79 魔具
ミツヤのボックスから出て来た膨大な数のモンスターは、3人のボックスにとりあえず納められ、解体場を借り受けて仕事が始まった。
賃貸料は串肉払い……つまりは王宮の空いている土地を借りた訳だ。
王様には既に、将来の展望は話してある。
つまり、戦闘向きのオレ達2人はこのまま経験を積み、そうじゃない奴はオレ達のサポートに回るという話。
後、他の3グループが行方不明になった話をして、既に彼らは戦いに赴いた可能性があるけど、自分達は堅実に力を付ける事を目標にする事。
それでもし、あっちのグループが達成すればそれで諦めるが、そうじゃない場合の保険の立ち位置として、充分な力を付けてそれに備えたいと。
なので王宮としても協力はすると言われたので、土地を借りてモンスターの解体をして、それを売って活動資金にしたいと伝えたのだ。
その際に串肉の話が出て、土地の使用料と引き換えって話で乗り気になり、毎月100本の納品で広大な広場と人員をタダで使わせてもらえる事になったと。
その下働きの人員も各種揃っていて、彼らと一緒に解体してくれる人達に、解体したモンスターの肉を使った料理も作ってくれる人達など、かなりの人数だ。
あいつらは朝、宿を出て、夜、宿に帰るまで金を使う必要は無くなっていた。
マルチはまた修行をする事になるが、時々様子を見に来る事を確約し、身体は自前の倉庫のようなものに入れられるらしく、これからも使うと告げた。
熟練俯瞰とも面通しが叶い、そういう人材がメインならかえってありがたいぐらいだと、全て任せるからそれなりに動いてくれれば良いと言われた。
後、どうしても嫌なら別に魔王を倒す必要は無いとまで言われ、その場合は死んだ事にするらしく、それでお茶を濁して元の世界に戻れば良いらしい。
やはり国同士の意見の相違のようで、別に放置したからといって世界がどうにかなるような事はなく、倒して平和になるというものでも無いらしい。
ただそこにシナリオがあるから仕方が無く、可能な人材を周辺の世界に打診して、たまたま放出可能な人材がオレ達だったって事らしく、そこにあの世界に俯瞰の作為があったのは間違いないだろう、との言はマルチのもの。
つまり、超越者なオレを、この世界の欲求に乗じて体よく追放したのが今回の企みであり、その事は既に上の知るところにあるらしく、そろそろ捕縛になっているんじゃないかと、再度あちらとの合同会議みたいなので情報を受けた。
そんな訳で3人は今、王宮差し回しの広場で日々、モンスターの解体作業に没頭し、オレ達は……まあ、ミツヤはだな。
ミツヤはオレの仮住まいの周辺で日夜、モンスターと戯れている。
そんなオレは魔導具作りをやっているんだが、どうにもこの世界の魔法は底が浅くて使い物にならない。
火と水と木と光と土と闇、これしかないんだ。
風も無ければ雷も無く、氷も無ければ錬金術なんてのもありはしない。
もちろん、精神系はお粗末なものがいくつかと、回復もただ疲労回復になるかどうかって弱い魔法と、軽い怪我が治るかどうかってのしかない。
確かに文献には斬られた傷がたちどころに癒えたって話がありはするが、それは神に祈ってどうのこうの……つまりは上の介入での治療行為らしい。
毒や麻痺などは薬による回復を願うしか方法が無く、オレの【解毒】とか世界唯一らしい。
まあそれは勇者特有の魔法で誤魔化せそうだが、【治療】ならまだしも、【復活】なんかはとんでもないとか。
それこそ、神の御業にも等しい行為になるそうで、くれぐれも使用は気を付けろと言われる始末。
こりゃ生活魔法の魔導具作りに留めておいたほうが良さそうだ。
作りたかったんだがな、強力な威力の魔導具とかを。
まあ、作る過程が面白いから、【倉庫】の肥やしにするのなら構わんが、生憎と今はちょっと物資を詰め込みすぎて余裕が無い。
あーあ、こんな事なら問屋巡りとか、やるんじゃなかったな。
もう数ページ、いや、この世界でモンスター狩りをしたから、その分の枠も食われている。
だから余裕は更に少なくなっており、余計な在庫を抱える余裕はあんまりない。
