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第12話

だんだんと世間が春めいてきて、期末テストの時期になってきた。椿のたっての希望で俺は放課後、彼女に数学を教えることになった。代わりに俺は彼女が得意な英語を教えてもらうことにしたが、俺のやる気の無さにいつも彼女を怒らせてしまうはめになった。いつも一緒に帰る俺たちが当たり前になってきて、校内で俺と椿の交際は当たり前に認められるようになってきた。

「桐矢くん、ご飯一緒食べよ」

椿が教室にやって来て昼ご飯を誘ってきた。うちの学校は弁当か購買しかなかったので、俺はいつも購買で適当にパンを買っていたのだが、どうやら彼女は作ってきてくれたらしい。

なぜぼっちでただ交際してるフリをしている俺にそこまでしてくれるのか分からないが、手作りの料理は好きなのでいただくことにした。

教室でヒソヒソと噂話をしている様子が伝わってきたが、俺は気にせず彼女について教室を出た。

今日は小春日和のぽかぽか陽気だったため俺たちは外で食べることにした。中庭の花壇に腰掛けて、椿がお弁当を開くと美味そうなおかずが並んでいた。

「あんまり作ったこと無いから、美味しいか分からないけど・・・」

グルメハンターの俺をなめないでほしい。一目見ただけでもどれだけ手がかかっているか一目瞭然だ。口を付けてみたがなかなかの味だった。

「ん、美味しい」

「ホント?」

「ホントホント。椿は料理が上手なんだな。特にこの出し巻き卵が美味い」

「お母さんにも手伝ってもらったんだけど、その卵は料理の本を見ながら一人で作ったのよ」

椿は得意げにそう話した。

その時、中庭を通りがかった数人の男子生徒がこちらを見つけて、ニヤニヤしながら仲間の一人の男子をからかっていた。

椿ははっと顔を曇らせてそちら側を見ないように顔を背けた。

「知り合いか?」

「うん、元彼・・・」

確かにからかわれている彼は、イケメンでバスケ部エースと言われている、ハイスペック男子だった。椿にお似合いな感じがする。

彼は友達にからかわれて嫌そうにしていた。

「もうほかの男と付き合ってるとか、とんだビッチだよな」

そう言って笑い合っている声が聞こえてきた。椿は泣きそうな顔をしている。俺はもぐもぐと椿の弁当を食べながら、あいつら馬鹿だなぁと呟いた。

「こんなに美味い弁当食べ損なって、馬鹿だよな。椿と付き合ってたら食えたのにな」

そういうと、椿がそうね、馬鹿よねといって笑った。俺が弁当を食べながら無表情でじっとみつめるので、気まずそうに先ほどの男子達は去っていった。

その後もどことなく椿の元気は無かったので、俺は気分転換をしに行こうと誘った。

昼の授業をサボって、俺と椿は制服のまま電車を乗り継いで海に出かけた。

「桐矢くんって、意外とサボったりしちゃうんだね」

「え、やったことない?」

「無いよ、当たり前じゃん」

「結構サボってるやついるけどな。まあ、底辺バカ高と言われてるだけあって一回も問題になったこと無いけど」

電車の窓を少しあけると、気持ちいい潮風が入ってきた。

「なんか、桐矢くんって初めの印象と全然違うや」

ゆるふわのロング髪をはためかせながら、少し微笑んで椿がそう言った。

「一体どんなやつって思ってたんだ?」

「同じクラスじゃないからあまり知らなかったけど、いつも一人でいるしあんまり喋らないし、学校にもあんまり来てなかったから」

「つまり、根暗なぼっちの引きこもりと思ってた?」

椿はくすくす笑って否定しなかった。チクショウ、分かっててもムカつくな。

「でも、数学が出来て頭良いし、優しいし、話してて楽しいし、意外とふらっとサボったりしちゃうし。桐矢くんに恋人のふり頼んで、良かった」

「そうか、そりゃ良かったよ。お、着いたぜ」

駅に降り立った俺たちは、海岸線の道路を歩いて砂浜に降り立った。夕方が近づいている砂浜は、平日だから誰もいなくてすごく静かだった。

心地の良い風が吹いていて、打ち付ける並みの音だけが聞こえる。

「なんか、制服デートで海って、ロマンチックね」

