第19話
俺たちは久しぶりにファミレスに集結していた。
野ばらさんは俺たちの姿を見て驚いていた。
一目で、俺に取り憑いていた神が咲桜に取り憑いたことが分かったのだろう。
そこで咲桜は、実は自分がブラインド体質なのだと打ち明けた。
「ブラインド体質?なんだそれは」
「霊に全く影響を受けない珍しい体質なんだって。私、霊感がないと思ってたけど、無いどころか霊からも私のことが見えない、干渉を受けない体質みたい。たまに私みたいにブラインド体質で霊を見ることも影響を受けることもない人がいるらしいの」
「確かに、そういう話は聞くけど、私も始めて遭遇したわ」
野ばらさんが感嘆して言った。非常にレアなケースらしい。
「どこでブラインド体質って知ったの?」
「牡丹おばあちゃんから聞いたの。牡丹おばあちゃんは私の親戚なのよ」
初耳だ。そうだったのか。
「咲桜はとても珍しい体質だから、神様に感謝しておきなさいって教えられていた。だから私だったら、神憑きにあっても影響を受けないんじゃないかって、考えたの」
そうなのか?野ばらさんはわからないと応えた。
「霊や妖怪相手、また呪物に対しては全く影響を受けないだでしょう。相手から認識されないから攻撃も受けないし、こちらからも相手が見えることはない。ただ、神相手にどうかは聞いたことないからな・・・」
「でもなぜ狐面の女は咲桜をターゲットにしたんだ?」
「それは・・・」
咲桜が言いよどんだ。
「引き寄せの術を使ったわね」
野ばらさんが指摘した。咲桜は渋々頷いた。
「引き寄せの術とは?」
「霊的な対象のターゲットを他に向ける術。時に紙等で人型を作って、呪われた人の身代わりとする時に使われるわ。それを自分相手に使ったのね」
「つまり、狐面の女を自分に引き寄せたと?身代わりになるために?」
俺は驚愕の目で咲桜を見た。なぜ、そんなことを・・・!
「この間、村に行ったときに牡丹おばあちゃんの書斎を漁って、その術のやり方を知ったわ。本当に効くかは分からなかったけど、私には効くっていう確信があった」
「なぜ、なぜだ!?なんてことをしたんだ!ブラインド体質だからといって、神相手には無事かどうか分からないんだろ!?何で態々自分を神憑きにさせたんだ!?」
「本当は、私のはずだったの!」
咲桜は目にいっぱい涙を溜めていた。
「いっちゃんは覚えていないみたいだけど、私達ずっと幼馴染だったのよ?小学校だって同じだった。もちろん学校行事は一緒に行くことになる。いっちゃんが神憑きにあったキャンプの時も、私一緒に行ってたんだよ」
咲桜は泣きながら語った。あの時、狐面の女の人を最初に見つけたのは咲桜だった。あの女の人、呼んでるよ、と一緒にいた俺に話しかけたらしい。俺は、咲桜は危ないからここにいろと言って、その狐面の女のところに一人で行ってしまった。それが、咲桜の生涯一度きりの霊体験だったらしい。その後俺が失踪したために、キャンプはすぐ中止になって帰されたのだそうだ。
「最初に見つかったのは私だった!呼ばれていたのは私だった!私が、神憑きになるはずだった!17歳で死ぬ運命だったのは私だった!ずっと、ずっといっちゃんが苦しむたびに、罪悪感ばかりが溜まっていったの」
いっちゃんが霊を怖がるたびに、霊能者の人が失踪して自分のせいだって自分を責めるたびに、少しずつ死ぬ覚悟をして、生きることを諦めていくたびに、私は辛くて仕方がなかったと、咲桜は泣きながら訴えた。
「あの時、私がいっちゃんに言わずに一人で行っておけば・・・私がブラインド体質だから誰の犠牲もなく終わっていたかもしれないのに・・・。私のせいでいっちゃんを殺させたりしない、絶対に生贄になんてさせないって思って、引き寄せの術を使ったの。私に取り憑いたかは分からなかったけど、香澄ちゃんには見えたみたいね」
「なんでそんな危ないことを!本当に無事に済むか分からないだろ・・・現に、ブラインド体質のはずなのに、狐面の女の顔は見えた・・・。それが神にブラインド体質は効かないことを現しているんじゃないのか?」
「もし、死んだとしても、それは私の運命。私のせいでいっちゃんを失わうことになるよりは、よっぽどましだわ」
「そんなの、俺は嫌だ!」
俺はテーブルに載せたこぶしを振るわせた。咲桜が、神の生贄として犠牲になるかもしれない。
