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第20話

村までは電車やバスを乗り継いで半日ほどかかった。昔ながらの、長閑で自然の溢れる光景が広がっている。何年も前に来たきり、一度も帰ってきてはいないのに、なぜか流れる空気や風の匂いが、懐かしい感じがした。

長く、頑丈で大きな橋を渡ると、村の入り口がある。そこに聳える山や広がる森が、生贄を求める神の住む場所とは、到底思えないほどの静けさだった。


村に着くと、俺はまず婆ちゃんの家に向かった。婆ちゃんは親から連絡が行っていたので快く迎え入れてくれたが、やはり昔の優しい婆ちゃんではなかった。どこかよそよそしく、元気がない。

“無駄死にじゃ!”と泣き崩れていた婆ちゃんが思い出される。かつて、婆ちゃんと爺ちゃんはとても仲のよい夫婦だったのだ。豪快な爺ちゃんと気配りが細やかな婆ちゃん。お似合いのカップルと言われていたし、当時、爺ちゃんが失踪したときの婆ちゃんの取り乱し方からも、それはよく感じられた。

婆ちゃんの家は田舎の家らしく非常に広々としていたので俺たち4人が泊まっても問題なかった。咲桜が婆ちゃんの手伝いを良くしてくれたので、急に増えた家の中の仕事も婆ちゃんの負担にならないようにしてくれた。


俺たちが村に来たことを知ったからか、早速村長が様子を見に来た。俺たちは柏爺ちゃんを家にあげて話を聞くことにした。

綾女さんが順を追って説明していく内に、柏爺ちゃんの顔が真っ赤になっていった。本題である、なぜ生贄の儀式を止められないのかの所に来ると、怒り出してしまった。

「そんな言いがかり、あんまりじゃ!俺はもう帰る!」

怒鳴りつけて帰ろうとし始めた。俺たちは慌てて止めようとしたが、その勢いは止められない。

「あんたんとこの倅、狐に取られた言うとったじゃが、それも嘘け」

帰ろうとする爺ちゃんに、婆ちゃんが呟いた。柏爺ちゃんはびくりと肩を震わせた。

「確かに、それは調べればすぐに分かることですよね?」

野ばらさんが追い討ちをかける。嘘じゃねぇ!と言う柏爺ちゃんの声は震えていた。

「あと、あんたんとこの本家、開かずの間がある言うてたな」

婆ちゃんのその言葉に、柏爺ちゃんは飛び出して行ってしまった。

「開かずの間?」

俺が聞くと、婆ちゃんは頷いた。

「村長の家には、代々伝わる開かずの間があるて聞いたべ」

俺たちは顔を見合わせた。そこに何かがあるとしか思えない。

俺たちは次の日から手分けして聞きまわったが大した成果は得られなかった。村長の家にも何度も赴いたがいつも門前払いだった。もうすぐ12月になろうとしていた。俺たちは非常に焦っていた。


「こうなったら、口寄せをしてみましょう」

綾女さんが提案をしてきた。

「口寄せって?」

「死者を体に落として僕の口から語らせるものです」

僕の得意な術の1つなんです、と綾女さんは語った。

「一体誰をおろすつもりなの?」

野ばらさんが尋ねると、綾女さんは最初の犠牲者だと答えた。

「それは、100年も前に死んだ人よね。もう輪廻の道に行っているでしょう。下手したら転生しているかもしれない。おろすことはできそうにないと思うけど」

「万が一でもやってみないよりは良いでしょう。もしかしたらまだあちらの世界にも行けず、さ迷っているのかもしれない」

綾女さんはそう告げると早速口寄せの儀式に取り掛かった。

部屋を清潔にして、明かりを落とした暗い部屋の中で、蝋燭を一本灯す。。目の前に村長家の家系図を広げ、最初の犠牲者の名前をじっと見ながら綾女産は瞑想を始めた。そして口の中で呟くようにお経を詠む。日が暮れるまで根気よく降りてくるのを待った。すると、急に綾女さんの体が大きく傾いだ。

「おりたわ」

野ばらさんが小さくガッツポーズを取った。

顔を上げた綾女さんは全く違う人のように見えた。口から出てくる声も非常に低い。

「あなたの名前は?」

野ばらさんが尋ねると、彼はしばし考えてひいらぎだと答えた。それは最初の犠牲者の名前だ。

「あなたは、この村の出身ね」

その問いにこくりと頷く。

「あなたが、最後どうやって死んだのか覚えている?」

たっぷりと沈黙したあと、柊さんはぽつりぽつりと語ってくれた。

彼はこの村の村長の家系の青年だった。

10歳の頃に野山を駆け回っていると、不思議な狐に出会ったそうだ。

その狐はケガをしており、彼のことをとても警戒していた。狐が可哀想になった柊さんは狐に餌を与えた。当時、食べるのもやっとだった農村で、狐に餌を与えるなどもってのほかだった。

