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さすらいの魔皇子2   作者: 黒田明人
高1 5月休
88/119

88 迷宮

 


 勇者召喚を行った国、それはトライド王国。


 その勇者は遂に魔王を倒すに至らず、魔皇子を瀕死に追い込み、世界から消えたとされている。

 その後、魔族領の特産品が世界に広がると共に、かつての険悪なまでの対立は消えた。

 しかしながら相変わらず、表向きは対立となっており、国の姿勢は魔王討伐のままなのである。

 他国はまだそこまでの事も無いのだが、トライドだけは頑なに表向きの対立を崩そうとはしない。゜

 勇者召喚の技能を有する唯一の古き国というプライドが、それを許さないのかも知れない。


 そんなトライド王国から、魔族領の横を通って南下した先の国、メキア王国にはある特徴がある。


 それは大迷宮と呼ばれる、地下100階層以上あるとされる迷宮を擁する都市を持つ事。

 大迷宮都市ハロイは、その広大とも言われる迷宮の上に建設され、多くの探求者を抱えている。

 人口数万とも言われる探索者を支えるのは、それに数倍する技術者や商人、または奴隷達である。

 特に奴隷が多く、探索者達はそれぞれ専門の荷運び奴隷を擁し、日夜迷宮に挑んでいる。

 100階層以上あるとされる大迷宮だが、未だに46階層までしか調査が進んでいない。


 それは荷物の問題。


 ゆえに奴隷達をいかに効率良く運用するかが、探索者の腕前とも言えるのである。

 いかに多くの食事を持って行こうとも、広大な迷宮は1ヶ月や2ヶ月じゃ何層もは踏破出来ず、かつて勇者が踏破したという46階層が記録に残っているだけで、現在の現役迷宮探索者は、16階層までの記録を持つに留まる。

 従ってまともに調査が終わっているのはその16階層までであり、そこから先は勇者の拙い記録のみに頼るしかない現状となっている。


 ならば奴隷を大量に擁し、膨大な食料を持てば攻略出来そうに思われるだろうが、奴隷達も飲まず食わずでは動けない。

 しかも奴隷達には戦闘力が無く、はっきり言って足手まといなのである。

 もちろん、戦闘も可能な奴隷も存在するが、そうなると彼らの武器や防具なども必要となり、それだけ運べる荷物が減ってしまう。

 それぐらいなら他の探求者と組んだほうがましなのだが、そうすると荷物があんまり運べない。

 いかに干し肉や乾燥食料を多くしたとしても、水だけはどうしようも出来ない。

 確かに魔法で水を出す事も可能ではあるが、水だけの為に魔術師を酷使させる訳にもいかない。


 そうなると脚光を浴びそうな水を出す魔導具だが、そもそもそんな物が造れる技術者は、国が抱える研究機関の中にしかおらず、彼らのアルバイト的なアイテムが、僅かに流通して高価で取引されるに留まる。