「咲桜さんの誕生日は?」
野ばらさんが尋ねた。
「12月、24日です・・・」
野ばらさんは溜息をついた。タイムリミットが、縮まってしまったのだ。今はもう11月に突入していた。
「どうする?諦めるの?」
野ばらさんが俺に聞いたが、俺の答えは決まっていた。俺はテーブルに手を突いて頭を下げた。
「お願いします・・・咲桜を助けてやってください!俺が頼む権利はもうないのかもしれないですが、お願いします!どうか、咲桜を助けてやってください」
俺は野ばらさんに頼み込んだ。野ばらさんは少し考え込んでから、承諾した。
「私も、あれから少し考えていたんだけど、もしかしたらやり方を間違ったのかもしれないと思うの・・・。もう少し、山神のことについて調べた方がいいかもしれない」
「それが賢明でしょう」
真後ろの席から声がした。驚く俺たちが注目していると、ひょこっと顔を出したのはあの綾女さんだった。今回は私服を着ていたが、パーカーにジーンズという何ともボーイッシュな格好だ。どう見ても男の子にしか見えない。
「な、綾女さん!?なぜここに!?」
「師匠伝いであなたが神落としを諦めたと聞きまして。いくつか気になることもありましたし、師匠がお前の勉強になるだろうからってこっちに送ってくれたのです。偶然、通りすがりにばったりあなた達の姿を見つけて、盗み聞きさせてもらいましたー」
にぃと笑うと綾女さんは座席を移動してきた。
「送ってくれたって、しばらくこちらに?」
「ええ、師匠が話を付けてくれて、こちらの神社に居候をすることになりました」
そして俺と咲桜を交互に興味深く眺めた。
「本当に入れ替わってるのですね。しかもブラインド体質って、珍しいな~」
「それで、気になることって?」
うーんと綾女さんは考え込んだ後、とりあえず山神に関する資料を全て見せてくれといわれた。
俺たちはかなりファミレスで目立っていたこともあり、俺の家に場所を移すことにした。
母さんたちは出かけていたので、居間でお茶を出しながら咲桜と香澄が掻き集めてくれた文献をざっと紹介した。綾女さんは凄い勢いで読み飛ばしていく。どうやら速読が得意のようだ。読み飛ばしていきながら、気になった箇所が来るとじっくり読み込んでいった。
「ふーん、やっぱりね」
大体の内容を把握した綾女さんは納得したように呟いた。
「何かわかりました?」
「生贄は数年に一度と言われていますが、非常に正確なスケジュールで現われています」
村で起こった事件や行方不明者の名簿によると、過去に同じような死に方をしているものが10名いた。
すべて17歳で失踪し、山の中で四肢断裂、獣に食い荒らされて見つかっている。俺は生贄の死に様にゾッとした。そういった失踪と死体の発見が始まったのが約100年ほど前。そして確かに10年周期で誰かが生贄になっている。
「これは仮説ですが、ターゲットになる子どもは10歳前後だと思われます。桐矢さんがターゲットになったときは10歳だったのですよね?それから17歳になったらターゲットが死ぬ。そして、2~3年後に10歳前後の次のターゲットが決まる。それで10年サイクルの生贄が完成する」
「それがどういうことになるんだ?」
「普通だったら、それを知っている人は、きっと10歳前後の子どもを村に留めて置きたくないと思うはず。でも、そのことを知っている人はあまり村にはいなかった。桐矢さんのお爺さんでさえ、長年村で過ごしていたのにそのことを知らなかった。知っていたら新たなターゲット選定期間中に、10歳の孫を村には近寄らせなかったはずです」
確かに、そのとおりだ。爺ちゃんはことが起きるまで、何も知らなかったようだし、山神の話も噂程度にしか思っていなかったようだ。
「話を聞いてからずっと不思議だったのです。そんな定期的に犠牲者が出るようなところに、人が無防備に住み続けるなんて。だから、誰かが意図的に隠してるんじゃないかって」
綾女さんの鋭い意見に感服した。この子は頭の回転が凄まじく良いらしい。
「誰かって、一体誰が?」
「咲桜さんが調べてくれた資料の中に、代々村長の家系図がありました。それをみると、村長の家系では最初の代で犠牲者が出ていますが、それ以降誰も犠牲になっていない。なぜならターゲット選定期間中は、10歳前後の子どもをどこか遠くにやっているからです。ほら、ここを見てください」
