94 水屋
迷宮広場の美味水売りの話は巷を駆け巡り、我も我もと屋台に集まってくる面々。
誰もが自分の魔具や魔導具を持参して、使わせてくれと強引な申し出。
最初は水を飲むならと承諾していた彼も、その人の多さに有料にしちまった。
つまり、1回銀貨1枚でのお試しにした。
それでも試したい者は金を払って試し、その美味さに大騒ぎする。
そうして出先を言えと詰め寄る事になる訳で、そこでも有料にした彼、
紹介料の名目で金貨1枚ずつせしめた彼は、水が不味くなるまで荒稼ぎをした後、そこらの奴に後を託して消えた。
後を託された者は、味は落ちたけどまだ飲めるってんで、迷宮の中で使おうと思い、探索ギルドに申請するも却下され、仕方なく家使いにしようとした矢先、奪われて殺されてしまった。
それを遠くから見ていた彼は、やはりと呟いて消える。
彼は記録を頼まれたものの、このままでは奪われると思い、味が落ちた所を見計らい、そこらの雑魚に譲り渡したのだ。
記録としては味の落ちた頃を記録しており、後は出会えば渡すが出会わなければそのままと、気楽に考えて迷宮に潜る。
一気に金回りが良くなった彼は、装備充実させての迷宮行であったが、それが油断を生んだのか、2度と戻っては来なかった。
魔族とドラゴンに散々苛められ、何とか逃げてあばら家に戻った彼が見たものは、粉砕した元あばら家の様相。
近くの店の者達に聞いたところでは、商品が欲しくて大勢が押し寄せ、家が粉砕してみんな逃げたらしい。
これ、酷くない?
もっとも、なんとかホイホイは完璧に作動してくれていて、犯人達は軒並み罠の中に居た。
つまり、逃げた訳じゃなくて捕らえられた訳で、消えたから逃げたと思ったらしい。
総勢452人の探索者達の装備を全て剥ぎ、美味しくいただいたのは言うまでもない。
まあ、即席のポンプが活躍してくれたけどな。
即席だよ、即席。
大体、これをメインにしようと思ったのに、なんで即席になっちまうんだろう。
それでもかつて飲んで空いた樽に流し込み、【倉庫】に詰めていったのさ。
実はオレの作業場は迷宮の中にあるんだけど、地下に穴を掘ったら通じたのよ。
ほんの50メートル程な。
つまり、迷宮はその入り口付近は浅くなっているが、他は深い場所から始まっていると分かったのさ。
そうして本筋とは隔離された小部屋に繋がり、何かあるのかと調べてみたんだ。
そうしたらその部屋にはレアな品が置いてあって、これ幸いといただきましたと。
どうやらその部屋は、本筋から壁を壊して進まないと行けない場所らしくて、確かに【探査】で見れば道筋はありはした。
最初の壁はそれなりに厚いけど、その次からは妙に薄くなっていて、小部屋に通じていたんだ。
実はそんな小部屋がかなりの数あって、迷宮外周部につらつらとあるんだ。
なのに誰も壁を壊さないから未発見になっていて、全部いただきましたとさ。
まあ、可哀想だから粗悪品を代わりに入れておいたけど。
何がレアかと言うとですね、紫水晶な訳ですよ。
確かに普通の水晶は漏洩が酷いけど、紫水晶はそこまでの事も無いんだ。
だけど勇者召喚に用いるには100個ぐらい集める必要があって、現存している紫水晶の数は、勇者王国と言われるトライド王国でも8つしか無いらしい。
他の国はもっと少なくて、2個とか3個とからしい。
それでな、迷宮の小部屋は全部で128あったんだけど、紫水晶が128個獲得出来たんだ。
それでさ、迷宮の中心にはまた閉じられた小部屋があってさ、そこには勇者召喚の魔法陣があったんだ。
これ、どういう意味か分かるかな。
つまり、迷宮とは勇者召喚の場の為の施設と言えるんだけど、ちょっと待って欲しい。
勇者召喚の儀式で魔力が漏れてモンスター発生の原因になっている事は既に話したと思うが、この迷宮のモンスターの発生って、もしかしたらこいつじゃないかと思ったんだ。
でさ、粗悪品に交換してからというもの、迷宮のモンスターがあんまり発生しなくなり、その数を減らしていったとか言われていてさ。
もしかして、オレ、ヤバい物を盗っちまったんじゃないのかな。
まあそれでも上にバレてないようなので、そのままこっそり逃げたんだ。
ああ、大迷宮もこれで終わりかと思いながら。
そうして隣の国の小さな迷宮都市に住処を代えて、のんびりと魔具屋を始めたと。
その副業がこの水売り屋なんだけど、近所の食堂から毎日のように買いに来るんだよ。
「水~水~美味しい水~」
「こら、宣伝するな」
