第1話
カウントダウンが盛大にテレビに映る。
「3、2、1! ハッピーニューイヤー!」
紙吹雪や派手な音でテレビの向こうは毎度変わらずお祭り騒ぎだ。炬燵にのったり寝そべり、みかんをむいて口に頬ばった俺、桐矢樹は、うろうろとさ迷わせた手で見つけた携帯を取った。
「あけおメールなら回線パンクしてすぐには来ないでしょ」
「まあそうだけど、一応確認しようと思って。・・・って、咲桜!?」
幼馴染の山吹咲桜がいつの間にか炬燵に入ってきていた。
「咲桜!お前、いつの間に来たんだよ!」
「いっちゃん全然気づかないんだもん」
「いくら家が隣だからって、新年早々なにこっちに来てんだ」
「そんなことより、あけましておめでとう」
俺は急に改まってそういう咲桜に、しぶしぶあけましておめでとうと返すと、咲桜はにっかりと笑った。
「お年賀持ってきた!どうせ隣だから直接渡しに行こうと思って」
そういって咲桜が年賀状を差し出した。そういや毎年年賀状を持って俺んちに来てたな、こいつ。
いつもはだいたい翌朝来てたのになんだって年が明けた瞬間に来たんだ?
俺はいぶかしがりながら年賀状を受け取った。何の変哲も無い、メルヘンな羊が飛び回っている年賀状に、今年もよろしくね!いっちゃんにとって良い一年になりますように、というメッセージが丸文字で書かれている。
「俺はちゃんと投函したからな、明日の朝にならないと渡せないぞ」
分かってる、といって咲桜が炬燵に身を乗り出してきた。暖かそうな白いニットのセーターに、ふっくらとした柔らかそうな膨らみが乗っていて、思わず仰け反りながら凝視してしまう。毎年毎年こいつの胸は身長に反比例してすくすくと育っているようだ。
「な、なんだよ」
「いっちゃん、初詣行こうよ」
「やだよ、外って今雪降ってるんだろ。寒いわ人多いわ面倒くさいわ」
「良いじゃない、行って来なさいよ」
食器の片づけをしていた母さんが居間にやって来て、「どうせごろごろしてるだけでしょ、行ってきなさい。神様に一年分のご利益もらってきなさい」と咲桜に加勢した。
追い出されるように支度をして、渋々初詣に行くことになった俺は、厚手のダウンコートとマフラーに手袋をして、近くの神社に出かけた。
深夜0時を回っているというのに、新年だからかちらほらと人がいる。歩道に雪がうっすら積もりかけていて、辺りは暗闇に沈みこんではいなかった。
隣の咲桜は柔らかい猫っ毛をマフラーに絡ませながら白い息を弾ませている。背丈が俺の頭二つ分くらい低い咲桜はコンパスも短い。少しでも先に行くとむくれながら優しくないと文句を言われるので、俺はいつもの通りなるべくゆっくり歩くようにした。
神社に着いたら、このクソ寒い中何を好き好んでか、沢山の人でごった返していたが、小さい神社なので少し待つとすぐにお賽銭を投げられる位置までやってきた。
俺は財布の中の小銭を放り投げながら、“童貞が捨てられますように!”と強く神頼みをした。手を合わせてふがふがと祈り終わり、咲桜の方を見ると彼女も手を合わせて何かを熱心に祈っていた。柔らかそうなほっぺたに雪が降り注ぐのも構わずに、結構な時間をかけて咲桜は祈っていた。
「お前さ、何をそんなに熱心にお祈りしてたんだ?」
お参りを済ませてからおみくじ売り場に並んでいた時に聞いてみると、内緒!と返された。
「お願いは人に言ったら効果が出ないって言うでしょ。そういういっちゃんは何をお願いしたの?」
俺は慌てて、俺も内緒だ!と返した。
引いたおみくじは大吉だった。運勢はチャンス到来!だし、願望はすべて叶う、待ち人は来るし縁談はよしだそうだ。
「いっちゃんすごいね!良いことづくしだね!」
「おお、今まで凶ばかりだったからな、今年は良いことあるかもな。咲桜はどうだったんだよ。良いこと書いてあったか?」
「それがまさかの凶なの!初めて引いたよ~」
ははは、俺の運の悪さが移ったか。咲桜は見かけによらぬ素早さで、おみくじを木にくくりつけにいってしまった。
咲桜を見送りながら、ぼんやり群集を見やっていると、俺は思わずぎょっとした。
人だかりの中にすっくと背の高い人がいる。背が高いなんてもんではない、周りにいる成人男性の頭がその人の腰ほどにしか届かない。俯いて顔は見えないが、人だかりの中で上半身が抜きん出て現われ目立っていた。それにもかかわらず、周りの人たちは誰もそいつの異様さが目に入っていないかのように通り過ぎていく。
驚いたまま俺が凝視していると、俯いて見えなかった顔がくるりとこちらを向いた。
その顔には目が1つしかなかった。隻眼というわけではない。鼻の延びてくる付け根の辺りに、大きな目が1つぎょろりと乗っかっていた。一気に鳥肌が立ち、後ずさった。するとそいつは、にやりと無気味に笑って、人を掻き分けて俺のほうに歩み寄り始めた。
しまった!完全にロックオンされた!
俺はちょうど戻ってきた咲桜の手を強引に引いて小走りに神社を後にした。
咲桜は驚いたようにして、「どうしたの、いっちゃん?」と尋ねてくる。
俺は雪の上をざくざくと走りながら後ろを振り返ると、咲桜の後方に一つ目の背の高い人がにたにたと笑いながら追いかけてきているのが見えた。
くそ!神社では今までこんなことなかったって言うのに!
混乱する頭で境内の方をみやる。なにやら神主らしい男性や巫女らしい服を着た人が慌しく走り回ったりばたついていた。
境内の屋根には、いつもいるはずの雅な笛を吹く小男の姿が無い。とにかくいつもの神社とは様子が違ってしまったようだ。何があったというのだ・・・!?
一つ目ののっぽの男はしばらく走っていると見えなくなった。
家に近い神社だからと油断していたが、ここまで来れば危険は無いだろう。
「いっちゃん、もしかして、また、見たの?」
はあはあと息を切らせながら咲桜が問いかけた。俺は、バツの悪い顔をしながら頷くしかなかった。
「今まで、神社で出たことなんてないのにね・・・」
「ああ、何か異変が起きたか、俺が起こしてしまったか・・・」
「いっちゃん、いっちゃんのせいじゃないよ・・・」
咲桜はまだ不安そうな顔で暗闇を見つめている。その暗闇から、いつ先ほどの化け物が現われるか分からない。
「咲桜、もう家に戻れ。夜に出歩くのは危ない」
うん、わかったと頷いて、咲桜は何かをかばんから取り出した。
「いっちゃん、これあげる。お誕生日おめでとう」
そういって差し出された小包を、俺はか細い声でありがとうと言いながら受け取った。
心なしか咲桜の指も震えている。
今日は、新年を祝う日でもあり、俺の誕生日でもある。
俺の、16歳の誕生日だ。
そして、必然的に俺に残された時間は、あと1年ということになる。
なぜなら、俺は17歳で死ぬ運命だからだ。




