82 追憶
刺客を送り付けた隣の国を、魔皇子が消滅させたという噂は世界を駆け巡った。
見た事も無い魔法で国ごと消滅させたと言われ、魔王よりも魔皇子のほうが危険ではないかという話になり、勇者の面々には魔皇子討伐と言われたらしい。
だがしかし、普通考えたらそんな相手、人間にどうこう出来るとも思えない。
それが勇者だとしても、原音知らずで魔法は使えず、工作員上がりで近代兵器無し。
蘇生にはなりはしたものの、3つのグループの面々は、口では倒すと言いながらも、そんな気はさらさらなかった。
(どうするよ、あんな相手とか……無理に決まってるだろ……そうだよな……あーあ、ミサイルでもあればな……せめてマシンガンが欲しいぜ……そうだよな)
(魔皇子とか無理だろ……国を消す? そんな相手どうしろと言うんだ……せめて魔法が使えたらな……呪文唱えても発動しねぇしよ……特典どうなったんだ)
(どうする? 姉御……ああ、止め止め、バッくれて安楽に暮らしましょ。もう組織も無いんだし、あたし達は自由よ……そうですね……何よ、不服なの? )
(こんなリーダーって無いわね。アタシがリーダーになるはずだったのに、横取りした挙句これ? 止めてよね。魔皇子が何か知らないけど篭絡すれば良いのよ。
所詮はオトコでしょ、そんなのイチコロよ。そうして味方に付けてリーダーになって、魔族とやらをぶっ潰して、世界を平和にして凱旋よ。あはははははは)
いや、無理だと思うぞ。
精神体でこうやって精神魔法を使い、それにまんまと乗せられている時点で、篭絡とかやれるとは到底思えない。
第一、篭絡する為にはオレの姿を認識しなくてはならないけど、見えないんだろ? じゃあ無理だ。
そうやって乗せられてリーダーへの不満を増幅させられ……まあ、暗殺は止めておくか。
また蘇生騒ぎになったら大変だしな。
よしよし、それなら篭絡の相手をリーダーに設定してやるから、相思相愛でもやっていろよ。
右手と左手で恋人繋ぎ、そしてそのまま……おや、他のメンバーも参加したいんですかい? いいよ、調整してやろうな。
【暗示誘導】
誘致された勇者の女性達は今、宿屋に篭って愛の行動中。
カンパしてやるからずっとそうしてろよ、クククッ。
5人1部屋で1泊銀貨5枚の貧乏宿のようだけど、あんまり大声でやると壁ドンされるぞ。
金貨5枚で100日分、渡しておいたから楽しめばいい。
メシ? それは好きに食えよ。
そこまでは面倒見きれない。
食いたいなら好きに食えば良いだけであって、オレには関係の無い事だ。
彼女達は放置して、ミツヤの様子を見に行ったんだけど、何故か魔族領の片隅で……
「ミツヤ、何してんの? 」
「誰だよ」
「えっと、青木山」
「石橋……って、お前かよ、コージ」
「作ってて良かった、合言葉」
「そんな事より、その格好は何だよ」
「魔皇子」
「あれはお前かよ」
「これがかつての姿だ」
「中二病全開な姿だぜ、くっくっくっ」
「くそ、言うなよな。かつてはこれが当たり前だったんだからからよ。そう言うお前こそなんだよ、髪に銀色を混ぜたりして」
「もう人間の町は嫌だぜ。だからちょっとここでのんびりとな」
「何か言われたのか」
「ボックスを寄こせ、貸してくれ、荷物を運んでくれ、獲物を寄こせ、狩りの手伝いをしてくれ」
「上級になったのか」
「義務とか言いやがって、冗談じゃねぇぜ」
「それが人間さ。ギルドなんてのはな、冒険者の上前をはねたり、巧い事、使う為の組織だ。その見返りに素材の買取とかをやるんだけど、それも儲けにする
アコギな組織さ。大体な、あいつらはモンスターを狩りもしないのに素材を得られる美味しい仕事をやってんだ。買い取り価格の何倍で売っていると思ってる。
貴族連中には数倍で売れるんだぞ」
「マジかよ」
「冒険者をカモにして金を稼ぎ、それを使ってパイプを構築し、より大きな儲けを得ようとする。あいつらは自分達の為にやっているんであって、冒険者の事
なんて金づるぐらいにしか思ってねぇさ」
「止めた止めた、ギルドとか止めだ」
「対抗組織でも作るか? 冒険者振興会とかで、本当に冒険者の為の組織とかよ」
「そういうのは人間に任せるさ。オレはもう違うんだしよ」
