03 進路
「あ、母さん」
「どうしたの」
「進路の事なんだけど、近所の高校でいいよね」
「え、あんたがあそこに? 無理でしょ」
「だって近いし」
「近くても偏差値が酷いからきっと無理よ」
「うぇぇぇぇ」
「良いのよ、母さんは君が丈夫に育ってくれさえすれば、どんな学校でも構わないわ」
「県外になっちゃうよ」
「そろそろ独り立ちしてもいい頃でしょ」
「考えとくよ……」
「はいはい、くすくす」
夕食後、部屋で本を読んでいると母親が帰宅する。
寝る前に聞いておこうと進路の話をしたら、無理だからもっと下げたほうが良いと言われてしまう。
確かに偏差値45のオレじゃ、70の学校はきつい。
と言うか、まず無理だろう。
それでも近いほうが通学も楽だし、そもそも悪ガキのはずのあいつの志望校なのだ。
あいつは本当は天才か何かなのだろう。
授業中もまともに授業なんて聞いてもないし、休みの日にはゲーセンで遊ぶ日々だ。
もちろん塾や家庭教師なんかは無く、宿題も時々忘れたと称して補習なんかもサボりがちだ。
それでもテストの点だけは良いのだ。
オレが平均50点だとしたら、あいつは平均85点ぐらいの位置にいる。
だから偏差値もかなり高く、あいつなら余裕で合格間違い無しだろう。
本当ならオレもそれぐらいの位置になれはする。
問題を凝視すればぼんやりと答えが見えたりするからだ。
だがそれはやらない事にして、かなり手を抜いてテストを受けている。
あれはアルバイト専用の能力として、普段はそれを行使しない。
なんて言えば格好良いけど、あれをするとかなり疲れるのだ。
極度の貧血を誘発し、油断すると倒れる事もある。
テスト期間にそうたびたび倒れるのも嫌だし、テストが終わったらあいつと寄り道する楽しみもある。
土曜日のレースでアルバイトをやった後なら、日曜日にゆっくりと休息がとれる。
もっとも、その対策がバレるとドン引き間違いなしだ。
さすがに休み時間に生タマゴをゴクリゴクリとやっていれば、さしものミツヤも引くだろうと思われる。
それに出る杭になるのも嫌なので、答えが判っても書かない事も多かった。
アルバイトならこっそり隠れて飲めるので数ケース持参して飲みまくってたが、苛めのある学校ではトイレの個室とて安全ではない。
今はまだ雌伏の時、そう心に決めて低い成績を保っていた。
だが、入試となると話は別だ。
真の実力を遺憾無く発揮し、及ばない箇所は特技でカバーする。
だからこその高望みだったのであるのだが……
「お前、勇者にでもなりたいのか」
「えっと……」
「確かに家は近いだろうが、無理だから止めとけ」
「じゃあ滑り止めを志望校に」
「無駄に終わると思うがな」
「頑張りますので」
「まあ、やるだけやってみるといい」
「はい」
何とか誤魔化して志望校を決めたが、教師は宝くじぐらいのつもりでいるらしい。
オレが受かったら高級レストランでフルコースを食わせてやるなどと……中々に太っ腹な事を言う。
まあそれでいくらかでも発奮して、必死の勉強で受かる確率を上げてくれようとしたのだろう。
中々に良い教師と言えるかも知れない。
普通ならそれで発奮してとなるんだろうが、オレは受験の時まで爪を見せるつもりは無いんだ。
折角、ミツヤの恩恵で苛めが止まっているんだ。
ここで良い成績とかやっちまったら、再燃する可能性が高い。
内申には厳しいが、オレは日常の平穏を優先する。
だからもし面接で問われたら、苛め対策で成績が悪いと言ってやるさ。
それでダメならそれでいい。
素直に県外の高校に行くだけさ。
そんな訳で、オレは相変わらず帰宅部の毎日。
受験に向けての補習もパスして、だから教師も諦めたと思って放置していたりする。
志望校に向けて勉強するかと思えば、余りにも日常が変わらないからだ。
もっとも、自宅での自己採点では偏差値77はあるんだ。
後はタマゴ水筒作戦で何とかしてやるさ。
さすがにレモン必須な作戦だけど、教科毎にゴクゴクやってれば倒れる事は恐らくあるまい。
最低70の偏差値で、自己採点が77で、後はアレで何とかしてやる。
だってミツヤは余裕そうなんだし、オレも同じ高校に行きたいしさ。
広義で言えばカンニングだけど、そんな法律何処にも無いって、まあ言い訳だよな。
良いんだ、バレなければ。
てか、バレたとして、どうやって証明するのかって話だよな。
受験でそんな能力は使用禁止とか、そんな事を書くバカは居ない。
つまり、想定外な訳だから問題無いと、クククッ。
そう言えば、来月から改築になってしまう。
次のレースが最後になるか……