第11話
「ああ、あなたの背中の羽ね、烏天狗が取り憑いてるみたいよ」
野ばらさんが口にポテトコロッケを詰め込みつつナポリタンスパゲティをフォークで巻き取りながらそう言った。いつものファミレスで野ばらさんの横にアイスティーを飲む咲桜、その前に俺と椿が座っているが、野ばらさんの相変わらずの食いっぷりに椿がドン引きしているのがわかる。今日は休日なので、初めて椿の私服姿を見たが、モデルをしているだけあってお洒落のレベルが高い。すらっとした細くて長い足にこげ茶のロングブーツを履いて、タイツを着込んだ上に黒いスカートを履いている。その上はニットの柔らかそうな白いセーターを着ている。学校では控えめなメイクが少し濃くなって、耳にはキラッと光る可愛いイヤリング(さすがにピアスは校則違反だから開けられない)をしている。残念ながら胸はそんなに大きくないが、手足が細長くてスタイルが良いと服が2割も3割もお洒落に見える。
「烏天狗って・・・天狗の仲間みたいなもんですか」
「そうそう、鼻の長いほうじゃなくて、嘴がついた顔と黒い羽を持った烏天狗。まあ古来からいる妖怪の一種ね。そう悪さをするやつじゃないし、むしろ自分のことを守ってくれる守護霊みたいに思えば良いんじゃないの?」
「しゅ、守護霊って、私が彼氏と別れまくる被害を被っているんですけど!これから一生独身だったらどうしてくれるんですか」
「何か深い縁があるのか、珍しく烏天狗があんたにご執心みたいね。だから寄ってくる悪い虫をはじいてしまうんでしょう」
「でも、変な黒い影を見たって言う人もいたんですよ!」
「それは烏天狗とは別物ね。あなた、何か不特定多数の前に出る仕事をしていたりする?あなたの周りに生霊がいっぱいストーカーみたいに飛んでるわよ」
俺も椿も思わずゾッとした。
「い、生霊!?」
「そう。芸能活動なんかで、顔を出して活動をしている人は、何かしら強い思いを受けやすいの。執着心だったり羨望だったり嫉妬だったり、そういう強い思いから生霊を飛ばしてしまう人だっているわ」
「確かに、たまに読者モデルとかヘアモデルの仕事をしていますが・・・」
「あと、男関係が派手だったみたいね。生霊に女が多くて、あなたのことを恨めしそうに見てるわ。好きな男を取られた恨みってところかしら」
「そ、それは・・・」
確かに椿は一ヶ月ごとに彼氏を作り変えていた。内実を知らない女子からすると、好きだった男子が椿に取られて一ヶ月で捨てられるたなら恨みがましく思うこともあるかもしれない。
「そ、その生霊を祓ってもらうことって出来るんですか?」
「ただの生霊よ?何も私生活に影響があるものではないし、その内風化して消えていくわよ」
「その烏天狗が生霊を引き寄せてるなんてことは・・・」
「ないわね。むしろ守りの意識が強いから、烏天狗はあなたがそういった生霊や悪いものに悪影響を及ぼされないよう守ってる。でもあなたへの恨みの重いが遂げられない生霊があなたの身の回りの人に何かをしでかすことはあり得るかもしれない」
「何かって・・・」
「身の回りの人がよくケガをしたりしていない?」
椿ははっとしたように黙り込んだ。どうやら心当たりがあるようだ。
「確かに友達が・・・よく切り傷を負ったり打撲で学校を休んだりします・・・。まさか私のせいだったなんて・・・」
「椿のせいではないだろ。生霊が勝手に悪さをしているだけだ」
俺がそういっても椿の顔は曇ったままだった。
「生霊を祓ってあげることは凄く簡単だけど、根本となる烏天狗を祓うことは私は気が進まないわ。それに今はやっと大きな仕事が落ち着いてきて、依頼されている樹くんの件に取り掛かろうとしているところよ。烏天狗なんて大物を落とすことはできないわ」
「そんな・・・」
