第2話
咲桜が無事に家に入るのを見届けて、我が家の門をくぐった。
居間に居る母さんは、爺ちゃんの遺影にお線香をあげていた。
何ともいえない気持ちになって、自分の部屋のある2階へ上った。
コートを脱いでベットに投げ出し、ギシリと勉強机の椅子に腰掛ける。
手に持っていた、咲桜にもらった誕生日プレゼントをあけた。
毎年、咲桜は俺の誕生日に何かしらのプレゼントで祝ってくれる。嬉しくもない誕生日だが、プレゼントをもらえることでいつも少しだけ救われる気がする。
綺麗にラッピングされた中からはお守りが入っていた。恐らく咲桜が手縫いで作ったのだろう。綺麗な刺繍の文字で、安全祈願の言葉が入っていた。その側に、これまた刺繍で可愛らしくデフォルメされたキツネが飛んでいる。
「お守りにしては、可愛らしすぎるな」
くすっと笑って、そのお守りを携帯にくくりつけた。
あと一年か、と思う。遠いようであっという間だった。
俺は来年の年を迎えることは無い。来年の今頃はこの世に居ないということだ。
はぁっと深い溜息が吐き出された。
と、そのとき、何気なく目を向けたカーテンの向こうの何かと目があった。
ギクリと体をこわばらせる。そこにはギラリと光る目が1つ浮かんでいた。ここは2階だ。足場になるような屋根も木も近くにはない。窓の外は川になっている。ということは、この目の持ち主は、泥棒でも覗き魔でも、人間でさえも無いのだ。
コン、コンと窓を叩く音がする。何度見ても相変わらず窓の外には目が浮かんでいる。
俺はお守りのついた携帯を握り締め、ゆっくりと椅子を立ち上がり、窓の外の目を見つめながら部屋を出た。視線が、俺の後を舐めるように追いかけてくる。
部屋を出たら一目散に廊下を抜けて階段を駆け下りた。
鏡に反射して、廊下の窓に何かの影が動くのが見えた気がした。
ゾッとした思いをしながら転げるように階段を下りていき、炬燵に舞い戻った。線香をあげおえて蝋燭の火を消していた母さんが、どうしたの?と問いかけてきた。
怖がらせないように、何でもないとぶっきら棒に答えて首まで炬燵に潜り込む。暖かい空気に包まれて、縮み上がっていた六腑が一気に緩むようだ。
「俺、今日はテレビ見たい気分だから、ここで寝るわ」
「え、風邪ひくわよ」
母さんは何度も俺を炬燵から追い出そうとしたが、頑なに出ようとしない俺に何かを悟ったのか、それ以上何も言わなかった。母さんも炬燵に入って、みかんを向きながら正月気分に湧くテレビ番組を見やった。
「誕生日、おめでとうね、樹。もう、16歳なのね」
母さんは、何気なくそう呟いた。母さんの表情は俺からは見えなかったが、彼女がどんな思いでその言葉を言ったのかは、理解できている。
「あっという間だったわね・・・あっという間に、あと1年になったのね」
「そうだな」
「お参り、ちゃんとしてきた?」
「してきたよ」
母さんはふうっと溜息をついた。
「樹が17歳を迎えられないなんて、今でも信じられないわ・・・母さんが代わってあげられたら・・・」
「それは言わないって約束だろ!」
俺は思わず声を荒げて言ってしまった。その言葉は俺の嫌な記憶を呼び覚ますから、母さんが口にするたびに俺は怒っていた。
ごめんね、と母さんに言われて、母さんは少しも悪くないのに上手く返せない。母さんはその場の空気を取り繕うように笑顔を作って、サッと立ち上がった。
「お誕生日のお祝い、する?ケーキは一応、買ってあるわよ」
「いいよ、食欲無いから、明日食べる。ちなみにどこのケーキ?」
「聞いて驚きなさい、MONAKAのケーキよ!」
え!俺は身を乗り出して聞き返した。MONAKAのケーキだって!?あそこのケーキは一個500円以上する高級スイーツ店であり、味が良いと評判なのだ。
「しかもね、1日限定10名様までのザッハトルテもゲットしたわよ。食べるでしょ?」
俺は思わずガッツポーズを取った。MONAKAのザッハトルテは美味いことでご近所界隈では専ら有名なのだ。ベルギーだかの外国の希少なチョコレートを直輸入して濃厚に作りあげられたため、一口食べれば少しビターな生チョコレートのような味わいだという。渋めの香り高い紅茶と一緒に食べるとそれはそれは美味いだろう。
「あんたの考えてることはお見通しよ~?これは今年の誕生日プレゼントです!」
そういって母さんが机に取り出したのは、英国王室御用達の有名な紅茶ブランドの見事なアソートパックだった。
俺はその日俺の持てる最高の賛辞の言葉を、どや顔をする母さんにこれでもかと浴びせかけた。
ハッと目が覚めると辺りが真っ暗だった。
炬燵でそのまま眠ってしまったのだろう。母さんは寝室に戻ってしまったらしい。
外はまだ真っ暗で、朝日が昇るのはまだ時間がかかりそうだ。変な時間に目が覚めてしまったらしい。
付けっぱなしの炬燵に熱せられた身体に、ふと冷たい指が絡みついた。
ヒッという情けない声をあげて、俺はそのまま金縛りにあってしまった。ぺたぺたと身体に張り付いてくる氷のような指。炬燵の中だからその姿は見えないが、俺は冷や汗をかきながら南無阿弥陀仏を念じた。
すると、炬燵の中からひそひそと喋り声まで聞こえてきた。女の声のようなその声が、時折触れる冷たい手の動く合間合間に聴こえてくる。必死で念仏を唱えて抜け出そうとする。
時間がやけにゆっくり流れているような気がして、気を失いそうだ。早く、早く朝が来てくれ!と願った。
ぶんっと音がしてテレビが勝手についた。もちろんテレビのリモコンなど押していない。この時間は何も放送をしていないのか、ザーッという砂嵐の音がしている。
テレビのおかげで少し辺りが明るくなった。そして、テレビの横、炬燵の前辺りに誰かが立っていることが分かった。
じっとそいつは立ったままで俺を見下ろしている。その上半身は暗闇にまぎれて見えなかった。
炬燵の中では相変わらずゾッとするほど冷たい手が触りながら何かを喋っている。俺は身じろぎも出来ず、この異様な光景に耐えるしかなかった。
「・・・・ア・・・・ジャ・・・」
段々とその声が大きくなってきて何を言っているのかが分かってきた。
「アタマハドコジャアタマハドコジャアタマハドコジャアタマハドコジャアタマハドコジャ」
炬燵の俺が入っているところがゆっくりと持ち上がり何かが這い出て来る感触がある。
持ち上がった炬燵布団の中から、目が真っ黒のばあさんが這い出てきたところで俺は意識を失った。




