12 検証
翌日の早朝、恒例のマラソン。
処分品を持って家を出る。
血の付いたハンカチは細切れにして、串もいくつかに折ってまとめて土手の片隅で焼く。
ベンジンを沁み込ませた新聞紙を使ったせいか、すぐに燃え上がってほどなく燃え尽きた。
穴を掘ってそれを埋めて、ランニングを開始する。
それにしても、実に爽快な気分だ。
朝の目覚めからして違う。
目覚まし無しで4時に目覚めた時はびっくりしたぞ。
確かにオレの目覚ましは親にバレないように枕の下で音が鳴る。
なのにそれが鳴る前に目覚めるなど、早朝マラソンを初めて初の現象と言っていい。
それもしっかりと目が冴えている。
普段なら洗顔して目を覚ますところが、そんな必要すら感じない。
調子が良さそうなので、隣町まで少し本気走りをしたくなる。
とは言うものの、あくまでもマラソンのような長距離を意識した走り。
なんだか、妙に速度が速いような気がするが、無理している感じじゃない。
隣町に到着して時計を見るも、5時前? あれ、何だこれ。
あれから1時間掛かってない?
ここまでざっと40キロはあるんだぞ。
オレは車かよ、あり得ないだろ。
こうなったらもっと試してやる。
この先の峠までは約20キロで、かなり勾配がきつい。
全力で登坂してやろうと、陸上競技のように身構えて、時計を見てスタート。
グングン速度が上がっていく。
まるで自転車で立ち漕ぎをしている気分だが、そこまで苦しくは無い。
風を感じて……本当に自転車に乗っている気分だな。
きついはずの登り坂なのに、自転車で下っているかのような体感速度。
20分で到達した……おいおい、マジかよ。
しかも、まだまだ余裕がある感じだ。
なんかさぁ、こういうのってさぁ……まるで吸血鬼だな。
あーあ、オレ、本気でそうなのかよ。
この検証結果で、どうにも現実逃避がやれそうにないぞ。
帰りはのんびりと下り、そのまま自分の町までのんびりと帰る。
検証結果がとんでもなかったので、半分呆然としながらだったが、それでも帰宅したのが7時過ぎ。
家に戻るとおはようの挨拶の後、今日からはもう二度寝は我慢しようと思ったと、そのままシャワーを浴びる事にした。
母親は良い傾向ねと機嫌良く、朝食の準備に余念が無い。
シャワー中なのにそういう景色が頭に浮かぶのだ。
そのまま部屋でのんびりしていたつもりだけど、やっぱり今日の事で呆然としていたみたいだ。
どうやらそろそろ登校の時刻……時間忘れてたな。
「コーちゃん……あら、起きてたのね」
「うん」
「もうすぐ8時よ。母さんは仕事に行くから鍵をお願いね」
「うん、いってらっしゃい」
母親が出かけたのを見送り、置いてある朝食を食べる。
昨日の感覚を思い出し、恐る恐る口にするが、昨日のような事はなく、普通に味を感じて安心する。
あれはもしかすると……
罪悪感なんて全く感じなかったし、冷静に行動出来たはずだったが、心の奥底ではダメージになっていたのかも知れない。
だからあれはもしかすると殺人の後遺症のようなもので、だから味覚がおかしくなっていたのだと推察する。
それにしても、あれは本当に美味かったな。
自分の血もそうなのかと、少し切って舐めてみる。
美味い、やっぱり美味いぞこれ。
参ったな……オレって吸血鬼だったのか。
いやはや、そんな事とは露知らず、15年間当たり前に過ごしてきたが、こうなると生活が一変しそうで拙いぞ。
これは相当に気を付けないと、その道に走ってしまいそうだ。
しかしな、これは気を付けて防げるものなのか?
あの美味さだろ? あれをやらない? 飢えに耐えるようなものじゃないのか?
確かに冷静に考えれば血液の入手は可能だ。
もちろん裏での購入になるが、献血という事業がある以上、それを買えるシステムもあるはずなのである。
しかしな、この年齢でそれはちょっと無理があるだろう。
となると、今はひたすら耐えるしかないんだけど、果たしてやれるのか?
自信が無いぞ。
しかし本当に参ったな……まるで中二病患者のようだぞ。
クラスの中でもそいつに感染した奴が何人かはいるのだが、あれは恐らく黒歴史になるのだろうと思っている。
そんな状況でオレも始めたりしたら、同類と思われるだけだ。
い、嫌だ、そんなのは。
それはともかく、あれは本当に美味かったが、そう何度も繰り返しては、何時かは発覚してしまうだろう。
それを防ぐにはやはり購入するしか方法が無いような気がする。
それはそれとして、あれからあの路地裏は自分の中では鬼門となり、二度と立ち入らないと心に決めた。
犯罪者は犯行現場に舞い戻る。
そんなフレーズが頭に浮かべば、もう行く気にはなれない。
罪悪感は全く無いが、あれでも犯罪は犯罪だ。
数日後に警察がうろうろしていた。
現場検証の結果は知らないが、特定されたら諦めるしかあるまい。
まあ、失血死だから猟奇殺人になるのかな。
ああ、あれは本当に……はぁぁ、参ったな。




