第10話
椿とわかれて家に帰ると、良い匂いが立ち込めていた。
台所には案の定、咲桜が立っていて俺に気がつくと「おかえり、いっちゃん」と言って、食卓に配膳をし始めた。
週に1、2回はこうやって咲桜が我が家で料理をして俺が食べるという習慣があった。俺の親も咲桜の両親も共働きで、平日は帰りが遅くなることがあったので、子ども達がこうやって食卓を一緒にしてくれると一石二鳥らしい。たまには俺も料理を振舞うが、料理好きな咲桜がだいたいさっさと作ってしまうのだった。
「お、また美味しそうだな」
「へへー。でしょ?ハンバーグは私の自信作です」
食卓にはメインのハンバーグを中心に白ご飯、白菜とキノコの味噌汁、揚げ出し豆腐、レンコンの金平、お漬物が並んでいる。
「いただきまーす」
二人揃って食卓を囲むのももう日常的になっている。ハンバーグは自信があるだけあって、絶品だった。あれこれとレシピを聞き出そうとしたが、企業秘密だと言うので味からどんなレシピかあれこれ考える。肉はなかなか良いやつを使っているだろうがどうも一緒に混ぜている玉ねぎ以外に隠し味を入れているようだ。
「いっちゃん、食べることだけは本当に一生懸命だねぇ」
呆れるように咲桜が笑っていった。
「お、バカにしたな?食べることは人が幸せになれる簡単で手ごろで原始的な手段なんだぞ」
「松田くんとしょっちゅう外食してるもんね」
「あれはもはや外食の域ではないんだぞ。美味いものを捜し求めて日夜研鑽を積んでいる、いわば研究かであり探検家のようなものだ。俺と松田くんは自称グルメ研究会を立ち上げて東に美味いカレー屋があるといえば赴き、西に行列の出来るラーメン屋が出来たといえば金をいくらかけても行って食すのだ」
「ただの帰宅部なのにねぇ」
「もはや帰宅部を自称するのもおこがましい、俺たちのように目的を持って帰宅するものをそのカテゴリに置いて良いものか」
「そういっても、ちゃんとお家ご飯の日は帰ってきてくれるんだよね」
「ん?あぁ、当たり前だろ。自宅で食す飯も美味いに限る。咲桜のご飯が美味いからだな」
「ありがと、いっちゃん」
「今度松田くんにも咲桜の飯を食わせてやろう」
「そうだね、松田くんの好きなもの聞いておいて」
咲桜はにこにこしながら俺の話をうんうんと聞いていた。
「そういえば、今日変なことがあってな」
俺は栗生椿が付き合っているふりを俺に頼んできて、俺が了承したことを伝えた。
「ああ見えて、椿も苦労してたんだな。あんな辛そうな顔初めて見た」
「そっか、付き合ってるふりをするんだね。いっちゃん、栗生さんと」
「ああ、半年くらいだけだけどな」
「でもそれって私に言って大丈夫だったの?秘密の話なんでしょ?」
「あ、ああ、そういえばそうだな」
ついいつもの四方山話ついでに話してしまったことに気がついた。
「まあでも大丈夫だろ。咲桜はそんなことを人に言いふらしたりするやつじゃない」
「そうだね、言わないよ。むしろ何でも話してくれて嬉しい」
咲桜はにっこり笑っていった。
気づいたら時間が結構経ってしまっていた。俺は急いで俺と椿の食べた食器を片付けると、テレビの前にいそいそと移動した。炬燵に入ってテレビをオンにする。
暖かいお茶を入れて咲桜も居間にやってきた。
「そろそろ、いっちゃんの好きなお笑い番組が始まる時間だね」
「お笑いも人を幸せにする効果覿面な手段だと俺は思うな」
「そうだね、いっちゃん昔からお笑い好きだもんね」
のほほんという咲桜に、そういえばと俺は手を差し出す。
「今年も用意してるんだろ?例のやつ」
「そうそう。用意してますよー」
そういうと咲桜は冷蔵庫からホールのケーキを出して持ってきた。
「おお、今回は気合が入ってるな」
「家庭科部の腕の上達っぷりをみせませんとね」
咲桜は得意げに炬燵の上にケーキを置いた。
俺の好きなクッキーを底に敷いたのニューヨークスタイルのベイクドチーズケーキだ。腹いっぱい食べた後でもこれはぜひ食べたいやつだ。
咲桜がケーキに少し暖めたナイフを入れると、しっとり濃厚なチーズケーキがサクッと切り取られた。
切り取られたケーキをフォークでつついて口に運ぶ。冷たいチーズの生地が口の中でとろけていく感覚とふんわりと鼻をチーズの香りが抜けていく。チョコ味のクッキーがまた美味くチーズに合う。
「うん、美味い」
「ほんと?良かった」
咲桜も自分の分を取り分けて口に運ぶ。
テレビではお笑い芸人が鉄板ネタを披露していた。わかっていてもついつい笑いがこみ上げてくる。
そういえば、とふと教室で松田くんが俺と咲桜が付き合っていると誤解していたことを思い出した。
「そういや咲桜は好きな人とかいないのか?俺がいつも一緒にいるせいで変な誤解を生んでたりしたら悪いな」
「私は・・・大丈夫。今は好きな人とかどうでも良いっていうか・・・もういっちゃんとは兄弟みたいな仲だから急に離れるなんて逆に寂しいよ」
「まぁな~ガキの頃からなんやかんやでずっと一緒だからな。俺も助かってるし」
「いっちゃん昔はよく熱出してたもんね」
「母さんは仕事だしよく咲桜に看病してもらってたな。急に病弱になったのもあの取り憑かれた一件があってからだった。多分霊の悪い影響を小さい頃はもろに食らってたんだろうな。たまに身体を鍛えるようになって体調も大分ましになったし」
「そういえばたまに走ったりしてるもんね。体育の授業はサボってばっかの癖に」
「仕方ないだろ~集団競技は壊滅的に苦手なんだよ。マラソンの時だけはちゃんと出席してるだろ」
「皆が嫌いなマラソンには欠かさず出るんだもん、不思議がってる人多いって聞いたよ。しかも結構タイムが良いから、樹くんってミステリアスでなんか良いよね、っていう女の子もいるとか?」
「いねーだろ~根暗ぼっち友達少ない男なんて目にも留まってないだろ。学校も休みがちだしな、クラスのやつでまともに話すの松田くんぐらいだぜ?」
「いっちゃんの話たまに噂になってるけどな~あまり話さないのがミステリアスなんじゃない?」
「ただのコミュ障だと思われてるだけだって」
なんか自分で言ってて虚しくなってきた。こういう悲しい気持ちになった時は食うに限る!と俺はひたすらケーキを口に運んでまたお笑い芸人のネタで爆笑した。




