86 協定
黄金週間を寸前に控え、オレとミツヤはのんびりと過ごしていた。
オレはともかく、濃密な3年間を過ごしたであろうミツヤの成長著しく、レベルもかなり高くなっており、既に封印の施術の中にある。
Aクラスの面々は揃って白昼夢を見た事になっており、最近妙に暖かい日が続くからなと、教師の言葉で納得するしかない事になっていた。
そもそも、皆が一様に、にわか中二病患者になっちまい、あちこちでマジックボックスやら、ステータスやらの掛け声が響き、そのたびに絶望したようなため息が流れるんだ。
そんなのを隣のBクラスが聞くんだぞ、それはもう恥ずかしくて恥ずかしくて、こっちくんな、って心境だった。
(あれが夢とはどうしても思えねぇんだよな……仕方が無いじゃない、唱えても出ないんだしさ……てか、お前ら、同類だったんだな……え、何の事?……とぼけんなよ、レミングさんよ……嘘、何で、じゃあ、そっちは……ああ、グレムリンさ……シルフだね……どうなってんのよ。全員が同じ夢って……あれは現実だろ……じゃあどうしてこうなってんのよ……そんなの知るかよ……そういや、無関係グループもだよね……ノーマルの奴らか、そうだな……あいつらも夢なのかな……そうらしいぜ。なんかよ、奴隷になってた夢とか聞いたぜ……うわぁ、悲惨だわ……だから夢で良かったって騒いでるな……それはそうでしょうね……これからどうするよ。組織にはお互い、バレてない事になってんだろ……このままいくしかないじゃない。こんなの報告したら、最悪、消されちゃうわ……そうなるだろうな……この際、普通の学生やっちゃう?……こんなオレ達が今更普通の生活か……アタシは賛成。んで、指令は情報交換して、バレないように巧くかわすの……卒業までの休戦か……どうかしら……僕は賛成だね……決まりだな)
《協定が結ばれたな……しっかしよぅ、夢オチにするには本来、無理があるよな……ああ、あいつらもう身体は高卒だしな……消えた3年間ってか……リハビリはしたらしいが、完全には消えてないらしいぞ。つまり、オレに対しては強く出られないみたいだ……くっくっくっ、もうコージがリーダーで良いよな……オレは裏で良い……はいはい、看板な……それはそうと、口座に入金しておいたからな……ああ、見た見た、都市銀に5千万、ネトギンに10億ってか……買物は好きにすれば良いが、今はまだ大量には無理だぞ……ああ、精神系とかまだまだだし、そういうのは先でいいさ……それで、旅はどうする……北海道かぁ、何かもう行く気力がなぁ……戦いの日々に疲れたか……いや、逆だぜ。平和がぬる過ぎて参っちまってんだ。何かこう、戦いとかはねーもんかな……すっかり戦闘狂になってんな……あれってよ、あいつらにとっては仮想現実みたいになってるけどよ、オレにとってはリアルだしよ。だからもうあっちのほうが本当の現実みてぇになっちまってよ、今が仮想現実みたいな感じになっちまってんだ……今は夢の途中ってか……ああ、何かそんな感じだぜ》
そういえば、こちらと向こうの経過時間が違う件について、斉藤さんに尋ねてみた。
そうしたら今回は特別に時間を遅くしてあったとか言われ、何とも理解を超えた話だと感じた。
どうやら管理空間での調整で、そう言う事がやれるらしいな。
そして、通常の時間差なんだけど、修練惑星という事もあり、元々早いんだそうだ。
つまりあの世界で100年過ごしたとしても、外では1年にも満たない……正確なところは不明ながら、かなり違うらしいんだ。
だから今回の場合でも、こちらの世界の時間経過速度を1割ぐらいにするだけで、向こうとの時間差が派手になり、だからこそ3年でも1日ぐらいで収まったらしい。
現在は元に戻しているが、それでも100倍になる訳で、黄金週間の10日間が1000日になる事を意味する。
