02 雌伏
書いてた原稿がいきなり消える、なんて事もあるんですねぇ(汗
「コーちゃん、夕飯出来てるわよ」
「うえっ、まだ4時だよ、母ちゃん」
「今夜、会合があるの。だから時間になったら食べてね」
「あいあい、いってらっしゃい」
父さんは単身赴任と言うか、そんな事なら転校する必要は無かったと言うか。
今ではかつて住んでいた町の近くで働いている。
父さんの会社の方針なんかは知らないけれど、幼い頃の転校が子供の友人関係の構築にどんな影響があるか、なんて想像もつかないのだろう。
同県なら夏休みに小旅行でもして会いに行けるが、小学生の頃には離れた県はハードルが高かった。
当時、小遣いなんて大した額じゃなかったし、そんな背景もあってすっかり疎遠となり、そのまま忘れられていったのだろうと思っている。
そうして中学に上がった後は何とか親友も出来、新しい友人関係の構築にも成功したと思われ、そのままこちらも放置した事が決定的になったのだろうと思っている。
だがそんなに甘いものではなかった。
中学になって心機一転で親友らしき存在を得て、喜び一杯のオレを襲ったのは苛め……オレ自身がトラブルを嫌う性格な事もあり、あえて逆らわなかった事で苛めに突入したのだ。
もっとも、そこまで陰惨な苛めではなく、単純に叩かれたり蹴られたりされるぐらい。
それと言うのも、身体の弱さは若干、消えていたがまだまだ根強く残っていた。
その対策として身体を鍛えていたが、それのせいであんまり後に残らなかった事もある。
後は発展途上の事もあり、生兵法は怪我の元と、あんまり逆らわなかったせいでもある。
嫌がると余計にやりたがる、『S』な奴を喜ばせる事になると思ったからだ。
どうせストレス発散なんだろうし、それならしばらく我慢してやれば、すぐに終わると思ったからだ。
実際、手ごたえが無いと意欲も失せるのか、毎回、すぐに終わったものだ。
罵詈雑言の類で反応を見られても、そんなのに反応するはずがないだろ。
まあ、後は身体を鍛え、将来的に逆襲してやろうと思ってもいたしな。
今はひたすら耐え、可能になったら存分に仕返しをしてやろうと、そう思っていたのである。
そんな中、親友のミツヤだけはオレとの付き合いを嫌がる事もなかった。
少し悪ガキっぽいミツヤに守られるようになり、いつしか苛めは止まっていた。
ミツヤは苛めの現場を見るとすぐにやって来て、加害者を少し脅したりして……ありがたかったけど、無茶だけはするなと思っていた。
まあそれで止まったので良かったが……そんなミツヤとは、下校の寄り道や買い食いを共にするようになる。
中学で少し増えた小遣いもそれに消え去る事となったが、別にそんなのどうでも良かった。
元々、親類など遠方の存在で、付き合いも殆ど無いと言っていい状態。
幼い頃に両親が法事とやらに出かけた時くらいしか記憶にはない。
従ってお年玉も親からのみしか経験が無く、単身赴任な事もあってその額は知れていた。
元々、小学生の頃は付き合いが無かった事もあり、図書館の主となっていた事もあり、全ての収入は貯金箱や郵便貯金に消えていた。
そんなオレが中学になり、初の友人関係の保持の為に、なけなしの小遣いを投入したのはいわば必然であったと思っている。
もちろん、割り勘ではあったが、帰り道の道草やゲーセンなんてものに付き合う羽目になり、月額1500円の小遣いは綺麗サッパリと消えうせる事となった。
それでも貯金箱に手を出す事が無かったのは、母親がそれが消えている事に気付いた際、親友に災いが及ぶ事を恐れたのだ。
初めての友を喪う恐怖から、金遣いの変化を隠そうとした。
その結果、ひょんな事から特技のようなものを見つけ、不足の資金の補填をするようになったのは、中学の初めての夏休みの頃。
元々、幼い頃から妙に勘が冴えていた事もあり、戯れに公営ギャンブルの予想なんて事をしてみたのだ。
もちろん、選手や馬の事など何も知らず、ただの直感のような感じで選んだ番号。
1回や2回なら偶然もあったろうが、それが3回や4回と続けば何かあると思うのも当たり前だろう。
ミツヤには夏休みにアルバイトをすると言う名目で、親には生まれた場所を見に行きたいと言う言い訳で、オレは旅に出る事に成功した。
直感とは言うが、ちょっと超常現象っぽいその能力は、1着と2着が判るという代物。
だけどどちらが先なのかは判らず、連勝複式のみの購入となった。
すなわち変装しての入場であり、当時は地味にしようとして少しずつ買ったのを覚えている。
とは言え集中して見つめているとぼんやりと光る程度の能力であり、使った後は頭痛や貧血が酷かった。
その対策も色々試してみたが、生タマゴの大量摂取という答えに辿り着かなければ、そんな事をやろうとは思わなかったろう。
そうして見事にやりおおせ、郵便貯金の額を増やして帰途に就き、それからの小遣い不足を補う切り札となったのだ。
それが最近変化した。
写生大会で競輪場の裏手に行った時、フェンスの破損を知ったのだ。
これならこっそり入っても……そうして現在に至るのである。
月に1度の仕事を持つようになり、経済状況は破格的に良くなった。
それでも発覚を恐れ、変わらぬ日常を過ごしていた。
こういう知識はかつて、図書館の主とまで言われた経験が役に立っている。
金遣いが荒くなって発覚した、なんて話はゴマンと転がっていたし、それを読んだオレが教訓にしたのは言うまでもない。
教訓にしたのは他にもある。
出る杭は打たれる、うつけ者の成功、三日天下……他にも色々あるが、時機到来までの雌伏こそが将来の成功のカギだと思うようになったのだ。
なので苛めが無くなったとしても、身体はひたすら鍛えて資金を貯める。
そんな中でもミツヤとの付き合いは欠かさず、いつか羽化するその時を楽しみに生きるようになったのである。