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さすらいの魔皇子2   作者: 黒田明人
高1 5月休
94/119

94 水屋

 


 迷宮広場の美味水売りの話は巷を駆け巡り、我も我もと屋台に集まってくる面々。

 誰もが自分の魔具や魔導具を持参して、使わせてくれと強引な申し出。

 最初は水を飲むならと承諾していた彼も、その人の多さに有料にしちまった。


 つまり、1回銀貨1枚でのお試しにした。


 それでも試したい者は金を払って試し、その美味さに大騒ぎする。

 そうして出先を言えと詰め寄る事になる訳で、そこでも有料にした彼、

 紹介料の名目で金貨1枚ずつせしめた彼は、水が不味くなるまで荒稼ぎをした後、そこらの奴に後を託して消えた。


 後を託された者は、味は落ちたけどまだ飲めるってんで、迷宮の中で使おうと思い、探索ギルドに申請するも却下され、仕方なく家使いにしようとした矢先、奪われて殺されてしまった。

 それを遠くから見ていた彼は、やはりと呟いて消える。


 彼は記録を頼まれたものの、このままでは奪われると思い、味が落ちた所を見計らい、そこらの雑魚に譲り渡したのだ。

 記録としては味の落ちた頃を記録しており、後は出会えば渡すが出会わなければそのままと、気楽に考えて迷宮に潜る。

 一気に金回りが良くなった彼は、装備充実させての迷宮行であったが、それが油断を生んだのか、2度と戻っては来なかった。


 魔族とドラゴンに散々苛められ、何とか逃げてあばら家に戻った彼が見たものは、粉砕した元あばら家の様相。

 近くの店の者達に聞いたところでは、商品が欲しくて大勢が押し寄せ、家が粉砕してみんな逃げたらしい。


 これ、酷くない?


