エピローグ
「3、2、1! ハッピーニューイヤー!」
テレビのカウントダウンの音を聞きながら、俺はいつものような穏やかな新年を迎えていた。いつものように炬燵に寝そべり、みかんの皮をむきながら正月を迎える。しかし、今年の正月はいつもと同じようでいて全く違っていた。
なぜなら俺は、17歳を迎えることができたからだ。
もう、来年には生きていないかもしれない、と思いながら暮らすことも無くなった。その代わり、自分の将来のことを考えなければいけなかったり、授業にちゃんと出てテスト勉強も頑張らなければいけなくなったが、去年の俺には考えも出来なかったことばかりだ。
あの後、俺たちが家に帰ると父さんや母さん、香澄が泣きながら迎えてくれた。俺たちが呪いに打ち勝ったこと、俺の命が繋がったことをとても喜んでくれた。今まで心配をかけてばかりだった俺は、家族のためにも今後しっかりと生きていかなければと思った。
「なあ樹殿、お屠蘇をいれてくれんか」
俺の守護霊となった妖狐がなぜか人型になって炬燵にぬくぬくと入っている。あの件以来俺の周りに現われたり消えたり、随分自分勝手に自由にやってくれているが、そのおかげで俺は悪霊に襲われることもなく平穏な毎日を過ごしていた。
「はいはい、わかりましたよ」
俺は暖かいお屠蘇を作って狐に振舞った。耳と尻尾だけを生やして、雅な服を着た中年のおっさんの格好をしている狐は、上手そうにお屠蘇をぐいっと飲んで嬉しそうにしている。
「稲荷飯はないものかのう、樹殿」
「はいはい、ありますよ」
台所に立っていた咲桜にお願いすると、咲桜が稲荷寿司を持ってやってきた。狐は嬉しそうにそれを受け取って食べ始めた。
「五目酢飯の稲荷寿司ですけど、お口に合いますか?」
「うむ、美味い美味い!咲桜殿の稲荷寿司は格別だ」
ひょいひょいと口に運んで嬉しそうに食べる姿がなんだか微笑ましい。やはりブラインド体質なので咲桜には見えないようだが、なぜか何を言っているのか伝わっているのか咲桜も嬉しそうにしている。香澄は狐のもふもふした尻尾が好きなようで、狐の横に並んで尻尾を膝の上に乗せて撫で回している。
「狐さんは、お名前なんていうの?」
香澄の問いかけに、確かに何と呼んで良いものか分からないなと俺も思う。
「我が名は他人に教えられんのだよ。守護している樹殿が好きに呼べば良い」
そう言われて俺はうーんと悩んだ。なんという名前をつけたら良いものか?
「狐さんってコンコンって鳴くんでしょ?だからコンさんで良いんじゃない?」
香澄がそう提案して、狐も良い名だと頷くのでコンさんと呼ぶことにしよう。
ただいまーという声がして、母さんと父さんが初詣から帰ってきた。真っ先に俺のとこにやってきて、ピンピンしている俺を見て涙ぐみながら良かった良かったと涙ぐんでいる。呪いが解かれたといっても、17歳をちゃんと迎えられるのか心配だったのだろう。
その晩は父さんと母さんが宴会を始めて、狐もちゃっかりそこに混じっているのを尻目に、咲桜と初詣に行こうということになった。
今年の初詣は去年と違って雪は降っていないが、やはり息が白くなるほど寒い。
「いっちゃん、あれから野ばらさんの所で修行しているの?」
「ああ、週1で野ばらさんの居る神社に行ってるよ。学校の授業にも追いつかないといけないから結構大変だな」
「そう、修行は大変?」
「まあな、覚えることが多いし野ばらさんが手加減ってものを知らないから・・・」
俺は野ばらさんから受ける無茶振りの数々を思い出してウンザリした。
「じゃあ、卒業したら祓い屋さんになるの?」
「うーん、修行している宮束流だと謝礼を受けない仕来りになっているからな。祓い屋は皆何か仕事についているらしい。俺はとりあえず得意の数学を生かして大学に行こうかと思ってるよ」
そう、と言って咲桜はにこにこと笑っている。俺が将来の話をするのが嬉しくて仕方がないらしい。去年の俺は一切そういう話をしてこなかったし、考えてもいなかったからな。
「咲桜はどうするんだ?」
「私は調理系の専門学校に行こうかなって思ってる」
「ああ、それは良いな。咲桜は料理上手だからな」
俺たちも次の春には高校3年生になる。俺はあと1年で大学受験勉強を叩き込まないといけないし、祓い屋の修行もしないといけないし、実はリリーさんに払わないといけない謝礼がまだ残っている。大学に受かったらバイト代で払うことで何とか待ってもらうことになっているが、当分借金生活が続いてしまうようだ。その借金をネタにして、たまにリリーさんのお祓い稼業も手伝わされていたりするので、なかなか忙しい日常になっている。
そういえば綾女さんのことだが、あの後すぐに東京に戻ってコミケに参加してホクホクだったらしい。戦利品の数々の写真を送ってこられたが、男で溢れる表紙の数々に俺はそっと写真を閉じて削除した。もしやこれ目当てで上京してきたのではとも思ったが、それ以上詮索はしないことにした。
俺と咲桜はいつもの神社について参拝を済ませた。咲桜がいっちゃんは何をお願いしたの?と聞いてきたので「咲桜のことだよ」と返す。きょとんとしている咲桜に俺は、好きだと告げた。
「今年の誕生日プレゼント、俺はいらないや。お前が居てくれれば、俺はもう何もいらない」
咲桜のきょとんとした顔が、みるみるくしゃっと泣き笑いの顔になっていくのを俺は幸せな気持ちで見ていた。神社の屋根には雅な服を着たいつもの小男が座っており、笛を吹き鳴らして俺たちを祝福していた。