酷いだろ。
毎日買いに来るから宣伝するなとか言われてもよ。
オレは皆に飲んで欲しいのに、独占狙ってんのかよってぐらいなんだ。
「宣伝禁止するならもっと買ってくれよ。たったかめに5杯ぐらいじゃ生活出来ないぞ」
「うっ、しかしな、そうは言っても」
「水ください」
「売り切れだ」
「えーーー」
「こら、営業妨害するな。水ありますよ、どうぞ」
水がめ1杯で銀貨2枚の安価供給のせいか、近隣に噂は広まり、日々客は増えている。
なのでそれを嫌がるのかああやって営業妨害をするんだ。
「出入り禁止にしても良いんだよ」
「しかしよ、5杯も買うんだぞ」
「ここが評判の美味しい水売りね。10杯売ってちょうだい」
「へい、毎度」
「なっ、10杯だと」
飲料水用の水がめは、専用馬車で運ばれる。
それぐらいでかいんだけど、5杯もあれば食堂での1日分には事足りる。
その倍の買い付けともなると、使い道が気になるところだ。
だがしかし、買い付けに来たのは貴族の手の者のようで、風呂に使うらしいな。
「こんな町に貴族様が」
「美味しい水の評判を聞かれてさ、しばらく滞在すると仰られて、早速にも水の買い付けよ。気に入ったらもっと量が増えるからね」
美味しい水を風呂に使うとはまた贅沢だな。
砂糖で思いっきり絞ってやったというのに、僅か2年で戻したか。
「ああ、砂糖貴族か」
どうやらその貴族は辛党で、甘い物は苦手なのに砂糖を購入し、全て転売して大儲けしたらしい。
他にもそういう貴族は居て、彼らの事を揶揄して砂糖貴族と呼ぶらしい。
まあそんな事はどうでも良いので、ノズルを水がめに突っ込んで、特製魔具のレバーを握る。
【注入】
ザーザーとした勢いで水がめに水か入り、そういうのを10回やって精算。
銀貨2枚で普通の水がめは50リットル。
なのでリッター銅貨4枚ってところだけど、それを風呂というのは凄いな。
銀貨20枚を受け取り、水がめ馬車はゴロゴロと……
「水~水~美味しい水~」
「美味い水売りというのはここか」
「はいそうですか」
「さぞかし良質の水の魔導具を使っておるのじゃろう。それを売れ」
「しかし、売ると水が作れなく……」
「これで文句はあるまい」
そう言って金貨100枚の袋を5袋置く。
「しかし、これは」
更に5袋。
「そこまでして欲しいんですか」
「無論じゃ」
「なら、正式な取引契約書を締結しても良いですか? 後で何か言われると弱い立場ですので」
「当然であろう」
よっこらしょっと立ち上がり、軒に置いてある魔具を抜き出す。
「これの事ですね」
「おお、これがそうなのだな」
金貨1000枚との交換契約で契約書は作られた。
ホクホクして持ち帰る貴族を尻目に、愕然とした様相の食堂の親父。
「何をしょげてんだ」
「もう、水は無いんだろうが」
さて、交換用の魔具を差し込んでと。
「水~水~美味しい水~」
「おいっ、まだあったのかよ」
「何もあれで終わりとは言ってないし」
「それ、値下げは無理かよ」
「目の前で金貨1000枚の取引を見といて、よくそんな事が言えるな」
「話は聞かせてもらったぞ。金貨1000枚だったな」
また来たよ、貴族らしき人が。
それから噂を呼んだのか、何人かの貴族がやって来て、我も我もと買っていく。
やれやれ、ここでしばらく遊べると思ったのに、また夜逃げかよ。
中には数があるならあるだけ寄こせとか言うから、20個見せたら15個にしてくれとか。
そんなこんなで美味しい水売りで使っていた水の魔具は結局50個売れ、尽きたと思わせて店を閉める。
あれ、普通の三級品なんだけどな。
美味いのはフィルターのせいであって、魔具のせいじゃねぇよ。
だけど誰もフィルターを売ってくれとは言わないんだよな。
しかもあれは魔具だから、魔力が無いと使えない代物であって、しかもオレの魔力を基準にしているから、そこらの魔術師じゃ魔力が足りないんだ。
魔導具と勘違いしたのは向こうの勝手だから、それの訂正はしなかったけどさ、あれの原価って知れててさ、金貨1枚で3つは造れるんだ。
なのにそれに金貨1000枚も出した訳で、いくら契約書を締結したと言っても通じないのは確かだろ。
だからもう夜逃げをするしか無い訳なんだ。
よし、これで、後はこの店を【倉庫】に入れて、代わりに偽物の店を設置してと。
実は偽物の店をいくつか作ったんだけど、外しか似てなくて中は何も無いんだよな。
さて、次は何処の国に行こうかねぇ【偽装】




