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さすらいの魔皇子2   作者: 黒田明人
高1 夏休前
96/119

96 投手

 


 5月の黄金週間も明けたのだが、どうにも5月病だと言われているオレとミツヤ。

 さすがに3年の後すぐにの追加2年で殆ど5年の旅の明けなので、いきなりこちらの生活に合わないのだ。

 夢オチにされた連中とは訳が違い、毎日の活動は全てリアルに覚えている。

 なのでついつい、魔法を使いそうになって慌てて止めたりしてしまうのだ。


 そんな、普段とは違った行いに、5月病などという言葉を当てはめる。

 確かに無気力だったり、疲労感、食欲不振、やる気が出ない、人との関わりが億劫などだ。

 だから合っていると言えば合っているんだけど、疲労感は精神疲労の後遺症で、食欲不振は人間の食い物に対してであり、やる気は出ないが殺る気は旺盛なのであり、人との関わりはその生死のみ旺盛に……つまり、いきなり戦いの無い世界に戻ったせいで、戦闘ぼけとでも言うべき状態になっているようだ。


 なんせ、向こうの世界じゃ争いは命の取り合いに発展する事も、ごく当たり前に行われていた。

 それですっかり慣れてしまったから、制御しないとついうっかり殺ってしまいそうなのだ。

 なので2人とも、妙に挙動不審になっており、ちょっかいを掛けられたら、大げさに反応してしまい、かえって絡まれる原因になっていた。


「ヤバいなこれは」

「そのうち殺りそうでよ」

「つい、うっかりな」

「頼むからもう手を出して来るなよな」

「もうチョイ封印強くしてくれねぇか。手加減してもまだ多いみてぇでよ」


封印パワーセーブ


「くっ、動け、ん」

「これ、は、ちょい、と、強すぎ、じゃ」


 2人してなめくじになった部室の中。

 しばらくのそのそと這い回っていたが、何とか立ち上がる事が出来るようになる。


「はぁぁ、きっついぜ」

「ああ、まともに動けんな」

「けどこれなら、うっかりもねぇだろうしよ」

「小学生と喧嘩しても負けそうだけどよ」

「まあいいや、下手に勝つよりは負けたほうが」

「まあな、どのみち殺せる奴なんていねぇし」

「HP76000になったぜ」

「やけにレベル上げたな」

「迷宮のモンスター、やたら美味くてよ」

「サービスになっているのかもな。あんまり深く行けないから」

「1日3回も食わねぇといけねぇ奴には、ありゃ無理な迷宮だぜ」

「ボックスも無いしな」

「ツキイチ1杯不眠不休で半年チョイだもんよ」

「そりゃ人間には無理だな」


 今は部活の時間という事で、オレ達は部室にいる訳なのだが、他のメンツは何処に行ったのやら。

探査オールレンジソナー】で探ると違う部活で何かやっているような。

 おっかしいな、何をやっているんだ、あいつらは。


 あ、戻ってくるのか?