 何故、国が率先して大量に作らないかと思うだろうが、確かに大量に作れば大量に売れ、国の財政は豊かにはなるだろう。


 しかしそれには材料というものが必要になってくる。


 まずは魔石だが、これは消耗品になるので大量に必要となる。

 次に素材になるが、そもそも水魔法を普通に行使して出した水は、不味くてまともには飲めないとされている。

 ではどうすれば良いかと言うと、魔力を余分に使用してやれば多少の味の改善がなされる。

 だがそれをするにはアイテムを形成する素材の質を上げて効率を高める必要があり、ドラゴン素材と呼ばれるレア素材を使う必要が出てくる。


 後はプライドの問題である。


 大量に作るまともに飲めない水の魔導具か、それとも何とか飲めるがあんまり作れない魔導具か、答えは決まっている。

 魔導技術者、俗に魔技と呼ばれる魔導具を作れる技能者であり魔術師である彼らは、そんな不味い味の魔導具を作るを良しとしない。

 自らの技能を顕示するかのような、より美味い水を出す魔導具を目指すようになっていた。

 従って低級品を大量生産しようなどという、志の低い者は魔技の恥さらしと揶揄され、流れ流れて迷宮都市の片隅に住まうようになる。

 しかしながらその低級品とてそこまで大量に作れる訳ではなく、1人の魔技崩れが1ヶ月に数個作れるに留まる。


 つまり、研究機関の魔技達は数年に1個作れば良いほうで、下手をすると生涯を賭して唯一とされるアイテムを作り上げる事になる。

 それらの品は国宝指定され、王宮の中で使用されているとも聞くが、詳しくは分かっていない。

 国の宝とは王族達の宝という意味であり、庶民には一生拝める事の出来ない品を指すからだ。

 なのでそういうアイテムがあるという、噂のみに留まるしかなく、魔技崩れによってその噂は補填されていく。


 若く志に燃え、難関を越えて到達したはずの研究機関では、彼らよりも高い才能を見る羽目になり、志破れて辺境に流れ、迷宮都市の片隅で店を営む。

 その経路で色々な愚痴が漏らされる事になり、それが噂の元になっている。

 そんな魔技達とは一線を画す存在が、迷宮都市の片隅で店を構えようとしていた。


 迷宮の入り口は何ヶ所かあり、それぞれの入り口脇には探索者ギルドの支部がある。

 そしてその界隈には多くの宿や武器防具道具販売の店、治療の為の診療所、奴隷商館などが立ち並んでいる。

 それらの店から離れた位置、どの入り口からも離れた場所は比較的安価な土地となっていて、流れ者が住まう場所となっている。

 その一角にまた新たな流れ者と思われる者が住み着き、店を掲げる事になる。


 魔具屋とだけ書かれた小さな看板がその目印だが、客は誰も居ない。

 そんな店はいくらでもあり、伝手無くして客などはそうそうに来ない。

 魔技崩れはまずその客を得る事から始めねばならず、メインの水を出す魔道具はさておき、簡素な魔具から売り始めるのが常となる。


 しかしながらその小さな新しい店には、水系アイテムしか置いてなかった。


 ☆


 さて、ここで魔導具と魔具の違いについて述べておこう。


 魔導具とは使用者の魔力を使用する事なく、使用すれば魔法が発動する道具を指す。

 それに引き換え魔具とは、使用者の魔力を使用して発動する魔法具の事を指す。


 探索者にとってどちらが有効かは、言うまでもないだろう。

 探索には魔力を使用するが、そこに余計な消費を強いるアイテムは歓迎されない。

 となれば魔導具以外は売れないようなものではあるが、比較的低層を主な狩場とする者達には、安い魔具ぐらいしか使えない。


 そう、価格が違うのだ。


 魔具は金貨1枚から、高くても10枚までとされ、水を出す魔具でも金貨10枚までとなっている。

 そして使い捨てなのが当たり前とされ、不味い水をコップに20回も出せば壊れるのが常とされる。

 中には100回ぐらい保つような品もありはするが、そういう品を売る魔技崩れの店は予約で埋まっていて、新規はなかなか買えない品となっている。

 これらで金貨10枚程度であり、だからこそ魔法の道具はどれも高価といわれる所以となっている。


 それに比べ魔導具は、不味い水をコップに1杯、それを20回繰り返して魔石の交換をしなくてはならないような三級品ですら、金貨数十枚はする。

 国宝に準じた品などは、金銭には替えられない品とされ、かつてオークションで金貨数万枚となったところで王族によって落札され、そのまま王宮の中に消えたとされている。

 つまり、性能の高い魔導具は国の財産と看做され、巷に出回る事は殆ど無いのである。


 それでも記録には残っていて、それなりに飲める水をコップに1杯、それを245回繰り返して、オーガの魔石が尽きたというものがある。

