81 皇子
ううむ、参ったな。
少しの滞在だと言ったのに、どうしてこんな事になっているんだ。
今、眼前には大勢の魔族が集まっていて、しきりに万歳を繰り返している。
少し耳を傾けてみようか?
『ばんざーい、魔皇子ばんざーい』
『これで未来は安泰じゃぁぁ、魔皇子と魔王と、我らが魔族に栄光あれぇぇ』
『もう、人間共に好き勝手はさせんっっ、勇者何するものぞぉぉぉ』
どうしてこうなった。
オレがうっかり、マントを付けてそこらをうろついたのが拙かったのか?
あのマント、まるで吸血鬼のステレオタイプみたいで、面白いからサイトで買った品なんだけどよ、今の風体に合っているからと、つい調子に乗っちまって……
それを見た奴らが魔皇子と言い出して、噂が噂を呼んですっかり広まっちまったんだ。
つまり、人間に殺されそうになった魔皇子は、密かに治療を受けていて、それがやっと治って復活したと。
顔が違うだろ、本人とは。
そう思ったんだけど、だーれも知らないんだ、その子供の顔を。
まあそうだよな、魔皇子の素顔とか、一般の者が近くで見る事とか無いだろうし、聞けば覆面みたいなのを付けていたらしいし。
だから兵士すらも素顔を知らなかったとか言われたらもう、弁解のしようもない。
だからもう、流されるままにこんな事になっちまって。
「済まぬの。これはワシの我侭じゃ。少しの間で構わぬ、じゃからもう少しこのままで居てはもらえぬかの」
こんな事を言われたら、嫌とは言えないよな。
今は違っても魂は親なんだから。
そんなこんなでしばらくの間、魔皇子として動く事になり、まずは軽く挨拶だ。
【飛翔】
うわああああああああ……っておいおい、その大歓声は……あ、この世界に空飛ぶ魔法、無かったな。
しまったぁぁぁぁぁ。
空中で挨拶しようと飛んだところで、大歓声を浴びて挨拶どころじゃなくなった。
仕方が無いから観衆の上を飛び回り、それを以ってパフォーマンスは終了した。
あーあ、やっちまったな。
《おーおー、大人気だな、おい……俯瞰さんか、成り行きだ……オレの事はタツヤと呼んでくれ……たっちゃんか……誰が双子だ……おたくだな……まあそうだな……認めるのかよ……一芸に秀でている奴の総称と言ってくれる奴が居るんでな、オレは気に入っているさ……この世界に誘致したんだな……ああ、あいつがな。でまぁ、オレが後始末だ……相棒さんかな……ふふふっ、まあそうなるかな。んで、その成り行きで構わんから、しばらく親孝行でもするといい……シナリオは良いのか……そんなもの、どうでも良いさ。この世界は特別でな、シナリオは勇者召喚をして、魔王を倒す為に修行をする世界であって、倒さなくてもいい世界なんだ……修練惑星パート2かよ……ふふふっ、まあそうなるかな。お前にも相棒が出来たようだし、しばらくはここで親孝行のついでに、磨いてやればいい……そのつもりだけどな……よし、後はもういいな。ここの本来の俯瞰に交代する……後始末は終わったのかよ……ああ、魔王と宰相と大臣の寿命をな、相当に長くしておいたからな。世界を巡った後、また気が向いたら寄ってみるといい……なんでそこまでしてくれるんだ……似ているんだよ。さすがはあいつの弟子だな、ふふふっ……オレみたいな奴なのか……かつての、と言うべきかな。だから未来はそっくりになる可能性もある。まあ、焦らずに動いてれば問題はあるまい。体験を楽しめよ。じゃあな……待ってくれ……何だ……あいつに伝えてくれ、ありがとうと……ふふふっ、伝えよう。ではな》
(オレとは全然違うな。その完成度と言うのか、こりゃまだまだ追い付けねぇな。なあ、マグロ、お前とどちらが上かな……うっ……ふふふっ、冗談だ)
☆
あの騒ぎの後、しばらくは隠れていたんだけど、前線視察なるものをやる羽目になる。
それと言うのも士気高揚の一環で、よくそういう事をやっていたらしく、その時に人間の刺客に襲われたらしいんだけど、接待役が是非にも当時の挽回をさせて欲しいと、それはもう毎日通って懇願するらしいんだ。
だから仕方なくそれをやる羽目になり……本当は馬車に乗って移動するらしいんだけど、もうバレたから飛んでいく事にしたんだけど、集まってなかった魔族の面々にまで、オレの飛行術が広まっちまったと。
飛行術、ここ重要な。
つまり、飛ぶ魔法が無い世界だから、これは特殊能力だと思われているんだ。
更に言うなら、一度死に掛けて発現した能力と思われているようで、魔皇子特有の能力、特殊能力だと。
まあだから教えてくれなどと言う人も出なくてありがたいんだけど、そのせいで魔皇子人気が更に高くなっちまって、既に人間の国まで届いている始末だ。