だから柊さんは自分で釣った魚を狐のところに持っていってあげていた。たまに釣れない時もあり、そのときには申し訳なさそうに詫びていたが、どうやら狐はこちらの言うことをよく分かっていたようだ。

よく見ると、尻尾が3つに分かれていた。話に聞く妖狐だと分かった時には驚いたが、悪いやつには見えなかったので餌を与え続けていたらしい。


その内すっかり元気になった狐は良い遊び友達になった。

野山を一緒に駆け回って遊んでいた。極たまに、山神の姿を見たこともあったらしい。元気いっぱいの女の童子が信じられない早さで山を駆け上っていったそうだ。

そんなある日、狐がとぼとぼと青年のところにやってきた。

どうしたのだと心配していると、狐が人間の言葉で話し始めた。

山神がこの山を去る時期が来たこと、神が山を去れば山は死に村は滅亡してしまうこと、青年に早くこの山を去った方が良いということ。

柊さんは驚いた。狐が人間の言葉を喋れたのも驚いたが、この山が死に村が滅亡するということに驚きを隠せなかった。どうやら、山神は花嫁衣裳を着ていたらしい。

それは、この山を去るときが来たということだ。何とかして、この山と村を救うことが出来ないかと柊さんは思った。狐に頼み込み、山神を去らせない方法を編み出した。それは、妖狐が山神と夫婦となることで引きとめ、その力の源として人を一人犠牲にするという方法だった。

柊さんは悩みに悩んだ挙句、妻や子、家族や村人達のことを思って犠牲になることを選んだ。狐もその意を了承し、彼に協力して山神の夫として一体化することを選んだのだ。

「そうか、妖狐は山神を取り込んで生贄を欲していたわけではないのか、元々は人間の望みから始まったことなのね」

だから狐を祓おうとしても上手くいかなかったんだわ、と野ばらさんが意を得たりとばかりに言った。

柊さんは、狐にも犠牲になった者達にも悪いことをした、許して欲しいとしきりに謝って、消えていった。

綾女さんは消耗していたらしく、その場に蹲った。

野ばらさんが背中を摩ったり叩いたりして気付けをし、よくやったとほめた。

「有力な手掛かりを得られたわね」

「ど、どういうことなんですか?」

俺はいまいち理解が出来ずに尋ねた。

「山神と妖狐の関係は契約によって結ばれているということ。その契約の証、夫婦の証がどこかにあるはずだ。それを壊せば、契約は消滅する」

「なんだって!?」

それは、呪いを解くことになるということか?

「その契約の証、きっと、開かずの間にあるんでしょう」

綾女さんが蹲ったままそう推測した。

俺たちはそうに違いないと、再び勇んで村長家に赴いた。俺たちは得られた情報を村長にぶつけた。

村長は驚いた様子だったが、首を振って拒否した

「お願いです、このままだとまた犠牲が出てしまうんです、開かずの間を見せてください!」

俺たちがいくら頼み込んでもうんとは言ってくれなかった。それなら、強行策を取るしかない、俺たちの頭にそんな考えがよぎった時、柏爺ちゃんが重い口を開いた。

「確かに、開かずの間に山神と狐の夫婦の契りがある。それは我が家が代々受け継いできたものじゃ」

「本当ですか!?それなら・・・!」

「一度山神と狐が分かれれば、この村にいるもの全員が死ぬのじゃ。分かるか、山神がどこかに去ってしまい、村が全滅するのを阻止するために我がご先祖様は命を賭けたのじゃ。その契りが壊れてしまったらどうなるか、分かるじゃろ・・・」

村が、壊滅するということか・・・?

「まさか、それが今まで生贄を絶やせなかった理由ですか・・・?」

そうじゃ、と言って柏爺ちゃんもがっくり肩を落とした。本当はこんなことはしたくはない、生贄など出したくてしているわけではない。しかし村人を守るためには続けていかなければいけない・・・そう爺ちゃんは涙ながらに語り、土下座した。

お前には本当にすまんことをした。俺はいつか地獄に行く、それで堪忍してくれ・・・。


小さくなってしまった柏爺ちゃんに土下座までされて、俺はいたたまれなくなった。顔を上げてください、と言っても頑として土下座し続ける。藤雄にも本当にすまんことをした、俺は自分の家可愛さに藤雄まで犠牲にしてしまった・・・。土下座しながら柏爺ちゃんは泣いていた。柏爺ちゃんと藤雄爺ちゃんはかつて親友同士だったと聞いた。その心中を思いやるとやりきれない気持ちになる。