となれば、約2年半……余裕を見て2年の旅が可能になるという事だ。
ミツヤが余りにあちらに心を残しているようなので、この計画を思い付いた訳だ。
確かに急な話であり、思い切る前に出ちまったからだろうとは思う。
自分の中で踏ん切りを付ける余裕もなく、バタバタと出ちまった事が原因だろう。
だから2年で一応のキリを付けさせ、改めてこの世界での体験にしようと思い立ったのだ。
しかも今度は自前のマジックボックスがあるんだし、好きな物を好きなだけ持っていける。
なので段ボール箱で10個、50億を渡す事とし、それで可能な限りの買物をするように話すつもりだ。
確かにあんまり派手に使うとバレちまうが、あいつも魔法をいくつか開発しており、その中に変装スキルがあるらしい。
あの、髪に銀色が混ざっていたのがその変装で、ちょっとした見てくれを変えるぐらいの変装のようだけど、それでも道具無しに変える事に意味がある。
なので違う県にでも出向いて買えば、そこまでの事も無かろうと思われた。
そして計画を話す。
「うえっ、いーのかよ」
「今のミツヤはアレだな。ゲーセンでゲーム途中に店の外に引っ張り出されたようなもの。ちゃんとゲームを終わらせないから、続きがやりたくて仕方が無いと、そんな風に見えるんだがよ」
「突然だったからよ、ちょうどやりたい事が見つかって、それをやろうと準備しててよ、いざって時に戻る事になっちまってよ、あれがどうにもな」
「2年だ、それでキリを付けられるな」
「おうっ、そんなにあったら余裕だぜ」
「相対時間が100倍らしくてな、あっちの100年はこっちの1年らしい」
「てこた、そうか、10日が1000日、2年ってな余裕だな」
「さすがに戻って翌日いきなり学校ってのも嫌だろ、クククッ」
「うへぇ、そりゃハードだぜ」
「2年で帰れば700日チョイ。つまりは1週間の旅さ」
「余裕がそんだけありゃ楽勝だぜ」
【倉庫】ドサドサドサドサ……
「うおおおおお」
「50億ある。隣の県にでも行って、欲しい物を買いまくって来い」
「おうっ、つっても、学校があるからよ」
「人形を据えてやる。だから3日で可能な限り買い集めて来い。変装スキルがあるんだろ」
「ちょっとした見てくれを変えるぐれぇだぜ」
「スーツ、ミラサン、見てくれ、さあこれでいけないか」
「そーだったぜ。うしっ、なら、ちょいと買い込んで来るぜ」
「ここが終わったら後は自由だ。そん時にまだ行きたいなら、改めて好きなだけだ」
「おしっ、そいつを鑑みて、一通りの区切りを付けりゃいーんだな」
「そう言う事だ。もう足手まといは居ない。だから自由に楽しもうぜ」
「ああ、戦いが嫌な奴とか、連れていけるかよ。オレはビギナーなんだし、自分の事で手一杯だぜ」
「お土産は禁止だ。魂の移動は拙いらしいんでな、盗賊は置いて戻れよ」
「血を抜く道具を探してみるぜ。確か医療関係にあったはずだ」
「メーカーから3日で買えれば良いけどな」
「うぐっ……ま、まぁ、最悪、なんかで代用するのを考えてみっぜ」
「よし、オレも考えとこう。んじゃ造るからな」
「おっし、買物に行くぜ」
「まあ、町を出るところを見られてもつまらんだろうし、送り出してやろうな」
「おっし、靴を履いたら頼むぜ」
「よしよし、お、いいな、せーの【転送】」
(うほー、景色が一瞬で変わって……ここは? うおっ、こんなとこかよ。うへぇ、服が汚れちまうぜ。参ったな)
ミツヤの話からヒントを得て、山の中でちょっとした作業をする。
それと言うのもこま切れにしても尚でかい、鉄の塊を使うからだ。
端数の枠には90009個あり、そこから数個使えば大量の……いかんいかん、またヤバい事になるんだった。
ただでさえ枠が少ないってのに、大量に拵えたらヤバいって。
なので先にボックス内の整理を始め、鉄のこま切れはそのままパレット化する事になる。