 そう、この使用魔石も使用量と味に関わってくるのである。

 従ってより高級な魔石を用い、より高価な素材を用い、高い技術力で組み立てれば、味の良い水を出す魔導具は出来上がる。

 要はこれだけなのだが、それが簡単にいかないのは素材の入手が大変だからである。


 魔技達が自分達で獲りに行ければ問題は無いのであるが、そんな事はどんな魔技でもやれる事ではない。

 アイテム作りに特化した、彼らの魔法では雑魚モンスターは倒せてもドラゴンは倒せない。

 となると依頼を出して素材を得るか、巷からの購入しかなくなる。

 だがそれらは決して安くはなく、財力のバックのある魔技以外にはそう簡単に手は出せない。

 なので志が破れるのは主に金銭問題なのであるが、それでも腕が良ければ魔技の一族に雇い入れられる可能性もある。

 もちろん、生涯日の目を見る事はなく、使い潰されるのが落ちではあるが、それでも生活の苦労は無くなり、生きていく事は出来る。


 王都の研究機関からそう言った安定生活希望の者達が抜け出て、更にそこにも声が掛からない者達が地方へ流れる。

 王族に献上して研究室を賜り、生涯を研究に費やせる魔技はほんの一握りに過ぎないのだ。

 研究機関に入るのはそこまで難しくはなく、既存の学習機関で良成績の者ならば資格は得られる。


 そして一定量の魔力を有し、魔法の1つでも発動すれば在籍は叶う。


 ただし、3年以内にそれなりの成果を発表しなくてはならず、多くの者達はその期間を雇用者探しに費やす事になる。

 つまり既に自らの技能に見切りを付け、平穏な暮らしを求めての者達ばかりになっているのが現状のようだ。

 それでも稀に上昇志向の強い者がそれらの者達を蹴散らし、上に挑もうとする。

 しかしながら研究室の数は決まっており、そこに食い込む為には一番成績の悪い研究室住まいの者を蹴落とすしかない。


 それでも普通なら技能さえあれば可能そうに思えるだろう。


 だがその最下位の者が魔技の一族の者ならば、いささか事情は異なってくる。

 豊富な財力を背景に、高価な素材をふんだんに用い、使用人の魔技崩れを助手に持ち、可能な限り効率の高い魔導具を作成する。

 なので腕が少々拙くても、それなりの魔導具が作れる事になる。


 そんな訳なので新規参入者でそれを蹴落とせるのは、同じ魔技の一族の者達に限られるというのが殆ど常識とされている。

 中には商家の出で高い技能を有する子息が突破する事もあるが、そんなのは稀とされていて滅多に例が無い。


 それは血筋の問題。


 高い魔力を有する一族の中では、幼い頃から才能を磨かれ、満を持して送り出される事になる。

 なので現在のメキア王国魔導研究機関の研究室は、それら一族が占めているのが現状である。

 ただ、僅かに1室、商家の子息がかろうじて留まっているが、次の一族の有望新人によって蹴散らされるだろうと言うのがもっぱらの噂となっている。

 その商家の子息に最近、有能な助手が付いたとの噂があり、その者の手によって高級な素材が得られ、次の審査会ではその集大成が発表になると言われている。

 なのでもしかすると、有望新人を逆に蹴散らすのではないかと、今の王都の民達の希望のような話が囁かれている。

 魔技の一族達はその高い技能を以って貴族の位を得ており、商家の子息はいわば民代表の位置取りにあるからだ。


 なのでこれは貴族と平民の勝負のようなものであり、普段は勝負にもならない身分だが、これだけは大っぴらに勝負の対象になるからと、平民達の希望の星の位置取りになっている。


「おらよ、ロックドラゴンの魔石だぜ」

「おおおお、こ、これが。これさえあれば」

「ああ、国宝、作っちまいな」

「ありがたい……今年こそはもう無理かと思っていたのだが」

「後はこいつだ。これで良いんだろ」

「そ、それは」

「頑張れよ、アクロス」

「ありがとう、ありがとう、この恩は一生……」

「気にするな。オレは恩を返しているに過ぎないさ。まさか迷宮に入るのに資格が要るとは思わなくてよ」

「それでも数年、国に尽くせば可能だろうに」

「そんなのやれるかよ」

「国民ならば身分保証と身元保証人、後は納税証明書があれば入れるんだけどね」

「ああ、他国でいきなりってな、ちょいと荷が重かったぜ。なのにアンタの親父さんが協力してくれてよ、オレはすぐさま探索者になれたんだ。

 この恩は忘れねぇぜ」


(さーて、これで迷宮に行けっぜ。勤労奉仕3年とかよ、2年しか猶予がねぇってのに、やってられるかよ)



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