まあ、少しはやってみようと思ってるが、表向きの魔導具屋の看板の為にも、弱い効果の魔導具ラインナップを店先に並べる必要がある。
だからこうして……
「あんちゃん、これいくらだ」
「金貨5枚だ」
「おいおい、こりゃ火付けの魔具だろ。それに金貨5枚は高すぎねぇか」
「そうかな、安いと思ったんだけど」
「他の店を見て回った事はあるのかい。火付けの魔具ってな、大体、金貨1枚から2枚ってぇとこだ。どうせすぐに壊れちまうんだし、そんなのに大金をはたくバカはいねぇ」
「それ、まだ完成してない。完成品はこっちだ」
「あんだそりゃ。そんなの邪魔だろ」
「うえっ? こうしてポンと叩けば、ほれ……ボワッ」
「おいおい、そりゃ魔法じゃねぇのかよ」
「だから火付けの魔具だろ」
「お前なぁ、そういうのは魔導具って言ってな、もっと……おい、これ、いくつある」
「金貨50枚の間違いだった」
「ちっ、敏感な野郎だぜ。だがまぁいい、そいつ、どれだけ使える」
「ここの、これをこうすると、ここに魔石があるだろ。こいつの交換で半永久的。まあ、この杖の部分が壊れたら終わりだけどな」
「やっぱり魔導具、それもかなりの良品じゃねぇか。よし、買った」
「20本あるんだが」
「ええい、全部寄こせ。あり金勝負だぜ」
「貴族連中に売るのか」
「伝手がねぇとやれねぇぞ」
「あったりして」
「ぐっ、くそぅ、55枚」
「実は王様と面識が」
「くそったれ、60枚」
「この前も一緒にメシを食ってな」
「ええい、62枚、これが限度だ、大泥棒」
「よし、20本売った」
「はぁぁぁ、参ったせ。この俺様に対してのその度胸、良い商売人になれるぜ、アンタ」
かくして火付けの魔具のつもりで造った半端物は、かなりの良品と言われて単価金貨62枚、20本で1240枚で売れる。
ちなみに原価はとんでもなく安いのは内緒だ。
まずは杖の部分だが、これは巷の老人用の杖の流用で、1本が銀貨2枚。
後は魔石だが、これはいささか高価ながら、巷に流通している品でもある。
ゴブリンの魔石は大体、銅貨50枚ぐらいで流通していて、ギルドに売る時は銅貨30枚ぐらいになってしまう。
それでも自分で店を出すと税金の対象になるので、色々と手数料を考えれば妥当な価格と言えるだろう。
後はそれらしく見せる為の装飾の数々だが、それもそこらの小物屋との契約で端切れをタダ同然の価格で譲り受けている。
肝心の火を点すシステムだが、これは極少の魔法陣に対するマナの供給という、オレ独自の技術による。
はっきり言うなら魔石のエネルギーを火を点すに相応しいエネルギーに転換させ、ちょっとした刺激でそれを発動させる技術というか機構になる。
それもオリジナルなのでおいそれと真似もやれないし、やっても発動はしないだろう。
そんな訳で原価が安くして売価が高くなった訳だが、彼はもう1つクリアしなくてはならない関門がある。
そう、燃料の特製魔石の購入である。
「で、魔石はどうするね」
「そんなのそこらで買えるからいいぜ」
「そいつ専用の魔石じゃないと火は付かないぞ」
「うぐ、てめぇ、図りやがったな」
「いくらで買う? 高いよ」
「くそったれ、言い値で買ってやるから言いやがれ」
「20個セットで金貨1000枚」
「それはいくら何でも足元を見すぎだろ」
「1個金貨50枚が高いのか」
「当たり前だ。ゴブリンの魔石なんぞ、銅貨50枚も出せば好きなだけ買えるんだからな」
「こいつはオークの魔石だぞ」
「嘘言いやがれ。オークのはもっとでけぇんだ」
「この形、別に最初からって訳じゃ無いんだがな」
「そういや、どいつもこいつも妙にまん丸で……おいおい、削ったのかよ、もったいねぇな」
「こいつは秘伝になるから余り言いたくは無いが、大量に買ってくれたから教えてやろう。魔石はな、形が整っている程、その発動にむらが無いんだよ」
「そいつぁ確かに秘伝だろうぜ。漏れたら形のましなのが高くなっちまう」
「教えてやったんだから、精々、そいつで儲けりゃいい。だから高くないだろ」
「おしっ、金貨1000枚な、買おうじゃねぇか」