椿は靴を脱いで裸足になると、さくさくと砂浜を歩き出した。俺も靴を脱いでズボンの裾をまくるとその後を追った。

制服のスカートが風に揺れて椿の長くて細い足がすらっと伸びているのがよく分かる。躊躇無く波打ち際まで歩いていくと波の中に足を踏み入れた。

「冷たい!」

「そりゃそうだろ、今まだ3月だぞ」

俺は呆れながら波打ち際ではしゃぐ彼女を見ていた。

「桐矢くんも入りなよ!気持ち良いよ~」

「俺は良いよ」

椿は俺の手を取ると無理やり引っ張って波のほうまでつれてきた。

「うお、つめた!」

「でしょー」

くすくすと笑う彼女が夕日に照らされてキラキラ光っているようで、見とれてしまう。

えいっと彼女が足を振り上げて水沫を飛ばしてきた。

「ちょ、やめ、やめろって」

冷たい水がかかるのを俺が慌てて避けようとしてるのが楽しいらしくけらけらと笑っていた。

ふと彼女の後ろから大型の波がやってくるのが見えて、俺は思わず椿の腕を取って強引に自分の方へ引き寄せた。

ざぱーんと言う音を立てて波が打ちつける。俺は椿をかばったせいで腰近くまで水がかかってしまった。やっちまった・・・。

大丈夫か?と腕の中の椿に声をかけると、椿は少し顔を赤らめて、う、うんと返事をした。

俺たちはその後も波打ち際ギリギリの湿った砂の上を話をしながら散歩した。

「私、こういう風にちゃんとデートしたことって、実はあんまり無いんだ」

椿は歩きながらそういった。

「すぐに分かれちゃうからデートって数えるほどしかしたことない。だから、ありがと、連れて来てくれて」

前を歩いていた椿が振り返ってはにかみながらそういった。こんな顔をするんだな、と俺はちょっとドキッとした。

「椿、これ」

俺は肩から斜めがけしていたカバンから小包を取り出した。

「え、何これ?」

「お返し。バレンタインの」

「あ、そういえば今日って・・・」

そう、ホワイトデーだ。

「今日で1ヶ月だな」

俺が笑いながら渡すと、椿は泣きそうになりながら微笑んだ。

「うん、うん。ありがと、嬉しい!」

「ツバキ切りももう封印だな」

「そうだね・・・桐矢くんのおかげだね」

「暗くなってきたからそろそろ帰ろうか」

夕焼けに海が染まって少しずつ辺りが暗くなってきた。

俺たちはタオルなんか持って来ていなかったから、素足のままコンクリートの上を歩いて水気を落とすことにした。

「ねえ、桐矢くん、私ね、私・・・」

前を歩いていた椿が振り返ったので、俺はなんだ?と尋ねた。椿は俺を見た瞬間、ピタッと足を止めて目を見開いた。何か、凄く恐ろしいものを見たように顔を強張らせた。

「どうしたんだ?椿」

近づこうとするとさっと椿が後ずさった。

「い、今桐矢くんの側に・・・変なのがいた・・・」

俺もぴたりと動きを止めた。夕暮れの間際、俺の側に何か人ならざるものがいたのだ。

「なんか、一瞬だけど、凄く背が高くて頭が小さくて手足が凄く細くて長くて、真っ黒で、キツネみたいな耳があって・・・にたにた笑いながら桐澤くんの隣に立ってた・・・」

「椿、早く帰るぞ」

俺は震える手で椿の手を取ると足が濡れてるのも構わず靴を履いてすぐに駅に向かった。

「な、なんなの今の・・・」

「多分、俺に取り憑いている山神だ・・・夜は危ない、すぐに帰ろう」

「わ、分かった・・・」

駅にたどり着くと丁度電車がやってきていたので俺たちは飛び乗った。

俺も椿も電車の座席に座ると上がった息を整えようとやっと一息ついた。

「この電車に乗ってれば、1時間くらいで帰れるだろう」

椿はまだ混乱しているようで手の震えが止まらない。俺は落ち着くように背中を摩ってやった。

「今まで、いろんな怖いものを見てきたけど・・・あんなに怖いものを見たのは初めて・・・アレが桐矢くんに取りついて殺そうとしているの・・・!?」

電車の中には俺と椿と、あと一人女性が座っているだけだった。人目もはばからず怯える椿の様子に俺は少し罪悪感を感じた。

「ごめん、怖いもの見せたな」

「桐矢くんのせいじゃないじゃない!」

「俺にはあまり近寄らない方が良いかもな。怖い思いをさせてしまう」

「嫌よ!そんなの!」

椿が叫んだ。離れたところに座っている女性が、俺たちが騒がしいせいかちらっとこちらの方を向いた。