「なぜ生贄を絶やせなかったのか、なぜ生贄が始まったのかは解明したわけですけど・・これ以上どうすれば良いのか、手詰まりですね」

綾女さんも表情が暗い。俺たちはその後も情報を掻き集めたが、覆せるような情報は無かった。

それどころか夜中に咲桜の名前を呼ぶあの爺ちゃんの声がするようになってきたのだ。毎晩咲桜の名前を呼び、家の周りをうろうろと歩く音がする。

綾女さんの貼った結界と野ばらさんの威嚇で家の中には入ってこないが、一度窓ガラスに張り付いていたことがあった。

そいつは爺ちゃんの顔をしているが目が狐のように釣りあがって口も耳まで裂いたように大きかった。咲桜にはやはり見えていないようだが、婆ちゃんは爺ちゃんの声やこんな姿に参ってしまっていた。俺は怒りがこみ上げていた。爺ちゃんまで冒涜するようなやり方は許せない。

その度に野ばらさんが追いはらうのだが、いつも逃げられては舞い戻ってきて、しつこく俺たちを付け狙っていた。


俺は、万策つきたと思い、野ばらさんに咲桜の山神を俺に戻せないか相談した。咲桜は酷く抵抗したが、俺には咲桜の誕生日が刻一刻と近づいてくるのが耐えられなかった。

「それは私も同じだわ!」

咲桜は珍しく怒鳴った。

「いっちゃんの死ぬ日が段々近づいてくる恐怖を味わうなんて、嫌よ!」

「分かってくれ、咲桜。何年もかけて俺は死を受け入れたんだ。だが、お前の死は受け入れられない。これは俺のわがままだ」

「いっちゃんの馬鹿!」

咲桜はボロボロと涙を流して俺の胸にしがみついた。

「いっちゃんが死ぬなんて嫌よ!いっちゃんが好きなの、大切なの・・・いっちゃんのことを誰にも殺させたりしたくないの・・・いっちゃんが大好きだから、死んで欲しくないから・・・!」

慟哭とともに咲桜の告白が切なく俺の心を打った。俺は咲桜の柔らかい髪を胸に引き寄せて、すまない・・・と呟くしかなかった。

野ばらさんは溜息をつきながら手配をしてくれた。リリーさんを呼び寄せて、咲桜についた山神を俺に戻す相談をし始めた。リリーさんはこれまでの経緯を聞いて呆れていた。

「他人のために犠牲になるなんて、我が主みたいなお人よしもいたものね」

そしてあまりの田舎ぶりにげんなりしながら、一刻も早くここを出て行きたいんだけどと口癖のように言っていた。

リリーさんは依頼内容にもげんなりしながら、かなりの額を交渉してきたので、俺にかけられている保険金で払える程度だなと思いながら了承した。

リリーさんは今回の例は異例中の異例だと説明した。本来神憑きの取り憑かれた対象を挿げ替えることは不可能だ。だが、元々6年間も取り憑かれていた実績のある俺に神を戻すことは、出来るかもしれないとのことだった。まず、野ばらさんが呪文を唱え、咲桜の引き寄せの術を打ち破る。その後に俺と咲桜を向かい合わせ、両方の手を握ったリリーさんが何かしらの呪文を唱えた。ふわりと暖かい空気に包まれるような感覚がする。

「じゃあ、ここでキスをして」

「え?」

「早く」

「あの、咲桜とキスを?ここで?今?」

「そう。しないの?しないなら帰るわよ私」

相変わらずの酒臭さを発しながらリリーさんが急かした。俺は仕方なく、空いているほうの手で咲桜の肩を引き寄せ、ゆっくりと触れるだけのキスをした。咲桜はぼろぼろと泣きだした。リリーさんの呪文が激しくなる。

戻ってこい、俺の元へ。忘れたのか?俺がお前の生贄だ。

ゆっくりと、重たい何かが移動してくるのがわかる。ああ、これだ。6年間背負ってきた、呪いの重さに俺は少し安堵していた。

終わったわよ、というリリーさんの言葉で、俺は唇を離した。

「戻ったわね」

俺の方を見て、野ばらさんが頷いた。咲桜はその場に蹲って泣き出してしまった。

リリーさんは眩暈がするようにその場にへたり込んでしまった。

「チッ・・・力を使いすぎた・・・ちょっと横になるところを早く」

崩れ落ちそうになるリリーさんを、俺と野ばらさんが抱えるようにして布団に運んだ。リリーさんは慣れないことをするもんじゃないわねと悪態をついて、眠りに落ちた。

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