「毎度あり」
実はそれやっぱりゴブリンの魔石なんだけど、ちょっとした訳があるんだよ。
「そん代わり、次からはそんなに高くは買えねぇぜ。丸くするぐらいなら職人に頼めばやってくれるからよ。オークでも金貨2枚も出せば買えるんだ。
手間賃入れても3枚、多くても5枚あれば余裕だぜ」
「ほお、それは凄いな。火魔法を魔石に封入するのに、たったそれだけでやってくれるのか。オレも頼もうかな」
「てんめぇぇぇ、そんな……はぁぁぁ、オレ、何でこの店に入ったんだろ」
「クククッ」
「道理で杖が簡単な形だと思ったぜ。この杖、ただの棒なんだろ、くそったれが」
「お年寄りの杖だな、銀貨2枚で買ったぞ」
「やっぱりかよ、この野郎。詐欺もいいとこじゃねぇかよ」
「だがここのこいつが問題だ。これ、ちょっとバラせない細工をしてあるんだが、中に極少の魔法陣が描かれている。でな、特製魔石がそこに収まると、
軽い衝撃で魔法を発動してくれるんだ。つまり、魔石に火魔法を封入すると言うのは、分かり易く言っただけで、本当は火魔法に適した魔力に転換と
言うかな。これは本物の秘伝だから言えないが、そうするからこそこの魔石の価値は高い。分かるか? 火魔法に適した魔力って事は、そこらの火魔法に
こいつを投げ入れるとどうなると思う」
「お、おい、ま、まさか」
「ああ、オークが火傷するぐらいのチャチな魔法でも、特製魔石を粉にしてぶちまけてやれば、オーガを半殺しにするぐらいの威力になっちまうんだ」
「とんでもねぇ……だからかよ、だからそんなにたけぇのかよ」
「はっきり言うとな、この杖、武器にもなるんだよ。モンスターに油をぶちまけて、こいつで殴ればどうなるね」
「ああ、確かになるな」
「野宿するなら油ぐらいはあるだろ? つまり、野営で襲われても慌てずに、そこらの燃えるものをぶちまけて、こいつで殴りまくれば撃退も可能だ」
「とんでもねぇ火付けの魔具もあったもんだぜ」
「行商人御用達ってやれねぇか? 」
「ああ、貴族なんぞよりよっぽど、そこらの商人連中に受けそうだぜ。荷馬車の連中が持てば、それだけで生存率が上がる」
「オークの魔石だからな、その耐久力もかなり長い。毎日使っても数年はいけるだろうな」
「売れる、売れるぜ、そんなに保つならよ。しかも、いざって時には武器にもなるとなりゃ……おしっ、もっと造れるだけ作ってくれ。売れたら買いに来るからよ」
「ああ、たくさん作っておくから、あちこちで売りまくれ」
「ああ、そうすっぜ。忙しくなってきやがったせ、くっくっくっ」
ふうっ、かなり慣れたな【偽話誘導】
いかにもありそうな話に巧く話を乗せる魔法になるんだけど、これって詐欺師御用達みたいな魔法なんだよな。
確かに火魔法に適した魔力に転換させるけど、そんなの慣れた魔術師なら誰でもやれる事だ。
後はまん丸の魔石だけど、オレの【解体】魔法でやれば大抵まん丸だ。
普通、魔石はモンスターが生きている時は柔らかいんだ。
それが死ぬと固くなるんだけど、物質は柔らかいと表面張力が影響する。
だから液体に近いほど丸くなるものだよな。
つまり、生きているモンスターを瞬間的に素材に分解しちまうと、魔石はまん丸のまま固くなる。
普通は戦うから衝撃で変形して、そのまま死んで固くなるからいびつなだけなのだ。
だからこそ、無駄が無いからゴブリンの魔石でも、あたかもオークのいびつな魔石を削ったかのように見えちまうと。
実は魔石と魔力の関連が少し判明したんだけど、あれって血栓のような現象らしいんだ。
つまり、動物に魔力が影響すると、血液中の魔力の量が多くなる。
そして心臓近くに魔力の血栓のようなものが出来るんだけど、そいつが魔力器官として発達する。
だから魔法のある世界で長く過ごせば、魔法の使えない人間でも使えるようになるらしい。
つまり、今のミツヤは魔法を使えないんだ。
その器官が無いから。
だけど魔力にさらされているから、そのうちその器官は作られる。
だから感じられるようになれと課題を出したんだ。
話が逸れたな。