四角いお盆のようなものをいくつも構築し、それにまとめて載せて収納する。
そういうのをやると、場所取りだったアイテムがすっきりとまとまり、それに従って枠が空いていく。
特に多いのがガソリンの缶だが、1個1個カウントされていたのをまとめる事で、120枠も占めていたのがかなりすっきりした。
つまり、テレビで宣伝しているような物置のでかいのを構築し、中に大量に入るようにした訳だ。
そうなるともう、物置と言うよりそこらの倉庫にも等しい大きさとなり、部屋割りや区切り、階層などを追加して、一大燃料倉庫になってしまう。
それでもこういうのは便利そうなので、同じタイプでいくつも構築してはガソリン缶を詰めていった。
4つの部屋でそれぞれに5階層に分け、吹き抜けを飛んで目的地まで移動する。
オレ専用の燃料倉庫になっちまったが、そのうちまた改良しても今はこれでいい。
1階層当たり500缶置いて、5階層で2500、4部屋で1万となった。
つまり、燃料物置1つに対して1万のガソリン缶が収まる事となり、99999×120の派手な量も1枠で余裕となる。
結局、ミツヤが戻るまでにそれしかやれなくて、肝心のポンプ作成なんかは現地でやる事になった。
それでも119枠が空いた意味は大きく、魔導具作りもやれそうで楽しみである。
もうね、戦闘とか、やる気にならなくてよ。
え? 白々しい? すみません。
てか、実際のところ、ミツヤの邪魔はしたくないのよ。
オレが夢中で狩ると、ヤバい事になるからな。
オレには前科がある。
いや、犯罪って意味じゃなくてさ、そりゃ犯罪もあるけどさ……って今はそうじゃなくてっ……かつての世界で隣の大陸のモンスターを絶滅に追いやった前科の事だ。
あんな事になったんではミツヤの邪魔になっちまうから、今回は夢中にならないように気を付けて軽く少しだけ狩ってお茶を濁すつもりだ。
そんな訳で、自己抑制でわざとあんな言い方を……はふうっ。
それはともかく、ミツヤは3日後、意気揚々と戻って来た。
ミツヤ人形は無難に過ごしていたが、どうにも変な疑惑を3人が持っちまい、その調整には苦労した。
何故か知らないが、にわか中二病の奴らの真似をするようになっちまい、その調整もやる羽目になっちまったのだ。
おっかしいな……命令には絶対忠誠の人形なのに、まるで誰にに操られ……はぁぁぁ、もうね、オレさ、嫌なんだよ。
確かに俯瞰のほうは熟練っぽい波を感じるから良いとして、またぞろ半端者を送ってきたようだな。
どうにも中間に腐った部署があるんじゃないか?
笛を吹いてもまともに踊らないようになっちまってんじゃねぇか?
抜けて【転移】【転送】【転移】身に戻る。
クククッ、いきなりの【転移】行使で何もやれなかったろ、新米じゃ。
《また何かやったのですか……オレの物を勝手にいじって遊ばれても困るんだよ……はぁぁ、どうして普通にやれないのでしょうかね……途中がきっと腐ってるぞ……その懸念はありましたが、こうも続くようではやはり……氷の星に叩き込んでさ、自力で抜けて来る奴だけにすればどうなんだ……あれは本来、記憶を残しての修練になるんですが……フタしろ、意味が無い……やはりそう思いますか……テストでカンニングをするのと同じだろ……成程、そうかも知れませんね……もう、俯瞰に管理をさせてくれ。新米は要らん……そうですね、暫定管理としましょうか……じゃ、そう言う事で……はい》
(これは良いですね。例え資格が足りなくとも、こういう平らな会話は久しぶりです。妙に畏まられても困りますが、彼となら平らな会話も可能そうです。その中からアイディアを見つけるのもやりやすいですし……そうですね、相談役とでも言いましょうか。個人的に勝手に設定するようで悪いですけど、困った時の話し相手になってくれますよね、くすくす)
あれ、悪寒が、風邪かな?




