96 投手
5月の黄金週間も明けたのだが、どうにも5月病だと言われているオレとミツヤ。
さすがに3年の後すぐにの追加2年で殆ど5年の旅の明けなので、いきなりこちらの生活に合わないのだ。
夢オチにされた連中とは訳が違い、毎日の活動は全てリアルに覚えている。
なのでついつい、魔法を使いそうになって慌てて止めたりしてしまうのだ。
そんな、普段とは違った行いに、5月病などという言葉を当てはめる。
確かに無気力だったり、疲労感、食欲不振、やる気が出ない、人との関わりが億劫などだ。
だから合っていると言えば合っているんだけど、疲労感は精神疲労の後遺症で、食欲不振は人間の食い物に対してであり、やる気は出ないが殺る気は旺盛なのであり、人との関わりはその生死のみ旺盛に……つまり、いきなり戦いの無い世界に戻ったせいで、戦闘ぼけとでも言うべき状態になっているようだ。
なんせ、向こうの世界じゃ争いは命の取り合いに発展する事も、ごく当たり前に行われていた。
それですっかり慣れてしまったから、制御しないとついうっかり殺ってしまいそうなのだ。
なので2人とも、妙に挙動不審になっており、ちょっかいを掛けられたら、大げさに反応してしまい、かえって絡まれる原因になっていた。
「ヤバいなこれは」
「そのうち殺りそうでよ」
「つい、うっかりな」
「頼むからもう手を出して来るなよな」
「もうチョイ封印強くしてくれねぇか。手加減してもまだ多いみてぇでよ」
【封印】
「くっ、動け、ん」
「これ、は、ちょい、と、強すぎ、じゃ」
2人してなめくじになった部室の中。
しばらくのそのそと這い回っていたが、何とか立ち上がる事が出来るようになる。
「はぁぁ、きっついぜ」
「ああ、まともに動けんな」
「けどこれなら、うっかりもねぇだろうしよ」
「小学生と喧嘩しても負けそうだけどよ」
「まあいいや、下手に勝つよりは負けたほうが」
「まあな、どのみち殺せる奴なんていねぇし」
「HP76000になったぜ」
「やけにレベル上げたな」
「迷宮のモンスター、やたら美味くてよ」
「サービスになっているのかもな。あんまり深く行けないから」
「1日3回も食わねぇといけねぇ奴には、ありゃ無理な迷宮だぜ」
「ボックスも無いしな」
「ツキイチ1杯不眠不休で半年チョイだもんよ」
「そりゃ人間には無理だな」
今は部活の時間という事で、オレ達は部室にいる訳なのだが、他のメンツは何処に行ったのやら。
【探査】で探ると違う部活で何かやっているような。
おっかしいな、何をやっているんだ、あいつらは。
あ、戻ってくるのか?
しばらく茶をすすりながらぼんやりしていると、戻って来る奴ら。
「はぁぁ、やっと終わったぜ」
「参るよな。こう毎回言われたんでは」
「けど、他に居ないと言われてはな」
「何してたの? 」
「お前らもやってくれよ」
「だから何を」
「何かよ、うちのクラブの件でよ、人数は足りてるんだけど、その活動目的が無いとか言い出してよ」
「魔術の研究だろうが」
「いや、だからよ、前々からやっていた事らしいんだけど、それを引き継げと言われてよ」
「早い話が助っ人だよ。どうやら先輩達はあちこちのクラブの助っ人をしてたらしくてね、だからこそこんな変な名前のクラブが存続してたらしいんだ」
「それは普通、罠とは言わないか」
「くっくっくっ、違いねぇ」
「けどよ、それはちょっと……」
ダダダダダ……ガラッ……「助けてくれ」
「やれやれ、またかよ」
「はい、クラブ名と助っ人の任務内容は? 」
「野球部でピッチャーだ」
「こんな進学校に野球部なんてあったのか」
「何だと、てめぇ」
「どうどうどう」
「オレは馬かよっ」
新設校で2年目にしての快挙とか、進学校の奇跡とか言われて快進撃のさなか、交通事故で全治3週間になったピッチャーの彼。
その彼に率いられての快挙なので、入院でなし崩しに敗退の危機とか。
そもそも、進学校なので人数もギリギリで、マネージャーも居ないような小さなクラブ。
顧問の先生は野球オンチながら、熱心さだけが取り得とか。
そんなクラブでよく勝てるものだと思うが、なんせピッチャーが超大会級とかって凄い奴で、どうして進学校に来たのかさっぱり分からない奴らしい。
後は、さっき言いかけたんだけど、新設校で2年目で、前々からとかあり得ないのに。
やっぱり学長に騙されてんだろ。
「野球知ってる奴? 」
「観るだけ」
「同じく」
「興味無い」
「バッティングセンターなら何度かあるぜ」
「はい、残念でした」
「お前はどうなんだよ、青山」
「オレに聞くな」
望み薄な様相に、意気消沈な彼だが、にわかに外が騒がしくなる。
どうやら松葉杖を付いた生徒がグラウンドで何か言い合っている。
騒ぎのヌシはどうやらピッチャーの彼のようで、テーピングでどうのこうのと言っている。
「だが、無理したら野球生命が」
「でも、僕が抜けたら投手はどうするの」
「何とかするさ、だからゆっくり休め」
「お、助っ人クラブの連中か」
「魔術同好会だ」
「魔術研究会だろうが。自分のクラブ、間違えんな」
学長だけじゃねぇな。
これはひょっとすると……またかよ。
まあそれはそれとして。
ふーん、この丸い物を投げるのか。
どうにも縫い目が粗いな。
安物かな?