身体を変えてあいつらの様子を見に行った時にその話題を出され、ちょっとうろたえそうになったのは内緒だ。
忘れていたんだけど、塩漬け串肉の樽、いくつか【倉庫】に入ってたんだ。
かつて、ちょっと思い付いて拵えた樽がいくつかあり、それが1枠を占領していたから、この際だと王宮配達用にしたんだ。
だから配達も3ヶ月に1回になったんだけど、面倒だから橋本に全部渡しておいたんだ。
あれで1枠空いて良かったってのは今は関係無いか。
でもさ、たった600樽の為に1枠占領ってのは、今の倉庫事情ではきついものがあるよ。
まあもう全部渡したから無いけど、他にもちょっとの数のアレコレが見つかってまとめて処分したのは言うまでもない。
45個で1枠とか、12個で1枠とか、枠単位99999まで可能なのに、もったいないだろ。
もっとも、でかい容器にまとめて1枠にしただけだ。
だって古代竜の魔石とか素材だもんな。
少ないからと言って捨てる訳にもいかないよ。
だからレア素材の箱ってのを作って、みんなまとめて入れたのさ。
後はレア素材が増えるたびにそこに箱にして入れていけばいいと。
まあ、箱と言っても貨物列車に乗せるようなコンテナだけどな。
金が余ってるんだから、何でも買うよそりゃ。
特にああいうのは高いけど丈夫だから、そうそうは売れない品のようで、大量発注したらかなり喜ばれた品。
零細が部品作って中堅が組み立てて売るって方式だったから、それらの産業の振興になったんじゃないかと思っている。
だから99999×400の1ページ分発注したんだ。
嬉しい悲鳴とか言われたけど、業績アップとは言っていたな。
あれ、何にでも使えて、いざって時は金属として活用出来そうだから、また発注しとかないとな。
おっと、もうじきか。
それは良いんだけど、真っ赤な点は何のつもりかな。
懇願したのはそういう訳なのか?
つまり、内通者、消したつもりの魔皇子は、何故か生きてて報酬の、額が減っては一大事。
ここできちんと止めを刺して、晴れて大金せしめようと、そんな甘い考えで、オレが倒せると思うならやってみるといい。
それで黄色いオーラだった訳だ。
真っ青な波のような群集の中、1点黄色はとても目立ったよ。
だから君にはこれを贈ろう。
【暗示誘導】
さあ、お前の部下、こいつこそが魔皇子だ。
そしてその部下、お前は殺される役回りだ。
そしてそこの暗殺者、この偽魔皇子とその付き添いが対象だから間違えるなよ。
そして始まる茶番。
討ち取ったり、の言葉と共に、そいつは袋叩きになって殺される。
そうして偽者と接待者の命も既にない。
周囲がざわめく中、スタスタと現場に歩み寄るオレと。
「これが陰謀の主だ。前回もこいつにしてやられたが、そう何度も引っ掛かる私ではない」
うおおおおおおおお……
はいはい、終わり終わり。
いやね、別に魔皇子ごっこは良いんだけどさ、第一人称がちょっとな。
『私』これな。
どうやらかつての彼はそれを使っていたらしく、そうやってくれと言われたら仕方が無い。
今回、覆面は無いんだけど、私を使えば問題無いからと言われて……やれやれだな。
それにしても、暗殺者の見届け人じゃなく、見届け軍隊ってのは何の冗談かな。
そうぞろぞろとやって来られても困るんだけど。
「お下がりください、ここは我々が食い止めます」
「騒ぐな。この程度の軍勢など、私が倒してやろう」
うおおおおおお……
いちいち叫ばないといられないのか、お前らは。
「下がれ、そこから先は魔族の領地、越えるならば命は無いぞ」
「抜かせ、やれるものならやってみやがれっ」
「死にたいのならばもう止めはせぬ。ここで私の魔法で消えよ【竜巻】」
「な、何だ……いかん、下がれっ、巻き込まれたら、うがぁぁぁぁぁぁ」
「止めだ、【乱風】」
旋回する風が軍勢を巻き込んだ後、上昇気流はより膨大な湿った大気を誘発し、急速に冷えて急降下する。
ううむ、【竜巻】の後の【乱風】は相乗効果になるようだな。
これも合成魔法になるか……よし、真の止めで合成魔法ってか……【竜巻乱風】
ああ、やり過ぎたかな。
後方陣地も巻き込んで、甚大な被害になっちまってるな。
1+1=3とか4になるか、合成魔法は、やはり。
あれ、後方陣地じゃないのかそこは。
あああ、それ、国だったのね。
ごめんね、君達の国、消し飛ばしちゃって。
空から見ているから国の大きさがイマイチ分からなくて。
だって気象魔法とか、地面で使ったら巻き込まれるだろ。