「この間の、リリーさんに頼むことはできないんですか?」
野ばらさんの言葉に俺がそう尋ねると、うーんと彼女は胸元で手を組んで悩んだ。
「ただの霊ではなく、妖怪や神などの力を持つものを祓うことって祓う側にもかなりのリスクが生じるのよ。リリーも悪魔祓い師としての仕事の大半は悪霊相手。妖怪や神を相手にすることはほぼ無いわ。祓える可能性はゼロではないでしょうけど、リリーもああ見えて腕の立つ祓い屋だから他の案件が立て込んでいて引き受けてはくれないでしょうね」
そんな・・・と椿が絶望的な顔をした。長年思い悩んできた怪異が、払拭される見込みの無いことを教えられたのだ。当然だろう。
「まあ、何か危険を及ぼすものでもないし放って置けばいいのよ」
「俺の案件が終わったら、彼女の依頼を引き受けてはくれませんか?」
俺はそう提案した。俺の祓いの仕事は長くても1年と決まっている。成功してもしなくても1年後には何かしらの結果に終わっているはず。
野ばらさんはそう言う俺を興味深そうに観察しながら、ラーメンを一息に啜った。
「確かに君の案件は1年と決まっているわ。でも私は神落としや妖怪祓いに関しては、自分が気乗りのする案件しか受けていないのよ。何度も言うようだけど危険だしね。そうそう易々と引き受けるわけにはいかないわ」
そうか・・・。彼女ほどの力を持つ能力者でも神や妖怪相手にはよほど慎重にならざるをえないのだろう。過去に俺のお祓いを引き受けた人が悉く不幸になっていったのを目の当たりにしていた俺には、その危険さがよく分かる。
「それより、あなた人の心配をしている場合なの?自分の命があと僅かしかないんだから、もっと自分のことを考えたら?今日だって、あなたの祓いのために時間をとっているのよ?」
確かにそうなのだが、椿の話を聞いた俺にはいても立ってもいられなかったのだ。人智を超えた存在に取り憑かれる椿の存在に、自分を重ね合わせてしまったのだろう。
「え、桐矢くん、命があと僅かって・・・どういうこと!?」
何も知らされていなかった椿が驚くのも無理は無い。俺は出来れば自分の話はあまり知られたくなかった。
「いっちゃんには、神様が取り憑いているの」
咲桜が俺の代わり椿に説明した。
「いっちゃんは、このままだと来年の1月に山神様に取り殺されてしまうの」
椿の顔が信じられないというように見開いた。
「樹くんに取り憑いているものは、あなたの烏天狗と違って明らかに彼の命を狙っている。私は彼に依頼されて神落としをやる祓い屋だけど、成功するかはまだわからないわ。彼に取り憑いている山神は悪霊を呼び寄せている。その悪霊に隠れて山神の本来の気配が辿れない。少しずつ、彼にとり憑いている悪霊を落としながら神落としをしていかないといけないのね。だから今日も本来は彼を取り巻く悪霊を落とすことが本来の任務なのよ」
「神様が取りつくって・・・そんなことがあるんですか」
「ごく稀だけど、確かに報告はあがっているわ。あなたのように妖怪が取り付く案件もね」
「そうなんですか?」
「大体が悪意を持って取り付くんだけど、あなたのように守護することは珍しいわね」
「そうですか・・・分かりました。私に取り憑いている妖怪を祓ってもらうのは諦めます」
え、良いのか?俺は椿があまりにあっさり引き下がったので思わず彼女の方を見た。椿は以外にもさっぱりした顔をしていた。
「生霊は樹くんの悪霊を祓うついでに祓ってあげるわよ」
「ありがとうございます。あの、お礼はどうしたらいいんでしょうか」
「そうね、そんなに難しい案件でもないし、一度だけ私に服を買ってくれたらそれでいいわ」
「え、そんなことで良いんですか」
「あなたお洒落そうだし、私もそろそろ春ものの服がいるなと思ってたのよね」