 もっとも、なんとかホイホイは完璧に作動してくれていて、犯人達は軒並み罠の中に居た。

 つまり、逃げた訳じゃなくて捕らえられた訳で、消えたから逃げたと思ったらしい。

 総勢452人の探索者達の装備を全て剥ぎ、美味しくいただいたのは言うまでもない。

 まあ、即席のポンプが活躍してくれたけどな。


 即席だよ、即席。


 大体、これをメインにしようと思ったのに、なんで即席になっちまうんだろう。

 それでもかつて飲んで空いた樽に流し込み、【倉庫マジックボックス】に詰めていったのさ。

 実はオレの作業場は迷宮の中にあるんだけど、地下に穴を掘ったら通じたのよ。


 ほんの50メートル程な。


 つまり、迷宮はその入り口付近は浅くなっているが、他は深い場所から始まっていると分かったのさ。

 そうして本筋とは隔離された小部屋に繋がり、何かあるのかと調べてみたんだ。

 そうしたらその部屋にはレアな品が置いてあって、これ幸いといただきましたと。


 どうやらその部屋は、本筋から壁を壊して進まないと行けない場所らしくて、確かに【探査オールレンジソナー】で見れば道筋はありはした。

 最初の壁はそれなりに厚いけど、その次からは妙に薄くなっていて、小部屋に通じていたんだ。

 実はそんな小部屋がかなりの数あって、迷宮外周部につらつらとあるんだ。

 なのに誰も壁を壊さないから未発見になっていて、全部いただきましたとさ。


 まあ、可哀想だから粗悪品を代わりに入れておいたけど。


 何がレアかと言うとですね、紫水晶な訳ですよ。

 確かに普通の水晶は漏洩が酷いけど、紫水晶はそこまでの事も無いんだ。

 だけど勇者召喚に用いるには100個ぐらい集める必要があって、現存している紫水晶の数は、勇者王国と言われるトライド王国でも8つしか無いらしい。

 他の国はもっと少なくて、2個とか3個とからしい。


 それでな、迷宮の小部屋は全部で128あったんだけど、紫水晶が128個獲得出来たんだ。

 それでさ、迷宮の中心にはまた閉じられた小部屋があってさ、そこには勇者召喚の魔法陣があったんだ。


 これ、どういう意味か分かるかな。


 つまり、迷宮とは勇者召喚の場の為の施設と言えるんだけど、ちょっと待って欲しい。

 勇者召喚の儀式で魔力が漏れてモンスター発生の原因になっている事は既に話したと思うが、この迷宮のモンスターの発生って、もしかしたらこいつじゃないかと思ったんだ。

 でさ、粗悪品に交換してからというもの、迷宮のモンスターがあんまり発生しなくなり、その数を減らしていったとか言われていてさ。

 もしかして、オレ、ヤバい物を盗っちまったんじゃないのかな。

 まあそれでも上にバレてないようなので、そのままこっそり逃げたんだ。


 ああ、大迷宮もこれで終わりかと思いながら。


 そうして隣の国の小さな迷宮都市に住処を代えて、のんびりと魔具屋を始めたと。

 その副業がこの水売り屋なんだけど、近所の食堂から毎日のように買いに来るんだよ。


「水~水~美味しい水~」

「こら、宣伝するな」


 酷いだろ。


 毎日買いに来るから宣伝するなとか言われてもよ。

 オレは皆に飲んで欲しいのに、独占狙ってんのかよってぐらいなんだ。


「宣伝禁止するならもっと買ってくれよ。たったかめに5杯ぐらいじゃ生活出来ないぞ」

「うっ、しかしな、そうは言っても」

「水ください」

「売り切れだ」

「えーーー」

「こら、営業妨害するな。水ありますよ、どうぞ」


 水がめ1杯で銀貨2枚の安価供給のせいか、近隣に噂は広まり、日々客は増えている。

 なのでそれを嫌がるのかああやって営業妨害をするんだ。


「出入り禁止にしても良いんだよ」

「しかしよ、5杯も買うんだぞ」

「ここが評判の美味しい水売りね。10杯売ってちょうだい」

「へい、毎度」

「なっ、10杯だと」


 飲料水用の水がめは、専用馬車で運ばれる。

 それぐらいでかいんだけど、5杯もあれば食堂での1日分には事足りる。

 その倍の買い付けともなると、使い道が気になるところだ。

 だがしかし、買い付けに来たのは貴族の手の者のようで、風呂に使うらしいな。


「こんな町に貴族様が」

「美味しい水の評判を聞かれてさ、しばらく滞在すると仰られて、早速にも水の買い付けよ。気に入ったらもっと量が増えるからね」


 美味しい水を風呂に使うとはまた贅沢だな。

 砂糖で思いっきり絞ってやったというのに、僅か2年で戻したか。


「ああ、砂糖貴族か」


 どうやらその貴族は辛党で、甘い物は苦手なのに砂糖を購入し、全て転売して大儲けしたらしい。

 他にもそういう貴族は居て、彼らの事を揶揄して砂糖貴族と呼ぶらしい。

 まあそんな事はどうでも良いので、ノズルを水がめに突っ込んで、特製魔具のレバーを握る。


注入インジェクト


 ザーザーとした勢いで水がめに水か入り、そういうのを10回やって精算。

 銀貨2枚で普通の水がめは50リットル。

 なのでリッター銅貨4枚ってところだけど、それを風呂というのは凄いな。

 銀貨20枚を受け取り、水がめ馬車はゴロゴロと……


「水~水~美味しい水~」

「美味い水売りというのはここか」

「はいそうですか」

「さぞかし良質の水の魔導具を使っておるのじゃろう。それを売れ」

「しかし、売ると水が作れなく……」

「これで文句はあるまい」


 そう言って金貨100枚の袋を5袋置く。


「しかし、これは」


 更に5袋。


「そこまでして欲しいんですか」

「無論じゃ」

「なら、正式な取引契約書を締結しても良いですか? 後で何か言われると弱い立場ですので」

「当然であろう」


 よっこらしょっと立ち上がり、軒に置いてある魔具を抜き出す。


「これの事ですね」

「おお、これがそうなのだな」


 金貨1000枚との交換契約で契約書は作られた。

 ホクホクして持ち帰る貴族を尻目に、愕然とした様相の食堂の親父。


「何をしょげてんだ」

「もう、水は無いんだろうが」


 さて、交換用の魔具を差し込んでと。


「水~水~美味しい水~」

「おいっ、まだあったのかよ」

「何もあれで終わりとは言ってないし」

「それ、値下げは無理かよ」

「目の前で金貨1000枚の取引を見といて、よくそんな事が言えるな」

「話は聞かせてもらったぞ。金貨1000枚だったな」


 また来たよ、貴族らしき人が。


 それから噂を呼んだのか、何人かの貴族がやって来て、我も我もと買っていく。

 やれやれ、ここでしばらく遊べると思ったのに、また夜逃げかよ。

 中には数があるならあるだけ寄こせとか言うから、20個見せたら15個にしてくれとか。

 そんなこんなで美味しい水売りで使っていた水の魔具は結局50個売れ、尽きたと思わせて店を閉める。


 あれ、普通の三級品なんだけどな。


 美味いのはフィルターのせいであって、魔具のせいじゃねぇよ。

 だけど誰もフィルターを売ってくれとは言わないんだよな。

 しかもあれは魔具だから、魔力が無いと使えない代物であって、しかもオレの魔力を基準にしているから、そこらの魔術師じゃ魔力が足りないんだ。


 魔導具と勘違いしたのは向こうの勝手だから、それの訂正はしなかったけどさ、あれの原価って知れててさ、金貨1枚で3つは造れるんだ。

 なのにそれに金貨1000枚も出した訳で、いくら契約書を締結したと言っても通じないのは確かだろ。


 だからもう夜逃げをするしか無い訳なんだ。


 よし、これで、後はこの店を【倉庫マジックボックス】に入れて、代わりに偽物の店を設置してと。

 実は偽物の店をいくつか作ったんだけど、外しか似てなくて中は何も無いんだよな。


 さて、次は何処の国に行こうかねぇ【偽装フェイクカバー



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