「本当に抜けたな」
「ああもうすっかりとな」
「向こうに戻ってちゃんと芝居がやれるか? 」
「やれるさ、かつてのお前のように」
「あれはまあ、芝居と言うか成り切りと言うか」
「くっくっくっ、やっぱりな」
「あったんだよ、かつて凄い街がな」
「どういう風に凄いんだよ」
「住民の殆どが何らかのおたくだ」
「くっくっくっ、確かにすげぇ街だぜ」
「そこでしばらく過ごしていてな、色々詳しいのはそのせいだ」
そういや、ファンクラブとかってのもあったよな。
変装してんのに何でかと思ったら、偽者が成り切りやっててさ。
やれ握手会だの何だのと、あれで余計に表に出られなくなってよ。
魔族でもねぇ癖に魔族の振りして何やってんだと思ったぜ。
しかも、妹がどうのこうのってよ。
オレには弟は居たけど妹は居ねぇと言いたかったぜ。
あれも思い出のクチかな……かなり忘れてたけど、重要記憶にくっ付いてた記憶ってか。
そのうち消えちまう記憶だろうけど、もうしばらくは覚えてても良いか。
ミツヤは友の立ち位置で今、共に王宮の魔皇子の部屋の中。
ベッドに横になってのあれこれの話も、立ち消えになったと思ったら眠っていたミツヤ。
オレも寝るか……マイタンジュースを一気に空け、空き缶入れに入れて【倉庫】
缶入りの異世界果物のジュースとか、やっぱり現代社会に持ち込んでの製作なんだろうな。
ふむ、そういうのをしても面白そうだけど、生憎とこの世界の果物は質が低い。
確かに似たような果物だけど、スイカの先じゃなくて皮の近くのロクに甘みも無いような感じの果汁だ。
もう水と変わらないような果汁とか、わざわざジュースにする意味は無いよな。
プシッ……んぐっんぐっんぐっ、ぷはぁ……
「う……寝てたのか。お、それ、ビールだろ、くれ」
「ノンアルコールビールだ」
「くっくっくっ、徹底してるぜ。まあいい、くれ」
「ほらよ」
プシッ……「はぁぁ、ちょいと味気ねぇな」
「贅沢物が【倉庫】ほれ」
「うほー、これこれ……プシッ、ゴクゴクゴクゴク、かぁぁぁ、うめぇぇぇ」
「すっかりおっさんだな、クククッ」
「なんかよ、あの血のせいか、肝臓も強くなったようでよ、これぐらいなら水と変わらねぇぜ」
「そりゃなるだろ。ただな、オレはこのノンアルコールビールの味が好きだから飲んでんだよ。飲まないなら寄こせ」
「くっくっくっ、ほいよ」
「肴、何が良い。ポテチか? ゲソ串か? それともチーズいっとくか」
「どんだけ入れてんだよ。一通りくれ」
「【倉庫】ほいほいほいほい」
「こういう時に便利だよな。おし、オレも色々入れるぜ」
「買出しに行くか? クククッ」
「いや、途中で戻ったら多分、来るのが嫌になるかも知れん」
「なんだ、飽きたのか」
「そうじゃねぇよ。ただよ、世界には慣れみてぇなもんがあると思うんでよ。便利な世界だから戻ったら、こっちの世界が不便に思えちまうだろ。だから一通り
それなりに戦えるようになるまで、向こうには戻らねぇつもりさ」
「魔力はどうなった」
「もやもやは見つけてよ、魔法は無理でも剣に沿わせるのはやれるようになってよ」
「ならそいつに掛け声と言うか、キーワードを付けろ。そうしたらそのうち、それだけで剣に勝手に沿うようになる」
「成程な、それがお前の魔法の元かよ」
「ああ、オレも別に魔法とか、詳しく習った訳じゃねぇ。試行錯誤で作ったのが殆どさ」
「おし、オレも作るぜ、魔法をよ」
「野蛮フラッシュとかってのがあったよな」
「ああ、剣に沿わせて飛ばすスキルか。お、そういうのも良いな」
「ああいう媒体のスキルも有効だ。馴染んで自分のスキルにしちまいな」
「おっし、やってやるせぇ……ゴクゴクゴクゴク、ぷはぁぁぁ」
「お、これ、意外といける」
「うおおお、くれくれ」
「だし汁乾燥粉末って書いてるが、お前、これ、大丈夫なのか」
「味なんて関係ねぇさ」
「あれ、じゃあ何でだ」
「最近、糖分を摂る機会が無くてよ、甘ければ何でも良いんだ」
「ならこれ【倉庫】」
「うおおおお、出せ出せ、出してくれ」
「ほいほいほほいのほい」
「やったぜ、これで当分はいけるぜ」
「寒いぞ」
「うっ、偶然だ」




