38 変身
どうにも思い込みが激しいというか、困った奴だよな。
ミツヤが居なければ今頃、あいつはこの世に居ない。
ふん、命拾いしたな、なんてさ、困るんだよな、警察沙汰は。
さすがに前科7人なんだし、あんまり近付きたくないってのに、困ったおっさんだ。
本当はああいう奴はじっくりと思い知らせてやりたいが、生憎と今は観光中だ。
どうしてもオレと殺り合いたいなら後日、たっぷりと思い知らせてやるから心配するな。
もう殺してくれと懇願するまで、痛め付けては【回復】痛めつけては【回復】とやってやるからよ。
しかしな、まともな攻撃と言えば、風魔法ぐらいしか無いんだよな。
確かに何種類かはあるけど、それだけと言うのも侘しいな。
もっと他の魔法の研鑽もやっとけば良かったかな。
街を歩いて洋服屋に入り、オレとミツヤのスーツを揃えてもらう。
金はデビット都市銀カードで払うから問題無いと。
おっと、ポマードも買わないとな。
革靴にスーツにスラックス、小物類も揃えて購入し、着替えて髪もキメてバッチリだ。
ミラサンでそれっぽく変身したオレ達は、もう元の面影は無い。
「いい感じに決まってんな」
「なんかよ、マジでそこらのヤーさんみてぇだぜ」
「幹部候補生っぽいだろ」
「これならもう大丈夫だよな」
「さて、行こうか、兄弟」
「くっくっくっ」
アタッシュケースも購入し、着替えた服はそれに入れた。
ミツヤだけ荷物が多くなっているが、先にホテルで荷物を置いても良いんだが……まあいいか。
さっきのおっさんを見かけたが、オレ達と目を合わせようとしない。
なのでミツヤが笑いを堪えて……「いちゃもん付けんなよ」
「うぷっ、くっくっくっ」
それでも意趣返しをしてやろうと、そちらのほうに寄っていく。
ますます、目を合わせようとせず、避けよう避けようと思っているようだ。
「おうっ、てめぇ、ワイらに何の用や」
「な、何だね、君達は」
「ちょいとこっちに来い」
「ぼ、僕は何も用はないよ」
「ほんまやな」
「あ、ああ」
「ならええやろ、行きぃ」
「あ、ああ」
さっきとはえらい違いやな。
見てくれで判断する愚か者が。
だからやっぱり必要だったのか、最初からそうすれば良かったかな。
ちょっと準備不足だったかも。
まあなぁ、今までは【暗示誘導】をやってたが、そういうのは同行人が居ると不自然なんだよな、あの時の警官みたいに。
だからつい……だけどこれでもう心配無いだろう。
「あんさん、見かけん顔やね」
「旅行やからな」
「どっからや」
「東やけど他意は無いさかい」
「どこのもんや」
「素人や、堪忍したってや」
「白々しいでんな」
「あんな、この名刺で止まるかいな」
「なんやと」
「あかんかったらこっちもあるで」
「おまはん、何者や」
「ちょっとした顔見知りや」
「ちょっと確認ええかいの」
「事務所かいな、先にメシ食わして欲しいんやけど」
「何処や」
「氷庭や」
「あこは一見は無理やで」
「予約やから心配ない」
「ほんまかいな」
「代理店経由やさかいな」
「ならな、終わってからでええさかい、ここに来てくれるか」
「素人やぁ言うのに」
「やからその物腰で素人は通らんちゅうとるやろ」
「へいへい、後で行きますよってに」
「ほなな」
なんでやねん。
物腰と言われても困るんだけどな。
確かにバレたら困るからと、殺しの心境に……ああ、それでか。
殺り合いの心境になってたからか、参ったな。
けどな、まるで戦闘服みたいで気が引き締まると言うか、そんな気分になると言うか、困ったな。
後で行かないといけないみたいで、逃げて帰りたいねぇ。
はぁぁ、気が重い。
「ヤベぇな、どうするよ」
「まあ、問題ないやろ。メシ行くで、兄弟」
「成り切りがどこまで通じるかだな」
「舞台裏を明かすな、怖なるやろ」
「くっくっくっ、やっぱりな」
「成り切れ、成り切るしかない。行くで」
「はぁぁ、そうやね」




