます。たまに休暇を利用して帰ってくるんです」
母さんは香澄の頭を優しく撫でながらそう告げた。
「確かに、息子さんはとても強いものに取り憑かれていますので、家に変なものが寄って気安いのでしょう。特に目の良い香澄ちゃんは影響が強く出たのでしょうね」
「お姉さんにも見えるの?」と香澄は期待の目で野ばらさんを見つめた。野ばらさんは頷いて、「香澄ちゃんが嫌な場所って、台所でしょ?」と言った。
「や、やはり分かりますか」母さんが冷や汗をかきながら言った。
昔から香澄は台所が大嫌いなのだ。顔の青い女の人が天井から手を伸ばしていると無気味なことばかり言っていた。そして俺もなんどかその霊には遭遇し、天井から首筋を撫でられるという気持ちの悪い体験をしていた。
「この家にはいくつか霊の吹き溜まりが出来ていますが、特に台所が酷いですね」
「そ、そんな・・・何も私は感じませんし見ませんでしたが・・・」
「こういうものは相性なのです。いかにチャンネルを上手く合わせられるか。出来ない人には絶対できないものなのです」
「それで・・・台所のも祓ってもらえるのでしょうか」
「そうですねぇ、私は今日既に一件お祓いを終えていて、力を消耗しています。後日改めて伺うというのではいかがですか?」
「そ、そんな・・・怖すぎて夜も眠れなくなりそうです・・・!お願いですからなんとかしてください!」
「困ったなぁ、もう悪霊の域にあるから拝み屋じゃ無理だろうし、そこそこ手ごわい霊だから下手な祓い屋も呼べないし・・・私の知り合いに頼んでみることもできますが、彼女にはそれなりの謝礼を払わなくてはいけなくなりますよ」
「いくらでも払います!ぜひお願いします!」
母さんは拝みながら懇願した。もう夕方も過ぎて夜になろうとしていた。野ばらさんは、ちょっと手の空いている祓い屋をあたってみますといって携帯で電話をかけ始めた。