「私の親がアパレルのショップオーナーをしてるんで、そこの店だったら大体なんでも揃えられますよ」
「ホント?助かるわ~じゃあそういうことで」
野ばらさんは、本当に衣食住関係を喜捨で賄っているのだろう。これなら謝礼をもらわなくとも、生きていくには困らなそうだ。
俺が感心していると、野ばらさんが立ち上がってそろそろ出ましょうといった。
目の前には綺麗に平らげた食器の山々が並んでいる。相変わらず良く食べる。
「彼女の分も含めて、悪霊祓いをしなくちゃね」
そういうと俺たちは連れ立ってファミレスを後にした。
どこに行くのかと思えば、初詣に訪れた近くの神社だった。
「ここですか?」
「そうそう。祓いの儀式をするには打ってつけでしょ」
「そういえばこの間の騒ぎは人段落ついたんですか?」
「まあね~取りあえず鎮めて強引に祓い落としたわ。とても強い呪物だったから一ヶ月もすっからかんになったけどね」
神社の鳥居をくぐると、神主さんが出迎えてくれた。
「この方達が例の?」
「そうそう、この男の子が神憑きにあっている子よ」
神主さんは何とも憐憫の表情で俺を見やって、こちらへどうぞと案内してくれた。
俺たちは小さな境内のご本尊らしい銅像の前に通された。銅像は元は金箔を塗られていたらしく、経年劣化でところどころ禿げてきているが、小さいながら何とも厳かな雰囲気があった。
「すぐに終わると思うけど取りあえず結界を貼ってくれる?」
神主さんは分かりましたと告げると、部屋の四方に塩を盛って榊で何やら祝詞を唱えて言った。
「神主さんと野ばらさんは知り合いなんですか?」
「彼、宮束家で一時期修行をしていたことがあるのよ。その時の知り合いね」
どうみても神主の方が年上そうなのに、あれやこれやとタメ口で指示を出す野ばらさんは、修行時代の先輩後輩関係でもあったのか?と思わされる不思議さだ。
俺は部屋の中央、銅像の前に座らされ、その後ろに咲桜と椿が並んで座っている。
銅像と俺の中間地点、その脇に野ばらさんが中央に対して座った。
野ばらさんの傍らには以前に見た長い杖のようなものが寝かせられていた。
神主さんが銅像に榊を捧げ、反対側に脇に退いて朗々と祝詞をあげ続けている。
その横で、あの雅な服を着た小男がふっと姿を現し、どしんと腰を下ろすと神楽の1節のように笛を吹き始めた。
野ばらさんは半眼になり、不思議な呼吸法で深呼吸をする息の音がかすかに聞こえてくる。
片手に鈴のようなものを持ち、時折キンッと鋭い音を鳴らしていた。
なんとも清廉な空気に俺は身じろぎも出来ずに座っていると、不意に部屋の外からおぞましい獣の叫び声が聞こえた気がした。
野ばらさんも気が付いたように、半眼の目を開いた。
場の空気がふっと暗く、重くなったように感じた。なんだ、と思っていると椿がヒッと悲鳴をあげた。
俺は思わず後ろを振り返ると、俺の後ろにはあの背の高い一つ目の男が立っていて、俺の顔を覗き込んでいた。
すぐ側に一つ目の男の顔があり、にやりと笑うその口の中に夥しいとがった歯が見えて、俺は思わず仰け反った。
「怖がるな、恐怖は目をくらませ心に隙を与える。そうやって命を吸い取ろうとしている。お前はその化け物より強い、と心から信じろ」
野ばらさんの落ち着いた声がそう語った。前にも同じようなことを言われたが、実際に目の前で化け物と退治するとそれは非常に困難な心構えだった。俺はひたすら怖くない、怖くないぞと心で繰り返した。
野ばらさんはスッと立ち上がると傍らの杖を手に取った。
「**************」
トンッと杖を床に突くと、不思議な、あの歌うような呪文を唱えだした。すると、一つ目の男は興奮しはじめ、牙をむき出して俺に襲い掛かってきた。
やっぱり怖いと思わないなんて無理だ!怖すぎる!