それは6年ほど前の村内の四方山話が載った資料だった。その年に10歳になる村長の息子は賢いから都会の学校に行ったと書いてある。
「村長家はいつ犠牲者が出るのか、いつターゲット選定期間になり、何歳の子どもが危ないかをよく知っていた。恐らく、最初の犠牲者を出した家系だから、何かを知っているはずです」
「そんな・・・まさか・・・」
俺は村長の柏爺ちゃんのことを思い出していた。確かに、オシラ様に関して一番詳しかったのは柏爺ちゃんだった。
「そして、これは推測なんですが・・・ターゲット選定期間中に村の外部から子どもを集めている節があります。桐矢さんの学校もキャンプをしにあの山に入ったのですよね?」
そういえば、なぜキャンプ場があそこに決まったのだろう。考えてみたこともなかったが、小学校のキャンプ程度だったら他にも沢山候補地はあったはずだ。
「村からは犠牲者を出したくなかった。だからその期間に優良なキャンプ場として施設を開放し宣伝して子ども達を集めた。折角外から集めたのに、まさか村人の孫がその中に居てターゲットにされるとは思わなかったでしょうけどね」
「な、なぜそんなことを・・・その期間が分かっているなら、村に子どもを寄せ付けなければ良かったはずだ」
「普通はそうですよね」
綾女さんは頷いた。
「恐らく、生贄を絶やせない事情があったはず。それは、本人達に聞かないと分からないことですけど、ほら、ここを見てください」
イベント関連の資料に綾女さんが次々と丸をつけていった。30年ほど前からの記録資料に丸が3つついた。その期間にはキャンプ場を広く子ども達向けに解放するという告知を出したという報告が載っていた。
「この期間は全てターゲット選定期間と合致します」
俺たちは愕然とした。村長が、組織ぐるみで生贄を出していたなんて・・・しかも村人にも教えず、自分の家系の子どもは外に出して、外部の子どもを集めていた。
「なぜ、生贄を絶やせなかったのか、どうしてこの生贄の儀式が始まったのか、それを調べると今回の解決の糸口が見つかるかもしれませんよ」
綾女さんはそう言って資料を閉じた。咲桜は凄い・・・と感激している。
「そういえばこの間村に行ったときも、樹くんは帰ってきてやしないだろうなって、柏のお爺ちゃんが様子を見に来てたわ」
「そうなのか?何か言ってたか?」
「もうすぐあの子も17歳じゃ・・・って言ってた。元気にしとるのか?ってしきりにいっちゃんのことを気にしていたわ」
「そりゃあ気になるでしょうね。桐矢さんが亡くなったらすぐに次のターゲット選定期間となる。そうなったら外部から子どもを集めなきゃいけないんですから」
綾女さんの推測は全て的を得ているようなものばかりだ。
「確かに、そもそもなぜ生贄の儀式が始まったのかを明確にしていなかったわね」
野ばらさんも納得しているようだ。
「とにかく、村長に事情を聞きに行きましょう」
俺は焦っていた。もう時間がないのだ!
「村長が簡単に口を割るとも思いませんが・・・」
「それでもやっと見つけた手掛かりだ。何が何でも解明してやる」
綾女さんもそれには賛成してくれた。
「じゃあ、早速村に行く手はずを整えましょう。僕ももちろん行きますよ?」
「私は仕事を休めるか聞いてみる。そんな長い期間休むんだったら辞めないといけないかもしれないけど、別に副業だし構わないわ」
「そうですか、桐矢さんや咲桜さんは学校があるでしょうけど・・・」
「親を説得して休みます。咲桜は大丈夫か?俺からもご両親に説明しに行くけど・・・。お前の命がかかっているんだ、何とか説得させないと」
「大丈夫。なんとか説得してみるわ」
咲桜は頷いてにこっと笑った。
そうして俺たちは半ば強行に村へ長期で出かける手はずを整えた。親は何度説得しても心配そうにしていた。当然だ、いつ帰ってくるかも分からない上、もう二度と帰ってこないかもしれないのだ。毎日電話を入れることを条件に許してもらえた。
椿には嘘をついておいた。説明すると自分も着いてくると言いかねないのだ。
俺たちが村に出発した頃にはもう11月中旬になっていた。タイムリミットまであと1ヶ月しかない・・・。