 しばらく茶をすすりながらぼんやりしていると、戻って来る奴ら。


「はぁぁ、やっと終わったぜ」

「参るよな。こう毎回言われたんでは」

「けど、他に居ないと言われてはな」


「何してたの? 」

「お前らもやってくれよ」

「だから何を」

「何かよ、うちのクラブの件でよ、人数は足りてるんだけど、その活動目的が無いとか言い出してよ」

「魔術の研究だろうが」

「いや、だからよ、前々からやっていた事らしいんだけど、それを引き継げと言われてよ」

「早い話が助っ人だよ。どうやら先輩達はあちこちのクラブの助っ人をしてたらしくてね、だからこそこんな変な名前のクラブが存続してたらしいんだ」

「それは普通、罠とは言わないか」

「くっくっくっ、違いねぇ」

「けどよ、それはちょっと……」


 ダダダダダ……ガラッ……「助けてくれ」


「やれやれ、またかよ」

「はい、クラブ名と助っ人の任務内容は? 」

「野球部でピッチャーだ」

「こんな進学校に野球部なんてあったのか」

「何だと、てめぇ」

「どうどうどう」

「オレは馬かよっ」


 新設校で2年目にしての快挙とか、進学校の奇跡とか言われて快進撃のさなか、交通事故で全治3週間になったピッチャーの彼。

 その彼に率いられての快挙なので、入院でなし崩しに敗退の危機とか。

 そもそも、進学校なので人数もギリギリで、マネージャーも居ないような小さなクラブ。

 顧問の先生は野球オンチながら、熱心さだけが取り得とか。

 そんなクラブでよく勝てるものだと思うが、なんせピッチャーが超大会級とかって凄い奴で、どうして進学校に来たのかさっぱり分からない奴らしい。


 後は、さっき言いかけたんだけど、新設校で2年目で、前々からとかあり得ないのに。

 やっぱり学長に騙されてんだろ。


「野球知ってる奴? 」

「観るだけ」

「同じく」

「興味無い」

「バッティングセンターなら何度かあるぜ」

「はい、残念でした」

「お前はどうなんだよ、青山」

「オレに聞くな」


 望み薄な様相に、意気消沈な彼だが、にわかに外が騒がしくなる。

 どうやら松葉杖を付いた生徒がグラウンドで何か言い合っている。

 騒ぎのヌシはどうやらピッチャーの彼のようで、テーピングでどうのこうのと言っている。


「だが、無理したら野球生命が」

「でも、僕が抜けたら投手はどうするの」

「何とかするさ、だからゆっくり休め」

「お、助っ人クラブの連中か」

「魔術同好会だ」

「魔術研究会だろうが。自分のクラブ、間違えんな」


 学長だけじゃねぇな。

 これはひょっとすると……またかよ。

 まあそれはそれとして。


 ふーん、この丸い物を投げるのか。

 どうにも縫い目が粗いな。

 安物かな?

 まあいいや、せーの、ほいっ……ダーン。

 うん、いい感じ。

 せーの、ほいっ……ダーン。


「お、お、お、お前」

「君が僕の代わりに投げてくれるんだね」

「オレ、野球知らないぞ」

「今、投げてたろうが」

「投げるだけだ」

「それで良いから出てくれ」

「良いのか、野球知らないんだぞ」

「何とかなるさ」


 図書館の資料の通りにやってみたが、あれで良かったのかねぇ。

 玉の投げ方ってのは読んだけど、あんな玉だとは思わなかったな。

 絵じゃ丸い玉に模様があるようにしか描いてなくて、本当はあんな縫い目になってんだな。

 しかし弱ったな。

 野球は知らないと言っているのに、それでも良いって。


 野球の試合だろうに。


 それからしばらくの間、またしても図書館の眠り子なんて変な異名を付けられた【人形フレッシュゴーレム】が鎮座する事になる。

 何を言われても動かないので、野球の練習だろうが授業だろうが、閉館と言われても動かない。


(困ったわね……どうされたのです……眠り子が動かないんです……ああ、1年の彼……閉館と言ったのですけど……まあ、良いんじゃない。

 彼は好きにして良い事になっているんだし……でも……そりゃ冬とかならだけど、気候も良いし、特に問題は無いでしょ……それはそうですけど)


 ふむ、投げ方と打ち方は分かったが、後はルールだな。

 試合も色々観たし、大体のところは理解した。

 さて、一度帰ってルールブックを覚えるとするか。


 おっと、帰る前にサインもらっとこ【暗示インプリント誘導ナビゲート


 ☆


「うおおおおお」

「どうした、ミツヤ」

「何でこんなところに現役大リーガー達のサインがあるんだよ」

「欲しいのか」

「この中でもこいつ、こいつはサインをしない事で有名な奴じゃねぇかよ」

「そうなのか。いいぞ、やるよ」

「マジかよ、やったぜ……って、コージ、お前、まさか」

「精神体見学コース」

「やるとなったらトコトンだな」

「いや、野球知らないと野球が出来ないだろ」

「そりゃあそうだけどよ」

「よし、覚えた」

「ルールブックかよ」

「ルール知らないと野球が出来ないだろ」

「そりゃあな」

「投げ方もいくつか覚えてな」

「うげ、まさかそこまでやるとはよ」

「球がよ、あっちこっちに曲がるんだ。あれ、面白いよな」

「そんなに言う程に曲がるのかよ」

「魔力で曲げるんだよ。これが本当の魔球だな」

「くっくっくっ、ヤベぇぜ」

「魔術研究会でな、魔力で曲げる魔球の研究って出してみるか? 」

「そんなの検証出来ねぇだろ」

「どのみち絵空事な研究会なんだし、そのまま中二病みたいなレポートで良いだろ」

「つまりあれだよな。魔法の理論をそのまま書くんだよな」

「そうそう、術式だの構築式だの、物質にどういう風に影響するかとか、どういう風に設定すればどういう風に現れるとか」

「殆ど魔導研究機関のレポートになりそうだぜ」

「心配無いさ、中二病で通るからよ」

「くっくっくっ、違いねぇ」


 

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