俺は慌てて逃げ出したが、部屋の中に逃げられる様な場所などそうそうなく、俺は間一髪一つ目男の脇を通り抜けようとした。しかし、着ていたパーカーのフードがぐっと重くなり、化け物が俺のフードを掴んでいることを察した。慌ててパーカーを脱ぎ去ろうとしたが慌てた手ではチャックがなかなか下ろせない。
「桐矢くん!」
椿が思わず俺に駆け寄ってきた。
「バカ、やめろ、来るな」
椿が俺の手をぐっと引いて俺の頭を抱きしめた。
「私には、烏天狗がついてるんでしょ?!私の側にいれば安全なはずよ!」
振り返ると、俺のフードを掴んだまま、大きな手で俺を捕まえようと伸ばしてくる化け物の姿が見た。
「危ないから、離れてろ!」
椿はそれでも俺を放さず、だが腕が小刻みに震えているのが分かった。こんな化け物は初めてで恐ろしいのだろう。俺はもがいて椿の腕から離れようとしたその時、椿の背中に生えていた黒い羽がずるりと伸びていった。
見る見る間に椿の背中から顔は鳥で黒い羽を生やした山伏姿の烏天狗が現われた。
手に大きな葉っぱを持ち、化け物を一睨みすると、その葉っぱを大きく揺らした。するとどこからとも無く風が吹き始め、化け物が見る見る小さくなっていく。
「へー、面白いな。化け物が悪霊祓いをしてるわ」
野ばらさんは興味深げにこちらを見ていた。傍観しないで助けてくださいよ!と俺は思わず叫んだ。
「分かってるって」
そういうと野ばらさんは何かしらの呪文を唱え、杖を化け物に振りかざした。
そしてくくりつけられたリボンを外すと、やはり青白い文字が杖に浮かび上がってきた。
野ばらさんは杖を大きく振りかぶると化け物めがけて振り落とした。
勢い良く杖が当たった瞬間、化け物は霧散して消えて行ってしまった。
「ふーこれで終わりかな。烏天狗が手伝ってくれたから今回は助かったわ」
烏天狗は鳥のような顔で野ばらのことをしばらく見つめていたかと思うと、また椿の背中に戻っていって元の黒い羽になった。
「本当に、いつも守ってくれていたのね」
椿は自分の背中に生えた翼を軽く撫でながら言った。
「じゃあ後は生霊ね。弱いのばっかだけど、数が多いからさくさく行くわよー」
そういうと野ばらさんは何か違う呪文を唱えだした。すると、そこら中にぼんやりと半透明の人型をした人形が現われてきた。
「きゃっ、何これ」
「これが生霊か・・・」
野ばらさんはそれらを軽く杖で叩いていくと、その生霊達も霧散して消えていった。
「これで終わりね。今後は派手な男関係を自粛すること」
「わ、わかりました・・・」
「あと、気になることは生霊の中で一体思いが強いし新鮮なものがいたわ。あれはごく最近ついた生霊ね。これからも何か悪さをしてくるかもしれないけど、あなた自身は烏天狗が守ってくれて大丈夫でしょう。一体くらいの生霊だったらここの神主でも祓えるし、手に終えなくなったら私に言って」
「は、はい!ありがとうございます!」
椿は嬉しそうに野ばらに礼を言った。
「俺も、ありがとうございました。あの悪霊、いつも俺にまとわりついて正直困っていたんです」
「最近ついたらしい悪霊だったわね。でもまだまだ祓わなきゃいけない悪霊はいっぱいいるわ。これからも悪霊をどんどんひきつけるだろうし、早めに山神の本体に接触したいけど、先は長そうね」
そうなのか。俺にはそんなに悪霊が大量についていたのか。
もとのとおり静まった部屋に野ばらさんの腹の音がぐーっと鳴り響いた。
「ああ、お腹が減った!今日はいつも以上に力を使ったもの」
ええ!さっきあれだけ食べていたのにもう腹が減ったと言うのか?
「野ばらさんは自然霊の力を借りてお祓いをするので、祓いをする度にエネルギーを吸い取られていくんですよ」
神主さんがそう教えてくれた。なるほど、いつも物凄い量を食べていたのは祓い屋の仕事でエネルギーを消費した分を補うためだったのか。
仕方ないが、当分俺のお小遣いは野ばらさんの食費で消えていくことになりそうだ。