つまり、人間も魔石は存在し、モンスターにも存在する。
と、こうなるんだけど、人間に魔石は存在しない。
それは何故かと言うと、魔力器官になっちまうからだ。
つまり魔石は魔力器官への過渡期にあたる物質であり、もっと発達すれば魔石じゃなくなってしまう、いわばタマゴのような物質って事になる。
じゃあなんでそこらのモンスターは魔石のままなのかって事だけど、そこに知恵が関係する。
ミツヤにも話した通り、もやもやを感じて動かすってのが魔石を進化させる材料になる。
魔力関連を司る器官だから、動かす為にもその器官は必要だ。
だから慌てて産まれて育って器官になって、それを助けているうちに自らも成長し、立派な魔力器官として完成する。
それがハタチ頃になる。
だから魔族の血液の有効期間もハタチ頃までなんだ。
あれは身体の強化と魔力器官の強化を成す……つまり魔族向けの強力な身体や魔力器官にする栄養素って事だ。
だからそこらの人間に飲ませても、ミツヤのような強化になっちまう。
だけど人間には倫理観と味の問題がある。
オレ達みたいに産まれる前に、その素養になった者は美味く感じる。
だから伸びるんだけど、そうじゃなければ嫌々になる。
望むからこそ発達する魔力器官なのに、そんな嫌々とか身体の拒否の中でどれだけ発達するかって事だよな。
だから同じ量を飲んだとしても、ミツヤと他の奴らでは成長度が異なる事になる。
それでも身体の拒否を乗り越えても望むなら、飲めばいいだけの事だ。
それはともかく、そういう訳なので原材料や手間暇は殆ど掛からず、お得な取引がやれた訳だけど、あれが人気になるかどうかって事はちょっと考え難い。
あいつは売れると踏んで勇んで帰ったけど、それはオレの話に乗せられたせいだ。
確かに魔石の粉をモンスターにぶちまけてやれば、魔法の威力は強くなる。
しかしだよ、一般的に魔法使いは後方からの攻撃を旨とする。
それは何故か?
詠唱に時間は掛かるわ、耐久力は無いわ、動きもトロいわ、他の攻撃手段は無いわで足手まといになるからだ。
なのに魔石の粉を手に持って、魔法をぶつけて粉もぶつけるって、誰にやらせるんだ、そんな危険な事。
下手すりゃモンスターの攻撃を受けるわ、巻き込まれるわで、誰もやってくれねぇぞ、そんな事。
まあ、袋にでも入れて投げてやれば可能だけど、粉にした時点で魔力は逃げていくんだ。
あれは魔石という塊だから長く保つんであって、粉にしちまったらすぐにただの血液だった物質になっちまう。
かさぶたを潰した経験のある人なら分かると思うけど、あれを砕いたような物質になっちまうんだ。
そんなの使い道があると思うか? 無いよな。
だから魔石だったものは、粉にして長期に置くとただのゴミになっちまう。
だから本気で使いたいなら戦いの直前に粉にして、その戦いで確実に使い切らなくてはならない。
誰がそんな面倒な事をする?
後は長期に使える話だけど、それはあくまでも魔石のエネルギーの話だ。
杖も長持ちするような事を言ったが、そりゃ飾っておけば長持ちはするよ。
だけど叩くという行為は物質に対して、何らかの破損を促す行為になる。
あの杖の先の物質は、そんなに丈夫なもんじゃない。
破損対策をしてあるが、それは魔法陣の秘密の保護の為のものだ。
だからあれが壊れる時には魔法陣ごと、ドロドロに解けるように設定してある。
使用中にドロドロに解けたら、魔石はどうなると思うかな。
それがちょうど点火直後の焚き火の中だとしたら、魔石はそのまま焚き火の中に落ちちまう。
まあ、普通の火は魔法とは関係ないけど、熱に強いって訳じゃない。
かさぶたが火に強いって話、聞かないだろ?
だから慌てて取り出そうとしても、魔石も解けて燃えてなくなっちまうだろうな。
もったいないよな、折角、火魔法に適したエネルギーにしてあるのに。
さて、片付いた。
後は、逃げろや逃げろ。
さて、明日は何処でやろうかねぇ、クククッ。
(くそっ、あの野郎、逃げやがった。とんでもねぇ詐欺野郎が、覚えてやがれっ)
次はどんな顔でやろうかねぇ……【偽装】