まあいいや、せーの、ほいっ……ダーン。
うん、いい感じ。
せーの、ほいっ……ダーン。
「お、お、お、お前」
「君が僕の代わりに投げてくれるんだね」
「オレ、野球知らないぞ」
「今、投げてたろうが」
「投げるだけだ」
「それで良いから出てくれ」
「良いのか、野球知らないんだぞ」
「何とかなるさ」
図書館の資料の通りにやってみたが、あれで良かったのかねぇ。
玉の投げ方ってのは読んだけど、あんな玉だとは思わなかったな。
絵じゃ丸い玉に模様があるようにしか描いてなくて、本当はあんな縫い目になってんだな。
しかし弱ったな。
野球は知らないと言っているのに、それでも良いって。
野球の試合だろうに。
それからしばらくの間、またしても図書館の眠り子なんて変な異名を付けられた【人形】が鎮座する事になる。
何を言われても動かないので、野球の練習だろうが授業だろうが、閉館と言われても動かない。
(困ったわね……どうされたのです……眠り子が動かないんです……ああ、1年の彼……閉館と言ったのですけど……まあ、良いんじゃない。
彼は好きにして良い事になっているんだし……でも……そりゃ冬とかならだけど、気候も良いし、特に問題は無いでしょ……それはそうですけど)
ふむ、投げ方と打ち方は分かったが、後はルールだな。
試合も色々観たし、大体のところは理解した。
さて、一度帰ってルールブックを覚えるとするか。
おっと、帰る前にサインもらっとこ【暗示誘導】
☆
「うおおおおお」
「どうした、ミツヤ」
「何でこんなところに現役大リーガー達のサインがあるんだよ」
「欲しいのか」
「この中でもこいつ、こいつはサインをしない事で有名な奴じゃねぇかよ」
「そうなのか。いいぞ、やるよ」
「マジかよ、やったぜ……って、コージ、お前、まさか」
「精神体見学コース」
「やるとなったらトコトンだな」
「いや、野球知らないと野球が出来ないだろ」
「そりゃあそうだけどよ」
「よし、覚えた」
「ルールブックかよ」
「ルール知らないと野球が出来ないだろ」
「そりゃあな」
「投げ方もいくつか覚えてな」
「うげ、まさかそこまでやるとはよ」
「球がよ、あっちこっちに曲がるんだ。あれ、面白いよな」
「そんなに言う程に曲がるのかよ」
「魔力で曲げるんだよ。これが本当の魔球だな」
「くっくっくっ、ヤベぇぜ」
「魔術研究会でな、魔力で曲げる魔球の研究って出してみるか? 」
「そんなの検証出来ねぇだろ」
「どのみち絵空事な研究会なんだし、そのまま中二病みたいなレポートで良いだろ」
「つまりあれだよな。魔法の理論をそのまま書くんだよな」
「そうそう、術式だの構築式だの、物質にどういう風に影響するかとか、どういう風に設定すればどういう風に現れるとか」
「殆ど魔導研究機関のレポートになりそうだぜ」
「心配無いさ、中二病で通るからよ」
「くっくっくっ、違いねぇ」