「・・・る・・・・・・せ・・・・・・・・・こ」

女性が何か呟いている。俺たちが騒がしいのを注意されたのかと思ったが、何か様子がおかしい。女性は俯いたまま、長い髪が顔を覆っていて表情が見えない。

「・・・お前・・・殺し・・・死ね・・・」

女性がふらっと立ち上がった。何かおかしい。女性に生きている感じがしないのだ。

女性が少しずつこちらに歩いてくる。一歩一歩踏みしめるような歩き方が不自然だ。ぽたぽたと雫が落ちて、女性が全身ぐっしょり水で濡れていることが分かった。足跡が転々とついている。

俺は椿を背中にかばった。

「な、なんなの・・・?」

「何か、喋ってる・・・」

女性が近づいてくるにつれ、何を話しているのかが聞こえてきた。

「お前なんか・・・死ねばいいのに・・・お前のせいで・・・殺してやる・・・」

女性の俯いた髪の隙間から血走った目がチラリと見えた。

「くりゅう・・・つばき・・・死んでしまえ・・・」

「え、私?」

「もしかして、また生霊か?」

女は少しずつ近づいてきて真っ青な腕をこちらに伸ばしてきた。

「あの・・・女の・・・せいで・・・くりゅう・・・恨んでやるうううう」

「なんでよ、私が何をしたっていうのよ!」

「やめろ椿、下がれ!」

椿が興奮して叫ぶのを俺は必死で抑えた。

俺はカバンの中から塩を取り出して辺りにまいた。これは長年怪奇現象に襲われる俺の編み出した知恵だった。こうすれば多少霊現象が収まるのだ

やはり女は塩に怯んだようで一定距離から近づいてこようとしない。

「くりゅううううお前なんか・・・お前なんかがなぜ・・・いつきくんと・・・」

え?俺も椿も驚いた。なぜ俺の名前が出てくるのだ。

「そういえば、この子見たことあるかも」

「え?」

「桐矢くんの同じクラスの子じゃない」

言われてみれば、見たことのある顔だった。

「ううううういつきくん・・・あたしが・・・あたしが最初に・・・好きになって・・・誰にも言わずに・・・ずっと好きで・・・」

女は蹲って呻きながら叫び始めた。

「・・・この子、桐矢くんのことが好きだったのね・・・」

な、なんと・・・。顔もいまいち覚えていなかった俺は正直申し訳ないという気持ちでいっぱいだ。

「私が桐矢くんと付き合うふりなんてし始めたから、この子の恨みを買ってしまったのね」

椿が哀れむように言った。俺は、蹲るその子の側に近づいた。椿が危ないわよ!と止めたが構わずに彼女の肩に手を触れた。ゾッとするほど冷たく、ぐっしょりと濡れていた。

「ごめんな、俺気がつかなくて」

まだ蹲ったまま叫んでいた彼女がふと顔を上げた。

「ごめん。好きになってくれてありがとう」

俺がそういうと、彼女は小さくいつきくん・・・と呟くとふっと消えてしまった。やはり生霊だから力が弱く霊などに比べて儚いのだろう。

「き、消えた・・・」

「もう大丈夫だ」

床には水の後が残っただけで綺麗さっぱりとその存在は消えてしまっていた。

「こ、怖かった・・・生霊って、姿を現すこともあるのね・・・」

「そうみたいだな」

「でも、なんだかちょっと可哀想だったわね・・・桐矢くんはその子のこと、どう思ってるの?」

「どうもこうも、正直な話クラスの女子の名前あんまり知らないんだよな・・・体調不良であんまり学校行けてなかったし」

「でも、好きっていってたわよ。これからも同じクラスにいるんでしょ?意識しないの?」

「直接言われたわけじゃないし、彼女自身も言うつもりはなかったのかもしれないしな。もうすぐクラス替えだし、そっとしておくよ」

そういえばバレンタインデーに机に差出人不明のチョコが入っていたな、と思い出した。

「もし告白されたら?ちゃんと答えるの?」

「その時はちゃんと答えるよ。まあでも俺はあと1年の命だし、大切な人とかって作るつもりはないから、どうせ気持ちには応えられない」

椿は、そう・・・と言った後、黙ってしまった。俺たちは2人だけになった電車に揺られて日が暮れた海を眺めながら帰った。

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